メフィストの杖~願叶師・鈴野夜雄弥
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第二話
~epilogue~
「もう帰っちゃうの?」
六日後、二人は全てを終えて帰るところだった。
「ああ。司の葬儀も出せたし、そろそろ帰んないとオーナー達が大変だからな。」
大崎は少し淋しげにそう言った。
瑶子の後ろには孝が立っており、彼は淋しげな瑶子の方に手を置いて大崎を見た。
「本当にありがとう。まさか葬儀まで手伝ってくれるとは。」
「良いんですよ、叔父さん。どうせ警察の調書のために残んなきゃなんなかったし、それに…弟みたいなもんだったから…。」
孝の言葉にそう答えると、大崎は荷物を持った。
「そんじゃ、俺ら行くよ。またちょくちょく来るようにすっからさ。」
「そうか。」
孝はそう返すと、瑶子と共に外へと見送りに出た。外は快晴の青空に、眩しい太陽が濃い緑を浮かび上がらせている。
その中で、鈴野夜はふと孝に問い掛けた。
「そう言えば…真一さんはよくこちらに?」
「…?」
そう問う鈴野夜に、孝と瑶子は顔を見合わせた。
「雄兄、知らないの?」
瑶子は悲しげな瞳で鈴野夜を見上げた。
「…何が…?」
鈴野夜はそう返しつつ大崎と顔を見合わせた。大崎も不思議そうにしている。
そんな二人に、瑶子はとんでもない事実を口にしたのだった。
「真兄さんとこ…事故でみんな亡くなってるの。もう一年近く経つけど。」
鈴野夜も大崎も呆然として言葉が無かった。
そんな折、不意に背後から声を掛けられたため、二人は我に返って振り向いた。すると、そこには淑美がキョトンとした顔で立っていた。
「あら、どうしたの?そんな顔して…。」
淑美は司が亡くなったと聞いて直ぐに孝の元へ戻って来ていた。そして、用を済ませるために出ていたのだ。
「淑美さん…。」
「何?皆どうしたの?」
不思議そうに問う淑美と間が悪いと言った風な孝と瑶子に、大崎はここへ来るに至った経緯を話し出した。
潮風が香る中、大崎は淡々と話した。話している最中も大崎自身、これは本当にあったことなのかと自問するが、この記憶に間違いはないと断言出来た。それがあったからこそ、鈴野夜が一緒に付いて来てくれたのだから。
話が終ると、瀬田一家は何とも言えず、暫くは黙していた。さすがに幽霊が云々…とは言えない。長男を亡くしたばかりなのだから…。
「ま、もう少し中へ入って茶でも飲んでけ。」
少しして孝がそう言ったため、二人は再び中へ戻った。
茶と茶菓子を出され、皆はテーブルの周りに落ち着いた。そこで孝が静かに口を開いた。
「実はな…真一君はずっと司を更正させようと来てくれていたんだ。時には兄さんと英子さんも一緒に来てくれてなぁ。皆で居れば、きっと良くなるってなぁ…。」
真一の父である瀬田啓は、孝の実兄だった。よくよく考えてみれば、この騒動の中で一度もその名が出なかったことを不思議に思わなくてはならないが、鈴野夜も大崎も真一が内密に頼んだこととして自分達で意図的に隠していた。そのため、一度も名が出なかったことに気付かなかったのだった。
話を聞けば一年程前、また司が警察に捕まったと聞き、真一だけでなく、夫妻も同行してこちらへと向かっていた。
しかし、何の因果か、三人の乗った車は崖崩れに巻き込まれ、その下敷きになって亡くなった。それも…直美が死んだのと同じ峠で…。
「そう…だったんですか。それじゃ、あの真一さんは…。」
「きっと司のことが気掛かりで、どうにか出来ないかとお前のとこへ行ってくれたんだろう。全く…亡くなった者にまで世話かけて…。でも、司はそんな人達にずっと見守られてたんだから、まだ幸せだったんかも知れんな…。」
孝がそう言って遺影を見ると、淑美もその目に涙を浮かべ、横にいた瑶子はそっと母へハンカチを差し出した。
「ありがとう、瑶子。」
「うん…。でも、司兄はきっと今頃、真兄と直姉のとこへいるんじゃないかな。今度は私達がちゃんと生きて、向こうへ行く時に怒られない様にしなくちゃね。」
「そうね。」
淑美はそう言って笑みを見せたのだった。
その後、大崎と鈴野夜は直ぐに家を出てバス停に向かい、そして丁度来たバスへと乗った。
瀬田一家はバス停まで見送りに付いてきて、二人へと山ほど手土産を渡してバスが見えなくなるまで手を振ってくれていた。
「なぁ、雄…。」
「何だ?」
「あの真一さん…本物だったのかな…。」
バスから過ぎ行く景色を眺めながら、大崎は鈴野夜にそう問った。
鈴野夜はそんな大崎が見ている景色へ視線を移し、その問いに答えた。
「本物と思えばそうだ。結局は想いの残り香の様なものだけど、余程気にしていたんだろう。私でさえ気付かなかった位だから。」
「お前でも?」
大崎は少し驚いた風に鈴野夜へと振り返ると、鈴野夜は困ったように苦笑した。
「そういうものもあるさ。人の想いっていうものは、他のどんなものよりも強い。善きにろ悪しきにしろね。」
そう言うと、鈴野夜は「少し寝るよ。」と言って目を閉じてしまった。これ以上話す気はないようだ。
「でも…会えて嬉しかったな…。」
大崎は再び外の景色へと視線を変え、そう呟いた。
彼はもうこの世にいない。彼女と同じように、もう二度と出会うことはない。
だが、不思議と悲しくはない。いつかまた出会える…それは自分が死んで長い年月を重ねた先…。大崎はそう感じていた。
その時には、きっと司や他の皆とも…。
今はただ、帰りの道のりを急ぐだけ。
バスは走る。懐かしき風景を後に、いつもの日常へと走って行く。
- また、いつか…。 -
彼はそう思った。
次に来たときは、皆と大いに笑い合いたい。こんな悲劇はもうたくさんだ。
「直美…。」
きっと彼女もそれを願っている筈だ。彼女はそういう人だったからだ。
鈴野夜は眠った振りをして大崎の呟きを聞いていた。彼もまた、大崎と思いは同じだった。
だから、今度は笑えるように努めよう。
苦しみや悲しみは、いつの時代にも転がっている。だから、それを撥ね除けるように…自分達は生きて行きたい。
世界を覆う快晴の青空、何も無かったように澄み渡る。
その中に浮かぶ小さな雲が、ただ気ままな風に流されていた。
第二話 完
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