ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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追憶の惨劇と契り篇
48.静寂からの始まり
前書き
動き出した歯車はもう止めることはできない
それぞれの思惑の中“神意の祭典"がついに幕を開ける。
「は……は……」
息を切らしながら男は逃げ惑う。燃え盛る街の中を必死で。
圧倒的だった。後方からは奴が真紅の瞳でこちらへと歩み寄ってくる。ゆっくりとゆっくりとだ。それはまるで兎を狩る獅子の余裕にも見えた。
そうだとしても逃げる以外の方法はない。
その瞬間だった。目の前の建物が突如崩落し、逃げ道が塞がれる。
「鬼ごっこは終わりだなァ」
振り返った先には不敵な笑みを浮かべる金髪の少年が立っていた。その姿は恐怖や絶望そのもののような姿だった。
「クソッ──! 来やがれ、“戦火の獅子”!」
右腕を漆黒の空へと突き上げて叫ぶ。鮮血が溢れ出し、爆発的な魔力が大気へと流れ出る。
魔力の塊から出現したのは、鮮血の鬣を持つ獅子。
“神意の暁”が従えし九番目の眷獣だ。ありとあらゆるものを破壊し尽くす爪と牙を持つ獅子。
眼前の少年は先ほどよりも口角を吊り上げて不敵な笑みを浮かべる。白く長い牙が口の端から覗く。
「いいねェ……そいつを待ってたんだよ」
少年は右腕を肩の位置まで伸ばす。すると膨大な魔力が大気へと放出される。禍々しく淀んでいる魔力が徐々に何かの形を形成していく。
あれを出現させてはいけない。直感がそう告げる。
「ヤツを喰い殺せ───ェ!?」
叫びに呼応するように鮮血の獅子は金髪の少年へと向けて大きな口を開けた。次元ごと喰い尽くす次元喰いを持つ牙に捉えられればいくら真祖同等の吸血鬼だとしても瞬間的な回復は不可能。そして“神意の暁”は真祖さえも殺すことができる。ならばあの少年を殺すことができる。
「死ねェェェ────ッ!」
“戦火の獅子”の牙が少年の上半身を喰らった。……ように見えただけだった。
獅子の牙は金髪の少年を喰らったわけではなかった。その寸前で何かに遮られる。それは不可視の壁だ。
しかし、全ての次元ごと喰らい尽くす“戦火の獅子”の牙が通らないはずがないのだ。だが、それは目の前で起きていることだった。
「はぁ……」
呆れたようなため息が聞こえる。
「眷獣を持っていながら、複製品に勝てないとはな。九番目もクソみテェなやつを選んじまったな」
禍々しい魔力はついにその姿を現したのだった。
絶望。その言葉こそがその全てだった。
「…………じゃあな」
絶望の化身は“戦火の獅子”をまるで赤子の手をひねように消滅させた。そして次の瞬間には、意識というものはなくなっていた。
自分という存在が消える寸前に金髪の少年の不気味な笑みが見えたのだった。
街で一番大きい病院の一室。そこに集まったのは、伝説の吸血鬼の名を継ぐものたちだった。
「それで現在の状況はどんな感じですか?」
「今のところ交戦してるような魔力は感じられないわ」
アレイストの問いに緒河彩斗の母親の緒河美鈴がパソコンの画面を見ながら答える。パソコンのディスプレイには色々なグラフが表示されており、多分だが魔力の検知をしているのだろう。
「ところで今夜は彼は現れるかしらね?」
京子が自分の髪をいじりながら暇そうに呟いた。
「多分、現れると思いますよ。昨日だって海原さんをあんな風にしたのだって……」
昨夜の海原は眷獣に精神を奪われていた。確かに“神意の暁”の眷獣は強力だ。しかし通常の状態で精神を奪われるほど眷獣の主人たちは貧弱ではない。
ならばどうやって精神を奪われるのか。それは、主人が死の危機に陥った時だ。魔力の塊である眷獣たちにもちゃんと意識というものはある。そして眷獣たちも主人が死ねば消滅することになる。それをさせないために眷獣たちは強制的に異世界の門を開いてこの世界に出現するのだ。
だが、“神意の暁”が瀕死の状態に陥れられる人物など考えればわかることだ。
「いや、違うわよ。私が言ってるのは、美鈴の息子のことよ」
