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とある緋弾のソードアート・ライブ

作者:常盤赤色
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第一五話「超電磁砲vsサソリの尾」

1,







 覆い被さるように動いてきたゲル状の何か。両手で持てるほどの大きさだったそれは、すぐに形状を広く、厚さを薄くし、網目の無い網のようになり相手を捕らえようとする。

 「面」を重視したその動きは、相手を覆えば確実にスライムの粘着性により動きを封じるだろう。

 しかし、薄くなるということは弱点を晒し出しやすい。

 スライムの塊、その中心に見える鉱石のようなものを打ち抜き、麦野沈利は舌打ちをしながら、ついでに後ろから襲いかかってきた緑色の醜悪な面をした化け物を「原子崩し」でなぎ払った。

「ったく……折角この前買ったばっかのおニューの服までダメにしやがって。どこまで人のモンに危害加えりゃ気がすむんだ?」

 ALOにおいては『ゴブリン』と呼ばれるそれらを一撃で数体ほど打ち抜き、文字通りの愉快なオブジェへと変えていきながら、麦野沈利は路地裏からとりあえず大通りに出た。

 スライム状の残りカスを服から取り除きながら歩いてきた路地裏を除く。そこには先ほどまであった現代アート風味のオブジェと化したモンスターたちの死骸はもはやなく、なにやらおかしな鉱石がゴロゴロと転がっている状態だった。

 先ほどの巨大骸骨の四肢が「原子崩し」によって分担され、御坂の「超電磁砲」で吹き飛ばした後からこれの繰り返しである。ここの実力はまるで低いゴブリンやスライム状の生物たちが、100体単位でこちらに斧やら剣やらを向けてくるので、それを「原子崩し」で一掃する。

 だがスライムはどうしても「原子崩し」で攻撃するとゲル状の物が飛び散ってしまう。それらもしばらくするとモンスター本体と同じように光となって消えるが、消える前は感触もあるし、「服についた」という事実だけで気持ち悪くなりそうだった。

