渦巻く滄海 紅き空 【上】
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八十五 木ノ葉五人衆
春特有の穏やかな陽射しの中、淡紅色の花弁が舞っていた。
咲き乱れる満開の桜から止め処なく落ちゆく。
何処へ行こうか迷うように、くるくる輪を描き、やがて風に身を任せる。
ひらひらと、ただ風に乗って。優雅に気儘に東西を弁ぜず。
流れ着いたその先に何が待ち受けているかも知らずに。
日光さえも遮る混然とした森。
枝葉の合間から射し込む僅かな光が緊張を少しでも和らげるように、子ども達の頭上に降り注いでいる。
木ノ葉マークが施された額当てが鈍く光った。
波風ナル・奈良シカマル・犬塚キバ・日向ネジ・山中いの。里抜けしたサスケを連れ戻す為に編成された小隊である。
サスケを始め、彼を手引きしたとされる音忍達を追っていた彼らは、今ようやく追いついたところであった。
現在は、どうやら休憩しているらしき音忍達を暫し離れた地点から監視している。
もっとも、スパイとして大蛇丸の許へ行くサスケを見逃すのが本来の目的なのだが、現時点でその事実を知り得るのはシカマルのみであった。
「―――まだ気づかれてはいないようだな」
草叢に身を潜めたシカマルが、遠目で敵の数を確認する。前以て綱手に聞かされた情報通りならば、サスケを含め六人のはずだ。そこで疑問が生じる。
同じく茂みに隠れていたナルが隣でシカマルの心中を代弁した。
「あれ…?サスケがいないってばよ?」
不思議そうに首を傾げた後、ハッとする。まさかサスケが殺されたのでは、と悪い方向に考えそうになるナルをキバが押し止めた。
「いや、大丈夫だ。此処からもう少し先の場所でサスケの匂いがする」
キバの嗅覚によれば、サスケは敵の一人と共に国境の方へ先に向かっているらしい。
「サスケを欲しがっている奴らがそう簡単に殺すはずはないだろう」というネジの一言で、ほっと安堵の溜息をつくナルを、シカマルは複雑な眼差しで眺めていた。
真実を言えないだけ、心苦しい。だが、火影の命令である以上、本当の事は言えない。その上、綱手個人からも「ナルにだけは決して悟られるな」と念を押されている。
そんなシカマルの心情など知らぬキバがわざと明るい声を上げた。
「目の前の四人倒しちまえば、サスケと一緒にいる奴倒して終わりじゃね?楽勝じゃねーか」
「そう簡単にいけばいいがな…」
苦笑するネジの傍ら、ナルは先ほどからずっと黙り込んでいる彼女の顔を覗き込んだ。「いの、大丈夫だってば?」と心配する声音に、少年達も異変に気づく。
何時に無く静かな幼馴染みの様子に、シカマルもまた怪訝な顔で「どうした?」と問い掛けた。
「……敵は四人…?違う、だって」
青褪めた顔でぶつぶつと呟く。いのの小声を拾おうと、耳を澄ませたナル達は彼女の次の言葉に揃って顔を顰めた。
「―――此処に五人いるじゃない……ッ」
「――どういう意味だ?」
いのの不可解な発言に、すぐさま対応出来たのはシカマルだった。
敵の様子を窺えば、まだ此方には気づいていないようだ。それに安堵しつつ、数を数える。
どう見ても、キバの言う通り、四人しかいない。それなのに、いのは五人いると言う。
「いの、どういう意味だ?」
再度言葉の意味を問えば、いのも動揺していたのであろう。一度深呼吸してから、順を追って説明し始める。
しかしながらその間も、いのの視線は目の前にいる音忍四人を捉えていた。
「…私の能力は知ってるわよね?」
山中一族に伝わる忍術【心転身の術】。
敵や動物の心に入り込み、その身体を意のままに操る――要は相手の精神を乗っ取る術である。
「それがどうした?」
「これでも一応、修行してる身よ?身体を乗っ取る前に、相手の精神に触れる事ぐらいは多少なりとも出来るわ……まぁ、今みたいに相手の姿が見える程度は近づかないと無理だけど」
ネジのもっともな質問に、いのは聊か得意気に答えた。直後、顔を曇らせる。
「だから、わかったのよ…今、私達が眼にしている敵の数は四人。だけど、精神を探れば、五人いるの」
