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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第十五話。『妖精の神隠し』(チェンジリング)の噂

2010年6月3日。午後17時半。夜坂学園校舎内。

生徒会室を出た俺と音央は夕暮れに染まる廊下を歩いていた。
赤紫に色づく校舎内は何処か幻想的で、夕陽に照らされた音央の薄茶色の髪は、金色に輝いていて……とても綺麗だった。
と、そんな風に音央を凝視していると音央が何やら言いづらそうに聞いてきた。

「モンジ、さあ……」

「うん?」

「あんたが見る夢ってもしかして……えーと」

言いづらそうに尋ねてくる音央の姿を見ていると、そんなしおらしい姿が、夢の中で出会った少女と重なった。

「……和室で、女と二人っきりでいる、夢?」

その音央の言葉を聞いた俺は正直、ドキっとした。
夢に女の子が出てきた、というのは話したが、俺は音央に夢の中の場所が和室であるという話は一度もしていないはずだ。
それなのに、音央は俺が見た夢が和室にいた夢という事を知っている。
これはどういう事だ⁉︎

「そ、そうだ、が……」

心臓が早鐘を打つ。

「……ご飯、食べた?」

続けて尋ねられた言葉に驚き、喉から心臓が飛び出るんじゃないかと思ったくらい驚いた。
同時に夢の中で出会ったあの少女が語った言葉を思い出す。

『次は……一緒にご飯を食べましょうね?』

「次、食べよう、って言われた、よ」

「そう、まだ2回目なのね」

そう、静かな口調で音央は呟いた。
その呟きを聞いた俺は混乱した。

ちょっと待て⁉︎
俺は確かに、音央に夢の話はしたが、あれは『夢の中に清楚な女の子が出てくる』ってだけのものだったはずだ。
和室って事は話してないし、二度見たという事は、キリカにもまだ話してない。
なのに……。

「音央、君は……何か知ってるのか?」

音央は……。
中学時代からの一文字疾風の友人で、一緒に遊んだり、笑ったり、時には喧嘩したりした、仲だ。
それなのに何故か今は、まるで全然別の知らない人みたいな雰囲気を持って、夕暮れの廊下に佇んで、静かに俺を見つめていた。
数秒間俺を見つめていた音央は……。

「そっか……ごめん、あたし、先に帰るね」

と、言うが早いか、その二つに結った髪を翻して、廊下を走りだした。

「え、おいっ!」

追いかけるべきか、追いかけない方がいいのか……悩むがどうしてだろうか?
音央の……俺を見つめる、その瞳には『哀しさ』や『悔しさ』が映っていたような気がした。
追いかける、追いかけない。
どちらの選択を選べば正解なんだろうか?

「なるほど、ね。追わない方がいいよ」

躊躇う俺の背後から突然、声が聞こえて、追いかける選択肢は消えた。

「キリカ……」

「色々調べたの。お話しようか、モンジ君?」

振り返った先にいたのは、やっぱり鮮やかに色づいた赤い髪の色をした美少女がいて。
なんとなく……。
音央が儚い存在なら、キリカは強い存在だな、と思ってしまった。





2010年6月3日。午後18時。屋上。

キリカに連れられてやってきたのは屋上だった。
屋上から見回した夕焼けに照らされた景色は遠くまで見渡せる街が赤く色づいていて、本当に綺麗だと思えるほどだった。
と、同時に。
______黄昏が綺麗な日は、切ない気持ちにもなる。
理由はよく解らないが、郷愁(きょうしゅう)でも刺激されているのかもしれない。
そんな事を感じていると。

「まず、モンジ君の方はどんな感じ?」

屋上を囲むように設置されている柵に手をつきながら、キリカが風に吹かれた長い赤髪を押さえながら聞いてきた。
風に吹かれて、髪が靡くその横顔は……年相応以上に美しい気がして、ドキドキしてしまうほどだった。

(やっぱり……綺麗だな。キリカも……)

「うん? なあに? まじまじ〜っと見つめて」

「いや、ごめん。あまりにも綺麗だから見惚れてたよ」

「あはっ! 先輩から乗り換えちゃう?」

「ははっ、どちらも魅力的だからそれなら両方かな?」

冗談めかして、そう、俺が言うと。

「モンジ君は誘惑に弱いにゃー」

クスクスと笑うキリカ。彼女の態度はいつも通りで安心してしまう。
何故だか知らないがいつも通りのその態度を見ていると妙に安心してしまう。

(何故だ? 何故、いつも通りの態度がこんなに安心できるんだ……)

どうしていつも通りが嬉しいのだろう、と考えたら。
……いつも通りじゃない友人がいたせいで、キリカのいつも通りな態度が安心できた、という事に気づいてしまった。

音央の、あの思いつめたような表情がやっぱり気になって仕方ない。

(音央、どうしてお前は……)

「焦ってもダメだよモンジ君」

そんな俺の心を、キリカはキリカなりに気遣い、読んでくれた。
一之江とは違う。キリカの場合『人間観察』による気遣いだ。
それが、つまり彼女の優しさという形になっている。