 ともかく一息ついたというところで、麦野はある事に気づく。

 ……そういや第3位や絹旗と逸れたようだな。

 あの物量で乱戦になった際、ごちゃ混ぜになりそれぞれが離脱してしまったようだ。思えば最初に襲われたコンビニから随分と離れてしまっている。

 ……ま、あいつらが死んだらそれはそれだが。

 死んだら、結局はそいつが弱かっただけである。そんな他人のことなんか知ったことないので、とりあえずこれからどうしようかと考える。

 一応、浜面から呼び出され待ち合わせはしていたものの、この騒ぎでは今から待ち合わせ場所に行ってもいない可能性の方が大きい。

 ……なにより、戻るの面倒くさいしな。

 そんなことを考えていれば近くに誰かが近づいてきていることに、麦野は気づいた。

 麦野ー、と呼ばれる声に反応すれば、通りの、麦野の右側から絹旗が駆けつけてきた。体には特に傷や負傷の痕はなく、何事もなくあの場を1人で対処したことが分かる。

「……超電磁砲はどうした?」

 駆けつけてきた絹旗に麦野は問う。が、

「ん、別れたみたいだけど……ま、超電磁砲のことだからどうせ無事だろうけどね」

 それについては麦野も同意だ。仮にも自分よりも高い階級に位置付けられているレベル5である。あんな雑魚相手にやられるようなタマでは無いだろう。

 これからどう動くか。それを判断するためにもまずは自分たちの状況を確認しようとした麦野の耳に、1つの声が響いた。

 否。それは声ではなく歌であった。

「……『通りゃんせ』?」
「…………」

 それは同時刻、青髪ピアスや姫神たちも聞いていたであろう物と、同じ物であった。

 女の声で歌われる、少し歌詞が違う「通りゃんせ」。

 その歌声は聞き惚れるようなもので

「…………綺麗ですねー」

 無意識のうちにそんな声が出ていた。

 やがて歌は終わり、声は途絶える。しかし尚、その余韻は切れることはなかった。

 今のは一体何だったのだろうか。

 その答えを求めるためか、はたまた何と無く空を見上げてみただけか。

 ともかく、空を何の気なしに見上げた麦野は、偶然にもそれを見つけることになった。

「──おい。ありゃ何だ」
「?」

 見上げる麦野の視線の先、そこに質問の意図があると判った絹旗は、その視線の先へと自分の視線を向けた。

 雲だ。そこにあったのは冬初めの肌寒くなってきた空気の元、どこまでも高い空に浮かぶ白い薄い雲。どこにでもあるような風景だ。

 問題はその形だ。

 丸で何かから退くように、急激に雲の形が変わっていっていた。

 あるものは掻き消え、あるものは吹き飛ばされ、あるものソフトクリームのような形を急速に崩しながら、全てが何かを覆うかのように横に長い楕円状に変形していく。

 それはまるで、何かから雲がどこうとしてるかのように。

「ありゃ……」

 ……なんだ?







2,







 削板軍覇は横須賀を安全な場所にまで背負っていった後、学園都市のビルからビルを飛び移りながら現状を見ていた。

「こりゃひでぇな……」

 学園都市の各地で何らかの異常が起こっていると思われる煙や、騒音がよく分かる。

 どこもかしこも風紀委員や警備員、もしくは巻き込まれた一般人が、あるいは負傷し、あるいは度重なる不条理な攻撃から身を隠すことしかできていなかった。

 出来るだけその場に突っ込み、敵を殴って場を沈めていく。が

「騒ぎの場が多すぎるなおい……!」

 場を収集しても、すぐに別の一団が現れ、また別の戦闘が起こり出す。

 銃を持った傭兵のようなものから、剣やナイフなどで闘うどこぞのRPGの剣士のようなもの。明らかに人外な化け物まで。削板的にはもっと根性がある相手を願っているところだが、そんな高望みをしている暇すらない。

 何より、敵を倒しても、その体は結晶となって消えるだけというものだった。

「……」

 燻っている。

 敵が己の肉体を持って、何らかの意思の元に戦っていたのなら、まだ「根性がある」として賞賛出来ただろう。

 だが、あれは確実にそうではない。化け物の動きはまるで幽鬼のようで、明確な意思を持っていないことは明らかだし、人間の方も、まるでゲームでもしてるようだ。殴っても感触が薄く、それらはすぐに訳のわからない変な鉱石へと変わってしまう。

 要は根性が感じられなかった。

「……っ」

 ビルの上から一気に跳躍し、コンクリートの公道へと着地する。自分の周りの道路にクレーターが出来上がるが気にしない。

 すぐさま右足でコンクリートの地面を強く踏み込む。体を丸めて放たれたその様はまるで砲弾のようにして自らの体を打ち出す。銃撃戦を繰り広げていた警備員、男達の両方が惚けた目線を向けていたのが見える。

 まずは1人。突っ込んだ勢いで削板は体を男の懐へと激突させた。いきなり現れたこちらに惚けていた男は、銃器を構えることもできずに吹っ飛ばされ空中を5回転くらいしながら路面に激突した。

 男を壁にして勢いを消した削板は慌てて銃を構える動作を取っていた右斜めの男に拳を叩き込む。

 一撃。

 その一撃で男が吹っ飛ばされ、近くのビルの壁に大の字を作ってめり込む。

「…………と」

 その場で宙返りすると自分がいた位置に銃撃が加えられた。

 後方宙返りで落下しながら、斬りかかろうとしていた男の顔面を踏み砕き、そして

「──すごいパーンチ」

 残り全ての敵を吹き飛ばした。


 ⚫︎


 まるで嵐のようにその場の全てを吹き飛ばした削板は再び跳躍する。

 ビルの窓際や壁を走って一気に屋上まで駆け上がる。その後は先ほどまで同じように、ビルの縁から縁を飛び移ることを始めた。

 飛び移る際に一度下を見てみる。

 するとそこには先ほどから嫌というほど繰り返されていた景色が、性懲りもなく広がっていた。

「……ちっ」

 謎の鉱石が転がっている。どういう方法かは見当がつかないが、変わらず学園都市を襲っている相手の体は偽物のものであるらしい。

 今は対処したが、恐らくまたあの戦場にはすぐに別の一団が出てきて、警備員や風紀委員を襲い始める。それを退けたとしてもまた来るだろう。まさに無限ループだ。

 ……せめて根性があるやついねぇのか……!

