ワンピース~ただ側で~
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おまけ9話『壁に潜んだ黒い影』
「くそ、どうなってる!」
ありとあらゆるものを飲み込むほどの大きな爆炎が世界に広がり、その猛威から己の身と周囲の部下数人を守ることに成功していた海軍元帥センゴクが言葉を吐き出した。あまりにも規模の大きな炎だったため、世界はまだ煙に覆われており、視界が開けていない。
「被害状況、わかるか!?」
まずは状況を掴まなければどうしようもない。
――とはいえ、先ほどの大爆発……情報網が死んでしまってもおかしくはないが。
内心で言葉を飲み込み、あまり期待をせずに声を張り上げたセンゴクだったが、幸いなことに海軍の情報網はまだ生きているらしく「報告します!」という言葉がすぐさま返ってきた。
「映像電々虫……すべて使用不能! 中将以下の海兵……既に判明しているだけでも半数以上は戦闘不能の模様!」
「っ」
くそ、という悪態をつきそうになった自分を、センゴクはぎりぎりで自制した。
島を飲み込むほどの規模となった大爆炎。
既に判明しているだけで半数以上の犠牲が出たということは正確な犠牲者数を数えあげれば、その数は3分の2近くにも昇ることになっても……いや、もっと上でもおかしくない。その上、電伝虫がすべて使用不能に陥ったともなればエース処刑のシーンを民衆に公開できないことになる。
今回のすべてはエースの処刑のために始まったことだ。
エース処刑のために、戦争が始まった。
エース処刑のために、インペルダウンから多数の脱獄者が現れた。
全てはエース処刑のため。
海軍の威容を民衆に知らせ、民衆がより安心して生活を送るため。
海軍の威容を海賊に知らせ、少しでも彼らに海軍の恐怖を覚えさせるため。
にもかかわらず、その全てが崩れ去ろうとしていた。
モンキー・D・ルフィの登場に始まり、決定打は戦争中に成長した海坊主ハント。
ルーキーの二人を見誤ったことが最大の要因だ。
――失態だっ!
センゴクの脳裏に浮かぶ、敗北の言葉。
先ほどの爆炎で、視界は未だに煙におおわれている。もしも今、殿をつとめていた白ひげ、ハント、エースに逃走されたら捕まえようがない。
今から二人の大将、青雉と黄猿に指示を出そうにも現在の彼らの状況がつかめないし、何よりも連絡手段がない。ほかの主力、たとえば王下七武海はもともと、こんな状況で頼りに出来つような人間たちではない。
――なら俺が。
センゴク自ら出る。その可能性を彼は考えて、すぐさま首を横に振って考え直す。
彼は元帥で、海兵たちに様々な指示を下すことも彼に求められる仕事の一つだ。海軍が組織として瓦解寸前の今、元帥たるセンゴクまでもが前線に出てしまえばもう海軍にまとまりがなくなってしまい、それこそ容易に白ひげたちを逃がすことになりかねない。
――打つ手なしか。
「っ」
センゴクが悔しげに肩を震わせた時、いつの間にそこにいたのか。横から声が。
「なら、わしが出るしかなかろう」
まるでセンゴクの胸の内をすべて理解しているかのような口ぶりの、苦楽を共にしてきた古くからの仲間。海軍の英雄とも称されるその老兵に、センゴクがいぶかしげに顔を上げた。
「できるのか?」
既に彼は家族の情によってルフィを殴ることに失敗している。
今前線に出てもまた同じことになりかねないというセンゴクの問いに、ガープはこともなげに、そしてどこか彼らしい獰猛な顔で頷いた。
「なに、ワシが相手をするのは海坊主のほうじゃ」
海坊主ハントが赤犬を打倒したことは、赤犬にも少なからず慢心があったことも要因のうちの一つ。しかし、それを差し引いても、海坊主がこの戦場で海軍最高戦力の一人と称される男に勝利したことは事実。
思いがけないほどの成長を見せたことは事実だ。
それがガープの心を躍らせている。
もちろん彼の性根には海軍としての正義が存在していることだろう。
だが、いや、だからこそ。
ガープは今は海坊主を仕留める必要があると考えている。
海坊主ハントと戦う必要があると、ハントの力量を見極めなければならないと、この場で倒してしまわなければならないと考えている。
「……」
そして、そんなガープの考えに、センゴクも同意見だった。考えるように黙り込んで数秒の後「よし、まかせたぞ、ガープ」
「新時代の波が今の時代に決着をつけるかどうか……わしが直接見てくるわい」
意味ありげな言葉を残し、ガープが煙の中へとその姿を紛らせた。
「……」
それを、センゴクは何も言わずに見つめて、すぐさま海兵たちの統制を取り戻すためにその場から歩き出す。
「パシフィスタはどうなった! 大将、七武海の現在位置! それに正確な被害状況はどうなっている!」
声を張り上げ、すでにその目は冷静な、知将とうたわれる彼そのものだ。
ハントとエースの力を合わせた技により、海軍という組織はすでに瓦解寸前。
けれど、まだ海軍の骨子が残っている。
彼らの掲げる絶対正義の名のもとに、まだ戦争は終わらない。いや、終わらせるわけにはいかない。
「……」
――マジで?
