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ソードアート・オンラインーツインズー

作者:相宮心
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SAO編-白百合の刃-
  SAO23-冷女の温度

 裏四十五層の主街区『アルブス』
 一見たいしたことのない赤レンガで建築された家並みが並ぶ街。四季関係なく、年中雪が降るために別名『白の街』と言われている。白と赤レンガの紅白の色合いは、クリスマスを顕治((けんじ))させる光景である。
 そのため、一部の人からは毎日がクリスマスを味わえる街だと例える人からは好かれ、嫌っている人もいるそうだ。
 午後三時、私は『アルブス』のシンボルである巨木のモミの木で待ち合わせしていた。本来なら、さっさとフィールドダンジョン『デットマウンテン』に登って、カタナの素材を入手して帰りたいのだが……約束を破って置いて行くほど、私は落ちぶれていない。
 というか、約束を破ったら、後でいろいろとうるさいことを言われるし、めんどくさいことになるので、最小限に抑えるのだったら、約束通りに従ったほうがまだマシだ。

「お待たせドウセツ!」

 正面から手を振り、リズベットと共に寄って来るアスナを視界が捉えた。

「リズベットも来たのね……」
「なによ、来ちゃ行けないわけ?」
「えぇ」
「ストレートすぎるわよ! もっと言葉を選ばないの!?」
「リズベットに言葉なんか選びたくない」
「なんだとー!」
「二人共落ち着いて!」

 アスナに制止させられた。「ケンカしないで」とアスナに注意されるも知ったことではない。私と一緒に行くことを知っておきながら、言葉も行動も宣言させられるのは、贅沢極まりない。嫌だったら帰ればいい話だ。

「つかさ、あたしのことはリズベットじゃなくて、リズでいいわよ」
「嫌よ」
「なんで!?」
「なんでリズベットにそんなこと言われなきゃならないの?」
「逆になんで、リズって呼ぶことを嫌うのよ!」
「言ったでしょ、嫌だから」
「なんだとー!」
「二人共仲良くして!」

 アスナはなにか勘違いしているようだが、私は別に仲悪いわけではない。ただ、仲良くしたくはないだけ。そうアスナとリズベットに伝えると、リズベットは怒りだし、アスナはおでこに手を当て呆れていた

「もう……それじゃあ、長の家に行ってフラグを立てに行こ」

 アスナを先頭に私達は『アルブス』の長に足を運んだ。
 この街の全てに雪が降るため、より尖った三角系の屋根が設立されていて、屋根に雪が積もることなく滑り落ちるよう建築されている。詳しくは知らないが、合掌造(がっしょうづく)りのようになっている。
 そんな中、一つだけ赤レンガのドーム型の家がある。そこがアルブスの長の家であった。

「ねぇ、アスナ。あれかな? あのドーム型の家」
「あの家だけ形が違うもんね。うん、間違いないよ」

 アスナ、リズベットに続いて私もドーム型の家に入る。予測違い、なんてことはなく、アルブスの長のNPCと出会い、話を聞いてフラグを立ててクエストに挑む。
 それだけで済めばいいのだけど、ともかく無駄な話が長くて飛ばしたい気分であった。
 誰が長の幼少期から青年期、始めてモンスターを倒した話とか、果物の皮で滑った話とか誰が聞きたいと思うかしら? 重要なところだけしか聞かないから、時間の無駄だった。
 長の話が終わった頃にはもう、日が沈んでいた。

「…………長かったね」
「もう、くたくたよ……なんでおじいさんのフラグたてるのに時間かけなきゃならないのよ」

 アスナとリズベットはくたくたになっていた。私も表情では露わにしていないつもりではいるが……正直疲れる話だった。

「どうする? 今日は休んで明日にする?」
「わたしは別にいいけど…………ドウセツはどうする?」
「私の心配より自分でしなさいよ。何日も休めるの?」
「三日ぐらいは大丈夫かな?」

