ワンピース~ただ側で~
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番外21話『かみなりに打たれて』
眼前に掲げられた掌。
それが激しい衝撃を生む寸前に腕で弾いて効果が発揮する方向を体からそらす。
「ほっ!?」
驚きの声を漏らした丸い体型の男には目もおかず、ハントは次の行動へと既に映っていた。
人間にとっての死角、頭上から突き出された槍の一撃。ハントの脳天を貫かんばかりに繰り出された刺突を、左足を軸にして体を半回転させるという最小限の動きでそれを回避。
「生意気なっ!」
ゴーグルの男の睨み付けるような目は無視。
次いでハントの目からしても唸るほどの凄まじい速度で繰り出された掌打を、武装色で固めた右腕で真っ向から受け止めてみせる。
「んんんんっ!」
なぜか歯を食いしばって声をもらす腕組の男の声も、やはりハントは気にしない。
真後ろから繰り出された鉄の鞭のような攻撃を、ジャンプ一番でその場から距離をとることで回避した。
「……ほう」
サングラスの男の感心したような声をBGMに、着地した地点でなぜか突然現れた人間よりも大きい二足歩行の犬によるアッパーを、これには少し慌てながらもハントは冷静に左手でブロックし、懐にもぐりこんで犬の腰を掴み、4人の男たちへとその犬を投げつけた。
地面を滑り、男たちの隙間へと落とされたその犬に、サングラスの男は「立つんだ、ホーリー」と指示を下してその犬をたたせる。
「さ、さすがに二足歩行の犬っていうのは初めて見たな……サイズ的にもだけど」
「こいつの名はホーリー。俺はスカイブリーダーでな、完全なる二足歩行に次いでは拳闘までも叩き込んだわ」
「なんか……こう、才能の無駄遣いじゃないか?」
ホーリーを見つめながら、1対4……犬を含めれば1対5という状況とは思えないほどにハントはやはり呑気に呟く。どこか余裕の感じられるハントとは対照的に、4人の男たちの表情には決して明るい色は感じられない。
既に彼らが拳を交えて何度ぶつかったか。
そのどれもを、ハントは一切のダメージなくやりすごし、さらに時間が経つにつれて反撃も織り交ぜるようになってきている。隠し玉として坊主頭の男が伏せていた最後のカードのホーリーによる攻撃も結果的になんなくやり過ごされてしまっては色を失うのも当然といえば当然か。それでも4人の男たちの表情にどこか余裕が感じられるのはハントが主に回避行動や防御行動ばかりをとっているからだろう。
1対5というこの状況。普通に考えればハントが圧倒的に不利で、体に傷を負っていたり息を切らしているのはハントであるべきだが、現状はまったくその逆。彼らには対処できないほどの身体能力をもったハントに、彼らはダメ―ジを与えられないでいる。
いや、ハントと彼らの差が本当に身体能力差だけならば、これほどにハントに余裕がみられるという状況に至っていはいないだろう。1対5という状況はそれほどに有利なはずなのだ。それなのに彼ら4人と1匹の攻撃がハントに通じない理由は身体能力差以上に――
「しかし、よく避ける」
「――マントラが効かない奴がいるなんて予想外だ」
「効かないどころかこちらが読まれている節すらある」
「何が起こっている」
順にサングラスの男、丸い男、ゴーグルの男、腕組の男。
この会話の通り、4人の男たちのマントラ――ハント風にいうならば見聞色の覇気――による先読みがハントには全く通じないことが彼らにとってかつてないほどのプレッシャーを与えていた。
「……つまり、奴のマントラの力が俺たちを凌駕している……そういうことだろう」
