美しき異形達

「子供の頃から言われてるよ」
「特に牛丼はそうよね」
　今の様にというのだ。
「物凄くね」
「大好物なんだよ」
「それでそういった感じになるのね」
「そうなんだよ、あと鍋好きだな」
　こちらもだというのだ。
「すき焼きとか水炊きとかな」
「それと天麩羅好きよね」
「お刺身もな」
「魚介類も好きなのね」
「海の街だったからかね、横須賀が」
　薊はこれまで住んでいた場所の名前も出した。
「孤児院でも魚介類多かったんだよ」
「神戸も魚介類多いのよ」
「ああ、明石で獲れた」
「そう、瀬戸内海のね」
「鱧なんかもな」
「鱧美味しいでしょ」
「あれは滅茶苦茶美味いよ」
　関西でよく食べられる魚だ、小骨が多いがその味は確かだ。吸いものにしても何にしても実に美味い魚だ。
「こっちに来て喰ってびっくりしたよ」
「そうでしょ」
「関西にはこんな美味い魚があるのかってな」
「関東じゃ食べないのよね、鱧な」
「そうなんだよ、全然な」
　薊は牛丼をさらに食べつつ答える。
「泥鰌は食うんだけれどな」
「あっ、泥鰌は関東だったのね」
「あっちが本場みたいだな」
「そうなのね」
「ああ、けれど鱧はさ」
　この魚はとだ、薊はしっかりとした声で裕香に言った。
「ないんだよ、関東じゃ」
「獲れないからなのね」
「あと昆布もないな」
　この海藻類もだった。
「あれでダシをとることも」
「鰹節だけよね」
「そうなんだよな」
「ううん、鱧はね」
　ここでだ、裕香はこんなことを言った。
「私も昔はあまり食べなかったのよ」
「山の中だからか」
「そうなの、何しろ極端な山奥だったから」
「海の幸はか」
　車で街に出てスーパーに行けば買えたけれど」
　鱧にしてもだ。
「普段はね」
「山の幸ばかりか」
「そうだったのよ」
「それで吉野家もなかったんだな」
「そうしたお店全然なかったから」
　裕香のいたその村にはというのだ。
「本当にね」
「そうなんだな」
「そうなの、だからこうして吉野家に行けることも」
　そして牛丼を食べることもというのだ。
「嬉しいわ」
「牛丼食えないってな」
　薊はうわ、という顔になってだ、吉野家の牛丼が食べられない場合についてこんなことを言った。
「不幸だな」
「薊ちゃん的にはそうなの」
「ああ、不幸だよ」
　それだけで、というのだ。