 暇な副団長ね。というか、攻略組代表のギルドを団長に変わって仕切る人が三日も休んで平気なのかしら? イリーナさんの方針がそうだったら……多分、なにかしら企んでいる可能性はあるかもしれない。
 だからと言って、三日もかかりたくはないわね。それに日が暮れても、クエストが支障することは問題ない。

「私は行くから。それじゃあ」
「待ちなさいよ!」
「わたし達も行くって」

 わかっていたけど、くたくたな状態でもついていくのね。わかっていたけど、帰って欲しかったわ。
 私達はそのまま白く切り立つ山脈、フィールドダンジョンである『デッドマウンテン』へ向かった。その道中、リズベットがフラグのことについて話し始めた。

「ねぇ、アスナ。今回のクエストどう思う?」
「『“死が訪れる時、光が差し込まれるも白い死神が現れ、死の世界へ逝ってしまうだろう”』ね……。なるほど、それで成功者がいない理由がわかった気がする」
「退治したら純白結晶を落とすって話していたから、間違いなく武器に必要な素材なんだろうけど。そのために“HPを赤にする”のは危険だから、成功させるどころか挑んでいないってことになるの?」
「多分そう思う」

 アスナとリズベットの長の話から読み取る内容、死が訪れることはプレイヤーが死ぬ直接、HPバーが赤くなることを示していると考えていた。光が差し込むと言うのは吹雪が晴れた時のことを示し、直後に白い死神が現れるだと思っているようだけど……私の考えは二人とは違っていた。

「ドウセツはどう思う?」

 アスナがリズベットと話が盛り上がった流れで、突然私にふってきた。
 ……今、教えるより、落ち着いた場所で教えたほうがいいだろう。まだ確信はないんだし。

「とりあえず、まず安全エリアへ向かうわ」
「でも、クエストならその通りにまず…」
「その必要はないわよ、アスナ」

 言いたいことはわかっている。だからって、わざわざ死ぬ危険を高くする必要もない。

「なんか自信満々だけど……なんかわかっているの?」
「あら、意外と鋭いわね。リズベットのこと2%だけ見直したわ」
「絶対に見直してないわよね!」
「2が好きじゃないなら1でもいいわ」
「逆に1%の見直しってどこを差しているのよ! てか、これから『デットマウンテン』に入るけど腕前は大丈夫なのね!?」
「誰に聞いているんだか……」
「その様子だとよっぽど腕に自信がおありのようですね」

 当たり前だ。攻略組にいないリズベットよりも上だから、心配なんて皆無。
 夜の天気は快晴、月の光と満天の星空は輝かしくて暗闇の中でも明るい。地上に灯りがないから、星と月の光が引き立っている。とてもじゃないが、吹雪が降りそうな天気ではなかった。
 しかし、『デットマウンテン』には関係ない。晴れていようが急に変わることなんて当たり前だ。
 とりあえずは、安全エリアを確保するのが一番効率が良いだろう。

「足を引っ張らないでね」
「そっちこそ、ヘマをかかせないでよ」
「もう、そろそろ仲良くしようよ! ほら一緒にレッツゴー!」

 アスナの左腕が私の腕に絡んでくる。もう一つの右腕はリズベットの腕に絡んできてガッシリと掴んだ。そして私とリズベットの距離を近寄らせるために、アスナの両腕を引く。そうすることで自然と私とリズベットの距離は縮むことになった。

「ちょっ、ちょっと! 無理にくっつけさせなくてもいいじゃない!」
「離してくれない?」
「いやですよー」

 …………もっと冷酷な人になりたいわね。そうすれば、アスナのお節介もなくなって、リズベットがつっかかることもないのに……。
 日ごろの自分が憎いわね……。
 だけどこれだけは言わせてもらうわね。

「歩きにくいから放してもらえない? 拒否すれば力ずくでほどくわよ」
「もー、たまにはこういうノリも良くない?」
「アスナ、一応異常事態に巻き込まれていることわかっているわよね?」