冷静に、だがどこか怨嗟を含んだ声で吐き出された坊主頭の声に、誰よりも先に反応したのは彼らの内の誰かではなく、ハント。
「じゃあそろそろ諦めてくれたりとかない?」
ナミとのデートを邪魔されて少々不機嫌になっていた彼とは思えないほどに穏便な言葉だが、戦っている内に冷静になったらしい。ハントにとってこの4人の力が驚異的なものだったならばきっとハントはこんなに穏やかな状態ではいられなかっただろうが、目の前の彼らを脅威というには彼らの力はあまりにも不足していた。決して弱いとは言わないが一流ともいえない程度の身体能力、中途半端な見聞色の力。それに加えて逆に見事と揶揄したくなるほどの連携の悪さ。
元々ナミとのデートが中途半端な形で終わったことと喧嘩を吹っかけられたからという二つの理由で戦いを始めた彼だが、喧嘩っぱやいわけでもなく喧嘩が好きでもないハントが戦闘を行うにしては少し動機として薄かったことも大きな要因だろう。
彼らに対する興味もなければ、それほどまでにブッ飛ばさなければならない理由もない、おまけに戦闘で明らかに自分よりも弱いとまでくれば、ハントに言わせれば、はっきり言って無駄な時間以外の何ものでもなくなってしまっていた。
「ほほぅ! ずっと逃げ回っているだけの癖にまるで俺たちに勝てるとでもいいたげな言葉だな」
「バカが、すぐにでもその思い上がりを正してやる」
「んーんんっ!」
「……」
今までハントがほとんど回避が防御ばかりをしていたせいか、まだまだハントは彼らの手の内にあるとでもいいたそうな彼らにハントは呆れたようにため息をついて、また彼らと対峙する。ただし、ハントの目の色は一瞬前までとはまた違っていた。
「いいけど、もう大体把握したし……お前らも覚悟しろよ?」
ハントがため息とともに、彼らへと視線を送る。
そもそもハントが受け身の行動をとっていた最大の原因は一度見た光の一撃を警戒してのこと。まるで自然系の人間が放った技か、そうでなければ大きな兵器によるもののような威力だったそれに対して、誰が放つのか、それをどのタイミングで放たれても避けられるように様子を見ていたからだ。
だが、ハントがこれまでの動きや戦い方を見ている限り少なくともこの4人は自然系ではないことは明白で、つまりは彼らの技によるものではないだろうとハントは今しがた結論を下した。
――もっと遠くからの大砲かなにかとか……あとはもう撃った人間は先に帰ったとか……かなぁ?
一応、この4人と1匹以外の伏兵を警戒してある程度の距離で見聞色を発動していたハントだが、少なくともここに姿を現している者たち以外には誰もいないことはもうわかっており、だからこそ先ほどの光の一撃を放てる人間もしくは兵器はこの周囲にはないと考えていた。
もうこの4人に必要以上に警戒をする必要はない。つまり目の前の彼らに集中して戦えるということで、見聞色の網も既に目の前の彼らがひっかかる程度の、ハントの周辺のみへと範囲を狭めていた。
絶対的な自信をもった表情のハントに、もちろん4人の彼らが何も思わないわけがない。
当然だが、自己紹介などしていないためハントは彼らのことを知らないが、彼ら4人は神に仕える神官で、おそらくはこの島では神に次いで強いとされている男たちだ。その彼らがハントのような若者に、しかも4人がかりという状況の中ですら余裕をもった表情をされて彼らのプライドに触らないわけがない。
何かを言うでもなく、まずはゴーグルの男が鳥の背中に乗って動いた。他の3人は彼の仕掛けに対して各々で攻撃しやすそうな位置に移動を開始する。明らかに連携ではなく、別個の行動だ。
――相変わらず別行動なんだよな。
