魔法少女リリカルなのは~過ちを犯した男の物語~
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四話:約束と出会い
プレシアとの初めての接触から一週間が経ち、ヴィクトルはその時に条件として出しておいた、フェイトとアルフの手伝い、つまりはジュエルシードの回収を行っていた。彼自身はデバイスもなければ魔力を持っているというわけではないので、基本的にジュエルシードが暴走している時はそれと戦闘を行い、敵の行動が出来ないように弱らせフェイトの封印を待つか、バックアップを行うなどをしている。
因みにバックアップはサンドイッチなどの軽食を作って二人に持たせるなどの空腹対策などだったりする。それと、空を飛ばなければならない時は飛べないので銃での援護が殆どになっている。最も、骸殻を使用すれば数十メートルは軽々と飛び上がれるのだが余程の強敵でない限りは使用するつもりがないので今のところは使用していない。
「ヴィクトルさん。封印が終わりましたよ」
「ああ、お疲れ様。今日はもう遅いから帰ろう」
雲一つない夜空に浮かぶ満月を見上げて一族との決別の意味を込めて銀色の髪を無理やり染めて黒くした髪をかきあげながら、ヴィクトルは、子供は早く寝るものだという信念を元にフェイトとアルフに声を掛ける。しかし、やはりというべきかフェイトは渋い顔になりその言葉に反論する。
「でも……お母さんの為に頑張らないと」
「少し位大丈夫だって。それに昼間にもおちびちゃんから一個取っただろ」
「おちびちゃん?」
今日の昼間は別の用事があってついて行かれなかったためにアルフの言うおちびちゃんという人物の事が分からずにヴィクトルはアルフに尋ねる。すると、同じようにジュエルシードを集めている女の子とフェレットの事だと言う。フェイトと同じような子供が危険な事をしていると聞いてヴィクトルは僅かに眉をひそめるが、それ以上は何も言わずにそうか、と頷いただけだった。
「あの子……大丈夫かな」
「非殺傷設定だから心配しなくても死んじゃいないよ」
「でも……」
それっきり、フェイトは口を噤んでしまい。若干、気まずい空気が三人の間に漂う。そんな空気の中、口を開いたのはヴィクトルだった。
「自分にとって譲れないものがあって、相手とぶつかり合うのは悪い事ではない」
「ヴィクトルさん…?」
「必要なのは覚悟だ。お互いに譲れないことがあった時、最後に勝つのは覚悟の強い方だ。フェイト、君にはその覚悟があるか?」
黒い仮面越しにジッとフェイトの目を見て語り掛けるヴィクトルの表情は真剣そのものだった。彼はかつて己の譲れないものを賭けて仲間と殺し合った。勿論、そのような残虐な行為をフェイトにやってほしいとは露も思っていないが彼女には覚悟を持って戦って欲しかった。どんな結果になろうと己の覚悟を貫き通す強い子になって欲しいと、そう願っていた。
「……私は、絶対にお母さんの役に立つ。それで……全部終わったらお母さんに抱きしめて貰いたい。だから……手伝ってくれませんか、ヴィクトルさん?」
そう、強い意志の籠った眼で答えるフェイトにヴィクトルは満足げな笑みを浮かべると共に彼女が母親からの愛に飢えているのを再認識して悲しさを覚える。プレシアが何を願いジュエルシードを集めているのか、なぜフェイトを愛さないのかは今のヴィクトルには分からない。何かを取り戻すのが目的なのは分かっているのだが、その何かが見えてこないのだ。
だが、プレシアを否定する気にはどうしてもなれなかった。かつての自分と同じように過去を追い求めているプレシア。自分が偉そうに否定する事など出来るはずがない。……だとしてもだ。この自分を不安げに見上げて頼って来る小さな少女の、小さな望みを叶えることに協力するぐらいなら許されるのではないか? そう思い、ヴィクトルはフェイトの前に黒い手袋を嵌めた右手の小指を差し出す。
「えっと……」
「フェイト、私と約束を結ぼう。君の願いを叶えるために……必ず」
これはどういうことかと戸惑うフェイトにヴィクトルは約束を結ぶためだと教える。もう二度と約束を破らないと自分自身に言い聞かせながら。そして、フェイトはまだ戸惑いながらもソロソロと自身の小指をヴィクトルの手に向けて差し出して来る。
ヴィクトルはその小指にしっかりと自身の小指を絡ませる。すると、今までやったことのない行動への緊張ためかフェイトの手がフルフルと震えるのが彼の手を通して感じられた。アルフはそんな暖かな様子に気を使ったのか二人から少し離れて終わるまで待つ。
「私と目を合わしなさい、フェイト」
「う、うん」