漏れそうになった言葉を、ハントはぎりぎりで飲み込んだ。
目の前すら見えないほどの煙に、時折海から流れ込んでくる熱風がハントの頬をなでる。『漁火 炎神』というエースの炎帝に、ハントの魚真柔術による空気操作によって起こしたバックドラフト現象。
ハントも半端な威力ではないと覚悟していたが、これは完全に彼の予想以上の結果だ。予想以上というか、もはや斜め上に近いかもしれないほどの威力となったわけだが、とにもかくにも、威力があったことで不便なことがあるわけはない。
「ど、どうですか!」
どもりながらも、平静を保ったつもりらしい。何事もなかった、とでもいいたげな表情をひきつらせながらもどうにか作って、白ひげへと振り向いた……のはいいのだが、その時には既にエースが白ひげへと「どうだ、オヤジ……これで文句ねぇだろ」と確認をとっていた。
完全に落ち着いている表情で白ひげと会話を交わすそのサマは、ハントとはえらく違っていてその器の差が顕著に現れているのだが、当人であるハントもエースもその器とやらに全く興味を抱いていないため、ハントもそれを気にすることもなく、白ひげとエースの会話に自然と参加する。
「海軍はまだ死んじゃいねぇぞ……大将にセンゴク、ガープ。まだまだ油断できねぇ」
「……けど、今なら逃げれるだろ!」
「……つまり、海軍の主力をあと一人二人ぐらい倒さないと俺たちの力を認めてはくれないってことですか?」
ハントの、珍しく察しの良い言葉を受けて、白ひげは笑みを浮かべて頷く。
「いくら雑魚を減らしても意味がねぇ……相手の主力を削ってこそ、今の海軍の力を作り上げた力を崩してこそ、お前らの……新時代の力ってもんが見れるってもんだぁ」
「今の海軍を作り上げた力って……もしかして?」
ハントが若干に青い顔になって、それはつまり今の白ひげの言葉の意味に気づいたということで。
新時代の海賊たちにとっての旧時代の象徴を白ひげとするならば、海軍の象徴はガープやセンゴク以外にはありえない。
「ハントじゃなくても俺――」
「――今のお前じゃハントには及ばねぇ。お前を新時代の到来にするにはまだお前じゃ力不足だ……気づいてるだろぉ、エース」
「っ」
エースを遮った白ひげの言葉に、エースは反論できずに小さな音を漏らした。
息子の、そういった態度もまたどこか白ひげにとっては楽しいものらしい。ほとんど瀕死に近いはずの体で「グラララララ」と声をあげて笑い、そしてハントへと言う。
「ほら、来やがった! どうせあいつらを崩さねぇと逃げることもうまくいかねぇ。やってみせやがれ! てめぇの力を俺に見せてみやがれぇ!」
徐々に薄れつつある煙だが、まだ数m先を見渡すことすらもおぼつかないほどの大量の煙。そんな中をものともせずに飛来する一陣の影。
「ぶわはははは! 時代にケリをつけるか、海坊主ハント! ルフィの仲間とて今度は容赦せんぞ!」
煙をかきわけ、笑い声を高らかに。
「クザン、ボルサリーノ! お前ぇらは逃げる海賊を追え! 逃がすな!」
いつの間にか側にまで来ていたらしい、二人の大将へと声をかけ。
「見せてみぃ! 今のお前の力を!」
