101番目の哿物語
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第ニ十話。託された想い
……。
……!
……?
ここは?
気づけば俺は暗闇の中にいた。
何もない。何も見えない。感じない。そこにあるのは無の世界。
自分が誰なのか、ここは何処なのか……そんな事は気にならなくなる。
ただ、一つ……いや二つ気になるのが。
……俺の周りには誰もいないはずなのに感じる人の温もりと、俺の中にいるもう一人いる俺の事。
正直訳がわからなかった。
俺は俺で。俺という人物は一人しかいないはずなのに。
何故か俺の中にいる俺という人物を認識出来てしまう。
ここは何処なのかとか、自分の名前は誰かとか、そういう事は解らないのに、何故かソイツの名前は理解できて。
そうだ!
もう一人の俺は……。
『遠山金次』という名前だという事が解ってしまう。
そうだ!
俺は確か……。
確か俺はアイツに……。
俺という存在がずっと眠っていた事は解る。
俺とは別の存在が俺の身体を操るあの感覚……。
考えただけでゾッとしてくる。
俺じゃない人が俺として振る舞う、あの感覚……。
何度叫んだだろうか。
何度変わろうともがいただろうか。
でも結局、何も出来なくて。
唯一、安心したのはアイツが周りの女の子を幸せにできる奴だという事で……。
周りにいる女の子が幸せそうなのを見ていると、女の子が幸せならいいかなー、なんて思ってしまった。
でもキリカがアイツに口づけをした瞬間、俺の理性は暴れ出して……キリカは俺の……とか思ってしまった。
その瞬間、なんとなく……キリカと一之江という少女は俺の『物語』なんだと。
そんな認識を持ってしまい、その瞬間。
アイツの雰囲気が変わるのを俺は感じた。
まるで、別人のように獰猛な雰囲気になったアイツは……恋人を奪われた男のような顔つきになった。
怖い。
アイツのその顔を見た俺は恐怖で身が竦みそうになった。
相手を萎縮させる強烈な視線。
その視線を受けて身が竦んだ俺の意識は途切れて……。
気づいたときには……俺は、アイツの目の前に立っていた。
身体は透けた状態で、おそらく相手からは見えていないだろうけど。
確かに俺はアイツの目の前にいた。
そして俺はアイツが暗闇の中に消えそうになっていくのを見て怒りを感じた。
何で、何でも出来るお前が消えそうになっていて、一緒について来た女の子が消えそうなお前を守ろうとしているんだ!
お前は『不可能を可能にする男』なんだろ!
なら、守るべき女の子をほったらかしにして勝手に消えそうになってるなよ!
そう思い、俺はアイツの身体に飛び込んだ。
『本当にいいのか?』
力があるのにお前なら守れるかもしれないのになにもしないで諦める……それで本当にいいのかよ?
『それで本当にいいのかよ、答えろ!
エネイブル!』
『エネイブル』その言葉に秘められた意味も理解できてしまう。
『不可能を可能にする男』
それは『出来ない』を『出来る』に変えられる男。
決められた物語を『改変』出来る異色の『主人公』。
そして……ズキンと頭が痛み出してこれまでの記憶が流れ込んできた。
そうだ!
そうだった。
俺は……。
俺とは別の人が体験した俺としての記憶や知識が流れ込んできた。
俺は……!