彼が娘に教えたように、彼がかつてアイボーから教わったように、本当の約束とは目と目を合わせて行うものだと、フェイトに語り掛ける。
「本当に本当の約束だ。私、ヴィクトルとフェイト・テスタロッサは必ずその願いを叶えることを約束します」
「や、約束します」
「約束だ」
そう言って、指を切る二人。ヴィクトルは心に決めていた。かつて、自分がまだ“ルドガー”だった時に犯した過ちをもう二度と繰り返さないと。例え、この命を捨て去ることになるのだとしても必ず―――約束を守り抜くのだと。その覚悟を見届けるかのように満月が二人を優しく照らしていた。
ある日の夕方、ヴィクトルは一人の少女に出会った。その少女との出会いはスーパーの特売で牛肉が安く買えたので、アルフの好きな肉料理でも作ろうかと考えながら歩いている時だった。茶色の髪をツインテールに整えた制服姿の女の子が何やら歩道に植えられている木の上の部分を見たかと思うとキョロキョロと辺りを見回し始めたのだ。
その仕草に疑問を覚えて自身も木の上の部分を見てみると一匹の白猫が木の枝の先っぽの方で落ちないように必死で枝にしがみついているのが見えた。そこで、彼はあの猫が降りられなくなったのを見て少女がどうにかしようとしているのだと納得する。彼は人が居ないかを確認しているらしき少女に後ろから声を掛ける。
「あの猫を降ろしてあげたいのかな?」
「わあっ! あ…ご、ごめんなさい。急に叫んだりして」
「いや、急に話しかけた私が悪かった。それで……どうなのかな?」
自分が黒い服に黒い仮面という全身黒づくめの怪しい人間に見えることは自覚しているので、少女になるべく不安を与えないように優しげな笑みを浮かべながら再度問いかける。少女はヴィクトルのそんな様子に安心したのかホッと息を吐きながら説明を始める。
「何だか、あの子降りられないみたいだからどうにかしたくて……」
「なるほど……少し、荷物を見ていてもらえないだろうか?」
「え? は、はい」
ヴィクトルは少女から事情を聞くと荷物を地面に置き、木を登り始める。子供に対しては危ないからやってはいけないと言いたい彼だが、あの必死で、枝にすがりつく猫を放っておくわけにもいかないので悪いお手本になるかもしれないが見捨てるという選択は出来ない。
何より、彼は、以前はルルという名の白猫を飼っていたので、同じように自分で登ったはいいが降りられなくなったという状況には慣れているのでそんな猫の救出はお手の物なのだ。彼はスルスルと木を登っていき、猫を片手で捕獲してそのまま抱きかかえるとゆっくりと降りて行った。
別に彼なら飛び降りても掠り傷一つ負う事などないのだが、それをやって下で待っている少女が自分も飛び降りても大丈夫だと勘違いして真似をして怪我をしてしまうかもしれないと思ったので少し時間のかかる方を選んだのである。
「もう、これで大丈夫だ」
「ありがとうございます」
「礼には及ばないさ」
そう言って、ヴィクトルが猫を離すと猫は先程まで降りられなくなっていた事など忘れたかのようにさっさと歩き去って行ってしまう。そんな実に気まぐれな猫らしい様子に安心したのか少女が自分にお礼を言って来たのでこの子の飼い猫ではないのだろうなと考えながら気にするなと返す。
「それにしても、簡単に木に登るなんて凄いですね。私、運動神経が悪くて……にゃははは」
「危ないから余り真似はして欲しくはないのだが……。それとだ、自分を卑下しなくていい。苦手なことがあるのは別に恥ずかしいことではない。苦手なことがあるのなら別のもので補えばいい。それに出来ないことは無理に自分でやろうとせずに他人に頼ればいい」
若干、尊敬の眼差しで見られたことに苦笑しながら、真似しないように言い。運動神経が悪いと、恥ずかしがる少女に対してそれら以外で補う事を説く。彼自身は戦闘や料理においては他の人間から見れば羨ましがられるレベルでの才覚を有している。だが、彼自身は子供のころから自分が他人より特に優れているとは思わなかったし、誰かを見下すようなこともしなかった。
それは彼の傍にはいつも自分よりも遥かに優れた兄がいたからである。大企業のトップエージェントである兄に憧れた。だが、そんな兄でも苦手なことがあった。それは彼の得意とする家事と料理である。兄弟はお互いに足りない部分を補い合っていた。だからこそ、彼は少女に別のもので補えばいいと、他人に頼ればいいと、言ったのだ。
「別のもので補う……頑張ってみます!」
「そこまで、思いつめる事でもないのだが……まあ、いいか。そろそろ暗くなってきたな。家まで送っていこうか?」
