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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第七十四話

 ――世界樹攻略戦から、少し時は遡り。

 SAO対策本部として活動していた菊岡誠二郎は、引き続きこのSAO未帰還者についても調査を進めていた。そして、SAOと同様のサーバーを使っている、VRMMOゲーム――アルヴヘイム・オンラインの存在まで辿り着いたものの、調査はそこで膠着していた。かの大企業レクトが相手では、SAO対策本部という肩書きでは手が出せなかったからだ。

 SAO未帰還者に似た人物の写真がALOにて発見され、未帰還者とALOには何か関係がある、とは考えたものの、出来たことは数名の役員でゲーム内に潜入調査をすること程度だった。

 さらに調査を進めるために接触したのが、同じく写真を見てALOに潜入していた、SAOをクリアした桐ヶ谷和人と一条翔希の二名。茅場晶彦についての調査と同様、彼らからもALOについての情報を得ることに成功した。そして驚くべきことに、もう問題の写真を撮ったラストダンジョンへと辿り着いている、とのことだった。

 ラストダンジョン《世界樹》を通して、彼らが未帰還者の証拠を掴んでくれれば、SAO対策本部も動くことが出来る。その為には、その両名がゲームをクリアする必要があった。

 そこで菊岡は、彼らを通して知り合ったSAOプレイヤー、アンドリュー・ギルバート・ミルズ――プレイヤーネーム《エギル》へと協力を取り付けた。SAOで最前線で商人をやっていた彼は、攻略プレイヤーたちのほとんどと交流を持っており、その名前を借りることで、SAO対策本部に記録されているだけの、元・SAO攻略プレイヤーに協力を頼んだ。

 ――アスナを助けるために戦っている、キリトとショウキを助けて欲しいと。

 しかし、今からそれぞれがALOに入ったところで、世界樹まで辿り着ける筈もない。……だが菊岡は、翔希からある情報を得ていた。『ケットシーは輸送用の空路を持っており、そこから《世界樹》へ向けて飛翔する』と。

 ならば話は簡単だ。そのケットシーの空路とやらを――つまり、元SAO攻略プレイヤーたち全員がケットシーでログインし、ケットシーの本体が《世界樹》へ向かう空路を利用する、ということだ。SAO攻略プレイヤーに連絡を取っている間、ALOにプレイヤーとして潜入していた役員に、輸送用の竜と各種装備を用意させた。

 そしてエギルの呼びかけに応えた、元SAO攻略プレイヤーたちは決して多くはなかった。それでも充分な戦力の増援として、ケットシー領の首都に集結し、SAO唯一の《竜使い》――シリカが先導する、輸送用の飛竜へと乗り込んだ。

 《世界樹》にたどり着くまでに撃墜されなければいいが――とは懸念していたが、ケットシーの増援として出撃したため、敵モンスターは露払いの為に待機していた一般プレイヤーが引き受けてくれていた。竜使いが操る輸送用の飛竜は、百戦錬磨の戦士たちを乗せてアルヴヘイムの空を飛翔し――

 ――今、レコンが命がけでこじ空けた穴から出現した。


「よっしゃあ! 行くぜお前ら!」

 カタナを持った壮年の男性プレイヤーが、連れ添った仲間たちを指揮しながら飛翔する。その背中を見ながら俺は――ショウキというプレイヤーは、まだ状況を把握できずにいた。

「HPを回復する方はこっちに! 魔法使いさんたちも連れてきてます!」

 目の前の青い小竜を肩に乗せた少女プレイヤー――シリカが大声で呼びかけ、同乗していたらしいシルフのメイジ隊が俺にヒールの魔法をかける。もちろん、こんな格好の獲物を守護戦士たちが見逃すわけもなく、あっさりと俺たちが乗った輸送用の飛竜は取り囲まれる。

 四方八方から光の矢が浴びせられるものの、ノームと見紛うほどの巨体をしたプレイヤーを始めとする、重戦士たちがあっさりと光の矢を弾いていく。返す刀で、接近してきた剣を持った守護戦士を斬り伏せ、あっさりと仕留めていく。

「攻撃がボスに比べりゃ軽いな!」

 その間にも、軽装の戦士たちは続々と飛んでいき、代わりに今まで最前線で戦っていたプレイヤーたちが、重戦士たちに守られた輸送用の飛竜へと降りてくる。その中には、天蓋を塞ぐ蜘蛛と戦っていた、キリトとリーファも含まれていた。

