蛇帯
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第一章
蛇帯
おかよはこの時得意の絶頂にあった、それは何故かというと。
「私遂になのよ」
「そうね、伸太さんとね」
「夫婦になるのよね」
「色々あったけれど」
「遂にね」
「いや、よかったわ」
こう心からだ、女友達にも住んでいる長屋の中で言うのだった。
「おきよと取り合いになったけれど」
「おきよしつこかったわね」
「完全に横恋慕なのにね」
「伸太さんにその気はないのに」
「勝手に言い寄ってね」
「それで自分のものって言って」
「あれこれ仕掛けてね」
そして、だったのだ。
「伸太さん誘って」
「あんたにも色々意地悪して」
「悪口を言い触らしたり」
「酷いことしてたわね」
「何かとね」
「ええ、けれどね」
そうしたことがあってもというのだ、おかよは今はその可愛らしい大きな目が目立つ顔を明るくさせて言えた。
「よかったわ」
「そうね、じゃあね」
「伸太さんと幸せになってね」
「絶対にね」
「そうなるわ」
こう強く言うおかよだった、そして。
おかよは伸太と夫婦になる日を指折りつつ楽しみにして待っていた、そして夫婦になって実際にだった。
二人で同じ長屋の部屋に入って楽しい暮らしをはじめた、その中で。
おかよは伸太にだ、こんなことを尋ねた。
「ねえ、ちょっと気になったことだけれど」
「どうしたんだ?」
伸太は大工だ、その仕事に行く前に女房の言葉に応えた。
「一体」
「いや、この帯だけれど」
ある帯を見せて亭主に問うたのだ、その帯は黒地の蛇柄のものだった。
「あんたの?」
「何だその帯」
伸太は自分の女房が持っているその帯を見て目を瞬かせて問い返した。
「見たことがないな」
「あんたのものじゃないの」
「おめえにはおいらがおっかあから貰った帯全部やっただろ」
「ええ」
「その時にその帯全部見せたよな」
このことを言うのだった。
「その中にそんなのなかっただろ」
「そうね」
「おっかあそんな帯着けないからな」
「あたしもだよ」
おかよもというのだ。
「こんな帯はね」
「持っていないか」
「買った覚えも貰った覚えもないよ」
そのどちらもというのだ。
「全くね」
「だからおいらに聞いたんだな」
「あんたのかって思ってね」
「何だろうな、その帯」
「わからないわね」
「まあとにかく帯があるのならな」
それならと言う伸太だった。
「着けてもいいだろ」
「誰のかわからないのに?」
「おめえのとこの母ちゃんか姉ちゃんが持ってたやつが一つ紛れこんでたんだろ」
伸太は特に考えずこう言った。
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