いや、俺『達』は……。
『101番目の主人公、一文字疾風だあああ‼︎』
気づけば俺はそう叫んでいた。
そして叫んだとほぼ同時に俺の視界は白く染まって……俺とアイツは鏡に向き合うように向かい合って。
そして俺達は一つになった……。
一つになる瞬間、俺は思った。
もしこのまま俺という存在が消えてしまっても……コイツになら、音央やキリカ、一之江や先輩……俺の周りに集まる女の子達を託してもいいのかもしれないと。
そんな事を考えながら俺は……。
___________________________________________________________
「きゃあっ⁉︎」
気づいた時には詞乃ちゃんの悲鳴がすぐ側で聞こえていた。
ガシャーン! とガラスが割れる音が鳴り響いて、詞乃ちゃんが窓の外に飛ばされていくのが目に入った。
助けようと動いた時にはすでに遅く詞乃ちゃんは庭石にぶつかって、ぐったり倒れていた。
「だ、大丈夫か?」
自分の命を狙う相手でも女の子なので心配になった俺が声をかけると。
「詞乃ちゃんにも優しいんですね?」
俺に抱きついている……というより、俺が抱き寄せている少女がジト目で見つめてきた。
「あ、いや、ほら、美少女に優しいのは男の性というか……」
『相手が美少女ならどんなオバケだろうと大歓迎だからな!』
もう一人の俺の言葉を無視しつつ、何だか修羅場っぽいなー、などと思いながらも自然と口から出た言葉を言う。
「むー……」
俺の返答に不満なのか、抱き寄せた少女は不満そうに頬を膨らませている。
……修羅場っぽいな。
「あはっ……?」
そんな事を考えていると、庭石にぶつかって倒れていた詩乃ちゃんが石に手をついて、ゆっくりと立ち上がった。
「まさか本当に、自分の事を思い出せるなんて……どんなカラクリ?」
「あ、いや……実は俺にもよくわからん」
「私がキスマークに触れた瞬間に苦しみだしましたよね?」
ツンツン、というよりは指先でちょっと強く刺すみたいに突付きながら少女が言う。
……キスマーク。直後の激痛。
それらの事から考えられるのは……。
「モンジ君はやっぱり女の子を抱き寄せたりしたかぁ」
突然聞こえてきた聞きなれた声。
辺りを見回すと俺の首筋がやたらと熱くなり。そこから赤い光の粒が、まるでシャワーのように無数に溢れ出した。
「そうなるかな、と思って首筋に仕込んだんだけど……ビンゴでもちょっぴりジェラシーな気分になっちゃうものだね」
赤い光の粒が集まってぼんやりとした姿が実体化する。
「よいしょ、っと」
その光のシャワーが収まると、そこにはキリカが佇んでいた。
「ここが夢の中かぁ、そして君が『神隠し』ちゃんで、……あっちが噂の『人喰い村』朱井詞乃ちゃんかな?」
『神隠し』ちゃんと呼ばれた少女は目をパチクリさせながもキリカに尋ねる。
「え、ええと……キリカ、さん?」
「へえ、ちゃんと表の音央ちゃんの情報は得てるんだね。そりゃそうか。そうじゃなきゃ、モンジ君の事を狙えないもんね」
訳知り顏をしてきは色々確認していた。
「ええと、キリカ?」
「あはっ、痛くしてごめんね、モンジ君。でも浮気男の罰としては軽いよね?
直前まで私とあんなにラブラブだったのに、夢の中に入った瞬間にそっちの『神隠し』ちゃんとイチャイチャしてたんだもん」
「うっ、み、見てたのか?」
「うん。そのための刻印だったからね」
俺の首筋に人差し指を当てて、クスッと笑いウィンクするキリカ。
ああ、ちきしょう。可愛いな。
「ちなみに、頭の中を駆け巡っていたのは、私の小さな小さな蟲達です」
「うおおおぉぉぉい!」
魔女の刻印怖いな⁉︎
キリカの事だからただのキスマークじゃないと思っていたが、まさか直接蟲を体内に入れられていたなんて。
……魔女おっかねえな。
「でも……やっぱり『神隠し』ちゃんの『ロアのセカイ』の中だと、あんまり本調子にはなれないなあ。
モンジ君に送り込んだ私の情報因子が少ないってのもあるけど」
ジジッとまるでGIIIが使う光屈折迷彩のコートが出すようなノイズ音と共に、キリカの体が一瞬歪んだ。
……どんな状態か、詳しい状態はわからないけど……。
「凄いんだね、魔女って」
「魔女だからね」
つまりそういう事なんだと納得してしまう。
「というか、やっぱり君は『神隠し』の……音央、なのか?」
キリカの言葉から察すると、この着物少女=音央という事になるが……。
「えっと、その……」
その少女を見ると少女は困ったように視線をきょろきょろさせ、頬を染め、おたおたしている。
確かに顔立ちと、体つきは音央なのだが。
あのツンツンっ子の音央とはあまりにも態度が違うので同一人物として一致しない。
音央だが音央ではないみたいで……間際らしいから俺も便宜上『神隠し』と呼ぶ事にしよう。
「へえ、『神隠し』はこれでいいんだ?」
と、それまでキリカの様子を観察していた詞乃ちゃんが『神隠し』に尋ねた。
彼女に話しかけられた『神隠し』のその肩がビクッと震えた。
「『神隠し』が消えちゃうと……『あの子』も消えちゃうのに?」
「あ……う……」
辛そうに顔を歪めて吐息を零す『神隠し』。
その光景を見た俺は彼女の置かれている状況を理解した。
つまり、この『神隠し』はその『あの子』を消させないために神隠しをしていたんだ、と。
自分から進んで『神隠し』を行うタイプではないと思っていたが。
やはり、そういった理由があったんだ。
「つまり、『あの子』が消えなければ、もう嫌々『神隠し』をしなくて済むんだな?」
「あははっ! まあ、そうだけどね?」
ふむ。詞乃ちゃんの言い回しは、何かありそうな感じだな。
そもそもあの子って、どの子の事なんだ?