 飢えている、と自分でも感じる。倒す気が乗らない敵を延々と倒すことは最早作業だ。それではただ辛いだけだった。

 せめて、1人でもいい。誰か自らの本当の肉体で、拳を握ってかかってくるやつはいないのか。

 ビルが途切れ、コンテナへと大跳躍しながら削板は視線を泳がせる。誰か、根性に飢えている自分を満足させてくれるようなやつはいないかと。

 と、コンテナから風車へと跳躍した時、それを見つけた。

 今までの男達とは明らかに違う一団だ。老人や子供、外国人もいた。1人、狐の尻尾的なものが生えているのがいたが、尻尾が生えるとは大した根性だ。根性に男も女も老人も幼児も関係ない。

 集団はコンテナとコンテナの間で何らかの話し合いと準備をしていた。後ろにある扉が無造作に空いている廃工場から黒人が1人出てきて彼らに合流したので、そこがアジトかなんかなのだろう。

 なんの集団かはわからないがマシンガンやら持っている時点でろくなのではないだろう。だが、削板は

「──おもしれぇ……」

 一団の中の1人の少年。自分と同じくらいの年代のド派手な特攻服を着た少年と目が合った。

 削板は理解する。

 あれは間違いない。根性がある目だ。

 自分が、望んでいた相手だ。

 今までの敵とも言えない相手への憤りや、根性も何も持たずに暴れるだけの相手への燻りは瞬時に忘れられ、喜びが満たされる。

 続いてこちらに気づいた他の面子を退けながら、その相手は正面に、自分に向かって立つ。

 一瞬で削板の表情が笑みへと変わった。

 風車から直接、地面へと飛び立つ。相手へと、最高の一撃を加えるべく。

 砂利の上に降り立つと同時、踏み込みにより砲弾のように自らを打ち出す。砂利を踏み出すのは本来なら幾分か踏み込みが甘くなる可能性があるが、そんなことは削板には関係が無かった。

 できる限り最大限の踏み込みによって打ち出された。

 行動は単純だ。踏み出した勢いを拳に乗せ、相手を穿つ。単純な話である。

 ただ、それら全ての行為を、()()()()のスピードに乗って行えば、それは弾丸以上に恐ろしい立派な凶器になる。

 ロケットスタートの要領で削板のスピードは一気に音速を超えた。そこから打ち出す一撃は届けばあらゆる壁や防具を容易く吹き飛ばし、あらゆる武装を破壊するだろう。

 それに対して、少年が取った行動もまた、単純だった。

「…………」
「──え」

 右に避けたのだ。音速以上の勢いを乗せ突き放たれた拳を。同じ音速以上で。右に。

 生じた結果の末、削板の体は伸びきっていた。なにせ相手に叩き込むために、右拳を突き出し右腕を伸びきった状態にしていたのだから。さらに体はスピードに乗るために前傾姿勢となり、修正が効きづらい。

 ようは、隙を作ってしまった。

 ほんの一瞬の隙だ。常人なら瞬間的すぎて知覚することすら苦難だろう。

 が、実力者同士の戦いではそれが敗北へと繋がる明確な隙へとなる。

 前へと伸びきった右腕。本来なら自らの拳が叩き込まれていただろう相手がいた場所を見据えていた削板の顔が一瞬、右を向いた。

 直後。その顔面に「流星(メテオ)」が叩き込まれる。


 ⚫︎


「ジーサード様!」

 突然飛び込んできた敵をジーサードが「流星」でいつの間にか迎撃していたのに気づいたジーサードリーグの者たちは、急いでジーサードに駆けつけようとした。ツクモやロカ、アトラスやコリンズも同様だ。金女とアンガスも一歩踏み出した。それをジーサードは

「──来るな!」

 一括。その理由は。

「……まだ終わっちゃいねぇよ」

 ジーサードの一言ともに、ツクモは見た。ジーサードの「流星」を完全に顔面に直撃させられた相手が、まるでなんでも無かったかのようにひしゃげたコンテナから立ち上がるのを。

「なっ………」

 コリンズが呻くのが聞こえた。恐らくこの場の全員は同じ心境では無いだろうか。もちろんツクモもそうである。

 元々、ジーサードリーグの多くの者はジーサードを殺すために派遣され、彼に退けられ、その末にジーサードというアメリカ、否、世界でも屈指のカリスマ性の持ち主の元に就くことを選んだ人物たちだ。ジーサードの拳の恐ろしさはその場のほとんど全員が体に染み付いている。本当に痛いほど分かる、というやつである。

 ……なのになんで立っているんだ!?