海軍の英雄ガープがハントの前へと降り立った。
一度負けた相手。絶対的な実力差を感じさせられた相手。相手は最強クラス。
けど、もう負けない。なぜなら俺だって強いから。誰よりも強いから。
……そうだよな、ナミ。
好きな人のことを思い浮かべれば、本当に少しだけど勇気が出る。
「……じじぃ」
後ろから聞こえてきたエースの声は不安げで、どこか複雑そう。
相手が強い、だからエースは俺が負けることが不安なのかもしれない。
相手はエースのじいちゃん、だからエースは家族のことを心配しているのかもしれない。
あるいは単純に、このまま逃げ切れるか、という不安をしているのかもしれない。
家族が敵という状況なんて俺には想像もできないから、エースの心境もわからない。
それでも――
「勝つ! 勝って全員無事に帰る! 絶対に!」
――俺のやることは変わらない。
白ひげさんやルフィのじいちゃん、もといガープは俺のことを新時代だとかなんだとか、よくわからないことを言っていた。きっと白ひげさんもガープも俺の何かを見ようとしてる。それが何かはわからないけど、そんなもの俺からすれば知ったことじゃない。
俺は俺のやりたいことをやり抜く。
俺の進みたい道を進む。
誰よりも自由に、誰よりも強く。
それがルフィと一緒にいて、学んだ俺なりの海賊だ。
それが将来海賊王になるルフィの仲間、海坊主ハントだ。
白ひげさんも、エースも死なせない。俺だって死なない。
絶対だ。
「……」
魚真柔術の構えをとって、一度目を閉じ、大きく深呼吸をして気合いを充実させる。
目を見開き、ガープを睨み付けて、全力で――
「海軍の英雄……ガープ! お前が……邪魔だああぁぁぁぁ!」
――吠える。
「かかってこんかぁ! 海坊主ハント!」
それが、俺とガープの決闘の合図。
一歩踏み込もうとして、それよりも先にガープが動いていた。
馬鹿みたいに一直線な動き。なのに、捉えきれないほどに速い。
その速度、その迫力。
英雄どころか、なるほど……たしかに海賊からしてみれば悪魔以外の何物でもないかもしれない。
単なる一直線の動きと、大きく振り下ろされる拳骨。普通ならこれほどカウンターを撃ち込みやすい動きなど存在しない。
けど……うん、これは無理。
相変わらずどころか前に戦った時よりも速いんじゃないだろうか。
「っ」
慌てて空気を掴み、掌握する。
ガープの拳が振り下ろされる。
これも、もはや馬鹿なんじゃないかと思うほどに鋭い。
ガープの腕をとらえることは、そもそも今の俺では不可能。けど、今の俺にはわざわざガープの腕をしっかりと見極める必要がない。
「ふっ」
息を吐き、腕を振るう。
所作としては本当に簡単な動き。例えるなら一連の動きはまるで宙に舞う虫を払うかのような、そんなさりげない動作だ。だけど、そのさりげない動作で十分だ。振るわれた空気が、そのままガープの腕に絡みつき、自由を奪い取る。
それでガープの動きを封じ……「げ」思わず声を漏らしてしまった。
動きを封じたつもりなのに、からみついた空気をものともせずに拳を振るってくる。
どんな馬鹿力だよ!