「ショウキさん、キリトさん。さっきも言った通り、助けにきました!」

「シリカ……?」

 輸送用の飛竜を操りながら、こちらを振り向きシリカが笑いかける。どうやらこの竜使いはキリトとも知り合いだったらしく、ヒールを受けながらキリトもそう呟いた。

「助けに、って……」

「エギルさんって方と対策部の人に言われて、みんな集まってきたんです! SAOを、今度こそクリアするために!」

 なんて、私は攻略組じゃないんですけど――と、シリカは困ったようにはにかむと、正面に向き直る。重戦士たちが防ぎきれなかった光の矢を、シリカは輸送用の飛竜をバレルロールさせて避けつつ、ピナが泡を吹きかけて守護戦士たちを牽制する。

「助けに、か……」

 最後に、ピナからヒール効果のあるブレスを受け、俺とキリトのHPが全回復する。もう一度、力強く日本刀《銀ノ月》を握り直すと、世界樹の向こうに続く天蓋を向く。数え切れないほどの守護戦士と、先程現れた巨大な鷹とその天蓋を防ぐ蜘蛛。

 ……そして、それらと戦うアインクラッドの戦士たち。

「――ナイスな展開じゃないか!」

 はて、このセリフを言うのはいつぶりだっただろうか。ニヤリと笑うと翼を展開し、飛竜に近づいていた守護戦士を一刀両断しながら、一番に飛び立った剣士たちに合流する。

「そのお坊ちゃん面似合わないぜ、ショウキぃ!」

「猫耳ついたおっさんにだけは言われたくない……!」

 カタナを持った猫耳ついたおっさん――もとい、クラインにギルド《風林火山》の面々と合流する。開口一番、お互いのキャラメイクの悪口を言いながら、近づいてきた巨大な鷹の両翼を切り裂いた。鷹は耳障りな鳴き声をあげながら、両翼を失って落ちていき、他のプレイヤーの槍に自重で突き刺さって爆散する。

「まだまだいくぜ!」

 クラインの側面に迫っていた光の矢をクナイを投げて弾くと、クラインは目の前の守護戦士を真っ二つに切断する。元SAOプレイヤーたちの、もはや自分どころかキリトとも遜色ないエアレイドの技術に舌を巻きつつ、負けじと飛竜に向かう守護戦士に回し蹴りを喰らわせると、天蓋の蜘蛛が放った捕縛する糸の盾とする。

「どけぇぇぇっ!」

 回復と補給が終わったキリトが、補助役としてリーファを連れ添い、再び守護戦士を切り裂きながら敵陣へと突撃する。その前にソニックブームを放つ鷹が立ちはだかるが、リーファが発した魔法がキリトを包み込むと、ソニックブームを無視してそのまま二刀流による連撃を叩き込んでいく。

 その間にも、元SAOプレイヤーたちは守護戦士を蹴散らすが……しかし、げに恐るべきはやはりその物量だった。いくら近場の守護戦士たちを倒していようが、誰かが――いや、キリトがあの天蓋を突破出来なくては意味がない。確かにSAOプレイヤーたちは一騎当千の戦士たちだが、クラインたちのようにエアレイドを駆使できるのは少数だ。大多数のプレイヤーは、前線の補給基地と化しているシリカの飛竜の直衛についているため、圧倒的に火力が足りない。

 いや、店売りながらも高級な装備で固められ、その腕前で守護戦士たちとも渡り合っているその姿は、エアレイドの技術の稚拙さなど全く感じられない。だが、それだけでは足りない。例えば――

「うおっ!?」

 ――今、キリトが戦っていた鷹を焼き殺したような、大火力の攻撃。

「シルフ隊、乱入者に見所を奪われるなよ! 後ろは見ずに全力で突き破れ!」

「このままじゃケットシー軍、全とっかえだヨ! イイトコ見せてネ!」

 抜いただけで美しい装彫が露わになるカタナを抜くサクヤ、どこからか取りだした、自分専用にカスタマイズした飛竜に跨がるアリシャ・ルー。それらを守らんと両軍隊の精鋭部隊が前に立ち、強力な魔法攻撃で並み居る敵を殲滅していく。後ろは見ずに――というサクヤの言葉通りに、世界樹の入口付近にいた戦力のほとんどや、先に遠距離からの必殺攻撃を放っていたプレイヤーたちが全て集結していた。