「……つまり、身体は四人なのに精神が五つあるって事か?」
いのの説明を補うように、シカマルが簡潔的に述べた。重々しく頷いた彼女の隣で、ナルとキバは揃ってぽかんと頭に疑問符を浮かべている。
未だよく理解出来ていない二人を見兼ねて、ネジも要点を補足した。
「要するに、五つの心を感じ取れるってわけだな」
一人の人間は一つの精神即ち心を持っている。だからこの場にいる敵の人間が四人ならば、四つの精神をいのは感じ取れるはずだ。
だが、実際に感じ取れるのは五つの精神。いのが動揺するのも無理はない。
「えーっと…それってば、もしかしたらもう一人、姿の見えない敵が隠れてるかもしれないってことだってば?」
ようやく頭に理解が追いついたナルがおずおずと訊ねる。その問いに、シカマルは即座に答えられなかった。
何故なら彼は唯一、綱手から敵の数を伝え聞いている。
視線の先にいるのは、四人の少年。その内の一人は中忍試験に参加していた君麻呂である。
加えて、キバの嗅覚が正しければ、現在サスケと共にいるのは多由也のはずだ。
(…情報漏れか?それとも、)
「そうだな。俺の眼にも捉えられない敵が潜んでいる可能性も考え得る」
考え込むシカマルの代わりに、ネジが答える。【白眼】でさえも、やはり視界に映るのは音忍四人。
厳しい眼差しで敵を睨みながら、ネジは仲間に注意を呼び掛けた。
「視えない敵となると、何処から攻撃がくるかわからない。気をつけろ」
「その必要はねぇぜ」
突如、聞き覚えの無い声がネジの警告を一蹴する。
瞬間、ナル達は一斉に地を蹴った。距離を取る。
声がした方向に視線を遣れば、四人の音忍がナル達を呆れたように眺めていた。
「なんだァ?上忍でも追って来たのかと思ったが…ただの下忍かよ」
「ザコキャラぜよ。つまんねぇな」
右眼を前髪で隠した少年が肩を竦め、六本の手を持つ少年があからさまにガッカリした風情で唇を尖らせた。
独特の髪型をした恰幅の良い少年が無言で戦闘態勢に入る隣で、端整な顔立ちの少年が先ほどナル達が議論していた内容について答える。
「安心しろ。此処にいるのは四人だけだ」
「そんな言葉、信じられっか!……っていうか、やっぱりお前かよ…」
わざわざ自ら、正確な人数を口にした少年にキバが噛みつく。その一方で見覚えのある顔に、キバは己の嗅覚の正しさを改めて思い知った。
薄々感じてはいたのだ。一度嗅いだ事のある匂い故に。
思い浮かぶのは、中忍第二試験にて一度味わった恐怖。
『砂瀑の我愛羅』が殺戮した現場に偶然居合わせてしまった際、結果的にキバ達八班を救った存在。
「君麻呂、だったか。こんな処で何して…」
「愚問だな」
ネジの質疑に、彼――君麻呂は涼しい顔で答えを返す。
その一言で、木ノ葉の面々の脳裏に以前の苦い思い出が甦った。
『木ノ葉崩し』。
大蛇丸が仕組み、砂隠れの里をも巻き込んだ一件である。
三代目火影のおかげで、木ノ葉壊滅という彼の目論見は食い止められたが、その被害は甚大なものだった。
その首謀者たる大蛇丸が創設したのが、音隠れの里。
ならば、音忍は全て大蛇丸の配下と言ってもいい。
「大蛇丸の手の者か…」
「今サスケと一緒にいる奴も中忍試験に参加してた音忍の匂いがすんぜ」
くん、と鼻を鳴らしたキバが暗に多由也の事を指す。
その言葉に、恰幅の良い少年――次郎坊が片眉を微かに吊り上げた。
「鼻が利く連中だ……【土遁結界―――」
いきなり、ダンッと大地を叩く。瞬間、叩いた場所から亀裂が奔った。
その亀裂はナル達が佇む地面にまで迫り来る。
「―――土牢堂無】!!」
刹那、ナル達はドーム状の土壁に閉じ込められた。
円形の土壁が光を遮る。
暗闇の中、キバがチッと舌打ちした。
「くそ…ッ」
「見たところ、ただの土の壁じゃない」
取り囲む壁をいのが触る。「あのデカイ奴の結界だ。おそらく、何か仕掛けがしてあんだろーぜ」とシカマルが注意した。
「こんな壁、ぶち破るしかねーだろっ!」
さっさとこの状況を打破しようと意気込むキバに、ネジも同意する。
「迂闊に動くのは危険だが…このまま黙っていても意味は無い」
残りのメンバーからも賛同され、キバは戦闘態勢に入った。身体を捻る。