 別に深刻になれとは言わないけどさ……。



 一閃。
 一筋の剣閃がポリゴンの欠片となって、星空に舞い散った。

「口だけじゃなかったのね……」
「ドウセツの居合いは、わたしよりも速いからね」
「アスナより速いの!?」

 なに、戦闘中にジロジロ見るのよ。気持ち悪い。話声、全部聞こえているんだけど?
 裏層に出てくるモンスターは、層の数字と十を足したレベルになっている。つまり、裏四十五層は五十五層に出てくるモンスターと同じレベルになる。でも問題ないでしょうね。リズベットも足でまといにはならずにちゃんと戦えているみたいだし、残念ながら。アスナに関しては言うことない。無論、私にとってもなんも問題はなかった。

「リズベットが足でまといなら、囮役でも考えたのに残念だわ」
「あんた……あたしに犠牲になれって言うの?」
「えぇ」
「その一言が何よりもムカつく!」

 リズベットの吠えるような声を上げながら、ほとんどダメージを負うことなく安全エリアに向かう途中だった。

「あれ?」
「どうしたの、リズ?」
「いや、快晴だった星空が急に曇りになってきたんだけど……」
「走るわよ」
「うん!」
「え、何? まさか、あれが吹雪の合図!?」

 リズベットが疑問に思った通り『デッドマウンテン』の恐怖の象徴である吹雪の予兆。快晴の空が瞬く間に曇っていき、あっという間に雪が振り、風が嵐のように吹き、猛吹雪が吹き荒れる。

「理屈とか疑問なんて後でいいわ。とにかく、安全エリアまで全力疾走で向かうわよ」
「ちょっと、あたしそんなに敏捷力高くない……」
「それくらい上げなさいよ。なにがマスターメイサーよ」
「し、仕方ないじゃない! あたし、どっちかっていうと筋力型だもん!」
「脳筋だから脳筋みたいなビルド構成になったリズベットらしいわね」
「こんな時でも毒を吐くとかひどくない!?」

 たく、世話が焼ける。

「アスナは大丈夫よね」
「大丈夫!」
「そう」

 私は勢い良く振り返って、一番後ろにいるリズベットへ寄る。

「うわぁ、ど、どうし」
「うるさい」

 リズベットが言い終わらないうちに、無理矢理背負った。

「いきなり、なにすんのよ!」
「うるさいから黙りなさい」
「だからって、背負うなら一言くらい」
「文句なら生きていた時に聞いてあげるわよ」
 
 一人背負うくらい問題はない。あとはモンスターが大量に現れてエンカウントしないことを祈るぐらいだ。空の状況はわかっていないけど、前来た時はそんなに時間をくれはしなかったはず。私の足で安全エリアに着くか、間に合わずに猛吹雪の中、身動きを取れなくなるか。当然、死ぬ気とか諦める気なんてない。
 そもそも祈る必要はないわね。邪魔するものが立ち塞がるなら、それを斬るまでよ。
 リズベットはなにか言いたそうだったが、私が言葉を挟んだ。今は安全エリアに避難するのが先だ。てっきり反抗するかと思っていたが、言った通りにリズベットは背負っている間は口を開くことはなかった。

「ふぅ……」

 雲の広がりが思ったよりも速いけど…………。

「ドウセツ、こっちよ!」

 普通に間に合った。
 安全エリアである洞穴へ避難した。

「危なかったね!」
「そう? 普通に間に合ったわよ」

 これだったら、リズベットの敏捷力でも間に合ったわね……余計な体力を使ったわ。

「あだっ」

 とりあえず、もうリズベットを背負っている理由もないので、放り投げた。

「優しくとは贅沢言わないけど、もうちょっと置き方とかあるでしょうが! 雑に投げるな!」

 でも、借りを作ったから弁償代はなかったことにしよう。
 リズベットが文句言っているが、適当に流して洞穴から空を見渡す。まだ雪は降ってないが風が吹き、次第に荒れるような風を斬る高音が響き、風は吹き荒れてきた。

「ひゃあっ、な、なに……なんか聞こえたよ、ドウセツ!」
「なんでアスナが怯え…………あぁ、そうだったわね」
「な、なに?」
「いや、別に……幽霊なんかいないんだから、そんなに怯える必要ないんじゃない?」
「そ、そんなこと言ったって~!」
「と言うか、幽霊怖いとか幼稚ね」
「だって怖いんだもん!」
「アスナって本当、幽霊とか怖い話とか駄目だよね……」