「んー……そうだね。今、音央を追いかけても混乱させるだけか」

「そういう事。モンジ君ってば、やっぱり女の子には優しいね?」

「苦しそうだったんだ。苦しそうな顔をしてたんだ。だから、安心させる要素くらいは仕入れておきたい」

「ん……残念ながら、もっと辛い現実になっちゃうかもよ?」

「うん。それならそれでいいさ。それはそれで、気を使いやすいからね」

「あはっ、そういうもんなんだね」

そうやって頷くキリカは、俺の判断にダメ出しなんてしてこない。
いつだって『俺』の判断を信じて、それを肯定してくれるんだ。
人をのせるのが上手いんだ。キリカは。

______悪魔や魔女の方が優しい、というのは本当かもしれないな、やっぱり。

「あー、そういうもんって事で……。
それより、俺の方は、2度目の夢を見たよ」

「ああ、こないだ話してくれた夢だね。進展した? エッチとかした?」

「ははっ……しててもキリカには教えないな。
っていうか、キリカみたいな可愛い子がそんな事言っちゃいけないよ?」

「えー、可愛い子だからこそエッチな話が好きかもしれないじゃない」

流し目をしたキリカは俺の方に近寄ってきた。

(マズイ……)

ベッドもソファーもない屋外だから油断していた。
俺はキリカの正体が『魔女』という事を解っているからそっちの警戒はしていた。
が、こっち系(・・・)の警戒を、怠っていた。そこに隙ができた。
いや、全部計算ずくだったんだろう。このしたたかさ、まさに理子並みだ。

「あはっ、体は正直だねえ」

気づいた時には、俺の体は俺自身の意思とは別に(・・)、キリカに近づいていた。
まるで俺とは別の意思が身体を動かしているかのように自然と動いていた。

(クソ、油断していた……これは、アイツの……)

どうする? どうしたらいい?
いや、方法ならある。
こういう時には傷つけないよう______言葉で、なんとかしよう。
きっとできる。こういう時の『対処法』は、前世でも何度か使っていたしな。
とはいえ、ここまで踏み込まれると、五分五分の賭けだぞ。
キリカの誘惑に負けたら……その先は考えたくないな。

「キリカには誘惑されっぱなしだからね!理性が勝っているのが奇跡だよ」

「ストレートに言われると流石に照れるなぁ、ありがとうね、モンジ君」

「いいよ。そう思ったのは本当だからね!」

「あはっ、嬉しいなー。モンジ君になら何されてもいいよ?」

だがもう、この橋を渡るしかない。行くぞ……キリカ!

「ふ、なら質問させてくれ!
キリカは俺にどんな事をされたい(・・・・)んだ?」

「えっ……? そ、それは……いや……そんなの……言えないよ」

よし、思いっきり真っ赤になって動揺しながら顔を伏せて、言葉を詰まらせてくれた。

「何だい? 言ってごらん。キリカ? さあ……キリカ」

今、使ったこの技は以前アリアや菊代に使った事のある、『啄木(きつつき)』。
言いづらい言葉が回答になっている質問を用意し(即答されてしまえばアウトだが、一度答えられなければこっちの勝ちだ!)______敢えて繰り返し聞き、女性の羞恥心を煽りに煽る。そして答えさせない手法だ。
勝率を上げる為、昔、白雪や以前、詩穂先輩に使った『呼蕩(ことう)』も加えた。
ようは催眠術だからな、アレは。

「……それはその、も、モンジ君が考えてよ……そしたら私は、なんでも……」

「ははっ、冗談だ! それより、夢の中の子とは平凡に、仲良くお話してだな」

真っ赤になって動揺するキリカの言葉を遮るように、『話題逸らし(スラッシュIII)』を使い、話題を変えた。

「う、うん」

「それで、『次は一緒に御飯を食べましょう』って約束したよ」

「ふむふむ、なるほどね」

キリカは直ぐに真面目な顔付きに戻ると、ポケットから自分のDフォンを取り出して、 ぽちぽちと操作をした。

「はい、モンジ君」

そして、俺にそこに表示されたページを見せてきた。


「って、そんな他人にほいほい見せていいのか?」

「Dフォンの画面って、ロアか、ハーフロアくらいしか見る事が出来ないからね」

「あ、そういうものなのか」

「一般人が見ちゃったら大変でしょ?」

「そうだね。しかし、見えるのが当たり前だと感動とかはしないものだなあ、こういうのは……」

キリカの説明に納得してしまった。
幽霊が見える、見えないでテレビ番組が出来るほど大騒ぎするが、世の中にいる見える人。
俗に言う、『霊能者』の人達は当たり前のように見えているから、あの番組でドキドキしたりハラハラしたり、『なーだヤラセかー』とガッカリしたり出来ない。
『見える』側になった俺はそういった楽しみ方はもう出来ないんだな。
見える側の憂鬱感を感じつつ、俺はキリカのDフォンの画面を見た。

そこには……。



『妖精の神隠し(チェンジリング)