「【通牙】!!」
高速で回転し、勢いよく激突。その衝撃に、この土の壁もすぐ瓦解するだろうと誰もが思う。
しかしながら、キバの攻撃は通用しなかった。
「…なにっ!?」
「壁が…修復していく…!?」
穿たれた穴がみるみるうちに消えてゆく。【通牙】によって傷つけられた土壁の一部が、あっという間に直ってゆくのをナル達は目の当たりにした。
「やはり、ただの土の壁じゃないな」
そう確信したネジが【白眼】を発動する。直後、彼は突き付けられた事実に顔を顰めた。
「マズイぞ…。チャクラがどんどん吸い取られている」
チャクラ吸引術と併用しているのだろう。先ほどの術者が土壁内にいる者全てのチャクラを奪い取ろうとしているのだ。
「自滅させる気か…ッ」
「…結界の中に閉じ込めるだけで済むわけねぇと思っていたが、まさかチャクラまで吸われているとはな」
シカマルとキバの会話を聞いていたナルがぴたりと騒ぐのを止めた。此処から出せ、と今まで大声で喚いていたのが嘘のように静かになる。
ネジによってもたらされた事実に、自らの手を見下ろす。確かに、力が徐々に減ってゆくような奇妙な感覚を覚え、ナルはぐっと手を握り締めた。
諦め切れずにキバが更なる攻撃を繰り出す。今度は赤丸も交えての【牙通牙】だ。
だが、あちこちに穴が穿たれる度に、壁が自動的に修復してゆく。
「止めておけ。壁には敵のチャクラが大量に張り巡らされている。例え、少しぐらい傷つけても、すぐに元通りだ。この壁を一撃で突破する破壊力なら別だがな」
「じゃーどうすんだよ!?俺以上の破壊力を持つ奴なんて、此処にいねぇじゃねーか!!」
ネジに諌められたキバが肩で息をしながら、周りを見渡す。
リーダーであるシカマル・ナル・いの、そしてネジ。どう考えてもあまり攻撃力に長けているメンバーでは無い事に加え、力が吸い取られるこの状況下ではチャクラを練る事さえ難しい。
「このままじゃ、もう十分ももたねえ。チャクラ失くして全滅だぜ…っ」
心なしか仲間達は皆ぐったりと壁に寄り掛かっている。何時に無く大人しいナルを怪訝に思いつつ、キバもまた地面にどっかり腰を下ろした。
此処からの脱出を図りながらも、疲れ果てている仲間達を見て、シカマルは内心思考を巡らす。
(サスケを見逃すという本来の目的を考えれば、この状況はちょうどいいのかもしれねぇ………けど、)
こうもあっさり、たった一人の敵に足止めされるようでは、どうにも納得出来兼ねるものがある。
第一、チャクラ切れで動けぬ自分達を敵が生かして帰すだろうか。否、それは無い。
最悪の場合、全員が此処で殺される可能性もある。
それならば、やはりどうにかしてこの絶体絶命のピンチを乗り越えなければならないだろう。
今回の任務の真実を知る故に、複雑な心持ちのシカマル。苦悩する彼の傍ら、静かな声がネジに訊ねた。
「吸い取られているのは、チャクラ、なんだってばよね?」
「あ、ああ…」
確認の問いに戸惑いつつ、ネジが頷く。それまでじっと身動きせずに座り込んでいたナルが静かに立ち上がった。
何かしようとしている中の様子を察して、次郎坊が嘲笑する。
「無駄だよ。何をしようが……」
「チャクラは吸収出来ても……」
ゆっくり歩く。土壁にそっと触れ、彼女は大きく拳を振り上げた。
「自然エネルギーまでは吸えねえだろ…ッ!」
周囲の怪訝な視線が集中する中、ナルが吼えた。掌底から放たれた衝撃波が土の壁を大きく揺るがす。
「―――――【蛙たたき】!!」
土牢は破られた。
後書き
今回、いのの能力を少し捏造しています。相手の身体を乗っ取れるなら、気づかれずに相手の精神に触れる事も可能じゃないかな~…と。
右近・左近の能力って知らなければ、姿の見えない誰かがいるという結論に達すると思います。普通は一人の人間に一つの精神=心ですから。(二重人格は別ですけど)
ちなみにキバが君麻呂を苦手に思っている訳は五話を参照にしてくださいねw
捏造多数ですが、ご了承願います!!
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