田園
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3部分:第三章
第三章
「あれっ、日本の兵隊さん達が?」
「来たんだ」
皆それを見て驚きの声をあげた。
「何でまた」
「何のつもりなんだ?」
「いや、上官の命令で」
「隊長の命令でな」
それで来たと。通訳を通しての言葉だった。
「それで来たんだけれどな」
「手伝いに」
「兵隊さんが刈り入れを手伝うのか?」
彼等にとってはそれもまた想像もできないことだった。彼等の中では兵隊といえば刈り入れの邪魔をしに来ることはあっても手伝うことなぞ有り得ないからである。
「そんな馬鹿な」
「有り得ないよ」
「いやいや、日本軍は違うからな」
「フランスの奴等とは違うぞ」
だが彼等は胸を張って言うのであった。そうして堂々と主張する。
「義を見てせざるは勇なきなり」
「だからここにいるんだよ」
「それでか」
「まさかこんなことまでしてくれるなんてな」
「わかったからな」
「手伝わせてくれ」
笑顔で村人達に言ってきたのだった。
「それでな」
「いいな」
「そこまで言うんだったらな」
「それじゃあ。頼むよ」
こうして彼等は刈り入れに加わって来た。それは最後まで続いた。ゴーも刈り入れをしていたが彼の側にも日本軍が来たのである。
彼の横に来たのは若い軍人だった。涼しげな顔立ちをしていてとても優しい雰囲気だった。細面に太目の短い眉を持っている。爽やかな目元に真一文字の小さめの口が印象的である。
その軍人の鎌捌きは見事なものだった。ゴーはそれを見て驚きの声をあげた。
「上手いんだ」
「ははは、実家が農家だったからね」
若い軍人は彼に顔を向けて笑顔で応えてきた。その間にも鎌を止めてはいない。
「それでなんだよ。昔からね」
「そうだったんだ。それに」
「それに?」
「俺達の言葉わかるんだ」
今彼等は普通に言葉のやり取りをしている。このことにも気付いたのである。
「それも」
「ああ、わかるよ」
軍人はその温厚な笑みで彼の言葉に頷いてみせた。
「ここに来る前から勉強していたからね」
「それでなんだ」
「坊やはこの村にずっといるんだよね」
軍人はこう彼に尋ねてきたのだった。
「生まれてからずっと」
「そうだよ。ずっとね」
ずっといるというのだった。
「いるんだ。昔からね」
「そうか。ずっとかあ」
「それがどうかしたの?」
「いや、俺もそうなったかも知れなかったからね」
ふと顔をあげて遠い方を見ての言葉だった。
「軍人になるまではね」
「軍人?」
「そうだよ。軍人になったんだよ」
遠い目になったまま言葉を出していく。
「士官学校を出てね」
「士官学校?」
「兵隊さんになる為の学校さ」
ゴーにはあまり深いことは話さなかった。それは子供にはまだわからないと判断してのことである。そしてそれは正解であった。
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