言いたくなる言葉をぐっとこらえて、さらに腕を振るう。
「むぅ!?」
ガープから声が漏れて、けれどその拳骨があわや俺の頭に突き刺さるんじゃなかっていうタイミングで、俺という目標からずれたらしく、拳骨が大地に突き刺さった。
その拳にいったいどれほどの威力が込められていたんだろうか。
大地にひびが入り、島が揺れた。
うそだろ、おい。
大きな地震かと勘違いしてしまいそうなほどのその揺れに、俺は慌ててガープから距離をとる。
幸いなことにガープからの追撃はなかったので、一応はある程度の間合いをとることに成功した。
心なしか、視界の効きにくかった煙が晴れた気がする……これもきっとさっきの拳骨による風圧のせいだ。
とりあえず言わせてください。
「どんな拳骨だよ、馬鹿かよ」
俺の言葉……に反応したわけじゃないと思うけど、煙が薄くなったおかげで距離が少し開いたのにガープと視線がぶつかり合った。
どこか驚いていて、けれどどこか楽しそう。
ルフィやエースの家族繋がりがあることを感じさせる顔で、少しだけいたたまれなくなるけど、今はそんなところに感傷を寄せている場合じゃない。
今考えるべきは文字通り島を揺るがすほどのガープ拳の威力だ。
以前に戦った経験があるけど、それでもこれほどに威力のこもった拳は受けていない。というかこの威力の拳をもらってたら多分俺は今頃死んでると思う。『ルフィの仲間とて今度は容赦せんぞ』という、ついさっきガープが漏らしていた言葉はそのまんまの事実だったらしい。
あの時にも痛感させられた、最強という壁。その厚さを、今もまた痛感させられる。
きっと少し前までの俺なら心のどこかで敵わないとか思ってたんだと思う。
「……はは」
空気が、多分俺の心に反応して抗議しているんだろう、空気が震えて肌に振動が伝わってくる。
なんとなく、それが嬉しくて、笑い声を漏らしてしまった。
「……」
一度だけ深呼吸を。
安心してほしい。今の俺は違う。叶わないなんて、微塵も思わない。
空気の震えが止まった。それもまた、心のどこかでうれしいと思ってしまう。
「……なるほど、のぅ」
ふと、声を漏らして立ち上がったガープと、また視線がぶつかり合った。
そのぎらついている強い視線にも、負けない。
あのバカみたいな速度にも、もっとバカみたいな拳骨にも、負けない。
「俺が……勝つ!」
言葉に、気合を込めて、拳を振るう。
「おもしろくなってきおったわ!」
ガープもまた同時に動く。今度はどうやら俺のやることを察したらしく、そこから横に移動。
「魚真空手、鬼瓦正拳!」
ガープがつい先ほどまでいた場所で、空気の大爆発。既に間合いをつぶそうと踏み出そうとしているガープに、けれど俺の方が先に動く。
「魚真柔術、気心、気流一本背負い!」
空気を掴み、一本背負いの要領で空気の塊をガープへと叩き付ける。殺到する空気の圧力、奔流に、流石のガープもたたらを踏んだ。本来ならその威力で気を失ったり、吹き飛ばされたりしても可笑しくない威力なのに、ガープに対する影響はどうやらたたらを踏むという、僅かにバランスを崩す程度のもの。
相変わらずの化け物っぷりだけど、それはもう知っていることだからうろたえたりはしない。むしろ、それで十分だ。
僅かとはいえバランスを崩した。その隙を、当然だけど見逃さない。
「魚真柔術、気心、一本背負い!」
赤犬を大地に投げつけた技だ。
対象となる人物の周囲の空気ごと掴み、一本背負いの要領で距離に関係なくぶん投げる。むしろ距離があればある分だけ遠心力も加わって、大地にたたきつけるときに威力が増す。対象の周囲の空気ごと掴んでいるから、相手がロギア系だったり、ルフィのように打撃の効かないような能力者でない限り、大地に叩き付けた時の衝撃で大ダメージを与えることができる。
身動きさせないから受け身も取らせない。能力者でないガープならこれで決着がついてもおかしくはない。
「むおっ!?」
ガープの驚きの声を背にして、空中へと持ち上げて、そこからそのまま大地へとなげつけようとして「ふん!」というガープから声が聞こえたと思った途端に、空気の拘束が弾かれた。空気を掴んでいた両手がしびれて、何が起こったのかわからずに一瞬だけ呆然としてしまった。
「……っ」
混乱しそうになって、すぐにわかった。
強引に空気の拘束を振りほどいたんだろうか? 力が入りにくいように拘束したのに? ん……? というかそもそもどうやって空気を弾いた!?
俺が落ち着きを取り戻す間に着地していたらしいガープと、また対峙する。
「っ」
強い!