呆れの気持ち半分で、それならばとハントも容赦なく動く。
ハントを翻弄するように空を自在に動きながら徐々に距離を詰めるゴーグルの男に、ハントは一気に飛び上がってその眼前にまでその身を寄せる。
「なっ!?」
驚きに慌てて槍を突き出すのだが、もちろんそんな苦し紛れの行動がハントに通じるわけがない。その槍がハント自身の体へと到達する前にサッカーでいうところのオーバーヘッドキックの要領でゴーグルの男を地面へと蹴り飛ばしていた。
魚人空手でもなんでもないただの蹴りだが、その一撃はやはり重く、鳥ごと地面へと叩き落された。空中に浮かんだハントは身動きが取れないだろうとわかっているからか、サングラスの男の攻撃が――先ほどまでは鉄の鞭だったものがまるで、如意棒のように形を変えて―――伸びる棒としてハントへと一直線に飛来する。
それをハントは慌てずに武装色をまとって右腕で殴って弾く。その衝撃からかサングラスの男が武器を取り落してしまうのを見届けたハントはその隙に無事に着地。真後ろから「ほっほう!」と丸い男が掌をかざして、技を発動しようとする。
「ふっ」
もちろん、その動きをハントは把握している。軽く息を吐きだしたかと思えばその場から左足を軸にして半回転。右足が孤を描いて、要するに後ろ回し蹴りが丸い男の頭部を襲って、その男を回転させながらも吹き飛ばした。
「……雲!?」
今までになかった攻撃にも、見聞色で気づく。
気づけば腕組みの男がハントめがけて雲を投げつけていた。沼雲とよばれるもので、これを頭部に受ければ逃れるすべはなく窒息死してしまうというものだ。とはいえこれの飛来速度は決して早いものではなく、追跡機能があるわけでもない。
慌てずに、ハントはこれを避けて見せてそのまま疾走を開始。
雲を投げてきた腕組みの男へと殺到。次の瞬間には誰かに攻撃されることはないと見聞色で察したハントはまずは一人をここで沈めてしまおうと魚人空手を放とうとその構えに入る。だが――
――っ!
察した。
何かが来る。
それはもちろんハントに蹴り飛ばされて怒り心頭の二人の男によるものでもなければ、たった今向かって来ようとしたハントに対抗しようと迎撃準備を整えた腕組みの男によるものでもないし、隙を見計らっているサングラスの男とその犬によるものでもない。
この場にいる誰でもなく、つまりこの場の人間のものではない。
目の前の彼らに集中していたハントに気付くはずのない地点からの攻撃。本来ならば気づけずに直撃していてもおかしくはないほどのその攻撃が、最小限の範囲で見聞色を発動していたハントの網にかかった。
察したハントが、慌てて回避運動をとろうとして、だがその何かはハントの反応速度でどうにかなるような速度ではなく、それが来ると気づいた時にはもう遅かった。
そう、ハントはもっと警戒するべきだったのだ。大きな光の柱をふらせたのは誰かを、そしてその手段も。それを安易な考えで、周囲にはそれを出来そうな人間はいないから、という理由だけで己をも脅かすほどの一撃への警戒を解いた。脅威を探ることをやめたのだ。
ハントの敗因は見聞色の範囲を広げたままにしておかなかったこと。光の一撃を放った人間は周囲ではなく、もっと遠いところから撃ってくる人間だという可能性を考えなかったことだ。
だから、そこからはもう必然の結果だった。
「っ゛!?」
どこから飛来したのか、一筋の光がハントに直撃した。
回避も、武装色で身を固めることすら間に合わない。決してハントが油断していたわけではない。だが、それでもその一撃でハントの足が止まった。
――体が……しびれっ……やばっ!?