 相手は呑気に首を鳴らしてすらいる。一瞬余裕があることを見せつけてきたのかと思い、苛立ちの感情が出たが、すぐさま別の物が目に入ってきた。

 それは

 ……笑み?


 ⚫︎


 削板は自らの根性を叩き直すために、自分の両頬を思い切り引っ叩いた。

「──よし」

 はっきり言おう。舐めていた。

 どうやらこちらの根性が足りていなかったようだ。それは相手の根性に対して一番失礼なことだし、何より、相手を侮辱しているのと同じだ。

 目の前の少年を見据える。

 少年は自らの仲間らしき者たちを後ろに下がらせながら、こちらも同じように見据えてきていた。

 ……仲間を庇うとは、やっぱり根性があるな……!

 この男はただ自分の力に自信を持つだけの男ではない。仲間を遠ざけたのは自身の戦いに介入させない為もあるだろうが、何より敵が仲間たちを標的にしてこないように、敢えて自分が前に出たのだ。

 仲間を庇い、その仲間たちが男の力を信頼しているが故に下がる。これが根性がある以外に何という。

 腑抜けていたのは自分かもしれない。確かに最近、横須賀以外に根性のあるやつと戦うことが無かった。根性が抜けていたかもしれない。

 体に熱がこもるのが分かる。いい根性の入れ具合だ。前に出会ったドラゴンを出してくる根性あるやつのことや、自分が手も足も出せず敗北させられた根性のあるやつのことを思い出す。

 自然に口は笑みを描いていた。

「おもしれぇ…………」

 凹んだコンテナから離れて、目の前の男に近づいていく。目の前の男もそれに応じるかのように、こちらに近づいてくる。

「──俺は削板軍覇。オマエは?」
「ジーサードだ」

 こちらの問いに答えたその男──ジーサードは、

「まさかご所望していた相手が自分から殴りかかってくるとは思わなかったが……まぁいい」

 相手もこちらに応じてか、はたまた自然になのか。どちらかは分からないが相手も笑い出す。

 こちらとの戦いを楽しみにしている、そんな笑みだった。

「安心したぜ。最初に殴り飛ばされた時は拍子抜けしかけたがな」
「何言ってやがる」

 煽ってるのかは知らないが、煽っているならそれで乗ってやってもいいだろうと削板は思った。

「あの時は恥ずかしいことに根性が足りなくて腑抜けていたからな。──そう、言うならば……全力じゃなかったな」
「お?奇遇だな。俺もあの時の「流星」は本気じゃなかったぜ」

 「流星」。それが先ほどのパンチの正体らしい。確かに「らしい」技名だ。あの衝撃はまるで隕石のようだったから。何より根性が入っていて、かっこいい。

「そうだな……俺は五割だったな」
「へぇー。俺は25%だった」
「いや、間違えた。一割だったわ」
「ああ、5%だな!」
「じゃあ0.5割!あんなヘナヘナな根性のパンチなんて、パンチじゃなくてただ拳を突き出しただけだからな!」
「0%だな!0%!ハハ!こちらは力すら出してねぇ!」
「じゃあマイナスだ!マイナス!」
『何を締まらない張り合いしてんだあんたらは!!』

 部外者からツッコミが入ったが気にしない。

「なら!」
「こっからは根性込めて!」
『全力で!』

 直後に。

 放たれた音速の2つの拳が。

 交錯する。







3,







 御坂美琴は裏路地にて止めどない戦闘を繰り返していた。

 敵の一体一体は大したことのない敵だ。だが、数がとにかく多い。それはもうゴミ屋敷のゴキブリのようにわさわさと出てくる。

「──ああああもう!しつこいちゅーの!」

 一気に電撃で焼き焦げさせる。波のように迫ってきた雑魚たちはそれこそ一撃で例の鉱石へと変わっていく。現に、御坂の周りには両手で抱える程度の鉱石がゴロゴロと転がっていた。

