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ソードアート・オンライン 幻想の果て

作者:真朝
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三話 少年少女たちの日常

「エルキンさんもよく頑張るな」

閉会の後も複数のプレイヤー達に囲まれ応対し続ける、この会合の発起人でもある男性を横目に眺めながらシュウが呟く。攻略情報の収集に参加プレイヤー達の支援などを一手に引き受けている彼の苦労は並大抵のものではないだろう。

「正直よくやっていけるよなー。ま、そのお陰で俺たちも大分助かってるわけだけど」

間延びした声でそう言うと隣に腰掛けるアルバはグラスに満たされた泡を立てる赤紫色の液体を呷った。

「くーーっ!狩りの後のこの一杯が最高だな」

「……それ、味はほとんどグレープシュースだったろう」

まるで仕事帰りの父親がビールを一杯空けたときのようなリアクションにシュウを挟んだ先のカウンター席に座るトールが呆れた風に指摘した。

「いやいやジュースでもなんでも勤め帰りの一杯は良いもんだろ?狩りの合間に飲むポーションはまっずいし」

言いながらカウンター奥のショップNPCに追加のドリンクを注文するアルバ。集会の有無に関わらず一日の活動の終わりにはこの酒場で飲み交わすのが彼らの習慣だった。

「あら、今日も無事みたいね」

「あん?」

背後から掛けられた声に少年たちが揃って振り向くと、そこには平原の放牧民を連想させるデザインのチェニックにケープを羽織った少女が片手を小さく上げて立っていた。意思の強そうな大きな瞳の片側がウインクするように閉じられ、口端には悪戯めいた笑みが浮いている。

「結構上の層に行ってるって話だったのにね、しぶとく生きてて安心したわ」

「マリちゃん……もう、皆頑張ってきた帰りなんだからいたわってあげようよ」

マリと呼ばれた娘の傍らに佇んでいた少女がたしなめるように発言する。プレイヤーメイドと思しき藍と白のツートンカラーのワンピースに身を包み先に、声を掛けてきた少女と色違いだが揃いのデザインのケープを肩に掛けている。二人ともにSAOのプレイヤーであることは一目瞭然であったがその雰囲気はシュウらとまるで異なっている。

「なんだ、マリとリコちゃんか。珍しいなこっちまで来るなんて、このぐらいの時間なら店持ちの職人さん達は忙しい……ってか書き入れ時なんじゃねえの」

「それはそうだけどね、あたしらもこの集会のスポンサーみたいなことやってるからさ、たまには顔出すようにしてるのよ、一応店にはNPCぐらい置いてるし」

MMORPGでは稀有と言える女性プレイヤーである少女たち、彼女らはいわゆる職人クラスと呼ばれるプレイヤーだった。SAOの世界には戦闘に関わるスキルとは別に鍛冶、革細工、裁縫などといった製造系のスキルも多岐にわたり存在する。それらのスキルにより製作される装備類は基本的にNPCが販売しているものや、よっぽどのレアドロップを除きモンスタードロップの品々より性能がいいものがほとんどだ。

快活で物怖じしない性格のマリエル、親しい人間からはマリと呼ばれている彼女は革細工と木工のスキルをマスターしており、防具の大部分が革装備であるアルバやトールが贔屓にしている職人でもあった。

そんな彼女に付き添うように並び立つ、こちらも少年三人と顔なじみであるマリと比べ対照的な印象を持つリコは裁縫スキルをマスターしている。垂れがちの瞳に泣き黒子が特徴的で、昨今では珍しく清楚な立ち居振る舞いをしており、そのせいか彼女の店には装備の需要以上に男性客のリピーターが多いとか。

「ああ、マリちゃんやリコちゃん達みたいな職人クラスの有志が支援してくれてるお陰で俺たちもエルキンさんからハイ・ポーションの支給を受けられるんだからな、本当に感謝してるよ」

「い、いや、そんなにかしこまらなくたっていいのよ。集会側からは見返りにお客の斡旋とかしてもらってるんだし、皆には危ない橋渡ってもらってるんだから……このぐらいたいしたことないわ」