「どうせ負ければ国庫はない! 捨て身で進め!」

 サクヤの鼓舞に戦士たちが雄叫びをあげ、シリカの飛竜を追い越し高速で守護戦士の群れに突入する。小回りが効かないだろうドラグーンを、シルフの精鋭部隊がカバーしつつ圧倒的な火力で焼き尽くす、といった方法で。

「こっちの戦いはド派手だなぁオイ!」

 そんなクラインの叫び声を耳にしながら、俺もキリトとリーファのコンビへと合流する。こうなれば、ALOのシルフだろうがケットシーだろうがSAOの攻略組だろうが中層プレイヤーだろうが関係ない。

 ただ、目の前の敵を蹴散らして突破するのみ。

「ショウキくん、えーっと……全方位!」

 もう右とか上とか前とかですらなく、周囲の全方位が敵だと少し後方にいるリーファから警告が発せられ、日本刀《銀ノ月》でグルリと回転斬りして守護戦士の鎧を切り裂くと、後方のリーファの魔法が鎧の下に直撃して沈む。

 さらに回転斬りによって生じた風圧を魔法で増し、放たれた光の矢を無効化すると第二波は二度と来ることはなかった。視界の端に、野武士面が弓矢持ちの守護戦士を切り裂いたのを見ると、気配を消して接近してきていた剣持ちの鎧の隙間に日本刀《銀ノ月》を突き刺して貫通する。

 守護戦士以外からは天蓋に張り付いた蜘蛛から、妖精の翼を封じる糸が散弾銃のように発射されていたが、発射される度にシルフの風魔法に撃ち落とされていた。返礼として、ケットシーのドラグーンがファイアブレスを炸裂させるが、それは器用にも蜘蛛の糸で織り上げた盾が防ぎきる。

 そして忘れてはいけないのは、あの天蓋の蜘蛛を倒した瞬間に、倒した守護戦士や蜘蛛が復活する、という特異な特殊能力のことだ。天蓋の向こうへ飛んでいく為には、天蓋に張り付いたあの蜘蛛を排除しなくてはならないが、その蜘蛛を倒しては守護戦士たちが復活し、天蓋の向こうへ飛翔するのを阻む――というジレンマ。

 蜘蛛をあの天蓋から退かそうにも、あの糸の散弾銃と盾がある限り、蜘蛛においそれと近づくことは出来ない。……いや、この四方八方を埋め尽くす守護戦士の前では、どちらにせよ無理か。作戦会議などしている暇はもちろんなく、妙案の出ないうちは蜘蛛への手出しは不可能だった。だがここに留まっていれば、もちろん守護戦士の物量の前に屈することになる……が、撤退もまた論外だ。

 八方塞がりか、と思えるような状況に、苛立ちをぶつけるように守護戦士の顔を蹴り上げると、真一文字に両断する。そして、飛んでくる光の矢や蜘蛛の糸を避けつつ、さらなる攻撃のチャンスを窺っていると、サクヤの鋭い声がフィールドに響き渡った。

「今からアリシャの闇魔法で指示を送る! 送られなかった者は露払いを頼む!」

 そう宣言するサクヤの肩には、キリトの胸ポケットに入ってサポートをしている筈の妖精、ユイの姿があった。俺の周辺で数人のプレイヤーに――レコンが使っていたのと同じ――鏡が出現し、何か指示を受けたらしく下降していく。

 しばし待ってみたが、俺には闇魔法の鏡とやらは現れなかった為、どうやらそのまま遊撃を続けていろ、ということらしい。

「くっ!」

「うおおっ!?」

 指示を受けて下降していったメンバーが抜けた分、守護戦士たちの一人当たりへの攻撃が激しくなる。心臓を狙った光の矢を、上半身を大きく反らすことで回避すると、回避した先にいたサムライに当たりかかる。何とかそのサムライは、持っていたカタナで弾くことに成功したようだったが。

「おいコラ、危ねぇじゃねぇかオイ!」

「言ってる場合か!」

 こっちに文句を言いながらも、俺の背後にいた守護戦士を切り裂くクラインを横目にし、俺は日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいながら、俺は魔法の詠唱を完了させる。発動する魔法は、初期状態の俺に出来る唯一の魔法、風の増幅。