謎の光により体がしびれて動かない。体がしびれたことでやばい、とハントは感じているわけだが、もちろんこれは4人の男たちにこれから襲われるから、というわけではない。事実その隙に4人の男が攻撃してくるわけではなく、彼らは一斉にハントから距離をとって後退していく。
この意味に、体がしびれて動かなくても見聞色の範囲だけは広げ直していたハントは気づいた。
光の出どころと、次の瞬間に何が来るかを。
先ほどの光を受けて数秒。ハントの体が遂に痺れから開放されて、ここでどうにか動き出す。
「くっ――」
が、既にそれは放たれた瞬間だった。
回避することはおろか、悪態をつく時間すらもなかった。そんな一瞬の時間で、最低限に武装色で防御力を高めることをやってのけたのはことは流石といえば流石だろうか。
だが、次の瞬間――
「がっ゛!?」
――先ほど、ハントを貫いた光。それとは比較にならないほどに大きな光がハントへと降り注いだ。
いくら一瞬であまり強く纏えなかった武装色の覇気とはいえ、まるで紙か何かのように、それはいとも簡単に武装色ごとハントの体を貫いた。
「がみ゛……なり゛……かっ゛」
その身に光を受けて、正体をやっと把握したハントだったが、それが限界。
この言葉を最後に意識を失った。
神の住む土地、アッパーヤード。
つい一瞬前まであった騒ぎが、人が倒れる音を最後に静かになった。
ハントが気を失っている間にももちろん時計の針は進んでいく。
ルフィたちはベレー帽をかぶったホワイトベレー隊に逆らったことで第二級犯罪者を言い渡されてしまっていた。
第二級犯罪者は神の島『アッパーヤード』の神官たちによって裁かれる。現在、麦わらの一味は空島の者たちの手によってメリー号にいたゾロ、ナミ、チョッパー、ロビンの4名とその彼らを追いかけるルフィ、ウソップ、サンジの3人との2組に分かれることとなっている。。
ゾロたちの乗るメリー号は神の島『アッパーヤード』の生贄の祭壇に連れ去られてしまっているためルフィたちは神の島『アッパーヤード』に真正面から入り、彼らを取り戻さなければならない……もちろん連れ去られた側のゾロたちがそこで大人しくしているかどうかは別の話だが。
ともかく、彼らはハントが気を失っている間にもそれぞれの戦いを始めていた。
現にルフィ、ウソップ、サンジは神官の一人――ハントが戦っていた男たちのうちの一人でもある丸い男――との死闘を繰り広げている。
「やめろ! バカめ! 俺は神に仕える神官だぞ! 離せ!」
その戦いも既に終盤。
ルフィが丸い男をゴムの体でぐるぐるに巻いて身動きをとれなくしている。ルフィに羽交い絞めにされ、サンジに狙いを定められているこの状態にさすがに身の危険を察知したか焦った様子で口を開き続ける。
「おい、聞いているのかっ! 神官に裁かれないという罪はこの国では第一級犯罪に値するぞ! この俺に手を出すことは……いいかっ! 全能なる神への宣戦布告を意味するのだ!」
「口を閉じろ、風味が逃げる。例えばコショウを最高のミニョネットに仕上げたければ大切なのは強く粗くためらわず砕き切ることだ――」
神官の言葉を全く気にも留めずに、サンジが淡々と言葉を続け、技のモーションに入った。
「うわ! ばかめ! やめろ! お前らの仲間の一人も俺たち神官に手を出して神に裁かれたんだぞ! お前らだって神に裁かれることになるんだぞ!」
「ん、ハントのことか? ししし、ハントがお前らなんかにやられるか」
「――そうすれば閉じ込められた風味はこれによって一気に開放する」
サンジがその身を空に躍らせた。何度も何度も、凄まじい勢いをもって体を回転させる。
「あ! あ! あ! やめろ! やめろ! 痛い! 痛いからやめろ!!」
まったくもって自分の言葉に耳を傾けないルフィとサンジ。神官ももうこの二人が止まらないと悟り、それでも願いを込めて言葉をつづける。が――
「――粗砕!」
神官の脳天。
サンジの蹴りが振り下ろされ、勝負が決した。
ところかわってゾロ一行。
生贄の祭壇で船ごと閉じ込められており、本来ルフィたちによる救出を待つだけの身のはずだが残念なことにというか当然なことにというか、彼らが大人しく船でただ待つという選択肢を選ぶはずがなかった。
チョッパー一人をメリー号に残し、ゾロ、ナミ、ロビンはアッパーヤードを探索し、そして既にとある発見にまでこぎつけていた。
「ここは引き裂かれた島の片割れ。この島は……ジャヤなのよ」
青海の『ジャヤ』でモンブラン・クリケットから聞いた有名なモンブラン・ノーランドの話を思い出し、ナミが結論を震えた声で言う。
「かつて、地上にあって……ノーランドが確認した黄金郷は海に沈んだわけじゃない……400年間、ジャヤはずっと空を飛んでいたんだ!」
そう、彼らがたどり着いた空のこの島アッパーヤードは黄金郷、黄金の眠る島。
ナミの喜びの声が島に響いた。
海賊麦わらの一味がこの空島で新たな目的を見つけた瞬間だった。
「……っつつつ」
目が覚めた。
体を起こすと、全身がピリピリと痺れていて動かしづらかった。周囲を見回して、ここには誰もいないことを確認。
ん、なんで俺はこんなとこで寝てたんだ?