「モンジ君達は、ちゃんと『神隠し』と向き合わないといけないみたいだね」
考え込む俺の前にキリカは立って、のんびりと告げた。
「うーん、それってこの『神隠し』の事じゃないのか?」
「あはっ、それを考えるのも、私達の『主人公』の役目だよ、モンジ君っ!」
うーん……キリカのその言い方だと……まだ俺のやるべき事がある。
そういう意味だ、と思うようになるな。
そしてモンジ君『達』って……やっぱりキリカは。
いや、まだ結論を出すには早いな。
俺『達』って事は……俺と『神隠し』の少女の事なのかもしれないしな。
うん。後者だと考えてみるか。
俺の隣にいる『神隠し』の少女。
この少女が音央なのは間違いない。
間違いないが……。
キリカに彼女について尋ねようと思ったが、キリカは詞乃ちゃんに向き合ってお互いに見つめ合っていた。
「へえ、初めまして、魔女さん。もしかして魔女さんが相手してくれるんだ?」
「うん、初めまして。貴女は『百物語』じゃないっぽいから……」
キリカをよく見てみると。その手に赤い粒子みたいな光が集まって……。
やがてその光は赤い大きな、百科事典みたいな『本』になった。
「いただきまーす、しに来ました」
「いただきますされに、じゃなくて?」
にこやかに笑う詞乃ちゃんに、にこやかに笑い返すキリカ。
……互いに強力なロア。
お互いに笑顔なのはどちらも自分自身に絶対的な自信を持っているから、なのか。
「さ、モンジ君。『あの子』を『神隠し』ちゃんと一緒に探してきて?」
「あ、う、うん……任せていいんだな?」
「もちろんっ」
キリカはその分厚い本を掲げて、親指を立ててくれた。
……その赤い表紙からは禍々しい雰囲気が感じられて、背筋がゾクゾクした。
だが、俺はキリカに向かって親指を立て返して叫ぶ。
「じゃあ、頼んだよ。キリカ!」
「うんっ。頼まれたっ」
俺は黙り込んでしまった『神隠し』の手を引いて和室の先にある……その庭から、外に飛び出した。
2010年。⁇月⁇日。⁇時⁇分。
『神隠し』である少女の手を引いて、俺は村の中を歩く。
気づけば陽は沈もうとしていた。
その光景は音央の姿を見た、あの日のように真っ赤な夕暮れ時で……。
辺りの景色は確かに『富士蔵村』なのだが、以前に感じた禍々しさは感じられない。
どちらかというと田舎特有の落ち着いた空気や安心出来るような、ホッとするような。
だけどどこか物悲しい……。
そんなノスタルジックな雰囲気だった。
「あの時、なんとなく感じた懐かしさは、この村に来てたからだったんだな」
「はい。おそらく、私の心と既に同調していたからだと……思います」
あの時一緒にいたから、ではなく。あくまで夢の中の存在として語る『神隠し』の少女。
……この少女はやっぱり俺がよく知る『音央』ではない。
そんな気がした。
「てっきり、音央が眠っている時の存在が君なのかと思っていたが」
『妖精の神隠し』というからには、夢の中で音央とロアがチェンジしていると思っていたのだが。
「…………」
沈黙した彼女の顔を見る限り、そんな簡単ものではないようだ。
「音央……なんだよな?」
「はい……それは間違いありません」
やや、間が空いてから返事を返してくれたが、彼女の顔は浮かないままだった。
その顔はどちらかと言えば……悲しんでいるのではなく、悩んでいる顔。
「でも、貴女の知っている『音央』とは別人です」
「……そうか」
「はい。
……疾風さんは、それでも……私を救おうとしてくれますか?」
疾風さん、と呼ばれる事に違和感があるが。
モンジ呼ばわりに慣れたって事か。
