ワンピース~ただ側で~
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おまけ最終話『SUKIYAKI』
全てが終わりを迎えていた。
マリンフォートに残されたのはほとんど何も残っていないという、それこそ禍々しい戦禍の傷跡。
海賊王ゴール・D・ロジャーの実の息子、エースを処刑するというお題目を掲げた海軍とエースを助けるという目的のために集まった白ひげ海賊団の戦争は、エース生存という結果だけを見れば海軍の敗北に等しいのかもしれない。
が、ことはそう単純ではなく、白ひげ海賊団も失ってはいけない人間を失うこととなっていた。
それが『白ひげ』の死亡だ。
エースを処刑するというお題目を果たせなかった海軍と船長である白ひげを失った白ひげ海賊団。
海軍は世界を取り締まるうえで何よりも大事なの威厳を傷つけられることとなり、白ひげ海賊団は様々な地をなわばりとする力を失った。
痛み分け……に近いのかもしれない。
映像電伝虫が途中でハントとエースの大爆発によりリタイアしてしまったため、世界に伝えられたニュースは少しばかり世界政府によってゆがめられ、途中現れた黒ひげ海賊団は白ひげを助けるために海軍の邪魔をしたこととされた。
ただし、黒ひげ海賊団はその船長であるマーシャル・D・ティーチを失ったことで既にその勢いを失い、全員海軍にって捕まえられていた。彼らの身柄は既にインペルダウンへと送り返されることとなっている。
このようにゆがめられた情報がある一方で真実のままに広まった報道もある。
その代表として挙げやすいことが、麦わら一味のルフィとハント。
革命家ドラゴンの息子にしてエースの義理の弟。
大将赤犬に一度勝利した男。
それぞれの懸賞金はルフィは4億。ハントも船長でないにも関わらず3億というそれぞれが途方もないものとなっていた。
ルフィは戦争終了と同時に、重傷のまま潜水艇から戦場を離脱。
ハントは戦争終了と同時にその場で崩れ落ち、生死をさまようほどの重体で白ひげの船へと収容された。
両者ともに生死の正確な情報は広まっていないものの、それでも生きているのではないかという噂だけはまことしやかに流れている。特にルフィに関しては、その時の状態からみても、死んでいる可能性の方が低いという噂だ。
「……っとまぁ、お前が気を失っている間に起きたことはこんな感じか」
「そう、か」
長い、長いエースの説明を受けて、体中に包帯を巻き、ベッドに寝たままのハントがかすれた声で呟いた。
ハントはそのまことしやかなうわさ通りに生きていた。白ひげ海賊団により手当を受けた彼は一週間ほど生死の境をさまよい、今日という日にやっと目を覚まして、エースから話を聞くという現在へと至っている。
「結局、どうやって戦争終わったんだ?」
「覚えてる……わけねぇか、あの状況で」
「……?」
「いや、こっちの話だ。4皇のシャンクスが出てきてな、その場を仲裁していった」
「……あー、へー」
自分で聞いておいて、それはどうなんだ? と第3者がいれば思うであろうハントの態度だがエースはそれを気にするそぶりも見せず、溜息を落としてハントが横になっているベッドの脇へと腰を下ろし、小さくつぶやく。
「すまねぇ」
「……?」
いきなりの謝罪。
ハントは訳が分からずにゆっくりと首をかしげる。
「お前があんだけ踏ん張ってくれたのに……俺はオヤジを守れなかった」
肩を震わせて、涙声で。
自分の不甲斐なさと、オヤジを失った悲しさと、誰よりも尽力したハントへの申し訳なさ。きっとそれ以外にも様々な感情をエースは抱いているのだろう。背中をハントへと向けたまま、トレードマークの帽子で顔に隠したまま、何度も何度も「すまねぇ」と繰り返す。
まるで小さな迷子であるかのように震えるエースに、ハントもまた小さな声で「謝るのはこっちだ」と小さな声を漏らす。
「……?」
その言葉の意味をとらえきれず、エースの動きが止まった。
「俺も、俺のほうこそお前のオヤジを守り切れなくてごめん……俺がもっと最強だったら、ガープも大将も一発でぶっとばせるぐらい強かったらきっとこんなことにならなかったのに」」
淡々と、だが声色には確かに真摯なる想いを込めて。ハントもまたエースへと謝罪と後悔の言葉をぶつける。
「いや、お前はよくやったさ。俺がもっとしっかりしてれば――」
しかしエースはエースで、やはり自分のせいだと首を落とす。
「――いやお前よりも俺がもっと……」
ハントも当然、自分のせいだと首を落とし――
「いや、俺だ」
「いいや俺だ」
「いやいや俺だ」
「いやいやいや俺だ」
自分の非だと言い張る二人が何度も何度も首を振り、そして――
「――ああっ!?」
二人の視線がぶつかった。
ほんの一瞬前まであった二人の沈痛な空気はどこへやら、いつの間にやらいつもの張り合いが繰り広げられることとなってしまっていた。結局、この二人はこうやって意地をはり続けることが二人にとって最も良い薬なのかもしれない。
第3者の介入がなければいつまでも続くかもしれなかったはずのこの無駄な意地の張り合いは、突如として歪んだハントの顔により終わりを迎えることとなった。
「――っ」
「ハント!」
「……声出しただけなんだけど……体が……きし、む」