「抜刀術《十六夜――鎌鼬》!」

 全力で日本刀《銀ノ月》を鞘から抜き放つと、その抜刀術によって生じた風圧が発動した魔法によって増幅され、暴風はカマイタチのようになって横一線の守護戦士を切り裂いていく。この魔法を最後に俺のMPも底を尽きてしまったが、守護戦士の数は全く減ったように見えない。いや、正確にはかなりの数の敵を巻き込んだものの、まるで意味がないというべきか。

「このっ!」

 俺のカマイタチを避けながら、上方から袈裟切りを放ってきた守護戦士に対し、腕に仕込まれた籠手でその大剣を受け止める。すると、守護戦士はあっさりとその大剣を捨てると、無防備になっていた俺の顎に蹴りを喰らわせた。俺はその勢いのままに吹き飛んでいき、その守護戦士の前から離脱すると、クルクルと回転しながら待ち構えていた守護戦士を蹴り飛ばす。

 大剣を捨てた守護戦士は、あっさりと他のプレイヤーに処理されたらしく、もうそこにはいなかった。蜘蛛から放たれた糸の散弾銃をクナイを犠牲に防ぐが、もうクナイの残弾も数少ない。視界の端に、光の矢によってリメインライトと化すプレイヤーが映り、蹴り飛ばした守護戦士にトドメを刺す。

 まだか――と思い、プレイヤーたちが後退していった場所を見ると、そこにいたのはプレイヤーではなく、悪魔だった。

「なんだあれは……?」

 一瞬見間違いかと思ったものの、そんな訳はない。あの74層のボス、グリームアイズのような姿をした悪魔が、なんの気配も発せずにその場に出現していたのだ。禍々しい山羊の角、漆黒の炎と牙が見え隠れする口、ゴツゴツとした筋肉が岩のように盛り上がり、天を仰いで悪魔は叫んだ。

『ゴァァァァァッ!』

 悪魔の姿を見て固まったプレイヤーたちだったが、すぐさま正気を取り戻すと、それぞれの武器を持って悪魔へと立ち向かわんと気合いを込める。守護戦士たちの光の矢を避けながら、プレイヤーたちは悪魔へと攻撃を開始する。

「待った待った! そのあくまくんは敵じゃないヨー!」

 ……攻撃を開始する直前に、横に現れた鏡から発せられた、アリシャ・ルーの言葉で押し止まる。言われてみれば、あの悪魔に翼はなく、どうやってこの高度に維持しているのかと思えば、シリカの輸送用の飛竜を含む、ケットシーの飛竜たちが足場になって踏ん張っていた。いや、飛竜だけでは足りなかったのか、精鋭部隊たるドラグーン隊までもが足場を支えていた。

「精鋭部隊が足場にされたのは、おねーさんのハジメテだヨ……」

 どことなく哀愁を感じさせる言葉を最後に、鏡は割れてアリシャ・ルーの姿は消える。守護戦士たちも、その悪魔に攻撃を集中させようとしているらしく――なにせ面積が大きいから狙いやすい――今まで戦っていた俺たちを放置してまで、その悪魔の方に向かう。

「今だ! シルフ隊、奴に守護戦士を近づけさせるな!」

 そこに後退していたシルフの精鋭部隊が一気呵成に現れ、悪魔に近づこうとする守護戦士たちを、いとも簡単に排除していく。その一太刀で守護戦士を二体は炎と化し、長剣が煌めく度にそこから放たれた光が、矢と化して守護戦士を貫いていく。さらに、シリカの飛竜の防御についていた重戦士たちも、悪魔を守らんと鉄壁の守備を固めていた。

「サクヤちゃんズルいヨ! シルフばっかりカッコイイ役目!」

「そんなことを言っている暇があるなら、早く飛ばせルー!」

 後方支援に徹していた領主サクヤも、その悪魔の進路にいる敵の排除へと向かう。そしてケットシーの飛竜たちが飛翔すると、悪魔の巨大な腕の射程に、天蓋に張り付いた蜘蛛を捉える。

 蜘蛛は先んじて巨大な糸による防壁を張り、悪魔の腕が届かぬように守りを固めるが、糸の防壁を張った瞬間にその防壁を、近くにいたプレイヤーに切り裂かれた。

「さっさとやっちまえ!」

『ハァァァァァ……』

 悪魔はその声に応えるように、ゆっくりと蜘蛛に手を伸ばすと、思いっきり握り潰さんとするように蜘蛛を掴む。蜘蛛も散弾銃のような糸で抵抗するものの、プレイヤーを捕縛するための糸では、サイズがまるで違い抵抗は意味をなさない。新たに出現した守護戦士たちも、出て来た瞬間にシルフの精鋭部隊に落とされるか、悪魔が吐く爆炎に包まれるかのどちらかでしかない。