京子の言葉を聞いて一瞬のドキッとした。
だが、今夜は彩斗は現れない。彼もわかっているはずだからだ。
柚木は苦笑いを浮かべ答えた。
「現れませんよ。彩斗は……」
「どうかしらね」
美鈴がこちらを向かずに口を開く。
「彩斗くんって人がどれだけ危険だって言っても聞かない子だしね。昔だって唯ちゃんが川に流されそうになった時も私が助けを呼んでくるから待ったなさいって言ったのに助けに行っちゃうんだもん」
懐かしそうに彼女は語る。
やはり昔から彩斗のヒーロー癖は変わらないみたいだ。なぜか自然と笑みが溢れてしまう。
今思ってみると彩斗の最初の印象など最悪でしかなかった。どれだけこちらが無視したりしても何度でも話しかけてきた。本当にうざい人だとしか思わなかった。ただ、一方で嬉しいと思っていた自分もいた。
彼に心を開いたのは多分あの出来事がきっかけだったのだろう。ただ、彩斗はそのことを覚えているかわからない。
彼のことだからきっと忘れているだろう。
「彩斗は来ませんよ……絶対に」
「……そう」
美鈴は少し寂しそうに呟いた。
彼はきっと来ないだろう。そして来てはいけない。これ以上無関係な人間を巻き込むわけにはいかない。
これは吸血鬼たちの問題なのだから。
「なんかけったい空気やな」
少しの沈黙を切り裂いたのは大阪弁の男性の声だった。そちらの方へと振り向くとそこには患者服に身を包んだ黒髪の青年が立っていた。寝癖なのかツンツンの頭に顔つきはどことなく気怠そうにも見えてしまう。それもそのはずだろう。彼はほとんど丸一日寝ていたのだからだ。
「海原さん! もう体は大丈夫なんですか?」
「ああ、この通りピンピンしとるわ」
自らの腕を回して元気であることをアピールする。しかし急に体を動かしたせいでよろけ倒れそうになる。手を壁においてなんとか転倒するのだけは回避する。
「大丈夫ですか、海原さん!」
慌ててそちらへと駆け寄る。
「お、おう。ちびっと張り切りすぎただけぇやから」
苦笑いを浮かべる海原にホッとする。
「海原、あんたはまだ怪我人なんだから寝てなさい」
白衣の内ポケットから煙草のケースを取り出しながら京子が呟いた。
「別にあんぐらいの怪我なら大したことないわ」
「彼にぶん殴られた傷すら治ってないのによく言うわね」
京子が海原の顔を指差す。そこには確かに殴られたように赤く腫れ上がっている。吸血鬼相手にそんな武術も使わずに力任せに殴る人物など彼しかいない。
海原は殴られた頬をわずかに触れる。
「そういや俺を殴ったっていうやつは誰や。しっかりとお礼しなあかんからな」
「それはダメですよ!」
「冗談や」
海原は笑いながら返した。
「海原くんも揃ったし本題に行かせてもらうわね」
美鈴がいつも顔からは考えられないような真剣な声が響いた。それをきっかけに雰囲気が一変する。
「今のところ協力してくれているのはここに五人と六番目、十番目だね」
「昨日のことを考えると九番目は好戦的でしょうね」
アレイストが少し悔しげに口を開く。昨日、彼は九番目と戦った。聞いた話だが、力としてはアレイストの八番目の眷獣、“狩人の二牙”と互角だったらしい。そんな相手が敵だということはこちらとしてもかなり不利となる。
「それに加えて海原くんをそんな風にしたっていう彼の存在も気になるしね」
海原へと一瞬目線を向けて美鈴は再びパソコンへと戻す。彼曰く、突然と現れたと思ったら一瞬のうちに体を貫くような感覚とともに意識を失ったらしい。そして目を覚ましたらこの状況だったということだ。だが、一瞬だけ見えた彼の姿は高校生くらいの少年だったという。
「とりあえず、今のところ姿を現してないのは、一番目と二番目、十一番目、十二番目ですね」
この四人の中に海原を襲った人物がいるということになる。
「私としては、一番目と二番目が気がかりなのよね」
煙草を吸いながら京子が呟いた。確かにその通りかもしれない。一番目と二番目といえば、どの世界の順番においても強いという印象を持ってしまう。だとするならなぜ彼らは姿を現さないのだろうか。それが意図があって姿を現さないのだとすれば何かを企んでいるのであろう。
