| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

絵の馬

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

2部分:第二章


第二章

「無理をさせれば大切な馬が」
「しかし弱った」
 同僚はそれを聞いて困った顔になった。
「これから王宮に行かないといけないのに」
「火急の用か?」
「そうだ。それなのに馬なしでは。どうしたものか」
「それでは私の馬を使え」
 クシャルーンは迷わずに述べてきた。
「私の馬は立派だ。だからこそ」
「あの馬をか」
 同僚はその提案を受けて声をあげた。彼の馬のことは既に知っている。名馬という言葉では済まされない程だ。そんな馬を貸してもらえると聞いて声をあげずにはいられなかったのだ。
「本当にいいのか?それで」
「勿論だ」
 武人らしい言葉であった。そこには何の迷いもない。
「だから。さあ」
「わかった。それではかたじけない」
 同僚は深々と彼に礼をした。そうして馬を借りてすぐに王宮に向かった。
 王宮での仕事は何の支障もなく終わった。時間も間に合った。だがその帰り道であった。
 ある屋敷の前まで来たところで。馬の様子が急におかしくなったのだ。
「何だ?どうしたんだ?」
 手綱を引いても言うことを聞かない。それどころか彼を乗せたまま屋敷にめがけて突っ込みだしたのだ。これは予想もつかないことであった。
「あっ、こら!」
 最早制止は不可能であった。屋敷の門をくぐりそのまま屋敷の中を駆ける。彼は馬上にいて何も出来ないままであった。そうしてある部屋の中まで来た。
 豪奢な部屋であった。あちこちに家具や装飾品がありそのどれもが奇麗に磨かれているか宝石で創られていた。午はその中にある壁にかけられた絵に突っ込むのである。
 絵には何も描かれていない。真っ白である。その真っ白な絵に馬は突っ込む。そうして。
 絵の中に消えてしまった。それっきりであった。後には部屋の中で呆然とへたり込む彼と慌てて部屋に入って来たその屋敷の者達だけがいるのであった。
 この話はすぐにクシャルーンの耳に入った。というよりは同僚がほうほうのていで戻って来て彼に話したのである。
「馬が絵にか」
「ああ、消えてしまった」
 まだ呆然としながらクシャルーンに語る。
「完全にな」
「そうか。道理でな」
 そう言われると納得するものがあった。だがそれは彼だけで同僚はとても納得できないものがあった。
「不思議に思わないのか?」
「何がだい?」
「いや、だからだ」
 平気な顔のクシャルーンに対して言う。
「馬が絵の中に消えたんだ。こんな不思議なことが」
「いや、それよりも前からずっと不思議だったから」
 それが彼の言い分であった。
「何も食べないし異常に速いし」
「ううむ。そうだったのか」
「それにしても。その馬が戻った屋敷だけれど」
 彼はそこが何処なのかといった方に関心があった。
「何処なんだい?」
「ああ、そこは」
 同僚はその言葉に頷く。そうして案内を申し出るのであった。
「では案内しよう。ついて来てくれ」
「わかった」
 こうしてクシャルーンは同僚に案内されてその屋敷まで来た。それからすぐにその馬が入ったという絵の前まで案内されたのであった。その絵を見ると確かにそこにはあの馬がいた。
「この馬だったな」
「ああ、そうだ」
 同僚の言葉に頷く。彼等と共に屋敷の者達もそこにいた。
「間違いない」
「実は何時の間にか絵から馬が消えていたんです」
 屋敷の者の一人がクシャルーン達にそう説明した。
「そうだったのか」
「はい、それで不思議に思っていたのですがこうして戻って来まして」
「ふむ、成程」
 クシャルーンはそれを聞いて納得したように頷く。
「そしてようやく戻る場所を見つけて戻って来たと。それはそうとして」
「はい?」
 クシャルーンはここで屋敷の者達に問う。彼等もそれに応える。
「何でしょうか」
「この馬の尻尾だが」
 その焼き切れた尻尾を指で指し示しながら問う。
「どうして。こうなったのだ」
「丁度そこに蝋燭を落としてしまいまして」
 屋敷の者達はそう彼に説明する。
「そのせいでございます」
「そうだったのか。そのせいで」
「はい、左様です」
「わかった、ならいい」
 彼はそれを聞いた後で懐から財布を取り出した。そうしてそれを屋敷の者達に手渡すのであった。
「あの、これは」
「謝礼だ、馬を借りていたな」
 にこりと笑って述べた。
「おかげで何かと役に立った。礼を言う」
「礼と申されましても」
「私達は何も」
「だがこの馬は確かにこの屋敷の馬だ」
 クシャルーンはそう主張する。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