「あ、大丈夫です。すぐそこに家があるので」
「そうか。では、気をつけて帰りなさい」
「はい!」
ヴィクトルは買い物袋を持って少女に見送られながらその場を後にする。その姿を少女は見送った後、少女はホッと安堵の息を零す。
「飛行魔法を使わなくてよかったの……」
少女―――高町なのはは小さな声でポツリと呟く。実はなのははヴィクトルが声を掛ける直前まで猫を木の上から降ろすために飛行魔法を使って木の上まで飛ぼうかと考えていたのである。その為に周りに人の姿がないかを確認していた所にヴィクトルに話しかけられて動揺の為に叫んでしまったのは彼女にとっては恥ずかしい思い出になりそうである。
とにもかくにも猫が無事に木の上から降りることが出来たので良かったと結論付けて彼女は家路へと歩いていく。その途中で、やっぱり自分一人で何とかしようとせずに誰か大人を呼べばよかったかなと考えるが、やはり迷惑なのではとも考えているうちに実家である喫茶店『翠屋』に辿り着く。
「ただいま」
「お帰り、なのは」
家に帰ったなのはを一番最初に迎え入れたのは最近新しく『翠屋』に勤めることになった輝く銀色の髪にその右前半分をメッシュで黒く染めた青年だった。この青年は生き倒れている所をなのはに発見されて世話になることになった青年である。何故か彼は無職を極端に恐れてプロ顔負けな腕を持つ料理の技術を生かして『翠屋』に就職したのである。
「どうしたんだ、暗い顔なんかして? もしかして……ジュエルシード絡みでなにかあったのか」
最後の部分を、声を小さくして尋ねる青年に対してなのはは慌ててそうではないと首を横に振る。青年は持ち前の不幸体質からかなのはが初めて魔法を使ったあの日に巻き込まれてユーノの事情を知ったので二人を手伝うことになったのである。
魔法を使う事の出来ない彼だがその実力は非常に高くジュエルシードの回収の大きな助けになっている。なのははそんな彼に嘘をつくことはせずに先程あったことを伝える。その時にヴィクトルの特徴を伝えていれば違った未来が待っていたかもしれないが彼女はこの時、親切な人としか彼に伝えなかった。
「そうだな……確かにその人の言う通りに他人に頼るのが正解だったかもな」
「でも……迷惑じゃないのかな?」
その言葉に青年は少し考える素振りを見せてエメラルド色の目を細める。整った顔立ちの彼がそのような行動をすると非常に様になる。最近、『翠屋』に来る女性客の数が増えたのは彼の影響だというのがもっぱらの噂だ。最も、当の本人はそんなことなど露知らずにまっとうな職場で働ける喜びを噛みしめているのだが。
「確かに迷惑かもしれない。でもな、なのは。人間は迷惑をかけて、かけられて……支え合って生きていくものなんだ。自分一人で全ての事ができると思うなんて傲慢でしかない。……少なくとも俺はそう思っているよ」
「支え合う……」
「なのはが倒れそうなときは俺が支えるし、ユーノやこの家のみんなだってなのはを支えてくれる。逆に俺達が倒れそうなときはなのはが支えてくれるよな?」
そう言って、青年は優しげな微笑みを浮かべながらポンポンとかつて共に旅をした“アイボー”の少女と同じように頭を撫でる。そんな仕草になのはは恥ずかしくなって顔を赤くしながらその手を払いのける。
その行動に青年は気を悪くするどころか、さらに微笑まし気に笑みを深める。傍から見れば歳の離れた兄妹というのがしっくりくるだろう。因みに余談だが、なのはの実の兄である高町恭也がその事に密かに危機感を覚えて彼を僅かではあるが敵視しているらしい。
「もう、そんな事ばかりするなら支えてあげないもん!」
「ははは、悪い悪い」
笑いながら謝る青年に反省の色は見られないが、なのはも本気で怒っているわけではないので文句を言うのを止めて信頼の眼差しを込めて彼を見上げる。なのはは兄とも父とも違う距離感に居る彼の事が好きだった。近すぎないからこそ本音を言い合える存在、相棒のような感じがしていた。そして、そんな彼の名前を口に出す。
「とにかく、相談に乗ってくれてありがとうなの―――“ルドガー”さん」
「どういたしまして」
青年の名前は“ルドガー・ウィル・クルスニク”。正史世界のヴィクトルであり、アイボーとの約束を守るために多大な犠牲を払いながらも『カナンの地』に辿り着き、その命と引き換えにして世界ひとつと少女ひとりを守り抜いたただ一人の為の英雄。
――運命を刻む二つの針は今まさに重なり合おうとしている――
後書き
ついにルドガー登場。次回は二人の対面かな。
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