 リズベットは呆れた顔をしていたがすぐさま、ひらめきを思いついてにやついた。

「アスナ……後ろに忍びよる、お化けが……!」
「やめて――――っ!!」

 なんで、あんな簡単で幼稚な騙しに頭を抱えて怖がるのか? そんなに怖いのが駄目なら、あまりにもお節介された時は怖い話で払おうかしらね。
 怖かっているアスナを置いて、リズベットは“気になった悲鳴”について、私に訊ねてきた。

「アスナが言っていたことなんだけど、なんか女の悲鳴が響いたんだけど、あれなに?」
「決まっているじゃない」

 洞穴の外は既に荒れ狂うほどの恐怖が吹き、天と地面の雪が舞い散っている。見てわかる通りに、『デッドマウンテン』は猛吹雪に覆われている。

「うわぁ、いつの間に!?」
「時々、女性のような悲鳴が響くのは風の音よ。アルブスの住民から『女神の悲鳴』とも呼ばれているわ。なにが女神だかよく知らないけど」
「女神と言うより、雪女って感じしない?」
「しない」
「そうですか……」

 女神だとか雪女の悲鳴だとか、どっちでもいい。もう一つの別の名で通称、『死の白銀』の方がお似合いかしらね。
 猛吹雪の中、外に出ることは自殺行為。止むまで待ちましょう。
 メニューウインドウを開いて、ランタンをオブジェクト化する。不気味な暗い洞穴の中は、明るいオレンジ色の光が照らし出す。

「料理ならアスナに頼みましょうね」
「あんたに同意するのはなんかしゃくだけど、そうだね。アスナ、温かいもの作ってよ」
「怖がらせた二人には作りません!」

 アスナはランタンに近寄って顔を背けた。
 貴女が勝手に怖かっていただけじゃない。そんな反抗的な態度にリズベットは悪だくみを浮かべる。

「作らないと、とびっ……きりの怪談話するからね」
「あるいは、恐怖の話でもいいわよ」
「わ、わかった! わかりました! なんでこう言う時に二人とも息ぴったりなのさ……」

 アスナはぼやきながらも手軽るにスープを作り、三つのマグカップに注ぐ。

「それ、生姜のような香りのハーブを入れているから、ポカポカになるわよ」

 昔は料理スキルなんて入れてなかったのに、今や料理スキルはもうすぐコンプリートだと自慢していた。なかなかの心配りね。そう思いながらスープを飲む。冷えた体が温かくなり、熱が染み通った。

「……アスナって、本当変わったよね……昔はこんなんじゃなかったのに」

 スープを飲みながら、リズベットはしみじみに口にした。

「そもそも昔のアスナだったら、こんなところへ一緒について行かないのにね……」
「そんなにわたし変わった?」
「変わったと言えば変わった」

 昔、私はアスナがいる血聖騎士団に所属していた。イリーナさんの方針かは知らないけど、なにかと私はアスナと共に行動することが多かった。今も昔もアスナの明るい性格でなにかと振り回されることもあったが、前のアスナは攻略とそうじゃない時の差がハッキリと区別されていた。それだけに、アスナは誰よりも攻略に関しては真っ直ぐで、誰よりも現実世界へ帰りたがっていた。
 しかし、アスナの行動方針は精神力と釣り合っていなかった。
 アスナはデスゲームになってしまったSAOに怯えていたよりも、現実世界に対して怯えていた。だから、一刻も早くゲームクリアを目指していたが、その姿は攻略して人々を救う勇者と言うより、英雄となって功績を残そうとする狂戦士だった。
 そんな彼女は今、私に付き合っている。それがお節介でも昔のアスナだったら、あり得ないことだった。
 気持ちが変わった。アスナの支えでもあった、攻略という使命から解き放れた。それは心に余裕が持てたと言うこと。未来がこうあるべき自分を作ろうとしなくなった。
 だから、アスナは変わったんだろう。誰のおかげかは知らないけど。知りたくもないけど。

