真の贅沢
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第六章
「美味しくはないのです」
「そうしたお店もありますね」
「心のこもっていないお料理を出すお店も」
「そうしたお店で食べても」
「味気ないですね」
「はい、美味しくとも」
味はいい、しかしというのだ。
「食べていて笑顔にはなれません」
「今の様に」
「今の僕は笑顔になっていますね」
「はい」
その通りだとだ、祝田は薬師寺に笑顔で答えた。
「とてもいい」
「本当の意味で美味しいものを口にしているからこそ」
「だからですね」
「そうですね、今の僕は笑顔なんですね」
自分でも言う薬師寺だった。
「本当の意味での美味しいものを味わっているからこそ」
「そういうことになりますね、いや実は」
「実は、ですか」
「私は薬師寺先生が相当な美食家であると聞いていました」
「しかし本当の意味での美食を知っているかどうか」
「少し気になりましたので」
それで、とだ。祝田は薬師寺に話すのだった。
「試したことになり申し訳ありませんが」
「いえ、そのことは」
「構いませんか」
「先生は僕に真の美食を口にさせてくれています」
実際にだ、箸でゆで卵を食べながら言った言葉だ。
「ですから感謝しています」
「そう言って頂けますか」
「そうです」
「それならばいいのですが」
「はい、しかし僕はこれからは」
「これからはですね」
「こうしたものを味わっていきたいですね」
これが薬師寺の今の考えだった。
「是非」
「お金をかけたものではなく」
「心がこもったものを」
そうした料理をというのだ。
「味わっていきたいですね」
「それこそが真の贅沢、美食だからこそ」
「そう思えてきました」
「それは何よりです、では」
「それではですね」
「遠慮なさらずに」
祝田は空いた薬師寺のコップに自分から焼酎の瓶を取って酒を注ぎ込みつつ言った。
「どうぞ」
「有り難うございます、それでは」
「またいらして下さい」
祝田は薬師寺にこうも言った。
「お待ちしていますので」
「ではその時は」
薬師寺はその祝田に笑顔でこう返した。
「こちらもお布施とお供えをさせて頂きます」
「そして、ですね」
「皆さんで召し上がりましょう」
「先生のお心を」
「そうして頂ければ何よりです」
彼もご馳走、贅沢を提供することを約束した。そのうえで最高の美酒と馳走を楽しむのだった。そうしてだった。
真の贅沢、美食を知った彼はそちらに入っていった。それが彼の辿り着いたものだった。質素でも、ささやかでも心のあるものに。
真の贅沢 完
2014・10・17
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