「……」
思い出す。
確か、変な奴らと喧嘩しててとりあえず一人を魚人空手でブッ飛ばそうと思って……それから――
「――思い出した」
いきなり雷に打たれたんだ。
しかも、2回。
1回目は小規模で、2回目は大規模。
別に空は曇ってなかったし……あぁ、そうだ。それも思い出した。明らかにアレは人為的なナニかだった。
ここは森の中。けど、あの雷がよっぽどの一撃だったせいか俺を中心とした周囲だけ黒こげになっていて、地面も雷によってえぐられたのか1mほど低くなってる。っていうか雷で地面って抉れるんだ……どんな規模の雷だよ、それ。
これだけの雷に打たれて生きている自分にちょっとだけホッとしつつ、けどこれだけの雷の規模を操れるとなると自分の中では答えは一つしかない。
「自然系の雷の悪魔の実の能力者……だよな、やっぱり」
スモーカー、クロコダイル、それに今回。
ルフィたちと旅を始めてもう自然系の能力者に出会うのが3人目。過ごしてきた時間の短さでこれは何ともすごい確率な気がする。
「全く、ルフィたちといると本当に退屈しないな」
笑えるような笑えないような話だけど、そんな事実は今はどうでもよくて。
大事なことは自然系の悪魔の実の能力者に不意を打たれて、俺はやられてしまったということだ。
「……んのやろう」
顔をもわからない能力者にムカつく、けどそれと同じくらい自分にもムカつく。
完全に不意を打たれてやられてしまったとはいえ、見聞色の範囲を最初からこの島全体に広げていたら気づけていた。最初からあの雷の危険性には気づいていたのに、それをやらなかったのは完全に俺の判断ミスだった。
あの時あの4人が大したことなかったから、それだけで判断することをやめてしまっていた。
なんとも情けない。
油断と余裕は全然違うのに、余裕ぶって俺は油断していた。
クロコダイルにやられてしまった時のことがなんでか頭に浮かぶ。もちろんあの時とはちょっと違う。けど、あの時とちょっとだけ今の状況が似ている気もする。だから余計にムカついているのかもしれない。
クロコダイルの時といい、今回といい。俺が負けたことには違いはない。
けどクロコダイルの時とは違うこともある。
「……」
体が動くかを確認する。
目が覚めてすぐは体がまだ痺れていたけど、今はもう大丈夫。ほとんど100%の状態で戦える。
そう――
「……待ってろよ、バカ雷野郎」
――まだ心まで負けたわけじゃない。
今からにでも挑みに行ってやろうか?
そう思って、けどそこで気付いた。
気を失う寸前に見聞色の範囲を広げて一瞬だけ場所の特定に成功したことは覚えてる。けど、あの時は必死に敵の次の攻撃を見聞色で把握しようとしていただけだし、何よりもほとんど一瞬のことだったから、それがどこだったかまでは覚えていない。当然、今もこの土地全体に見聞色を張り巡らせてみたけどあの時、俺に雷を放ってきた人間がどれかだなんてわからない。
俺が見聞色で誰かを特定とかできるのは今だと麦わら一味の面々ぐらいだ。
「……っていうかルフィたちもこの土地に来てるのか」
なんかあとルフィたち一行の中に二人ぐらいよくわからないのもいるみたいだけど、パガヤのおっちゃんとかだろうか。
っていうかなんでルフィたちまでこの島にいるんだ? 俺のことを心配して……というのは多分ないと思うけど。
今からでも自然系能力者の探そうと思ったけど、ルフィたちも気になる。
ちょっとだけ悩んで、けどナミとの別れ際にナミが俺のことを心配そうにしていたことを思い出した。そうなると俺が選ぶのはもちろん一つ。
「んー……自然系の雷野郎にリベンジを挑むのは後回しで、とりあえずルフィたちのところに戻った方がいいよな」
リベンジは明日かな?