「ショウキさん!」

 俺も負けじと守護戦士から悪魔を守っていると、サクヤの肩に乗っていた筈のユイが、俺の目の前を飛んでいた。反射的に叩きそうになった手を抑えながら、やってきたユイをポケットに入れる。

「……ああ!」

 ユイが言わんとしていることを察すると、近くにいた守護戦士を蹴り飛ばした後、守護戦士たちの白銀のリメインライトが舞う空を、天蓋に向かって飛んでいく。全戦力が投入された今、一時的ながらも守護戦士たちの物量とは拮抗しており、ユイのナビもあって簡単に天蓋近くまで到着する。

 そして悪魔は、掴んだ蜘蛛を力の限り握り潰す――のかと思いきや、そのまま下層部に放り投げた。蜘蛛のライフを0にした瞬間に、倒した守護戦士もろとも復活する能力に対抗する手段は、悪魔による違法投棄。簡単な話、ライフを0にせずに排除すればいい話なのだから。

『ウオォォォ――ぉぉぉぉぉっ!」

 蜘蛛を違法投棄した悪魔は姿を消し、黒白の二刀を煌めかせたキリトがその場に突如として出現する。もはや遮るものは何もない――キリトに合流し、共に飛翔すると、天蓋に蜘蛛の代わりに守護戦士が出現していく。

「「邪、魔、だぁぁ!」」

 ――その守護戦士を半ば無理やり突破すると、俺とキリトは遂に天蓋の向こうにたどり着く。しかし悠長に話している暇もなく、守護戦士の追撃が来る前に最後の距離を飛んでいく。いつしか世界樹の行き止まりが見えると、央都《アルン》に繋がるというゲートへと着地する。

 いつぶりかに大地に足をつけると、守護戦士はもうここには現れないようで、解けた緊張感からか肩で息をしてしまう。しかし、キリトからすれば今までのはあくまで前座であり、これからが本番なのだ。その証拠にキリトは緊張感を解くことはなく、油断なく巨大なゲートへと近づいていき、押し込んで開けようとし――

「……開かない!?」

 ――その門はピクリとも開かなかった。そして下から気配を感じて振り向くと、まだ守護戦士たちが俺たちを排除せんと追ってきていた。このゲート付近には出現しないが、今まで出現していた守護戦士はまだ諦めていない、ということか。

 そこからの俺たちの行動は早かった。俺は数が少なかったクナイを使い切る勢いで、追ってくる守護戦士たちへの牽制に使い、キリトは迷いなく門を破壊せんと剣を振るい、ユイは門を検査すべく手で触れていた。

 しかし、キリトの二刀の剣はあっけなく門に弾かれ、俺のクナイではあくまで牽制にしかならず、追いすがる守護戦士たちを止められない。

「この扉は……」

「扉がどうした!?」

 下層から放たれる光の矢を日本刀《銀ノ月》で弾きながら、門を調べていたユイの驚愕の声に問い返す。……その声色からして、あまり歓迎出来ない事態であることは確かだが。

「……この扉は私たちには開けられません。システムの管理者によって、ロックされています……」

「――――!?」

 俺とキリトの双方から、声にならない悲鳴のような息が漏れる。管理者による防壁とはつまり、世界樹の外層部を取り囲んでいるバリアのような――プレイヤーには侵入不可能な地域ということか。そう考えると全身の力が抜け、その隙に守護戦士たちの接近を許してしまう。

「しまっ……!」

 急ぎポケットからクナイを取りだそうとするも、そこには何の感覚もない。……弾切れだ。素早く切り替えた日本刀《銀ノ月》による抜刀術で、先行してきた一体を切り裂き、こちらに向かってくる一団には刀身を発射する。……もちろん、焼け石に水にしかすぎないが。

「ユイ、これを使えるか!」

 そう言ってキリトが取り出したのは、世界樹の外層部で見つけたカードキー。そのアスナからの贈り物に、ユイは何らかの希望を見いだしたのか、「コードを転写します!」とそのカードを触ると、光が彼女に向けて流れ込む。