「気持ち悪いくらいに変わった」
「気持ち悪いって……ひどぉ――――! ドウセツのその敵を作りそうな言い方慣れたけど、もうちょっと言い方ないの?」
「ない」
「ドウセツのバカ!」

 アスナは優しくなった。
 それに比べ、優しさが似合わない私にはこの言葉が似合うのよ。
 今だって、生活が怖い、臆病者だから……。
 それを(あらわ)にしたら、私はもう立てなくなる。
 だから時々恐い。あまりにも優しさを向けられたら、その優しさに依存してしまう自分が恐い。

「ドウセツ?」

 アスナが私の顔を伺ってきた。それを誤魔化すように、私は変えた。

「そんなにキリトと言う男がいいのかしら?」
「なんでそこでキリト君の名前が出てくるの!?」
「そりゃアスナ、さっきの流れかしてキリトの名前出てくるのは必然じゃない? キリトに恋してるのバレバレだって、アスナわかりやすいし」
「なんでこう言う時に二人とも協力するの! もう!」
 
 協力? なんのことかしら? たまたまでしょ?
 だって、私なんかに…………味方はいないのよ。

「…………」

 何故か今度はリズベットが私を見ている。

「なにジロジロ見ているのかしら? 顔舐めたいとかほざいたら死神の餌にするわよ」
「思うか! 別にジロジロ見てないっつうの!」

 リズベットがなんか吠えているが、今のうちに簡単に説明したほうがよさそうね。

「ねぇ、これからどうする?」

 アスナから切り出したことだし。丁度いいタイミングだった。

「確信は持てないけど、『白い死神』が現れる条件はわかっているわ」
「そんなの、あたし達だって……」
「貴女達とは違う考えが、成功への近道よ」
「それどういう意味よ……」

 わざわざ死ぬ危険まで命を削る必要はない。もっと簡単に現れる方法を思いついた。

「死神が現れる条件は、猛吹雪が止んで、空が快晴になった時が好機。安全エリアから出て、その後は死神が現れたら倒すだけよ」
「簡単に言っているようだけど、本当に現れるの?」
「知らない」
「知らないって……もういいわよ。それで待つか」
「その方法であっているなら、わざわざダメージを受けてHPが赤くならなくても済むもんね」

 本心では私は二人の案なんか乗りたくないので、乗ってくれるのは助かる。リズベットも反抗するかと思っていたが意外とすんなりと承知してくれたようだ。
 今は待機するだけしかできない。暇だからアスナで遊びましょうか、日ごろのお返しもあることだし。

「待つ間は、この雪山の怖い話でも」
「いや――!!」
「怖がりすぎだって、アスナ……」
「なら、リズベットの恥ずかしい失敗談の話を訊きたいわ」
「誰が話すか、そんなことを!」



 洞穴に籠ってから三時間が経過、一行に吹雪は止む気配がなかった。寧ろ、猛吹雪の荒れ吹く風が強まるだけ。これが、『デッドマウンテン』の恐怖。当たってないからどうってことないけど。安全エリアに間に合わなかったら三時間も身動きできずに吹雪を浴びてしまう
結果となり、当然三時間内にモンスターとエンカウントすることを考えると、絶対に避けるものであることは確実だと証明される。
 ランタンで沸かしたミルクをマグカップに注いでホットミルクを口に流しながら、吹雪が未だ止む気配のない。曇空を眺めていた。

「止まないね……」

 傍に寄って来たのはリズベット。一時間前にリズベットとアスナには睡眠をとるよう言って、私は見張りをする方針になったのにも関わらず、リズベットは眠らず空を、そして私を見つめていた。
 納得してなかったアスナは、三時間交代を条件に賛成したのに……なんなのかしらね、不眠症に憧れているの?