わかってることだけど、そう唸らずにはいられない。
けど、唸ってる暇なんかない。
「魚真柔術!」
また空気を掴もうと腕を伸ばして「うっとおしいわ!」
「っ!?」
ガープが掌大のサイズの石ころをぶん投げてきた。
顔面コースだ。
どこにあったんだよ、そんなもん! ってちょっとだけ思ったけど、とりあえずギリギリで回避。顔面すれすれに飛んでいった石ころの行方を見届ける暇は、もちろんない。ほんの一瞬の動作、回避行動に移ったというその一瞬の隙に、ガープが目前に迫っていた。
既に拳を振りかぶっている。
――間に合わないっ!
慌ててガード……いや、ダメだ。ガードなんかじゃ、ダメ。
それが閃いた瞬間には足を地面に、文字通り突き刺して掌を腰だめに構えていた。
「魚真空手――」
「遅いわぁっ!」
わかってる。
カウンターなんか狙ってない。このタイミングなら相討ちすら無理。
だから――
歯を食いしばって、ガープが狙っている俺の腹に武装色の覇気を集める。
「ふんっ」
――耐えて見せる。
ガープの拳が腹部に直撃。
「っっっ゛」
ほとんど反射的に、くの字に折れてしまう。
吹き飛ばされそうになる。
「お゛」
ギリギリで耐えた。
胸から熱い何かが口内へと溢れてくる、血だ。
こらえきれず、吐き出す。
右腕にそれがかかってしまったらしくて、右手が燃えるように熱い。
視界が真っ白だ。
自分が何をしているのか、一瞬だけわからなくなった。
それでも、やらなければならないことがあると、心のどこかで理解していた。
体が勝手に動く。
「う゛……ぎっ゛!!」
自分が何を言っているのかもわからない。
けれど、その何かを反射的に叫んで、体に染みついていた何かを解き放つ。
「なっ!?」
これは誰の声だろうか。
それすらもわからない。
けど、確実に目の前から聞こえた。
ならばそれは、確かにそこにいる
きっと、いや、絶対に。
そこにいるそれに向けて――
すべてを貫く、師匠の奥義『武頼貫』を尊敬して、俺なりに編み出した奥義『楓頼棒』。
師匠のように、強い武をもった頼られる男に憧れて。
俺を守ってくれた父さんと母さん、育ててくれたベルメールさんにも憧れて。
楓頼棒の『楓』。
その花言葉には大切な思い出、というものがあるらしい。
だから、俺は大切な思い出を胸に秘めて、成長できるような男になりたかった。
一本の筋の通った、師匠のような男に、誰からも頼られるような、芯に一本の大きな棒があるような、そんな男になりたかった。
これは俺の集大成。
それを目の前にいる何かに向けて――
「楓頼棒!」
――放った。
「むっ……ぐぅっ!?」
誰かの声、それと一緒に俺の顔に熱い何かが飛び散った。
多分、血だ。
そう思って、けれどもうなにもわからなくなって、どさりと。
何かが倒れた。
いつの間にか白かった視界が黒く染まっていた。
――決着の刻。
ガープの拳を受けてなお、奥義を放ったハント。
カウンター狙いどころかどころか相討ちすらも望まない、一撃を耐えることに全身全霊を注ぎ、ただ一度の反撃に身をささげたハントの掌底はその狙い通りにガープの腹部へと突き刺さり、標的の身を爆発させた。
結果は――
「……ごふっ……はぁ……はぁ」
一度は地に伏したものの、それでもゆっくりとした動作で体を起こしたガープと。
「……」
倒れたままピクリとも動かないハント。
――一目瞭然だった。
立ち込めていた視界を妨げる煙は、ガープとハントのたったの数合の打ち合いによって生じた風によって吹き飛ばされていた。もはやほとんど存在しない煙は意味をなさず、それらの全容を余すことなく周囲の人間たちへと伝えていた。
「ハントっ!」
それらを見つめていたエースが駆けつけようとして、だが既に煙は晴れているのだ。白ひげとエースという決して逃がすわけにはいかない標的を海軍の兵士たちがただで放置しているはずがない。
大将たちは逃げようとしているルフィやジンベエたちを標的としているためこの場にはいないが、それでも今エースたちに立ちふさがっている海兵は先ほどのハントとエースの『漁火 炎神』に耐えきった猛者たちだ。いくらエースとて容易に一蹴できるようなものたちではない。