 だが範囲が足りない。目の前に迫る一団を倒しても倒しても、後ろから次々と補充が成される。そしてもう一つ分かるのが

「こいつら……痛覚がないっての!?」

 最初に対人間様に調節した電撃を今襲い掛かってきているRPG調のモンスターとは違う、銃を持ったり剣を持ったりで統一感がない連中に当てたときだった。

 いくら調節したとはいえ、一撃で人間を失神させることができる電撃(あの馬鹿は例外)を、食らって、相手は怯みはしたものの、立ち向かってきたのであった。

 ……並みのスタンガンは軽く超えてたのは確かよね……。

 また砂鉄の剣で牽制を行っていたときもだった。相手の一部は砂鉄の剣に刻まれ、腕が吹っ飛ばされるのも厭わず、笑いながらこっちに向かってきていた。あの時は流石に寒気がしたものだ。

 何より

 ……なにしても血が出ないなんて、明らかに人間の体じゃないもの……!

 ある程度ダメージを食らった敵は倒れはするものの、すぐに足元に転がっているのと同じ変な鉱石を残してまるで体が砕けるように消え去る。

 今は人間相手ではないから無意識の手加減も無く全力の攻撃ができるが、このままいつか数で覆される。

 虎の子の超電磁砲もあるが、ポケットにあるコインは今日補充するつもりでそこまで数が多くないのが現状だった。残り8個。そんな超電磁砲を使う場面もないだろうが、雑魚相手に使っていざという時にコイン切れなど洒落にならない。

 砂鉄の剣はコンクリート上では作れず、使い勝手のいい大きな範囲攻撃が軒並み封じ込まれられた感覚だ。相対ならともかく、物量戦では押し切られる可能性がある。早々にケリをつけなければならなかった。

 更には、それらを関係ないように敵は止めどなく襲い掛かってくる。

 そろそろこの状況を覆す一手を撃つべきだろうか、と御坂が思ったときだった。

 前面の敵が全て薙ぎ払わたのである。


 ⚫︎


「なっ……!?」

 まさに一閃。そんな一撃だった。

 その場を埋め尽くしていた化け物たち全てが地面と垂直の一閃に断ち切られ、鉱石となって消えていく。

 裏路地を埋め尽くすかのようにいた化け物たちが一瞬で、御坂ですら手こずったほどの物量が全ていなくなっている。

 残ったのは鉱石と相対する2人の人物。

 1人は突然の介入に驚きを隠せない御坂。そして一方は巨大な一振りの大鎌を構えていた。

 芳醇な香りを放つ良質のウィスキーを思わせる済んだ茶髪の綺麗な三つ編みと、絹のように白い肌、華奢ながらも肉付きはよくモデル裸足の力強さと凛々しさ、そして儚さを感じさせる容姿をしているその女性が大鎌を持つその姿は、美しさもあれど、何故か死神のように御坂は感じた。

「──これ……あなたがやったの?」
「ええ」

 目の前の美人はうなづく。まるで動作一つ一つで絵になるような優雅さと妖艶さを兼ね備えている。プロポーションを見ても、確実に女性として御坂は敗北していると認めた。特に胸とか。

 ……こ、これからが大事だから!これからが!

 自分が変な動きをしたことが相手に暴露たらしく、女性は「キョトン」と可愛く首を傾げていた。

 話題を変えなければ。

「あ、あんたが学園都市の暗部を外部にさらけ出そうとか馬鹿げたことしている連中なの?」

 相手がうなづくがまぁこれは分かっていたことだ。このタイミングで大鎌なんて物騒な物を持って登場するなど、十中八九レベル5たちに警告が成された「学園都市の闇の解明」を目的に動く連中の1人に違いない。

 だから御坂は女性にこう告げた。

「やめときなさい」

 女性の表情が、少し変わった気がした。構わず続ける。

「学園都市の暗部は深いわ。部外者がその全てを知ろうとしたって、学園都市の闇に潰されるのがオチよ。貴方だってこんなことで怪我はしたくないでしょ──」
「ヨブ記8章3節」