「貴女って、不眠症に憧れているんじゃないの?」
「は? 何言ってるの?」
「聞こえなかったの?」
「聞こえていなかったわけじゃないわよ! どうして空を見ているだけで、不眠症に憧れているって皮肉なことが浮かんでくるのよ!」
「寝ていいと言ったのに、何故か起きているからそう思っただけ」
「別に起きたっていいじゃない……たく……」

 とくにやることないのに起きているなんて、よくわからないわね。

「……私のこと嫌いじゃないの?」
「は? 嫌い? 嫌いって言ってないわよ」
「昨日、あんたなんか大嫌いだって大声で吠えていたくせに」
「そ、それは……そうだったね」
「嘘つき」
「悪かったわね! つか、あれはどっちかっていうとあんたのせいでしょうが!」

 それもそうだ。私がリズベットに好かれないように挑発している。他人から言わせてもらえば、私はリズベットに毒を吐いて攻撃をしている。それで喜ぶ変態ではなかった。
 嫌いなくせに……なんでリズベットは、私の傍にいる?

「あ、あのさ……」
「なに?」

 どうして私に声をかけてくる?

「さっきは、ありがとう……」

 どうして私にお礼を言うの? 私のこと、嫌いじゃないの?
 …………。

「あっそう」

 私にお礼をする意味は理解できなかったけど、お礼する理由はわからなくもなかった。結果的には間に合ったから、助ける意味はなかった。でも、事実的に言えば私はリズベットを助けた。そのお礼を私に伝えたのだろう。
 結果的には助けなくても良かったのだから、お礼を貰う言葉なんていらなかった。もっと言えば、お礼を貰う言葉なんて、まったく気にしていなかった。

「あんたってさ……アスナの言う通り、優しいんだね」
「バカじゃないの?」

 リズベットの言葉に、咄嗟に、そして意味を理解する前に否定をした。
 理由は簡単だ。そんな風に思ってほしくはなかった。例え誰であろうが、私が優しい人だって思わせてほしくはない。実際にそうなんだから。
 この際、リズベットが急にバカなことを口にしたことを問い詰めることはしない。
 だけどこれだけは言わせてもらう。

「優しくなんてないわよ」

 優しくない。
 
 優しくなんか、ない。

 吐き捨てるようにその言葉を否定した。
 ふと、視線をリズベットに向けると急に自分の左手を掴んできた。払おうかと思った。自分が優しいという言葉から逃げていること、否定して実を守ることを逃さないように私を掴んできたと、危機したから。
 だけど、彼女の目は強い眼差しに思わず(ひる)んでしまい、払い損ねた。

「あんた冷たいね……」
「……だから?」
「手が冷たいってさ、心が温かいんだよ」
「そんな迷信を信じているの? だったら、炎系のモンスターはみんな心が温かいの?」
「あんたって……優しいのかバカなのかわからないわね」
「バカにバカは言われたくない」
「うっさいな……」

 語り出す。リズベットは私を優しい人と思って語り出す。

「最初に出会った時は……アスナの嘘つきって思った。今もムカつく奴だと思っているわ。でも、なんとなく……こうやって、手を繋いでいると、ドウセツの心が温かいって伝わっている気がする」
「気持ち悪いこと言わないで」

 これは皮肉でも毒を吐いているわけでもなく、本心だった。吐き気がする言葉だった。
 そう思わせているのは、私自身の拒絶だ。それを知っているのか、知らないのか理解できない私は突き放すことはできなかった。

「気持ち悪いって……本当にそう思うのだったら、あんたはずっと前からあたしのことを拒絶しているわ。それこそ、あたしをこんなところには、絶対に連れてこないでしょ?」
「…………」

 何故、私に寄ってくる人はお節介な人が多いんだろう。
 どうして、私が優しい人だって思わせてくるのだろう。
 やめてほしいのに、そんなんじゃないのに……。
 リズベットが言ったように、拒絶して突き離せばこんなことにはならなかった。こんな風に思わなくても良かった。だけど、私はそれができなかった。
 私は弱い。弱いから、アスナやリズベットを、本気で傷つけて、二度と関わらせたくないように拒絶することが出来なかった。たった一つのことさえも、握られている手を振り払うことすらもできないくらいに私は弱かった。
 みんなが知る、私はただ強がっているだけ。