「それでも私たちがやることはこの巫山戯た宴を止めるだけよ」
そうだ。柚木たちがやることはただ一つ。
この巫山戯きった宴をどんな方法を使ってでも止めることだ。それをできるのはここにいいる“神意の暁”の眷獣たちに選ばれたものたちだけなのだ。
「よし! 出来たわよ」
話をしながらもずっと叩き続けていたパソコンのキーボードの手を止めてこちらへと向いた。
「やっとできたのね。例の物が……」
「例の物?」
柚木が疑問の声を上げる。
それに応えるように京子がパソコンの隣に置いてあった金属質の筒へと足を運んだ。円筒形の金属の上部にはボタンのようなものがある。それを押すと筒から白い煙が吹き出してきた。
その時、柚木は一瞬液体窒素という言葉が頭をよぎった。しかし京子が躊躇わずに手を突っ込む。白い煙の中から再び現れた手にはある何かを握っている。
銀色の輝きを放つ十五センチほどの長さの先端には片刃が付いている。それは手術に使うメスのようにも見える。
「これが私たちの最終兵器よ」
京子が自身ありげに口を開いた。
最終兵器という言葉に少し混乱する。別にその言葉自体に混乱したというわけではない。最終兵器というにはあまりにも小さすぎるのではないかと感じてしまった。
「それが開発していた例のものですね」
「ええ、これが“無式吸型刃”よ」
アレイストの問いかけに美鈴が答えた。
あぶそーめさ?
それが最終兵器と名前なのだろうか。聞いたことがないどころかどこの国の言葉なのかすらわからない。
「なんや、その謎のモンは?」
代わりに海原が訊く。
椅子から立ち上がって美鈴も円筒形の金属の中へと手を入れて中からメス状の刃を何本か取り出した。
「簡単に説明するならこれを魔力が少なくなった“神意の暁”刺せば……眷獣を殺さずに奪うことができるわ」
「え……!?」
あまりのことに驚愕の声が漏れた。
彼女の言葉を一瞬理解することができなかった。そもそも吸血鬼から眷獣を奪い取ることができる“神意の暁”という存在自体が規格外だ。それなのに吸血鬼を殺すことなく眷獣を奪い取ることができるアイテムがあるなんて思わなかった。
「そないええアイテムがあるんならはよくれや」
「今さっき出来たって言ったでしょうが。人の話をしっかり聞け」
京子が海原の頭を軽く叩いた。すると彼はバランスを崩して倒れる。
「怪我人に叩く奴があるか」
「あんたが人の話を聞かないのが悪いのよ」
当たり前だ、というように彼女は悪気のない顔をしている。壁を支えにして海原は立ち上がった。
その光景を見て柚木は心地良さを感じた。ここにいる全員が伝説の吸血鬼の力を受け継いでいながらこんな夢のような日常をおくれるのだから。
しかしそんな夢は一瞬のうちに消え去った。
空気から伝わってくる肌を刺すようなピリピリとした感覚。
その感覚は建物などという人工的に作り出された壁などは関係ないのだと改めて思い知らされる。
「ついにお出ましのようね」
美鈴が窓の外を眺めながら憎々しげに呟いたのだった。
轟音が大気を引き裂き、大地が震える。
その正体は膨大な魔力をその身に宿した塊。真祖すらも殺すと言われている伝説の吸血鬼の眷獣……それも二体もだ。
出現によって起こされた衝撃波は街を一望できる高さにあり、少し離れた位置にある神社だ。この地区では一番大きな神社の落下防止の手すりの上に黒猫が一匹。
「ずいぶん派手にやらかしてくれるね、吸血鬼らも」
しなやかな体つきの美しい黒猫が呟いた。
「式神で来たのですか、縁堂緑」
喋る黒猫が当たり前のように制服姿の少女は口を開いた。彼女は獅子王機関三聖の一人、閑古詠だ。
古詠が呼んだ縁堂は、黒猫を操っている式神使いの名だ。
「この方が楽なんでね」
黒猫は手すりから軽快なステップで降りると四足歩行で歩んでいく。
そちらの方向には、同じ制服を着た数十人の少女たちが綺麗に整列していた。しかしその背中には金属製の銀色の剣や弓などが背負われていた。彼女らは魔導災害や魔導テロを阻止するための政府の国家公安委員会───獅子王機関。その下部組織である高神の杜で攻魔師になるための訓練をしている見習いたちだ。