かと言って白ひげも――
「おれが……ぐっ」
「おやじ!?」
――どう見ても放ってはおけない体調だ。ハントを助けようとする隙に白ひげの体調がさらに悪化してとどめを刺される、なんてことも十分にありうる話だ。放っておけるはずがない。
二人が結局はなすすべなく目の前の敵と戦っている最中にも、ハントの状況は悪化していく。
「……まさか捨て身とはのう」
息を切らせて、倒れたまま動かないハントを見つめるガープが何かを懐かしむような目をして、けれどそれも一瞬のこと。すぐさまとどめを刺そうとゆっくりと地に伏しているハントへと歩み寄る。
ガープは実に奔放な人間で、確かに海賊からは悪魔と言われてる。だが決してむやみに命を奪うようなことをする人間ではない。そのガープが、もはや動き出す気配すらないハントへとトドメの拳を振り下ろそうとしているのは、ハントが動くことを確信しているからに他ならない。
今は気を失っていても少し放置すればきっとまた目を覚ましてまた戦局に左右することが明白だからだ。
それほどの気迫を、ガープは今のハントから感じ取っている。
加えて、それはまだ映像電伝虫が無事に動いていた少し前。
赤犬という大将の一角をハントが打ち破る姿を映像電伝虫が全世界へと伝えていた。大将は海軍にとって象徴的存在。しかも、破ったのは白ひげや白ひげ隊の隊長たちでもなく、まだ世界的に影響力などないたった一人のルーキー海賊。これは海軍の沽券に関わることだ。
そのハントを逃がすことは、海軍として絶対にできない。
「……しかし、サカズキの小僧が動けんくなるのも頷けるわい」
腹をさすり、一撃で気を失い戦線離脱した赤犬のことを思い出しつつもチラリと赤犬が気を失っている方向へと視線を送り「さすがに、そろそろ目を覚ましそうかのう?」と小さな声で呟き、それと同時に拳を固める。
「……」
おそらくは体が痛むのであろう。しかめっ面で、ゆっくりとした呼吸を数度繰り返し、そこからの動きは速かった。
「オイ……あれ……何だ、ありゃあ」
「本部要塞の影に何かいるぞぉ!」
外から聞こえてくる海兵たちの声すらもほとんど気に留めず、拳を振り上げ、ハントめがけてそのこぶしを振り下ろし――
「あ、見つかっつった」
「む!?」
――止まった。
ハントに直撃するまであと僅か、というところでガープの拳が止まった。
滅多なことでは動じないはずのガープの拳が、だ。つまり、外から聞こえてきたその声が、ガープにとってそれほどのものだったということだ。
「……サンファン・ウルフか!」
人の身でありながら本部要塞ほどに巨大なその人物は海賊『巨大戦艦サンファン・ウルフ』間違いなくインペルダウンレベル6に収容されていたはずの死刑囚だ。
そんな、今もなお収容されているはずの男が、なぜここに。
海兵ならば誰もがそれを思ったことだろう。現に動揺が海兵たちにも広がっている。
それこそガープを含めた海兵はもちろん、海賊たちもがその巨大な姿を見上げて驚きに身を任せていた中、ただ一人。それを理解もせずに、気づきもせずに、己の為すことを成そうとしている人物が。
それはまさに、いつの間にか。
「魚真空手――」
いつの間に立ち上がっていたのか。
ガープの懐に拳を構えたハントがそこに。
「なん!?」
ガープが慌てて防御をとろうとするが、さすがに致命的な隙を見逃すほどにハントは甘くない。
既に瀕死に近いだとか、目も開いているかどうかすら怪しいだとか、口元からこぼれる血で足元が池になっているとか、そんなものは今のハントに関係がなかった。
つまり、もう遅い。
「――正拳」
もはやそれは何枚瓦なのか、彼自身理解していない。
持ちうるすべての力を振り絞って、ただ拳を繰り出した。
さすがのガープでも完全な隙を突かれてしまえば避けられない。
「ぐっ゛」
ガープの体がくの字に折れ、そして体内から衝撃が爆発。
「む゛……ぉ゛!?」
先の楓頼棒と今回の正拳。
さすがのガープも遂にその衝撃に耐えきれず、吹き飛ばされることとなった。