「…………バカ」
「何回バカって言うのよ」
「バカが治るまでに決まっているじゃない」

 性格が変わっているなら、もしも自分にはない勇気を得られるのなら、アスナやリズベットに、素直に話せられたのだろうか。でも、それは多分、自分ではない似た自分になってしまう気がする。根本的なところを変わるということは、それはもう別人と一緒だ。
 だから、私は変わらなくて良いかもしれないと、別人になってしまった自分を捨てた。それと同時に、そんなことを考えているから私は弱いんだと、リズベットには気づかれないように自己嫌悪になってしまった。



 リズベットが起きて、隣に近寄ってきてから一時間くらいは経過した。未だに猛吹雪が止む気配一つも感じられない。
 外は相変わらず悪天候で雪が舞い、風は荒れていて、白銀の世界とは程遠い地獄のような雪景色。中はリズベットが掴んだ左手を離そうとせず、黙ったまま外を眺めていた。
 いつまでリズベットに握られている手を払いたいところだったけど、離す気にはなれなかった。だけど、リズベットに悟られないように私は反抗している。それは、私が人の温もりを求めていると同時に、恐れを抱いている。それがリズベットの手を払うことはせず、自分からリズベットの温度を浸らないように反抗している。そうじゃないと、私が崩れそうだ。

「……ねぇ、ドウセツ」

 どれくらい会話をしていないかなんて気にしてなかったけど、急に黙っていたら急に話しかけて来た。

「相談……のってくれない?」
「相談なら、アスナに聞いて」
「アスナは寝ているから無理」
「だったら、明日にでもアスナに聞けばいいじゃない」
「無理だって……アスナには言えないことだし……」
「……そう」

 何故だからわからない。
 私の心は定まらないから、簡単に許してしまう。

「……こんな私に相談とか、なに考えているんだか」
「べ、別にいいでしょ……」

 リズベットはアスナにも言えないことを私に話した。
 その内容はキリトと言うプレイヤーのことだった。私と同じようにあっさりとオーダーメードを頼んだこと、私と同じように剣を壊したこと、私と同じように素材を入手するためにフィールドダンジョンへ向かったこと、洞穴とは違う穴で二人っきりになったこと、ここまでは私と共通するところだった。キリトと私と違うことは穴で一晩過ごしたこと、そして、リズベットはキリトに恋したことだった。だけど、親友のアスナが恋する相手がキリトだと知ってしまったリズベットは身を引いてしまったことを話してくれた。

「あたしさ、たまに思ってしまうのよね。キリトが好き、アスナのことも好きなのに、キリトの傍にいるのはあたしじゃないんだって……アスナに嫉妬してしまう。でも、あたしはアスナに幸せになってほしい。アスナの恋がキリトに結びついてほしいのも本望。だからかな……時々不安になる。あたしは…………“どっち”なのかってさ、わからなくなる。」
「…………」

 恋の気持ちなんてわからない。したことないし、されたこともない。……愛なんて知らない。
 だけど、“どっち”というリズベットが表した二つの気持ちは、わかる気がした。それでも、リズベットの気持ちなんてわかることなんてないだろうけど。

「どちらとも選べないの?」

 リズベットは首を左右に振る。

「どちらとも選べたくないことではなく、どちらとも選びたい、かな。アスナには幸せになってほしい、なのにアスナのことを嫉妬して邪魔者扱いしてしまうかもしれない。キリトはあたしの恋人になってほしいって、欲張ってしまいそうな時がある。そして欲張った結果、全部失う…………そしたら、あたし……どうなっちゃうだろう」
「…………」
「ごめん……なに言っているんだろうって、話だよね。全部あたしの問題なのに……」