そんなことを思いつつも、とりあえずはルフィたちと合流するために足を向ける。
「……暗くなってきた」
なんとなく、ここが空島だということを今更ながらに思い出す。結局はどこにいても大して変わらない状況に、ちょっとだけ笑ってしまった。
「よーし、えーみんな色んな報告ご苦労! それぞれの情報について色んなことがわかってきたな」
生贄救出としてルフィ、ウソップ、サンジが得た情報。
生贄だったが気にせずに島の探索をしていたゾロ、ナミ、ロビンが得た情報。
船で留守番をしていたチョッパーが得た情報。
はからずも神官たちと戦ったハントが得た情報。
それぞれをまとめたウソップが、まるでどこぞの教師よろしく木の棒を指示棒代わりにして即席の黒板をぺちぺちと叩く。
「――神ってのが雷の悪魔の実の能力者からしれないってことも重要だが、それ以上になんと言っても今回の目玉情報はコレ!」
強調したいのか、そのことが書かれた場所を指示棒で示してからまた言う。
「この島はなんと猿山連合軍が探し求めていた黄金郷だったのだ!」
それを聞いていたルフィから「マジでー!?」という驚きの声をあがる。
「さっき言ったでしょ!」
ナミが呆れたように言い、その近くではゾロがサンジへと「――で、そのマントラとやらは何なんだ」という質問をしていた。チョッパーとメリー号を神官から守ってくれた空の騎士への薬をすりつぶしている最中のサンジは「知らねぇよ、とにかく動きを読みやがるんだ……チョッパーもっと細かい方がいいかな」とざっくりと答える。それを聞いていたハントが「俺が使ってる見聞色の覇気……みたいなもんだと思う」
「……ってことは読まれるのはどうしようもねぇってわけだな」
「……ああ」
面倒そうにゾロが言い、ハントはハントでちょっとだけ申し訳なさそうに頷く。
――俺が教えてやれたらいいんだけどな、覇気を。
これがハントの顔がさえない理由。自分だけが覇気を操っていることへの申し訳なさ、というところだろう。もしも彼が覇気の技術をルフィたちに教えることが出来ていたらもっと今回の、いや全般的に戦闘が楽になるのは目に見えている。
師匠ジンベエの下で、気づけばそれを使えるようになっていたハントでは覇気を教えることは出来ず、その習得方法の見当もつかないため覇気を教えることは出来ないと既に船員、特にルフィ、ゾロ、サンジの3人には伝えてあるもののやはり気が引けるのは仕方がないことかもしれない。
いや、正確には習得方法に覚えがないわけではない。自分が師匠ジンベエにしてもらったことを彼ら3人にもすればいい。すなわち……毎日組手でもって半殺しにする。少なくもハントはそうやって覚えたし、ルフィたち3人ならばそれで覚えられるとハントは思っている。
ただし、いや、だからこそ、それが出来ない。いや、半殺し自体はおそらくハントなら出来るだろう。身体能力差に加えて覇気の差もあればそれ自体は問題ではない、問題なのは半殺しにしなければならないことで、半殺しにするにはもちろん戦わなければならないわけで、つまりは戦う場所が必要になる。
例えばハントが彼らと戦うとしておそらく、いや、絶対に……メリー号が壊れてグランドラインの海に沈むことになるだろう。流石に船の状態を気にしながら半殺しにされるほどに、そもそも彼らは弱くない。
だったら陸地についた時だけでも、という考え方もあるが、はっきりいってログがたまってすぐに出発という、覇気を覚えるには到底足りないような短い滞在日数を費やしただけで覇気は習得できるものでもない。
まぁ、つまりは、結局。
