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魔法少女リリカルなのは~過ちを犯した男の物語~

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一話:別れと出会い

 
前書き
ヴィクトルの過去はオリジナル解釈が含まれています。 

 

思えば間違いだらけの人生だったのかもしれない。


男は本物の世界の自分に胸を貫かれた痛みで朦朧とする意識の中、掠れた声で愛娘へと遺言ともいえる歌を歌いながらそんな事を思う。思い返せば、自分の人生は、それは酷い物だったと男は走馬灯を見る。初出勤の日に、後にアイボーとなる少女から痴漢冤罪を掛けられ、その後すぐに列車テロに巻き込まれた。

それが終わってみれば二千万ガルドもの借金を背負う高額負債者に、挙句の果てには指名手配犯だ。これをいたって普通の人生だと言う人物がいるのならば自分はその人物を一発殴らなければならないと男は至極下らない事を考える。

男の人生はその後も酷い物だった。同じく指名手配犯になった兄を捕まえる仕事を半ば強制的に押し付けられ、それが終われば次は“偽物”の世界、分史世界を壊す仕事を押し付けられた。罪悪感に苦しみながらも世界をそこに住む全ての命と共に壊し続けた。自分の世界の為だと、“本物”の世界、正史世界を守る為だと醜い自分を擁護しながら旅を続けて来た。

その為に小さな犠牲は仕方がないのだと割り切って仲間の一人も手放した。そして、最後には自分を慕ってくれていたアイボーである少女もまた“本物”の世界の為だと己を騙して見捨てた。大切な約束を破り捨てて。その時の少女の憎悪の籠った目を男は未だに忘れられない。
自分に―――“嘘つき”と最後に言い残して消えた少女の目が。

だが、男はそれでもなお“本物”の世界の為だから仕方がなかったのだと自分を騙し続けた。少女の犠牲のおかげで世界は救われるのだと思っていた。だが、現実というものは男に対してどこまでも非情であった。世界はまるで男の間違いを、嘘を、あざ笑うかのように告げたのだ。お前の世界もまた―――偽物の分史世界に過ぎないのだと。

その時の絶望感はとてもではないが言葉では表せない。己の全てを否定された瞬間、男が必死に嘘をついて守ってきた自らの心は脆くも砕け散った。そして、今まで感じることが出来なかった罪悪感が男の砕けた心の隙間を余すことなく埋め尽くした。“本物”の世界の為と言いながら世界を壊し、仲間を手放し、アイボーを見捨てた選択は全て……間違いだったのだ。

男はその事に自暴自棄になり全てを捨て去り、世界から逃げるように姿を消そうとした。だが、死ぬことはしなかった。それは自分のたった一人の家族である兄が自分の為に生きていてくれと懇願したからである。男はそれ故に死ぬことはしなかった。だが、生きるという事もしなかった。偽物の世界であろうと毎日を懸命に生きていくかつての仲間の姿を見ながらも男は生きる屍であり続けた。

だが、そんな男を救う出会いも訪れた。かつて自分が見捨てた少女と同じ瞳の色をした女性と出会ったのだ。男は女性に惹かれ、また、その優しさに心を癒されていった。そして、男は絶望の淵から這い上がり、彼女に希望を見出した。そして、お互いに想いあった彼等は結婚し、一人の娘をもうけた。男は生まれて来る娘にかつてのアイボーと同じ名前を付けた。もう二度と、見捨てないのだと心に誓って……。

彼女は難産の末に一人の元気な女の子を産んだ。余りにも難産だった為に彼女は身体が弱くなってしまい、もう子どもが出来ない体となった。しかし、それでも二人は幸せだった。かつての仲間や兄が生まれた女の子を祝福してくれた。この幸せがいつまでも続いてくれると男は思っていた。娘がアイボーと同じ、一族に数代に一人しか生まれない世界を救う力を持つ者―――クルスニクの鍵と判明するまでは。

男の父親は残酷にもその娘の力を利用しようとし、かつての仲間たちも自分達の世界を守るために赤ん坊を本物の世界への交渉材料に使おうとしていた。兄だけは間に立ってくれてはいたが結局の所、男の身を案じることを優先としていた為にどっちつかずの状態で娘を守るという選択をすることはなかった。