真剣に感謝の気持ちを口にするトールに困ったような照れたような表情で言葉尻をにごしながらマリは顔をそらす、そんな意思表現が素直でない少女の見慣れた仕草にシュウとアルバ、そしてリコは密かに視線を交わして密かに微笑みあっていた。

「まあ、助けられてるのは確かなんだ、一杯飲んでいかないか?アルバのおごりで」

「俺かよ!?」

「そのぐらいならいいだろ?日頃の感謝の気持ちということで、な」

シュウとアルバのそんなやり取りに赤みが差したマリの表情にも余裕が戻り、リコと顔を見合わせるとアルバを見下ろすように胸をそらして口を開く。

「それじゃあ、おごってもらおうかしら、今日はあんたら臨時収入もあったみたいだし」

目を細めにやりとしながら言われた言葉にアルバがぐ、と返事を詰まらせる。どこで彼女が聞いたのか定かではないが指摘どおり三人はレベリングに向くモンスターの情報提供で少なくはない額の報酬金を受け取っていたのだ。

「あー、しょうがねぇな!今回は、俺がおごってやるよ……次防具オーダーメイドするときはまけさせてやるからな」

「ええ考えておくわ、せいぜい頑張って上等な素材集めてきてよね」

予期せず二人分のドリンクをおごることになったアルバの恨みがましい台詞に余裕たっぷりに言い返すと、マリは不意にシュウに目を止めた。

「――どうかしたか」

見られていることに気づきシュウが尋ねる、更に正確には自分が手に持っている透き通った球形の氷と琥珀色の液体で満たされたグラスに視線が向けられていることに気づくと、ついと顔をよそに向けると黙ってグラスに口をつけた。

「シュウが飲んでるそれってアルコール・ドリンクじゃなかったっけ」

「そうだったかもしれないな」

悪びれた様子もなくさらりと返した少年に隣のトールがため息をつきながら肩を落としていた。

「シュウ……また酒なんて飲んでるのか、リアルじゃ未成年なんだろう?癖でもついたらどうするんだ」

「SAOじゃ酔ったりしないんだからいいじゃないか、慣れれば悪くないぞ」

酒酔い、という状態が存在しないSAOの世界においてはどれだけアルコール系飲料を摂取しようと酩酊してしまうことはない。しかしそれでも生真面目な性格であるトールなど未成年の飲酒にいい顔をしないプレイヤーは少なくない。

「相変わらずね、でもバーで飲んでるシュウってなんだか雰囲気あるのよね、なんていうか……洋画のワンシーンみたいっていうか」

表現に困っているのかもどかしそうな言葉にシュウはああ、と呟き、グラスを置く。

「雰囲気か、クォーターだからそう見えるのかもな」

「「え?」」

「親父がドイツ人とのハーフなんだよ、だから俺は四分の一ドイツ人ということになるな」

事も無げに語られた内容にシュウ以外の四人は目を丸くしてしまう。多くのMMOの慣習に従いSAOにおいてもプレイヤーのリアルを詮索するようなことは避けられる傾向があった。それ故にパーティーメンバーなどであっても普段知ることの無い個人のリアル事情話が飛び出すのは珍しいことだった。

「へー、なんかカッコイイなそれ」

「初めて顔見たとき違和感あったのそれがあるのかな?ソース顔っていうんだっけ」

「うーん、シュウ君暑苦しいってイメージはないからちょっと違うんじゃないかな」

などと盛り上がる少年少女たちだがその脇で思考停止したようにぼうっとしていたトールがハッと自失から返ると再びシュウの飲酒を咎めようと口を開く。

「いやいやシュウ、よく考えたらそれと飲酒は別問題だ。たとえゲームの中でも守らなくちゃいけない倫理ってものがだな――っ」

言葉を中途で切るとトールは手前の空間の一点を見つめ、急に右手と中指を揃えた右手を掲げ振り下ろし、メインメニュー・ウィンドゥを表示させた。その唐突なアクションにシュウらが不思議そうに見守る中、トールは表情を申し訳なさそうに歪め、カウンター席の丸椅子から立ち上がった。