未だに突如現れたサンファン・ウルフを見上げる海兵たちの隙間を縫いように吹き飛ばされたガープは、要塞の壁へと激突。瓦礫に埋もれることとなった。
「ぐ、……ゲホ……やってくれおるわ」
「が、ガープ中将!?」
吹き飛ばされてきた人物がガープだということに気づいた海兵たちの心配そうな声もなんのその。瓦礫を吹き飛ばし、ゆっくりと、だが確実に立ち上がったガープも遂に吐血。大量の血をその大地へと零した。
ハントを睨み付けるガープに、ここにきて遂に余裕の色が消える。
とはいえハントからしてみれば余裕がないどころの騒ぎではない。既に瀕死に近い状態だったハントが、渾身の拳を繰り出したのだ。もはや動けるはずが――
「……っ!?」
――いや、いや。
ガープを1日でこれだけ驚かせた人間がほかに何人いるだろうか。
それほどに、ありえない。
ハントは既にガープへと飛びかかっていた。
これもまた、いつの間に、だろう。
周囲の人間を空気ごと投げて吹き飛ばし、ガープへと飛びかかるハントの動きは、まるで無傷でいるかのように鋭い。
「う゛お゛お゛おおおっ!」
獣じみた雄叫びとともに、ガープへと繰り出されたハントの跳び蹴。
ガープが慌てて拳を繰り出そうとするも、おそらくはハントの仕業だろう。まるで空気がまとわりつくかのようにガープの体を拘束している。つい先ほどは空気の拘束を力技で破って見せたガープだが、すでにガープも万全といえる状態ではなく、故にその拘束を破るのは一瞬で、とはいかない。
「っ」
――まずいか!?
今のハントの一撃は、歴戦の猛者と渡り合ってきたガープが驚くほどに重い。さすがのガープの表情にも焦りの色が浮かぶ。避けるのも反撃も間に合わない。そう悟ったガープがせめてもと、武装色の覇気で硬化してみせる。
「魚真……がら゛で!」
そんなガープ覇気など一切きにもとめず、ハントは咆哮とともに蹴りを繰り出す。だが、それがガープの顔面へと到達する瞬間、一体なにが起こったのか。ハントの体が空中で止まっていた。
「今度はなんじゃ!」
空中で止まるというありえない、そして予期せぬ光景にガープが驚き、ハントも自身に起こったその異常に「ん゛!?」遅ればせながら声を漏らした。
ハントが蹴りを繰り出そうとしたまま空中にぼんやりと浮かんでいる……いや、そこから、まるで何かに引き寄せられているかのようにハントの体がどこかへと飛んでいく。
いまだに事態を把握しきれていなかったハントがその目を見開き周囲へと首をめぐらせたことで、遂に彼もその正体に気づいた。
だが、ガープを倒すことに全身全霊をかけて望んでいたハントだからこそ、すでに他の一切のことが思考の端にもなかったハントだからこそ、事態を察知することに時間がかかりすぎた。
「……っ!?」
その名を叫ぼうとするも、もう遅い。
「 」
無言で、一撃。
ハントの顔面が大地へとたたきつけられた。
「見てたぜハント! 今この場で一番邪魔なのは白ひげでもエースでも大将でもガープでもねぇ、お前だ! ゼハハハハハハハ!」
ハントを大地に沈めたその男。
黒ひげ。
また一つの新たなる男が、彼の率いる面々とともにそこに姿を現した。
後書き
あとがき、というかお知らせ。
あと数話で最終話、なんですけども最後の展開を今よりもマシにできるかもしれない、とフと思ったので『勢いのままに更新』をここでストップさせてください。
(個人的には)いいところの最中ですが、申し訳ないです。
一週間ほどお時間いただいて、それでも思いつかないときはそのまま投稿します。
思いついたら……もうちょい遅れるかもしれません。
どちらにせよ、一か月以内には投稿します。
そっからすぐに最終話でしょうけど(汗)
その間に感想返しもできたらうれしいなぁと思いつつ、30件以上読んでない感想をしっかりと返信できる気がしないなぁとかも思いつつ(遠い目)
いつか、ちゃんと返していきたいなぁ……自信ないですが(汗)
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