まあ、仕方ないな。
『仕方なくねえよ⁉︎』
頭の中に俺の声で俺が叫ぶ。そう、消えなかったんだ。俺もアイツも。
モンジがモンジ呼ばわりされて頭の中でぎゃんぎゃん騒いでいるが……それは放って置くとして。
目の前の少女を救うかという問いにはこの答えしかないな。
『救うのは当然だ』
「救うのは当然だ」
全く同じタイミングで重なる俺とアイツの声。
「結果、貴女のよく知る『音央』が消えてしまったとしてもですか?」
……どういう事だ?
「消えるという事がどういう意味なのかはよく解らないけど……俺は『音央』を助けたい」
「解りました……彼女のもとに、案内します」
『神隠し』は俺の手を引いて、村から遠ざかる道を歩き始めた。
その後ろ姿が、背中が、どうしてか悲壮な決意を秘めているように見える。
彼女の手を握り返しながら……今日はよく女の子の手を握る日だな、なんて思いながら彼女についていくと。
彼女が俺を導いた目的地も、また同じ場所だった。
______山の道路脇にある、電話ボックス。
さっきキリカとドキドキイチャイチャした場所だが、今はそこに先客がいた。
あれは……。
「小さい頃の、音央か?」
目の前の電話ボックスの中にツインテールの勝ち気そうな幼女がいた。
自分自身を守るように膝を抱えてじっとしている。
「これは私の記憶です」
『神隠し』が呟き、細めた視線で俺に向かって振り向いた。
「ああやって……ずっと、朝が来るのを待っていたのか」
陽が落ちて、辺りは真っ暗になりつつあった。
周りの灯りは電話ボックスを照らす電灯と、月明かりくらいしかない。
「大好きな担任の先生に渡すプレゼントを買った帰り……プレゼント代ピッタリしかお金を持っていなかった私は、財布の中に一円も入っていませんでした。だから……隣町から、歩いて帰るしかなかったんです」
隣町というのは、月隠市の事か。
夜霞市では手に入らないものも、月隠に行けば手に入るからな。
そして月隠市に行くのには境川を渡るか、境山の山道を向かうしか道はない。
「気がついたら、この道に迷い込んでいました」
ああ、だから迷ったのか。
境山の山道はちょっと複雑で、山越えするルートがいくつかあり、一本間違えると、どんどん深い山の中に入ってしまうからな。
小学生の足で一度別の道に行ってしまったのなら……まだ明るいうちにここまで戻って来た音央の判断は間違ってはいなかっただろうな。
「ああ……もしかして、このラジオって」
俺はDフォンと一緒にポケットに入れていた『三度目の夢のお土産』で渡されたラジオを取り出した。
「はい。結局渡す事が出来なかったプレゼントです」
「え? 何で」
「……担任の先生は、もう…………『神隠し』に遭い、消えてしまいました。
いえ。私が消しました」
見ている風景が変わった。
そこは……小学校だった。
小学校の教室。
賑やかな小学校の教室で、子供達が、ワイワイと音央の周りに集まっていた。
「おっと⁉︎」
子供の一人がぶつかってきたが、その姿は俺を擦り抜けた。
「記憶の投影です」
「立体映像みたいなものか……」
試しにロッカーや本棚に触れてみたが、擦り抜けた。
『おおっ! こりゃあ面白いなー』
何だか楽しくなってきたその時だった。
「ほんとよ‼︎」
小学生の音央が叫ぶ声が聞こえた。
『ほんとに、プレゼントを買ってきただけなんだから!』
『じゃあなんでそのプレゼントを持ってないんだよ⁉︎ しかも吉島先生の誕生日はもうとっくに過ぎてるぜ⁉︎
いい加減な事言って本当は誘拐されたんじゃないのかー?