 突然発せられた声に、御坂の言葉が中断される。御坂が目線を向ければ、彼女は続きを言い出した。

「──神は公義を曲げられるであろうか。全能者は正義を曲げられるであろうか」
「──何?聖書?」

 科学主義の学園都市で聖書の復唱とは、随分と物好きな人間ね、と御坂は呟こうとするが、その言葉もまた中断された。

「──クローン2万体を殺して絶対能力を作り上げようとしたあの計画は、善悪の解釈だけで問えば正しい行いだったかもしれないわね」
「!…………ッ」

 間違いない。この人はあの狂った計画のことを知っている。

 それを知って、尚動いている。

 御坂の脳裏にある少年の顔が浮かんだ。自分の命一つで、全てを解決させようとして壊れていた自分に「心配した」と言ってくれ、自分のやり方を否定してくれた少年を。

「だけど──私が受け継いできた『義』が、それを納得させてくれないのよ。
 善悪なんかじゃない。そんな人を助けるのが、私の夢だったから。
 ちょっと迷ったりしたけど、弟に教えられてね。今はそれをもう一度目指せるようになったの」

 ……この人もあいつと同じ。

「この街の闇が深いことは分かっているわ。だから──力を貸してくれない?」

 この学園都市の闇を晴らすための力を、と女性は締めくくった。

 確かに、悪い話ではない。

 もしかしたら、この学園都市の闇を晴らすことが、本当に可能かもしれない。

 この騒ぎも彼らによる物かもしれないが、先ほどから襲い掛かってくる化け物を彼女が大鎌を使ったり、何故かはわからないが彼女の後方で砂が盛り上がり壁が作られることで対処している事から、そうではない可能性だって捨てきれない。

 そしたら、あの子たちのような子たちを、救えるかもしれない。

 だから御坂は──

「──ごめん。それは……無理よ」

 それを拒否した。


 ⚫︎


 ……拒否した!?

 カナは内心の驚きを隠せなかった。

 彼女がこの学園都市から負わされた傷は大きい。それは心の中に残り、憤りや怒り、後悔へと変わっているはずだ。

 この子は学園都市の闇を晴らすことを望んでいる。そう思っていた。

 だから何故拒否したか、その理由がカナには一瞬分からなかった。

 だが

「別に学園都市の闇を見て見ぬふりしていようとか、そういうことじゃないわ」

 結論を出す前に、彼女から先に結論が出されてきた。

 それは

「確かに──学園都市の嫌なところを私は許せないわ。能力者を実験動物みたいに見ている、そんなところを」

 だったら、と言おうとしたが、それを御坂に遮られる。

「けど。あなたたちのやり方じゃ、学園都市を悪戯に傷つけるだけだわ。今の騒ぎがあなたたちの仕業じゃないにしてもね」

 一瞬、この騒ぎを起こしているために信用が無いのかと思ったが、相手はこちらの所為ではない可能性もちゃんと見ているらしい。

 ……頭の良い子ね。

「この街に来たから会えた大切な人がいて、その出会いが私の宝物なのも本当なの。
 多分この問題は、私たち学園都市の人間たちでどうにかしなきゃいけない問題なの。少しずつでいい。私を助けてくれたり、私が助けたいと思ってくれた人たちと、少しずつ変えていけば。
 ──ある人が、そう言ってくれたの」

 納得した。

 彼女を救うような人間が、学園都市には大勢いるのだと。

 ……彼女はこの街に傷を負わされたけど、彼女の傷を癒してくれたのも、この街だったということね。

 そして、目の前の少女は最後にこう言い放った。

「それに、あの実験で失われた1万人以上の命は、学園都市だけの罪じゃない。私の罪でもあるのよ」

 だから

「私は私の罪から逃げたくない。一生この罪を背負うことになっても、それでも、逃げたくないの」


 ⚫︎


「これは私たち学園都市の人間が背負うべき問題。だから解決は私たちの手でしたいの。それが自分勝手な考えでもね。
 力づくで連れて行くならそれでもいいわ。けど──力限りの抵抗はさせてもらうわよ」

 御坂は構える。言いたいことは言い切った。ここからはお互いの信念や考え方を、文字通りぶつけ合う場面だ。

 敵は未知数。能力者でないことは確かだが、何せここのところ、外部からでも理屈のつかない技術があることを知った。振るう大鎌が目で終えないなど、油断できるような相手ではないだろう。

