倭寇
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1部分:第一章
第一章
倭寇
この時明朝は二つの存在に悩まさせられていた。
まずは北の遊牧民族だ。この存在にはそれこそ二千年程前からだ。この国においては常に抱えている問題と言ってもいい。まずはその彼等だ。
そしてもう一つはだ。南だった。北の遊牧民が馬を使うのに対して彼等は船を使う。その彼等こそ倭寇だった。
倭寇といっても色々だ。日本人だけではない。明朝の人間がなっている場合もある。しかし倭寇討伐にあたる者達の間ではだ。こんなことが言われていた。
「どうも我が朝の奸賊が多いな」
「そうだな。持っている武器が違うからな」
「日本の者は倭刀や鉄砲を持っている」
「それに鎧が違う」
倭刀とは日本刀のことだ。日本人だからこそ持っているものだ。
「その切れ味は半端ではないしな」
「鉄砲の威力も凄まじい」
「我が朝の鳥銃よりもまだな」
明では鉄砲は鳥銃と呼んだ。日本のそれを分けてあえて鳥銃と呼んでいるのだ。
「とにかく手強い」
「しかし我が朝の者達は大したことはない」
「所詮は只の賊だ」
「何ということはない」
こうしてだ。彼等については問題ないとされた。となると問題はやはりだった。
「日本人の者達だな」
「最近増えてきているしな」
「しかも妙に地の利がある」
「そうだな、最近の倭寇はな」
その日本人の倭寇達がだというのだ。
「どうも妙にこの辺りの地に詳しい」
「しかも我等の内実に詳しいな」
「そうだな。何時征伐に出るかわかっている感じだな」
「そして何処にいるか」
「そこまでわかっているのか?」
「ではだ」
そう考えていってだ。一つの疑念が出た。
「軍の中に誰が内通している者がいるのか」
「倭寇と通じている者がいるのか」
「だとすれば厄介だな」
「少し調べてみるか」
「そうするとするか」
そんな話になるのだった。そうしてだ。
実際にだ。そうした者がいるのか丹念に調べられた。ところがだ。
そうした奸賊はいなかった。一人もだ。それはそれでいいことだった。
ところがそれならばだった。明朝の中で別の疑念が起こった。その疑念は。
「では何故倭寇達は軍に詳しいのだ」
「それはどうしてなのだ」
「我々のことに詳しいのだ」
「動きや数、そして」
「地の利まで」
そうしたことがどうしてなのかがだ。考えられるのだった。その中でだ。
倭寇討伐の指揮官である戚継光はだ。港において己の軍を見ながらこう部下達に言うのだった。
青い海が先にあり木の港では船が並び軽い鎧兜を着た兵達が動き回っている。その二つを見ながらだ。彼は部下達に話すのだった。
「倭寇に通じている者がいないのは間違いない」
「それはですか」
「いませんか」
「そうだ、我等の中にはいない」
その討伐軍、ひいては明朝にはだというのだ。
「宦官達なら通じていてもおかしくはないがな」
「確かに。あの者達は」
「それこそですね」
「そうだ、それはおかしくない」
また言う戚継光だった。
「だが彼等は後宮にいてそこから出ない」
「この南ではですね」
「とても入り込む余地はありませんね」
「それはない」
宦官達は明朝においてはとりわけ腐敗していた。それがこの国の頭痛の種だった。しかしここは南方だ。後宮のある北京とはかなり離れている。それでは彼等もだというのだ。
「だからだ。我が朝で通じている者はいない」
「そうですね。それはです」
「はっきりしました」
「しかしだ。それでもだ」
戚継光は難しい顔になってだ。さらに話していくのだった。
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