お前、本当は音央じゃないんじゃないかー? なあ!』
『うきーっ! 殴り倒す‼︎』
『ひぃぃ! ごめんなさーい‼︎ 調子に乗りましたぁー‼︎』
『泣いても許さないわよー‼︎』
それは音央が男子に虐められるシーン……ではなく、力押しでなんとかするシーンだった。
殴られた男子に思わず合掌してしまう。
「お巡りさんに保護された私は、疲労とか検査で色々あって、一週間ほど学校を休んだんです。
そして、その一週間の間に『担任』の先生は……『神隠し』に遭いました。
なので、吉島先生という教師は元々副担任だった先生の名前です」
「『神隠し』か……もしかしてあの音央もその先生の事を忘れてしまっているのか?」
担任が変わった事を疑問に思っていない様子の音央。
担任の為に買ったプレゼントは何処かに失くしたようだ。
辻褄が合わないところを、持ち前の強引さで納得させたのだろう。
「あの子は何も知らないままです。全て、私の独断です」
『あの子』……その言い方で確信を得る。
つまり今見ている音央と、ここで語っている『神隠し』は別人なのだ、と。
「『神隠し』に遭った人は消えます。疾風さんも体験した、あの真っ暗な場所で気持ち良く,自我と共に全ての感覚と存在を忘れていくのです。そして……」
視線を『音央』の方に戻すと……。
音央はスクスクと成長していった。
楽しそうに笑いながら、幸せそうに。
強気な性格のせいもあってか、悲しい事があってもへこたれる事もなく、立ち向かう姿勢で挑み、なんとか頑張って生きていた。
そんな音央の様子を、こちらの音央は母親のような包み込む視線で見つめていた。
______まるで、自分の全てを託すかのように。
だが、そんな彼女の視線の先にいる『音央』を見ていた俺はふと疑問に思ってしまう。
記憶の中の音央にはいくつか不自然な点があるような?
そう、記憶の中の音央と俺が知る音央には記憶に差異があるんだ。
例えば、小学生時代の音央は両親と一緒に暮らしていたが、今は当たり前のように親戚と一緒に暮らしていたり。さっき、音央にちょっかいをかけていた少年や宥めていた少女達は、次の学年になると全く現れなくなったり。中学生時代に音央が憧れていた先輩も、すぐに記憶の中に登場しなくなったりして。
そして音央本人は、その人物達がいない事を当然のように受け止めていて、平和に楽しそうに過ごしている。
そう。いなくなっているという事が当たり前になっているんだ。
「……『神隠し』か?」
「いなくなった方々の事はみんな私が覚えています。ですが、『あの子』は覚えていません。
……きっと知ったら、あの子の性格なら」
『強気を装っているだけで、基本ヘタレだから……壊れてしまいかねないな。音央なら』
「強気に見えて、実際は繊細だから……真実を知ったら壊れてしまう、か」
「はい。あの子が頼りにしたり、気に入ったり、淡い想いを抱いたり、依存したり……逆に嫌ったり、腹を立てた人物が『夢』に出ます。
そしてその夢は……その人物も見る夢で。
……私が、『神隠し』に遭わせる形になります」
彼女のその言葉を聞いた俺の、胸の中に熱い気持ちが溢れてきた。
これは悲しみや哀れみ、同情といった優しい類のものではない。
怒りだ。
「何で、何でそんな事を……」
音央はあの子は普通に、楽しく、明るく生きていたいだけだ。
ごく普通の女の子として、本当は弱いのに強がって生きているそんな普通の子だ。
それなのに、あの子が大事に思った人物はみんな消えていく事になるなんて。
それも、彼女は何も知らずに覚えている事すら出来ないなんて……。
「そうしないと、あの子は消えてしまうからです」
淡々と、感情を押し殺した口調で『神隠し』は告げた。
彼女のその言葉にふと疑問を感じた。
そうしないと消えてしまうなんて、まるでロアみたいじゃないか。
こっちの彼女。『神隠し』が消えてしまうなら、解らなくはないが……。
…………いや、まてよ?
