問題児たちが異世界から来るそうですよ? ~無形物を統べるもの~
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問いかけ
「あー、結構疲れたー」
「まあ、お疲れ様だ湖札。よくもまあ一人でどうにかしたものだな」
ある場所で、巫女服姿の湖札が村正を片手に地面にあおむけに倒れ、それをすぐそばにいる殿下が見下ろしている。しかし誰もそれに対して文句を言う様子はない。湖札自身も疲れきって倒れているので何もできそうにないのだ。
「それにしても、この箱庭って節操がなさすぎない?まさかあんなのまで魔王として現れるなんて・・・」
「それについては俺も意外だったが、どこからか神格を調達していたようだし不思議ではないだろう。知名度の高さもあるしな」
「あー、確かに知名度はありすぎるくらいにあるよねー・・・なんせ、『赤ずきん』だもん」
そう言った彼女は体を起こし、自らの手で破壊した封印塚を見る。
旧“ ”が封印していたと思われる封印塚の一つ。彼女はそれを壊し、中に封じられていた魔王を開放して・・・それと、全力でバトルした。相手の開催したギフトゲームを完璧に解き明かし、それを語りながらボッコボコにした。そうして倒した少女は・・・赤いずきんをかぶった幼い少女は、今壊した封印塚のすぐ横に倒れている。
打撲等の傷を負い、とても痛々しい姿のその子に近づいて・・・
「癒せ、急急如律令」
治癒符をかざし、その傷を全て癒す。
「・・・なぜ、私の傷を治すのですか?」
「死なれたら困るから、だよ」
「どうせ何があっても、私はあなた方に従いませんよ」
「それは分かってる。でも、じきに隷属させた魔王を強制的に従わせれる人が来る予定だから・・・しばらくの間、寝ててね」
湖札はそう言って手作りのフェルト人形・・・赤ずきんを模した人形をかざし、その中に魔王“赤ずきん”を封印した。
「・・・よし、これで終わった。はい、殿下」
「おう」
返事をした殿下は湖札の渡した人形を受け取ると、自分のギフトカードの中に入れる。そうして新たに“赤ずきん”という項目が追加され、他にも“ピーターパン”、“アリス”とその他に湖札が倒した魔王が入れられている。
「それにしても、本当にいいのか?俺としては、湖札が一人でやってる間に他の魔王の方に行けて楽だが」
「いいんだよ、これで。私なら知識量がかなりだし、たいていのギフトゲームには対応できるし・・・何より、最後かもしれないんだから仕事はしないと」
湖札はそう言って立ち上がるが、殿下は少し顔をしかめる。
「・・・まさか、負けるつもりじゃないだろうな?」
「そんなつもりはないよ。もちろん本気でケンカするし、勝って兄さんをひきこむつもり」
湖札は持ったままだった村正をかかげ、
「でも、相手はあの兄さんだから。たぶん今一番勝てる可能性があるのは私だけど、圧倒的な実力持ちだしなー」
「ああ、それは間違いないが・・・」
「だからこそ、私たちの目的のために引き込めたらどれだけいいか。・・・本当の魔王連盟を作って箱庭を滅茶苦茶にするなら、あそこまでふさわしい人はいないから」
湖札はそこでようやく納刀し、巫女服から普通の私服に戻る。何かあった時のために動きやすいジーンズにTシャツというラフな格好だが、それでも少女としての魅力にあふれる。巫女服の際には一つにまとめられていた長い髪も、今は解かれ風になびいている。
「それじゃあ殿下、次行こう。私としても兄さんとのけんかまでに少しでも強くなりたいし、もうグーさんと昆世魔王さん、リンちゃんは次に行ってるんでしょ?」
「・・・ああ、そうだな。次のやつはちょっと大物だから、全員で相手をするぞ。異論は認めないからな」
「おっけー。さ、次も頑張ろう!」
檻の中にいる蛇の系統の魔物の力を借りて完全に治癒した湖札は、何事もなかったかのように歩き出す。
「・・・そう言えば、今更なんだけどな」
「うん?何、殿下?」
「お前は、本気の殺し合いを自分の兄とすることに対して、何も思わないのか?」
「ああ、そんなこと?もちろん・・・」
========
「あ、あのー・・・本当によろしいのですか、一輝さん?」
「おう、問題ないぞ。よろしく頼む」
「・・・そうおっしゃるのでしたら、やりますけれども・・・」
あまり乗り気ではなさそうな黒ウサギがその手に持っているのは、ボウガン。それも、しっかりと殺傷能力のある実戦用のものだ。
そのほかにも、ボウガンの矢を入れてある矢筒や弓、銃など様々な遠距離武器が黒ウサギに装備されている。
「・・・本当に、ここまでやらなければならないのですか?」