ハントには覇気を教えることは出来ないのだ。自分は知っているのにその技術を教えることが出来ない。それが彼は申し訳ないと思っている。
とはいえ、そんなハントの申し訳ないという気持ちとは裏腹に麦わら一味にそのことに対してハントへと恨みを抱いたりという暗い感情を覚える人間はいない。というかそもそも誰も気にしていない。
「黄金かぁ、こんな冒険待ってたんだ」
ルフィが言って。
「そうこなくちゃ、話が早いわ」
ナミがにやけて。
「コラコラ、ルフィ。お前さっきのゲリラの忠告、忘れたのかよ」
「神が怒るぞ」
ウソップとチョッパーがビビって。
「フフ……面白そうね」
ロビンが楽しそうにして。
「まぁ、海賊がお宝目前で黙ってるわけにはいかねぇよな」
「敵も十分、こりゃサバイバルってことになるな」
サンジとゾロが笑みを浮かべて。
あくまでもハントに対して何かを思うことのない彼らに、ハントは少しだけ間の抜けた表情をして、それからその表情を崩してからつぶやく。
「宝探しも面白そうだけど……俺はやっぱり神っていうのにリベンジしたいな」
全員がそれぞれの言葉を述べて、それらを聞いたルフィが立ち上がって叫んだ。
「よ~し、やるか! 黄金探し!」
ルフィの声に、反対の声は上がらない。
ルフィたちが黄金を探すことを決め、その黄金前夜祭と称して始めたキャンプファイヤー。
彼ら全員がそれに疲れ、眠りに落ちた頃。
同じくアッパーヤードの神の社には3人の神官が神のもとへと集まっていた。本来ならば4人いるはずの神官がこの場に3人しかいないのは一人の神官はルフィ、ウソップ、サンジに倒されてしまったからだ。
とはいえ、誰もそれを気にも留める様子はなく、それどころか普段通り喧嘩にまで発展しそうな険悪な雰囲気を醸し出している。だが、それも神が彼らの目の前に姿を現すまでのこと。流石に神の前に喧嘩をする気はないのか「まぁ座れ」という彼の言葉を受けて、神官たちは素直にその場に腰を下ろした。
「お前たち、あの青海人たちをあまり気に止めていないようだが……奴らの狙いは黄金だぞ」
「黄金……奴らがなぜそのことを」
「もともとこの島は青海にあった島だ。青海人がそれを知っていてもおかしくはない……当然明日動くだろう、シャンディアも再び明日攻めてくる……そこで明日はこのアッパーヤード全域をお前たちに開放しよう。どこにどう網を張ろうとかまわん。ルール無用に暴れていいぞ」
「なぜ急にそこまで」
「実はな……もうほぼが完成している、マクシムがな。さっさとこの島に決着をつけて旅立とうじゃないか、夢の島へ」
普段ならばここで話は終わり、その場で解散だったろうが神は一呼吸をおき「それと――」と言葉を付け加えた。
「それと?」
珍しく、言葉を区切った神に、神官たちが首を傾げて、言葉の続きを促す。神はあくまでも愉快そうに、まるで神官たちの反応を楽しむかのように言う。
「――サトリを含んだお前ら4人をあしらっていた青海人がいたろう」
「あしらったとは人聞きの悪い……結局は神の裁きによって裁かれたあの男のことでしょうが、あいつがなにか?」
「少し前に目を覚ました……体調も悪くなさそうだったぞ」
「あれだけの裁きを受けておきながらまだ動けると?」
「ああ」
「……」
「奴の狙いは私らしいが……やはは、私はともかくお前らは気を付けることだ」
神の言葉に、ハントの実力を体感している3人が押し黙る。
アッパーヤードに、戦いが始まろうとしていた。
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