男はそんな彼等の意見に断固として拒絶の意識を見せた。かつてのアイボーのように世界の為に娘を犠牲にするということは許せなかった。もう二度と間違いを起こさないと心に決めていた。それ故に男と仲間達の交渉は平行線をたどっていた。そしてこのままでは埒が明かないと思った一人が何気ない言葉を男に投げかけた。


――子どもなんて、またつくればいい――


その言葉は男を激昂させた。妻がもう二度と子供を作れない体になったにも関わらず言われた言葉。この世に一人しかいない娘を侮辱する言葉。男は最愛の妻が身を削ってまで生んでくれた愛娘を利用しようとするもの全てに怒りを露わにした。男は迷うことなくかつての仲間と父、そして自分の味方にならない兄へと刃を向け―――殺した。

その時の選択も間違いだったかもしれないと思うが、後悔の念は無い。娘を守る為に取った行動に後悔の念は抱きたくない。だが……その光景を見た妻が、自分が娘をしっかりと生んでやれなかったせいだと思い込み、精神に変調をきたし、病の床に伏せることになったことは悔やんでも悔やみきれない。妻を何よりも愛していた男にとっては自分が兄と父、そして仲間達を皆殺しにしてしまったが為に妻を傷つけたことに苦しみ続ける。

妻は記憶もあいまいになり、過去にあったことを何度も、何度も……ただ、繰り返すだけになってしまった。終いには、娘の存在も忘れ、夫の存在も分からなくなってしまった。だが、それでも男は妻を愛し続けた。彼女が生きていてくれさえすれば良かった。とにかく生きて自分の傍にいてさえくれれば、それでよかった……それで良かったのにもかかわらず―――妻は自分を殺してくれと男に頼んだ。

男は、妻はまたおかしくなったのだと信じ、拒んだ。だが、妻の決意は固かった。まるで燃え尽きる直前の蝋燭が一瞬だけ燃え上がるように最後の最後に正気に戻ったのだ。そして妻は、最愛の娘と夫を忘れたまま死にたくないと懇願した。男を愛した自分のまま死なせて欲しいと……そう言ったのだ。

男は涙ながらにその言葉を承諾し、最愛の妻を―――刺し殺した。血塗れの妻の死体を抱きしめながら男は泣き叫んだ。そして、考えた。どうして、自分には当たり前の幸せさえ許されないのだろうかと。考えに考え抜いた先に男はある結論に達した。


――偽物の世界に、幸せなんて許されるはずもない――


そう結論付けた男は、本物になることを望んだ。そして、幸運(残酷)なことに男にはその(すべ)が直ぐ手元にあった。それは、他ならぬ妻が身を削って産んでくれた一人娘の力だ。それさえ、利用すれば彼は本物の自分となり変わり、また生まれ変わることが出来る。全てを取り戻して幸せになることが出来る。それを理解した男はかつて皆殺しにした仲間や父のように娘を利用することにした。

男はその時、間違いに気づくことが出来なかった。いや、気づいていても、もはや引き返すことなど出来なかった。自分がどれだけ愚かな行動をしているかを、自分自身が妻への愛を、娘への愛を、妻が自分を愛してくれたという事実を否定しているという間違いに彼は気づくことをその時はしなかった。

その結果が今の状況だと、男は自分を見つめながら涙を流す愛娘の頬を撫でながら自嘲気味に笑う。結局、自分はまた間違いを起こして娘を偽物扱いして悲しませただけではないかと。自分のことながら余りの愚かさに呆れてものも言えない。そこで、ふと男は思いたつ。……間違いを犯さないようにするにはどうすればいいのだろうかと。死にゆく身で考えるのも馬鹿馬鹿しいことだが何故だか考えたくなった。

だが、考えることもなく答えは簡単に出て来た。間違いという物は偶発的に起きるものではない。必ずそこには理由がある。そして、己が間違いを犯した全ての原因を男は思い出したのだ。遠い日の少女との約束と共に。



――ホントのホントの約束だよ。エルとルドガーは、一緒にカナンの地にいきます――



自分の間違いの原因は全て―――約束を破ってしまったからなのだ。それを悟った男、ヴィクトル(ルドガー)は薄れゆく意識の中あることを願う。もし、こんな碌でもない自分にもう一度だけ約束をする機会が与えられるのであれば今度こそは、その約束を必ず守り抜こうと。
そう最後の最後に決め―――彼はこの世界と共に消滅する。