「もしかして……」
疑問を感じた俺は彼女の方に視線を向けた。
着物姿の彼女は俯く事もなく、俺をじっと見つめていた。
「『神隠し』をしないと。消えてしまうのは、君じゃなくて……」
「はい。あちらの『音央』です。だってあの子は……」
辺りの風景は俺もよく知っているものになっていた。
そこは、俺達が通う高校の、生徒会室。
『怖いにゃー』
声がした方を見ると、詩穂先生が机の上にくったりしていた。
『何がですか?』
音が資料の整理をしながら尋ねていた。
『神隠しがこの街で起きているんだって。やっぱりまたモンジくんに相談しようかにゃー』
『モンジに?』
『そ、モンジくん。とっても頼りになるよね?』
『あいつ……ですか。確かにアホですけど……まあ、頼りにはなる……かな?』
『誰がアホだ⁉︎』
モンジのツッコミが入った。
うん。音央が普段、俺の事をどう思っているのか、露見した瞬間だな。
風景の中の、記憶の中の音央は詩穂先輩にからかわれて。
『あ、あいつはスケコマシです! 絶対! 女の子とすぐ仲良くなりますしっ』
『ふーん……じゃあ音央ちゃんも仲良しなんだろうね。明日、相談してみてくれるかな?
例の『神隠し』を調べてーって』
『会長の口からお願いした方がいいと思うので、あたしは連れて来るだけにしますね』
『うんうん、それでいいよ! ありがとねん♪』
……そして、此間の朝に繋がるわけか。
「この日、貴方を強く意識した音央は、貴方の夢を見ました」
「それで、俺は君に会ったっていうわけか」
「……はい」
『スケコマシっていうところは否定したいなあ』
全く同感だな。
『しかし、もっと早く……俺が一之江と会う前にこの手の状況に陥っていたら。
なす術なく、消えていたな。きっと。
______だけど、本当に、『今』で良かった』
ああ。『今』だからこそ、なんとか出来るからな。
「俺達はさ、音央が俺の夢を見てくれた事が嬉しいよ」
「え、 疾風……さん?」
音央が俺の事を夢で想ってくれたから、だから俺達はここに来れたんだ。
「そうなのですか? だって、あの子が貴方を想わなかったら……」
「想ってくれたから、こうして2人とも助ける事が出来るんだよ?」
「2人とも、助ける……?」
「ああ。だから今、彼女がいる場所に案内してほしい」
「……ですが、あの子は……真実を知ったら、きっと……」
「大丈夫だ!」
『神隠し』の手をぎゅっ、と強く握り締めながら俺は言う。
「大丈夫だ。音央は……とことん弱い!」
「え……?」
本当ならここは『強いから大丈夫』というべきなのかもしれない。
だけど、それは逆効果だ。
『弱いから強がるんだ。弱いから負けないように頑張るんだ。あいつは……』
「音央は弱いから大丈夫なんだ!
弱いからどんな困難にも立ち向かおうとしてくれるんだ!
もし、倒れそうになったら、絶対に大丈夫にしてみせる!そして君も助ける!
ここから外に出してみせる!
俺が教わった心得にこうあるんだ。
仲間を信じ、仲間を助けよ。
依頼人との契約は必ず守れ、って。
俺は音央と約束した。
『何かあったら、俺が守る』ってね。
だから俺達に任せてくれ!」
俺がそう言うと、『神隠し』の少女の瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。
「……疾風さん……助けて、くれるんですか……?」
「俺は、いや、俺達は『主人公』だ。泣いているヒロインをみんな助ける役だからね!」
きっぱり言い切ると。
『神隠し』の少女はそのままポロポロっと泣き出して。
「わかりました……貴方に……託します」
目を閉じ、俯き、呟いた。
「『妖精庭園』」
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