「というよりは確認だから安心してくれ。反射神経がどれくらい残ってるのかの、な」
そう返した一輝は、逆に何も装備していない。ごくごく普通の、何の恩恵も宿していないし服に身を包み、両手にも何か持っているというわけではない。その状態で、ジーンズのポケットに手を突っ込んで立っている。
「じゃあそういうわけで、黒ウサギのタイミングではじめてくれ」
「分かりました。では・・・行きます!」
これ以上何を言ってもどうせ聞かないと察した黒ウサギはボウガンを構え、照準を一輝の頭に合せると同時に引き金を引く。そうして勢いよく放たれた矢は狙いの通りに一輝の頭に向かうが、一輝はそれを少し横に動いてかわし、走り出す。
今二人の間にはかなりの距離が空いているため、一輝から反撃に出るのは不可能。そもそも一輝の確認のためにやっていることなので、反撃することはないのだが。
そうして距離が詰められた分、避けるのが困難になったはずなのだが、流れるように矢をセットして連射し続ける黒ウサギの矢を、一輝は避けていく。
決して狙いをつけづらいようになんて考えず、むしろしっかりと狙って放たれたものをギリギリのタイミングで体を動かして避けていく。大きく避けるのではなく、むしろギリギリのところでかわすように。
一輝が予想以上に動けることに驚いたのか黒ウサギは一瞬動きを止めてから、その神の色をピンクへと変化させ、後ろに跳ぶ。その間にボウガンを腰に引っ掛けて獲物を狙撃銃に変え、自分が着地すると同時に一輝に向けて放つが、これもまたギリギリのところでかわされてしまう。
《一輝さん・・・本当に病み上がりなのですか!?》
内心意外すぎる動きに驚きながらも、しかしそこは“箱庭の貴族”。決して冷静さを失わずにコッキングレバーを動かして次弾をセットし、再び放つがそれもまた避けられる。走るスピードは一切落とさずに、だ。
そこで黒ウサギはライフルをその場に捨て、弓と矢を数本手に持って全力で上に飛ぶ。そのまま、上空からの一斉狙撃。避ければその先に矢が来るように放たれたはずのそれは、一輝がそれらの矢の隙間を器用に走り、跳ぶことで避けられてしまう。
その動きが思考によって叩き出されたものでも、経験によって得たものでもなく、直観や本能によるものであると当たりをつけた黒ウサギは、その場で弓と矢筒を捨て、木を蹴って一輝の背後に跳び下り、一輝が振り返る前にピストルの引き金を引く。しかしそれは、背を向けたまま体をそらした一輝の上を通り過ぎる。
《やはり、本能的に避けている!》
確かにそれなら身体能力が落ちていようと無視することは出来る、と理解してピストルを左手に移した黒ウサギは、右手でボウガンをとって矢を番え引き金を引く。それもまた避けられていくが、気にせずに矢を放ち続ける。初めて矢が髪に少しあたり数本を絶った時には一輝はほぼ目の前にいたが・・・
「これで、どうですか!?」
そこで、左手に持ったままであったピストルを向け、引き金を引く。
至近距離で放たれる銃弾。それは撃ってきたと認識したときには既に当たっているはずのものだが・・・しかし、一輝はまたそれをギリギリのタイミングで避ける。そして、握った拳を黒ウサギの目の前に放ち、
「・・・うん、反射神経は落ちてないな。サンキュー、黒ウサギ。かなり助かった」
「い、いえ、お役に立てたのならうれしいのですが・・・なぜ、このようなことを?実戦であれば、武器で防ぐものですのに・・・」
「あー、まあそうなんだけどな。俺も実際、獅子王とかスレイブで切り落としてただろうし」
と、一輝が黒ウサギから武器を受け取っては倉庫にしまっていると、視線の先に十六夜がいることに気付いた。唇を噛み、表情を殺した姿は、ずっと二人の様子を見ていたのかもしれない。
ずっと黒ウサギの背後を見ている一輝を不審に思ったのか、黒ウサギは振り返ってそこに十六夜がいることに気づく。
黒ウサギがそのまま手を振ると、十六夜は一度うつむき・・・顔を上げた時には先程までの面影はなく、いつも通りの十六夜の表情で手を振り返し、立ち去る。
「・・・・・・?」
「あー・・・まあ、理由だけどな」
首をかしげている黒ウサギに何を言うべきなのか分からず、一輝はとりあえず話を再開することにした。
「あ、はい」
「今度ちょとケンカする約束をしてるんだけどさ、そいつが中々に強くて・・・その状況で武器を防御に回せるか分からないから、念のために、な」
「ケンカ、ですか・・・」
「ああ、ケンカだ。・・・ギフトゲーム形式でやる予定なんだけど、黒ウサギに審判頼んでもいいか?」
「・・・それは一体、どのようなギフトゲームなのですか?ケンカって・・・」
黒ウサギが本気で呆れた様子なので、一輝はどう説明したものかと悩み・・・