「パパァーーーーッ!」


泣き叫ぶ娘を一人残して。






暖かい。何故か彼はそんなことを感じた(・・・)。彼は間違いなく自分は死んだのだと確信していた。それにも関わらず感触を感じた。いや、そもそも死んだのであれば自分が死んだと確信することすらおかしいのではないのかと彼は疑問に思う。そして、今疑問に思っているという事は自分がどこかに存在しているという証拠に他ならない。

意味は違うかもしれないが我思う故に我あり、なのだから。ひょっとするとここはあの世なのかと考える。地獄にしては暖かすぎるが自分が天国に行けるような人間であるなどと彼は己惚れてはいない。自分は地獄に落ちて当然の事をしでかしたのだから。そこまで考えたところで今度は自分の頬に何かが触れる感触を感じる。そこで彼は自分に肉体があることを確信する。そして、まるで開けるのを拒むかのように重い瞼をゆっくりと開けてみると赤い瞳と目が合った。


「あ……目が覚めましたか?」

「ああ……ありがとう」


自分が目を開けたことに微笑む、娘と同じ位の年の金色の髪の少女に彼は状況が全く分からないままであったがかすれた声で礼を言う。それは自分の頬に温かさを与えてくれたのが少女の手の平だということに直感的に気づいたからである。そして、彼は自分が置かれている状況を改めて確認する。

飾り気のない部屋に、ベッドに入った自分。その隣にいる看病をしてくれたのであろう少女。自分はこの少女にどこかで倒れていた所を助けられたのだろうと彼は自分の経験からそう推測する。願わくば、この少女が治療費をふっかけてくることがないことを祈ろうと、密かに男は思っていた。


「君が私を助けてくれたのか。改めて礼を言わせてもらおう、ありがとう」

「え、えっと……そんなに頭を下げないで下さい。それにお礼ならアルフにも言ってください。ここまで運んでくれたのはアルフですから」


大の大人に頭を深々と下げられたためか、少し混乱して顔を赤くした少女は部屋の隅で二人の様子をジッと見つめていた強い光を秘めた青い瞳に腰まで届く、毛先まで整ったオレンジ色の髪の女性に助けを求める様に目を向ける。そんな視線に女性は軽くため息を吐きながらも仕方がないとばかりに口を開く。


「別に、アタシはフェイトに言われて運んだだけだよ。礼ならフェイトだけで十分さ」

「いや、お嬢さんも私を助けてくれたことには変わりがないさ。ありがとう」

「……フン。別に礼を言われるほどの事なんかやっちゃいないさ。それよりもその呼び方変えられないのかい? こそばゆくて仕方がないんだよ」

「ふふ、ではアルフと呼んでいいかね?」

「そっちの方が助かるね」


礼を言われたことに素直ではない反応を見せるアルフに彼は子供の様な印象を受けて面白そうに笑う。そして、隣のフェイトもその様子に微笑ましそうに頬を緩ませる。そこで、彼はまだここがどこかを聞いていなかったと思い出し、顔を引き締める。

その時、彼は自分の顔の上にある仮面が僅かに動くのを感じ、そこで初めて自分が仮面を着けていることに気づく。彼が最後に覚えている記憶では間違いなく自分は仮面をしていなかった。その事に疑問を覚えて何気なしに仮面に触ると不意に二人がばつの悪そうな顔を浮かべる。


「あの……ごめんなさい。悪気はなかったんです」

「あ、あんたが怪しい仮面着けてるからつい取っただけだよ」

「で、でも右側しか見てませんよ!」

「ああ……あれを見たのか」


フェイトとアルフにそう言われて彼は納得する。彼女達はあれを、仮面の下のどす黒く染まった時歪の因子化(タイムファクターか)を見てしまったのだろう。まあ、普通に考えれば人を看病するときに仮面を着けたままにすることはないだろう。アルフの言う通りこの上なく怪しい。人間の心理としてまず、仮面の下を覗かないという事は無い。だから、彼女達に非は無い。むしろ、明らかに怪しい人間なのにもかかわらずに助けてくれた彼女達に感謝の念と謝罪の念が湧き上がる位であった。


「すまない……怖かっただろう」

「そ、そんなことないです! それより私達の方こそ何も考えずに仮面を取ってごめんなさい」

「君達が謝る必要などない。これは自業自得で負った傷なのだから」


彼は仲間達と兄と父を皆殺しにしたときの事を思いだしながら、相手を傷つけてしまったと、シュンと落ち込んでいるフェイトの頭を娘と同じように優しく撫でる。時歪の因子化(タイムファクターか)したのはあの時、一族に伝わる力―――骸殻を使いすぎたためだ。