「急用ができた、ちょっと下の層まで降りてくる」

「一人で大丈夫か?」

「ああ、生死に関わるような問題じゃないから大丈夫だ、シュウ、アルバ、明日朝までに帰れそうにないときはメッセージを送るよ」

「気にすんな、お前も無理するんじゃねえぞ」

「……すまないな、マリちゃん達も急にごめん、先に失礼するよ」

慣れた調子で送り出す仲間たちに苦笑を返しながら足早に酒場からトールは出て行った。その背中を見送りながら事態が掴めていないリコは少年らに不安そうにくもった表情を向けながら疑問を発した。

「トールさんは何をしに下の層にまで行かれたんですか?」

「ああ、たいしたことじゃあないよ」

殊更に落ち着き払った声調でシュウが答える。パーティーメンバーである少年たちにとって今のトールの行動は慣れたもので、大事ではないことも察しており、彼が本当に助けが必要なときは仲間を頼ることができる人間であることも同時に理解していた。

「トール、ここの集まりにまだ参加できないぐらいのレベルのプレイヤーの支援をやってるらしくてな、たまにああしてヘルプで呼ばれていくことがあるんだ」

「それ、ここでやってる集会みたいな形じゃなくて個人でってこと?いくらなんでも大変すぎない?それ」

「……ゲームクリアのために自分にできることをやりたいんだと。俺たちもあんまり無理するなよって言ってるんだけど、あいつ生真面目すぎるからさ」

その言葉に少女たちは視線を落とし言葉を失ってしまう。ゲームクリア、そして現実世界への帰還はデスゲームと化したSAOのプレイヤー共通の目的であり願いだ。それを叶えようと奔走する少年の行いを否定することは容易くない。

「そっか、トール、そんなことまでしてたんだ」

ぽつりとマリが漏らした呟き、しばし残された四人の間に沈黙が落ちる中、不意にマリが先程のトールを思わせる動きで宙を見つめると、――おそらく彼女の視界に本人にしか見えないメッセージ着信の表示がポップアップしたのだろう、これまたトールと動作をおなじくして掲げた右手を降りメニューウィンドウを現出させた。

「あー、あたしも呼び出しだ、今日中に防具の修繕とオーダーメイドの依頼」

「メッセージまで飛ばしてきたのかよ、どんな客なんだ」

「防具破損させちゃったみたいね、常連のお客さんだから無下にはできないし……あーあ」

諦めたように嘆息するとマリは表示されたままのメニューウィンドウを続けて操作する。所持アイテムのオブジェクト化を実行したらしく、手元に木製の丸い板のようなものが出現した。

「シュウ、これ頼まれてたいつものお代は今度でいいわ」

「ん、いいのか?」

木の板のようなものを受け取りながらシュウが聞くとマリが問題ないというように手を振りながら答える。

「いいわよ、これぐらい、たいして素材もかかってないしね。ごめんリコ、お客さん急ぎみたいだから先に戻るわ」

「帰り道途中まで同じだし、私も一緒に帰ろうか?」

「大丈夫よ、走って帰るし付き合わなくったっていいわ。あんた達、おごりついでにリコ送っていってよ、シュウはそこの赤犬が送り狼にならないように見張っておいてね、それじゃ!」

「赤……!?」

「ああ、気をつけて帰れよ」

赤く染めた髪を指してのことだろうが、少女が去り際に残した台詞にアルバが呆然と固まる。そんな様子を一瞥しただけでシュウは何事もなかったかのように空いていた隣の席を示してリコに声をかけた。

「おごりなんだし、とりあえず座って何か注文するといい。ここのドリンクはエルキンさんが調理したのを出してるからどれも結構いける」

「あ、はい、ごちそうになります」

カウンター席に座り表示されたメニューウィンドウを眺めながらおすすめなどを語り合うシュウとリコの横でアルバはしばらく自分の信用性に対する周囲の認識について思い悩んでいたとか。 
 

 
後書き
遅筆なのは自覚していましたが予想以上に更新速度が上がらない;
安定して更新できている他の書き手さんには頭が下がります…… 
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