 ……そんな。
 そんな、悲しい顔を我慢するように苦笑いで誤魔化したって、無理をしているって悟られるわよ。声だって、震えて今にも泣きだしそうな声しても自分は平気だと誤魔化しているの?
 ……そんなことわかっているなら。いや、わかっていたとしても、感情を上手くコントロールするのは難しい。そのまんま流されることだってある。だからリズベットは自分が抱え込んでいる不安なことを私に話した。そして、最後に私を困らせないように、流される感情を精一杯堪えて、謝った。
 リズベットが言った通り、不安なんだ。恐れている未来が見えてしまいそうだから、そうなりたくないからなんとかして避けようとする。
 でもね、どうしてだがわからないけど。不安な未来ほど、よく当たったりしてしまう。きっと不安から招いた結果が不安の最大限を招いてしまうからかもしれない。
 誰だって悩みや不安などあって、それを避けるのに必死になったりなんとかして避けようとする人もいるだろう。
 だからこそ。

「……それはしょうがないことじゃないの?」

 リズベットが謝る必要はないと思うし、理解できないような話ではない。

「不安になることは誰にでもあることだろうし、別に謝る必要はないわ。それを私に話すことで、不安を和らいだかしら?」
「それは……」
「別にそれでいいのよ。抱え込んでいるままだと、自滅してしまうわ」

 例えばこんな人がいる。何かに囚われ続けた一人は、それから逃れるように、でも逃げることも恐怖を覚えている一人は理由をつけて逃げようとしていた。誰かに助けを求めることなど許されないと思い込んでいた一人は、独りで不安や恐怖、負の感情を溢れないように精一杯抱え込んでいた。しかし、それらを独りで持ち続けることは良いことではなかった。重い物を持つように、自分の力で持ち切れなかったら台無しになってしまう。それと同じように、いつか台無しになって、後戻りができなくなってしまう。
 それこそ、後悔であり。最悪一人の命が消えてしまうことだってあるだろう。
 だからこそ、自分が抱え込んでいることを誰かに話すことは小さなことだけど、十分に不安から取り除くことができる。

「リズベットはどうしたいの?」
「ど、どうって……?」
「キリトに告白して恋人になりたいの? それともアスナに応援をするの?」
「それを訊いているんじゃ……」
「悪いけど私は人に恋なんてしたことない。言えることは後悔のないように気持ちだけでも伝えたらどうなのかってぐらいしか」
「それでいいのよ……もう……」

 リズベットはクスッと微笑んだ。

「ありがとう……相談に乗ってくれて」

 解決はできたかしら? リズベットはどう思っているのだろうか?
 ただ言えることは、先ほどは私に遠慮して苦笑いで誤魔化そうとしていたのに対して、今は誤魔化しのない、言わば心からの安心感から出る頬笑み。それはリズベットの中で不安が少しでも取り除いたことになるのだろう。
 例外はいくらでもあるけど、私の目が節穴でなければ、リズベットは安心していた。私にはそう見えている。
 それと同時に、ふと外を眺めていたら猛吹雪で覆われた景色が嘘のように降り止んだ。

「あ、止んだよ!」
「言われなくてもわかっている。アスナを起こして」
「ドウセツは!?」
「私は先に出るわ」
「え、ちょっと!?」

 リズベットがなんかやいやい言っているが、そんな制止を振り払うように私は洞穴の安全エリアから出た。
 見るだけで不安が過るような、覆われていた雲の姿など消え、満天の星空と月夜の光が雪山を照らしている。神秘的で美しい雪山と夜景のコラボセット。だが生憎そんなものに浸っている興味はない。
 興味があるのは、月夜の光で影になっている素材を持つ『白い死神』しか興味がない。

「ありがとうね…………私には似合わないわね」

 感謝を吐き捨てる自分がいた。
 それでも、嫌ではない自分がいた。
 リズベットに相談されて嫌じゃない自分がいる。

「私らしくないわね……こんなことを考えるなら、やっぱり一人で来たほうがよかったわ。

 なんて、嬉しいという感情に振り回れそうな自分が嫌いになってほしかった。

「白い死神ね……そう言えば、昔そう呼ばれるプレイヤーがいたわね…………なんだから、私は白いのにやたら縁があるようだわ」

 猛吹雪による強烈な前座が終えるように、満天の星空から主役が現れる。
 それは私の目の前に舞い降り立ち『白い死神』こと白竜が登場した。

「やっと現れたわね。カタナの素材」

 目的のために私はカタナを抜いた。 
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