「まあでも、審判頼む以上は知っておいて貰った方がいいのか」
「何を、ですか?」
「ケンカの相手。湖札とケンカするんだよ」
「妹さん、でしたよね?」
「ああ、最愛の妹だ。だから、思いっきりケンカしてしっかり倒す」
何の迷いもなくそう言い気言った一輝に思うところはあったのだろうが、黒ウサギは他の質問をする。
「あの・・・一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「別にいくつでも構わないぞ。なんだ?」
「それでは・・・最近の十六夜さん、何かおかしくないですか?」
これには、一輝の方が驚いた様子を見せた。
「・・・気づいてたんだな」
「YES。とはいえ、何かおかしい、という違和感程度なのですが・・・何か御存じではありませんか?」
「なんとなく察しはついてはいるけど、今はまだ言えない」
一輝がきっぱりと言い切ると、黒ウサギはため息をひとつついてあきらめた。
「わかったのですよ・・・黒ウサギの方でも悩みを聞いてみることができないか、ちょっと頑張ってみます」
「おう、ぜひそうしてやってくれ。それで解決するのが一番だからな。最悪、押し倒しちまえ」
一輝の言葉に一瞬首をかしげた黒ウサギだが、一輝の言わんとしていることを理解すると一気に顔を赤くする。
「な、何をおっしゃっているのですか一輝さん!?」
「ん?十六夜が相手ってのは不満なのか?」
「そう言うわけではないですけど・・・って、何を言わせているのですかこのおバカ様!」
このリアクションは予想外、とばかりに一輝は目を見開く。
「・・・え?マジでそうなの?半分くらい冗談だったんだけど」
「あ、いえ、完全にそう、というわけではないのですが・・・ちょっと、惹かれてはいます」
そう言うと同時に赤くなった黒ウサギを前にした一輝はどうしたもんかと頭を少し掻いて・・・
「あ、それじゃ俺は行くな。さー、雑用頑張らないと」
「って、ここまで言わせておいて放置なのですか!?」
「いや俺ホント、その手の話題は苦手なんで」
「音央さんからの告白を先延ばしにしている時点でなんとなく察しはついていたのですよ!って、黒ウサギはそんな人にあんないじられ方をされたのですか!?」
よく分からないことに驚愕している黒ウサギなのだが、一輝は本当にそんな黒ウサギを放置して歩き出した。そして、あと一歩離れたら走ろうと構えた瞬間、
「あ、それと・・・もう一つ、質問いいですか?」
「・・・なんだ?」
「では・・・」
再び尋ねられ逃げることのできなくなった一輝は、その場に残って黒ウサギが何か言うのを待つ。そして、
「一輝さんは、その・・・妹さんと殺し合うかもしれないということに、何も思わないのですか?」
「ああ・・・そっか、そういやそうだな。そう思うのが普通だよな。まあでも・・・」
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「たぶん兄さん相手に殺すつもりで向かって勝ったとしても、殺すことは出来ないよ」
「俺は湖札相手に殺し合いをして、殺せる自信なんてないぞ」
それは、とある兄妹の言葉。
「だからこそ殺し合いになったとしても安心して刃を向けられる」
「だから、負けないように出せる限りの力を出す」
決して精神が病んでいるわけではなく。
「それに、主催者権限で共同開催のゲームになるだろうから、死んじゃったとしても箱庭のルールで強制的に生き返るし」
「まあたぶんこんな感じの文面のゲームを共同開催するから、どっちかが死んだとしても今生の分かれにはならない」
だがしかし、とある事情から他の人間とは物の感じ方が違うが故の、歪んだ答え。
「私が望んでいるのは、最後の家族と一緒にいたいってだけで、実は殿下たちに協力したいっていうのはオマケなんだ。恩があるから、兄さんを引き込みたいなーって思ってるだけで、それがもう少し小さかったら裏切って“ノーネーム”に行ってたと思う」
「俺が望むのは、最愛の妹と一緒にいたいってだけだからな。俺が向こうにつけば早いんだけど、そうするには俺には“ノーネーム”が大切になりすぎた。だから裏切るのも心が痛むし」
そして、それは・・・
「だから、私は」
「だから、俺は」
血が繋がっていないはずの、二人の兄妹は。
「全力で兄さんを信頼して、殺すかもしれなくても戦えるよ」
「あいつの実力を信じて、本気で行っても殺さないって確信できるから、殺し合いになるかもしれなくても戦える」
どこまでも、兄妹らしかった。
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