息を切らせて、さっきまでの心痛の時とは少し違う。単純な肉体の痛みにより顔をしかめるその姿を見れば当然だが、まだハントは今日目を覚ましたばかり。それでむしろなぜ無駄に意地を張ったんだろうかと、ここに冷静な人間がいれば呟いていたことだろう。
だが、ハントとエースの間にそのような発言は落ちない。
「……」
「……」
二人して、同時に沈黙……したかと思えば今度もまた二人同時に「なぁ」と言葉を漏らした。
二人の視線が強く交差する。
「……」
目で会話をしているのかもしれない。そう思えるほどに、長い時間の沈黙が二人を包み、その間二人はただひたすらにお互いの視線をぶつけている。
「……」
長い沈黙を経て、視線を外した二人は軽い笑顔を浮かべて口を開く。
「俺たちは強くなる必要がある」
エースの言葉に、ハントは力強く頷き返す。
「大将なんか目じゃないくらいに強く」
「もう誰も失わないくらいに強く」
エースとハントが同時に頷き、そして言う。
「強くなるぞ、二人で」
二人の声は小さい。
だが、その声はありとあらゆる言葉よりも力強い。
二人の歩みはまだまだ止まらない。
上を向き、世界の海を泳いで渡っていく二人はきっとまだまだ成長していく。
きっとそれこそが、白ひげが見た新時代の力。
「とりあえず俺はマルコやジョズに少し船を離れることを話してくる……おめぇはとりあえずまだ寝てろよ」
「ああ」
船室から出て行くエースの背中を見送って、ふと息をつく。
結局、白ひげさんを守り通すことができなかったあの戦場を思い起こす。
ただひたすらに目の前の敵を倒すことばかりを考えてたせいか、ほとんど思い出せない。
俺はいったい、あの戦場で何かを成し遂げることができたんだろうか。
そう思って、自分の今の、ろくに体を動かすことさえもままならないありさまを思い出す。
「……」
特に随分と包帯を巻かれてしまっている自分の右腕の感覚がない。
きっと、この右腕がその答え。
「……はぁ」
自然と漏れてしまったため息を、首を振って慌てて否定する。
もうネガティブなることは終わりだ。
俺が見るのはもう、ひたすらに前。
俺が思うのはもう、ひたすらに一つ――
――もっと強く。
誰かのそばにいたいとか、誰かのためにとか、そういう他人があってこその想いじゃない。
誰よりも俺のために。
俺が俺であるために。
俺はもっと強くなりたい。いや、強くならないといけない。
ルフィの仲間として、ナミの恋人として、師匠の弟子として。
「……もう少しだけ時間をくれ、みんな」
誰にも負けないぐらい最強になるから。
「……」
目を閉じる。
意識が遠くなる。
強くなろう、そう思って眠気に身をゆだねた。
そして。
時が流れて――
――海。
青々しい匂いとともに視界を彩るそれが世界を包んでいる。
この広大な海に憧れて、その海へと旅立った男はそれこそ星の数。
富を、名声を求めて。
それはきっと確かに困難な道だが、その困難の果てにこそ確かに存在している。
「……うし、腹ごしらえも済んだし、今日もやるぞ」
「ああ」
海のど真ん中に浮かぶ島から波に乗って聞こえる二人の男の声。
特段不思議なこともないことだが、よく考えればおかしなことに気づく。
その島には何もない、自然すらない。人はおろか動物も暮らしをしているような形跡すらない。ただひたすらにだだっ広い陸地が広がっているという。
本当に何もない島。
そこに二人の男が立っているのだ。足元を見れば、どこから調達してきたのか鳥の骨や魚の骨、野菜のくずが落ちており、生活しているかのような痕跡すら見える。いや、離れたところにはテントまでもがあるところを見れば間違いなく二人はここで生活を過ごしているのだろう。
見る人が見れば違和感しか覚えないそんな光景だが、もちろんそんな違和感を覚えるような人物すらこの島にはいない。
「昨日はどっかの海賊に邪魔されたからなー」
「まぁ、そのおかげで他の島への買い出しに行かずに済んだんだし、それはそれでラッキーだったろ」
「はは、確かに」
雑談を交えつつ、二人が徐々に距離をとる。
甚兵衛の服に身を包み、右腕に包帯を巻いた男が屈伸運動を始める傍ら、上半身裸の男で黒い半ズボンは距離をとってから軽く準備運動を始める。
「今のところ通算成績は42勝45敗10分け……だったっか、ハント?」
「そうそう、俺の方がエース、お前よりも3回多く勝ってる」
「最初お前に10連敗ぐらいした時のことを想えば随分と縮んでるけどな」
「うるさいっての! 今日こそ完膚なきまでにお前にかつ!」
「こっちのセリフだ!」
白い炎を纏い始めたエースと、魚真空手の構えをとったハント。
二人がぶつかり合う。
「おおおぉぉ! 魚真――」
「だああぁぁ! 白炎――」
空気を震わせ、海を揺らし、大地を震わせ。
二人が求める道にはきっとまだまだ困難が続く。
それでも、二人はその道を突き進む。
「……エース、ハント! モンキー・D・ルフィ率いる麦わら一味がシャボンディ諸島に現れたよぃ!」
不死鳥のごとき炎の鳥が、二人のもとへと新たなる始まりを知らせるのは今、まさにこの時。
後書き
ぶっちゃけエース編といってもいいぐらいのおまけ編でした。
さぁ、あと一つ!
次話で正真正銘ラストです。
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