「このっ!」

 しかし、俺にそれを悠長に観察する余裕はなく、遂に接近してきた守護戦士たちと接敵する。もうMPもないためカマイタチも使えず――さっき使ったことを後悔する――ユイの邪魔はさせない、と気迫を込めて《銀ノ月》を構える。

 だが、俺は守護戦士たちと接敵することはなかった。下層部より放たれた光や炎――それらに守護戦士たちは飲み込まれていき、俺の前から姿を消していたからだ。

「転送されます! ショウキさん!」

 何が起きたのか。それを確かめる暇もなく――いや、確かめるまでもないか。最後まで放たれ続けた支援に感謝しながら、ユイから呼びかけられて彼女の小さな手に触れると、俺たちの意識は白い光に包まれていく。

 もはや懐かしい転移の感覚――そう考えているとまもなく、別の場所に降り立った感触が足に感じられた。空中都市とやらに到着したのだろうか……門が開かないようになっていた以上、あるかどうか、もう眉唾物だが。

「パパ、ショウキさん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ……ここは?」

「あ、ああ……」

 三者三様に混乱から持ち直すと、片膝をついた態勢から立て直し、まずは回復した視界で周囲を見直した。そこは妖精たちが自由気ままに飛び回る、美しい空中都市などではなく。

「病室? 研究室……?」

 その無機質な白色の壁紙に包まれた空間は、俺の第一印象をそう決定づけることは容易だった。ユイの答えも「位置は特定出来ません……」と、少なくともここは妖精王が住まう空中都市ではない。

「アスナ……ママの反応は、あるか?」

「はい。こっちです……」

 ユイの誘導に従って白い廊下を歩いていくと、いつしかエレベーターのような物に突き当たる。その妖精たちの世界に似つかわしくない、機械的なシステムに、ここはゲームではなく現実だったか……と、一時錯覚するが、腰に下げられた日本刀《銀ノ月》の重みでその考えを振り切った。

「ないじゃないか……空中都市なんて……!」

 少なからず披露の色が感じられるキリトのその声と同時、現実では慣れ親しんだ『ピンポーン』という、ミスマッチなエレベーターの到着音が鳴り、俺たちはさらに上に昇っていく。

「アスナの反応にこの場所……がぜん信用度が高くなってきたな」

「ああ……」

 もう一秒も待てないといった様子のキリトに応えるように、エレベーターはすぐさま最上階に到達する。そこに広がっていたのは、やはり病院のような無機質な空間であり、人の気配すらも感じさせない。

「こっちに隠し通路があります……」

 ユイも一見、平静にナビゲーションを続けていたが、そのスピードが徐々に早くなっている。キリトもユイも、自分たちの歩くスピードが早くなっていることに気づいていないようだったが、あえて口には出さないでおく。

 そして幾つかの隠し通路を越えていくと、一つの部屋へとたどり着く。

「ここにアスナが?」

「はい……確かに、ママの反応はこの部屋からあります」

 逸る気持ちを抑えながらも、ユイが例のカードキーから転用したコードを使ってロックを解除すると、キリトが油断なく部屋の中に突入する。

 扉の向こうには、美しい夕焼けが広がっており――それは俺たちが、いやこのゲームをプレイしてる者たちが飛んできた、アルヴヘイムの空だと感じさせた。部屋は、いつだかエギルに見せられた写真とそっくりであり、その通りに巨大な鳥籠が設置されていた。

「――アスナ!」

「ママ――ママ!」

 我慢の限界だとばかりに、キリトとユイが同時に叫んだように、その鳥籠の中には彼女が――アスナが囚われていた。俺にさえ見間違えようもなく、キリトとユイは彼女が囚われていた鳥籠に走っていく。

「キリトくん……ユイちゃん……?」

 鳥籠の中にいたアスナの表情が驚きの後、目に涙を浮かべた笑顔に変わり――部屋の入口にいた俺を……いや、その向こうを見て、再び驚愕の表情に包まれた。

「――ショウキくん! 逃げて!」

 その警告の声とともに、背後からの気配に反射的に日本刀《銀ノ月》を振りかぶって、振るわれた攻撃を受け止めると……そこにいたのは。

「ようこそ英雄くんたち。歓迎するよ、盛大にねぇ!」

 醜悪な笑みを浮かべる妖精王と――

「……リ、ズ……」

 ――俺に向かってメイスを振り下ろす、今にも泣き出しそうな顔をしたリズの姿だった。
 
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