「いいかい、昨日と同じようにあんたたちの役目は一般人の避難だよ。本当に必要なとき以外は戦闘するんじゃないよ」
黒猫の輝くような金色の瞳は一人の少女へと向けられる。長い綺麗な黒髪に可愛らしい顔立ちの少女。しかしその顔には無数の小さな擦り傷などが見える。彼女は昨日、基本禁止とされている戦闘に介入して危うく命を落とすところだったのだ。
視線を向けられた少女は、少し震えたような声で返事をする。
「それと万が一“神意の暁”と遭遇した場合は迷わず逃げるんだよ。天地がひっくり返ろうがあんたたちじゃ勝てるような相手じゃないからね」
それほど“神意の暁”と呼ばれる吸血鬼は絶大なまでの力を持っているのだ。
少女たちから怯えるような雰囲気が漂ってくる。
これ以上、情報を与えるのは彼女たちを怯えさせて冷静な判断を鈍らせるだけだ。
「それじゃあ、頼んだよ」
黒猫の声に少女たちは「はい!」と返事をして一斉に神社から街へと駆け出していった。
「待ちなさい、逢崎友妃」
古詠が先ほど少女を呼び止めた。
友妃と呼ばれた少女は驚いた表情を浮かべて恐る恐る歩み寄ってくる。
「な、なんでしょうか?」
「あまり“夢幻龍”の力を使わないようにしなさい。それは完全にあなたを選んでくれたわけではありませんので」
「は、はい。わかりました」
「それではお行きなさい」
古詠の言葉に友妃は深く腰を曲げてお辞儀をしてから階段を下って行った。
それを見送っていた黒猫は小さく溜息をついて呟いた。
「“夢幻龍”をあの子に持たせたのは、彼の真意を探るためなんだろ、“静寂破り”」
古詠は黒猫を見下ろす。
「本来操れるはずがない彼がどうやって“聖殲の遺産”を使用できたのか興味がありますしね」
そう言って獅子王機関の三聖は燃え盛る街へと目を向けるのだった。
「あー、鬱陶しいな!」
海原は自分に合わせて動き回る地面に苛立っていた。そんなことが普通の街で起こるわけもない。そもそものことを言うならば、これだけの区域の地形を操ることなど並みの魔族では行えない。
こんなことが行えるのは、よほど優れた魔術師か吸血鬼の眷獣くらいだ。もちろんのことながら海原がいま苦戦しているのは後者だ。
「なんで自分まで暴走してるんや!」
次々と変化していく地形の中でその中心にいる女性へと語りかける。茶髪の長髪でそれをシュシュで一本にまとめて肩にかけている端正な顔立ち。白いトレンチコートに下はショートパンツというなんとも寒そうな格好をしている。
その女性のことは知っている。美鈴や京子達のように戦わないことでこの祭典を終わらせようと約束した六宮恵だ。
もともと彼女は、“神意の暁”になった自分のことを嫌っており
二つ返事で承諾してくれた。
しかしその恵が今敵として海原の前に現れた。考えるまでもなく彼にやられたのであろう。圧倒的な力を持ったあの少年にだ。
彼女は戦うことを嫌っている。だからあれは眷獣に乗っ取られた姿なのだと一瞬で理解することができた。
それだから助けなければならない。このまま恵を暴走させ続ければ魔力がなくなって死んでしまうかもしれない。その前に例のメスを刺して眷獣を奪い取ればのだが、魔力が少なくなるのを待っていたらこの街への被害は計り知れないものになる。
できる限りの被害が出る前に止めなければならない。
「クッソ……どないするか?」
恵の眷獣は、見る限り地形操作の能力だ。それだけでかなり強力な眷獣だ。それに加えて海原は迂闊に眷獣を使えば暴走するかもしれないというリスク付きだ。
しかしやらなければならない。あの少年はそれをやってのけたのだから。吸血鬼でもなければ、魔族でもない。武術の達人でもないただの人間であるあの少年は海原を止めてくれたのだ。彼以上の力を持っている海原が止めれないわけがない。
すると海原は老人と手を引っ張られている懸命に逃げている少年を視界に捉える。
「まだ逃げ遅れたのがおったのか!」
海原は波のように迫り来る地面を殴りつける勢いで右腕を突き出した。
もう迷っている時間などない。右腕から爆発的な魔力が吹き出す。
「顕現しろ、“海王の聖馬”!」