 相手が大鎌を指先でバトンのように回す。それに対してこちらもいつでも動けるように、電磁波によるバリアと電撃をいつでも放てるように準備する。

 狙うは金属棒で構成される大鎌だ。あれを磁力で奪い取る。奪い取れなかったとしても、磁力で引き寄せれば相手の動きの阻害にはなるだろう。そこで隙さえ作れば、確実に電撃を通すことができる。

 一気に空気が締まる感じがした。間違いなくこの相手は強い。

 そして、遂に──

「じゃあ……ちょっと学園都市を行き来して喉渇いちゃったし、お茶でも飲まない?」

 分割した大鎌の金属棒の一つの蓋を回し、中からお茶を取り出した。





「………………は?」
「パトラー」
「おお、カナ。なんじゃ?」

 御坂が素っ頓狂な声を出すと同時、路地裏に1つの影が現れた。

 砂で作られた犬の顔をした人形が担いだ砂の神輿の上の、砂の玉座に乗りながら現れたのはツンと高い鼻に切れ長の目、おかっぱ頭の中東美人だった。

 まるで古代エジプトの王女のような格好をした彼女は、砂の人形たちが膝をつくと、優雅に神輿から降り、カナと呼ばれた女性に近づいた。

「お茶が飲みたいんだけど、パトラも緑地飲む?」
「お茶か……そういえば妾も少し喉が渇いたな。だが持参のカルカデがあるので、そちらを飲むとしよう」

 パトラ、というらしい女性が指を鳴らせば、砂の神輿の中から1つの砂の人形が現れ、彼女に水筒を渡した。蓋がカップになるタイプの水筒を2人ともそれぞれ開け、水筒の中身をすすぎ、共に飲んだ。どちらも飲む姿も絵になる美人だ。絵を1億で売られていても、買おうとするものがいるだろう。

 ……いやそうじゃない。

「あ、あの?」
「美味しいわね」
「美味しいのう」
「ちょ、ちょっと!?」

 優雅に路地裏でティータイムなどやっている貴婦人2人に狼狽える御坂。すると貴婦人らしき何かである2人は

「なんじゃ。今は妾とカナが喉を潤している最中ぢゃろうが。気を利かせい」
「えっ……何?私が悪いの!?」
「当たり前じゃ。カナ、どうぢゃ?カルカデ、飲むか?」
「確かエジプトの良質なハイビスカス・ティーだったわね。是非もらうわ」
「うむ。安くて妾には似合わん品ぢゃと思っていたが、安さに似合わず上質での。そのかわり、カナも妾に緑茶をくれ」
「いいわよ」

 ……だ、駄目だ。流れについてけない……。

 お互いのコップに緑茶とカルカデを注いで、コップを交換して飲んでいる。偉く妖艶であるが、わざわざコップを交換するのには何か理由があるのだろうか。

 ……これ以上は考えるな。考えるな!

「……ふう。緑茶も美味しいのお」
「うん、美味しいわね」
「そ、そろそろいいかしら?」

 いい加減こっちが可笑しくなりそうだったので本題に移させてもらう、それは

「え、何?今の流れ、完全にやり合う流れだったわよね?」
「何言っとるんぢゃ。カナがお前みたいな小娘、相手にするわけなかろう」

 なー、カナ、と言っているパトラからは何となく黒子がこちらに向けてくるのと同じ雰囲気が感じられたが、考えるな。

「……え?何?あの受け答え何だったの!?」
「ごめんなさい。ちょっとそちらがどういう人なのか測るため、わざとあんなこと言ったの。ごめんなさい
あ。あの計画についての個人的な見解は本心からよ」

 ……測られた!?と驚愕する。が、同時に疑問が浮かんだ。

「何の為に!?」
「言ったでしょう?力を借りたいって」

 学園都市の暗部を公表するために力を貸して欲しいというだろうか。それなら断ったはずだ。

「だから私は」
「違うの」

 それを否定したのはカナだった。そして彼女は、こう続けた。

「この街で行われようとしていることから、240万人を救うために力を借りたいの。御坂美琴さん」
「…………?」







第一五話「超電磁砲vsサソリの尾」完
 
 

 
後書き
一度やってみたかったんですよね…………タイトル詐欺。

2015年 4月 26日
虐げられキャラ好きなので、点蔵が意外と好きだったりします。ホライゾン4巻下を読む常盤赤色。 
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