その時から彼の寿命は大きく削られてしまった。娘の成人も見る事が出来ない程に彼の余生は短かった。それもまた生まれ変わりを望む要因だったが今となってはどうでもいいものだと彼は心の中でそう結論付ける。しかし、それとは別に気になることも彼にはあった。

体が軽いのである。身体中を蝕んでいた時歪の因子化(タイムファクターか)の痕は残っていると言うのにそれに伴う痛みはない。もしかすると、症状だけでも治ったのかとも思ったが、相変わらず右目は見えない。それに一時的に痛みが止まっているだけかもしれないと結論付けて彼は撫でられ続けてトマトのように顔を赤くしている少女に意識を戻す。


「さて、一先ずここがどこだか知りたいのだが、まずエレンピオスとリーゼ・マクシアのどちらの国か教えてくれないかい?」


エレンピオスとは彼の生まれ故郷である国でリーゼ・マクシアは以前までは巨大な壁のような物で覆われてエレンピオスとは違った独自の文化を発展させてきた国である。二つの国は、今はかつての仲間達の尽力により繋がり合っている。その為に彼はどちらかと聞いたのだ。しかし、二人の反応は彼の予想外の物だった。


「……エレンピオスとリーゼ・マクシア? えっとここは日本っていう国ですけど……アルフは聞いたことある?」

「アタシもそんな国は聞いたことないよ」

「なん…だと?」


その返事に彼は頭を抱える。様々な憶測を立てるがどれもしっくりとくるものは無い。てっきり別の分史世界にでも来たのかもしれないと思っていたのだがその線も薄いだろう。これから、どうするかと彼は考えようとしている自分に気づき未だに生に未練があるのかと内心で自嘲気味に笑う。

もう、自分は死んだのだ。生きているのだとしても死んだことには変わりがないだろう。そう思った彼は考えるのをやめて目を閉じる。そんな様子にフェイトはオロオロとしてアルフに目をやる。アルフの方もどうしたものかと考えているが案は浮かばない。そんな時、フェイトの頭にある考えが閃く。


「あの……えっと……」

「ん? ああ、そう言えばまだ名乗っていなかったな。私の名前は……ヴィクトル」


彼は少し迷った末にその名前を名乗ることにした。彼の本名はヴィクトルなどではなくルドガー・ウィル・クルスニクだ。だが、彼は妻を失い生まれ変わりを望んだ時からその名前を封印した。娘に感づかれることなく正史世界から本物の自分を誘き出すために。そのために彼が名乗った名が最強の称号でもあるヴィクトルだった。別に今となっては本名を名乗ってもいいのだが彼は自分にはその名を名乗る資格がないと思いヴィクトルと名乗ることにした。


「…私も改めて自己紹介しますね。私はフェイト・テスタロッサです。それと……あの子は使い魔のアルフです。えっと……ヴィクトルさん。もし行くあてがないのならしばらくここにいませんか?」

「っ! ……いいのか?」

「フェイトがいいって言っているんだからいいに決まってるだろ」


フェイトの申し出に仮面の下の目を見開いて驚くヴィクトルにアルフが何故か少し噛みつくように続ける。そんな二人の言葉にヴィクトルはしばらく考えた後、そうするのが現状一番の選択だろうと決断し、口元に微笑みを浮かべて口を開く。


「何から何まですまない。……これからよろしく頼むよ」

「それじゃあ…よろしくお願いしますヴィクトルさん」

「ま、出て行きたくなったら出て行っても構わないけどね」


ヴィクトルの言葉に嬉しそうな笑みを見せるフェイトだったが、アルフがすぐに空気を読まない発言をしたのでムッとしたように睨みつける。ヴィクトルはそんな様子にさらに穏やかな笑みを浮かべる。暖かな空間。

まるで、自分のアイボーが居た時のような懐かしい感覚。それが彼にとっては何よりも嬉しかった。なぜ、自分がまだ生きているのか。なぜ、彼女達と共に過ごすことになったのかはまだ彼には分からない。だが、ある種の確信も抱いていた。



彼女―――フェイトといれば今度こそ自分の為すべきことを為せるのではないかと。


 
 

 
後書き
次回はヴィクトルさんに料理させて戦闘でも書こうかなと思っています。 
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