膨大な魔力の塊は艶やかな毛並みの一角の黄金を持つ眷獣が姿を現した。
「食い止めろ、ポセイドン!」
叫びに反応し、一角獣が咆哮する。 その瞬間、空気中に漂う水分が一気に集結し水の壁を出現させる。
そして迫り来る地面と激突。凄まじい衝撃波が水の壁越しにこちらへと襲いかかってくる。
「凄まじい威力やな。湿度高くなかったら破られとったな」
幸いなことに今日の天候に救われた。
後方へと視線を向けると先ほどの老人と子供はなんとか無事ようようだ。
すると雰囲気が一気に変わるのを海原は感じ取った。肌を刺すような嫌な感覚だ。
恵の体から放たれていた魔力が徐々に形を作り出していく。
そびえ建つ建物から肩まで飛び出るほどの長身の眷獣。マンションの四、五階くらいに相当する大きさだ。身体中に銀色の鎧を身にまとう猿。
「ついにお出ましちゅうわけか」
額に汗がにじむ。初めて真正面から受ける伝説の吸血鬼の眷獣。
いや、違う。初めてではない。彼の眷獣を真正面から受けた。しかしあれは恐怖のせいでほとんど感じることさえできなかった。
猿の眷獣が吠えた。すると大地が脈動しだす。
これは地震だ。まさかこの眷獣は完全に大地を支配しているというのか。
「これ以上の好き勝手させへんで!」
海原の叫びに一角獣が猿へとめがけて突進する。猿の眷獣はまるでその時を待っていたと言わんばかりにいやらしい笑みを浮かべる。そして突進してくる一角獣の横腹へと向けて平手を放った。リーチの長い腕に一角獣の突進が届くことはなかった。
凄まじい力に海王の名を持つ眷獣はビルのマンションへと激突する。
すると一角獣は元の魔力へと返っていった。
こうなることはわかっていた。そもそもこの地上では、海原の眷獣は分が悪すぎるのだ。水が多くある地区ならまだ勝機はあったのかもしれないがあいにくながらこの街は川は流れてはいるが海原が今いるところからは少し離れた位置にあるのだ。
眷獣を再び召喚しても同じ結果になるだけだ。
考えるんだ。
そんな海原を嘲笑うかのように猿は再び咆哮する。それを引き金に大地は津波のようにこちらへと襲いかかってくる。
「まずっ……!」
そう思った時にはもう大地の波は目の前まで迫ってきていた。海原を容赦なく飲み込まれる。……はずだった。
目の前に突如として現れる制服姿の少年。多分柚木と同じくらいの歳であろう。身長は平均に比べると少し小さく感じる。黒髪が寝癖なのか少し乱れて立っており、一部だけが茶髪のようになっている。
彼の手には近未来系金属製の銀色の長剣が握られている。
その剣を縦に一振りするとともに雷鳴にも似た爆音が空気を劈いた。あまりの音に両手で両耳を塞ぎ、正面から顔を逸らした。
すると次見る時には、目の前に襲いかかってきていた大地の津波はもともと存在でもしなかったかのように消滅していた。
「まじかよ……」
それをこの少年がやったというのだ。しかしなぜあれほどの膨大な魔力を使えたのかと思うくらいに魔力を彼からは感じない。
すると少年はまるで何もなかったかのようにこちらへと振り返って口を開いた。
「大丈夫か、海原さん」
なぜこの少年は名前を知っているのだろうか。すると海原の中にあったわずかな記憶が呼び覚まされる。
一瞬確認できただけだった。しかしこの思い出された記憶は一生忘れることはないだろう。拳を振りかぶってまるで鬼の形相海原を殴りつけてきた少年の顔を……
そして海原は小さく笑みを浮かべて呟いた。
「流石やで……ヒーロー」
後書き
どうだったでしょうか?
罪悪感を持ちながら戦う海原と暴走によって戦いたくなくても戦ってしまう六宮。
そして最後の最後でいいところだけを持っていった主人公の彩斗
ここから戦闘が連続して続くと思います。
頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。
誤字脱字、おかしなところ、意見などがありましたら感想などでお知らせください。
また読んでいただければ幸いです。
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