妖精に魅入られた者は、少女の夢を見る。
一度目は会うだけ。
二度目は食事に誘われる。
三度目は手土産を渡される。
四度目はもう帰れない。
帰れなくなった人は忘れられる。



「……これは」

それは、まさに俺が見ている夢そのものだった。

「ピンポイントっぽいね?」

「ああ、しかしあの女の子は妖精さんだったんだね。どうりで美少女だと思ったよ」

「あははっ、もう、モンジ君ってば、さりげなーく、私の知らないところで、『都市伝説』に巻き込まれてたんだね?」

そう言いながらキリカはしょうがないなあ、と眉を下げた。

「これが、詩穂先輩が話していた方の『神隠し』かあ……」

「こっちは確実にいるだろうね、本体が」

本体。
『人喰い村のロア』である詞乃ちゃんに名前を付けた張本人、か……。

「『人喰い村』の『朱井詞乃』ちゃんは、なんで名前を付けられたのかな?」

「うーん……そうだなあ……」

人差し指を口に当てながらキリカは考え込んだ。

「一番解り易く考えるとしたら、隠れ蓑だね」

「隠れ……蓑?」

どういう意味だ?

「ほら。『人喰い村』も、『神隠し』って言われてたでしょ?」

「ああ、うんうん」

確かに最初、俺達は『人喰い村』イコール『神隠し』だと思っていた。
『村』をなんとかすれば、『神隠し』も終わると思っていたんだ。
だけど実際は、村の話がなくなっても『神隠し』は残っていた。

「私達ロアも、個人の『名前』がつくと人格が生まれるの。単なる『魔女』だと、漠然とするけど『魔女喰いの魔女・ニトゥレスト』とかだと、なんだか凄そうでしょ?」

「確かに……なんか凄そうだね」

『人喰い村(カーニヴァル)』の存在に、『朱井詩乃』っていう名前がついた瞬間から……自動的だった村は、詩乃の意思によって動くようになった」

「それまでは、自然発生していた『人喰い村』が、詞乃ちゃんの意思で発生したりしなかったりするようになった、っていう事か?」

「そ。独立して、自分で考えて、犠牲者を取り込んで、消えないように、ずっと存在出来るように、考えるようになるの」

キリカのその説明に驚愕した。
単に『名前』を付けるだけでそこまで出来るようになってしまう。
それなら。
……この町、『夜霞(やがすみ)市』で発生している『神隠し』がイコール『境山ワンダーパークのもの』という認識になるのが当然で。夢を見ている人が遇う『神隠し』はそれほど話題に上らなくなる。
現に先輩も、ワンダーパークの方を最初に怖がっていた。

「だけど、ロアって人の噂に立たなくなると弱くなるんじゃなかったかな?」

「普通ならそうなんだけど、何せ『神隠し』だからね。『神隠し』そのものは有名だから」

「ああ、なるほどね。『魔女』と一緒で、人々が噂しなくなるっていう事がないからか」

「そ。人類の生活から『行方不明事件』がなくならない限りはね」

行方不明者がいなくなれば『神隠し』は起こらない、かぁ。
それは……なくならないな……。
毎年、年間何十万人という人が行方不明扱いされる世の中だからな。
……そんな事件がある限り、『神隠し』はなくならない。
だから『妖精の神隠し(チェンジリング)』は『人喰い村(カーニヴァル)』の方が目立っても消える事はないわけか。

「しかもロアの性質上、噂でしか広がらないんだよね、これが」

「うん? ああ、『忘れられちゃう』からか、この『神隠し』に遭った人は」

「そういう事。実際の犠牲者っていうのは絶対に発見出来ないの。私もちょくちょく使う手だけど、記憶操作ってのは本当に便利だからね」

本物の『魔女』であるキリカが言うと信憑性がある言葉だと思った。

「キリカも、確か記憶を消すんだったよね?」

「うーん、私が食べちゃたロアは確かにみんなの記憶から消えるけど……私のそれとは意味が違うっぽいね」

「そうなのか?」

「うん。私の食べた子達(ロア)は私の中で生きているからね。モンジ君とはやり方は違うけど、えいっ! って召喚すると出てきてくれたりするんだよ」

「……流石は『魔女』だね。そんな能力まであるのか、キリカには」

「えへへ、凄い?」

「凄い凄いっ」

キリカの頭をナデナデしながら思う。
ロアを召喚して戦う。
俺だけが持つ能力だと思っていたが、他のロアにも似たような能力を持つ奴らがいるわけで。
……果たして俺は今のままで、戦えるのか?

「あれ? 召喚出来るって事は……実質消えてないって事だよな。キリカのは」

「存在は継続しているけど、世界からは存在を把握されていない。つまり『私』の力の一部になった、という認識なんだろうね」

「……流石は『魔女』だな。
それっていつでも呼び出せるのかな?」

「うん。困ったらいつでも言ってねっ」

「いいのか?」

「その代わり、代償を貰うけど」

片目を閉じて、ビッ、と人差し指を向けてきながらキリカは言った。
代償。その言葉はかなり重く聞こえた。 
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