老いても永遠に
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
3部分:第三章
第三章
「そんなことはもう覚悟していることだ」
「笑って靖国に行くか」
「ああ、そうだ」
戦死することは当然と受け止めている安永だった。
「笑ってな。行ってやるさ」
「俺もだ」
そしてこの考えは津田も同じだった。
「俺も行く。笑ってな」
「そうか」
「アメリカ軍が攻めてきたら最後の最後まで戦う」
津田もまたその特攻隊の零戦を見ていた。基地の将兵に手を振って送られる彼等をだ。
「そして死んでやる」
「貴様一人でか」
「随分と寂しいものだな」
その津田に対して言ってきたのは浜北と赤西だった。
「一人で靖国にいるつもりか?」
「それで貴様は満足なのか」
「何が言いたい」
津田は今彼に言ってきたその浜北と赤西に顔を向けて問うた。彼等は自分達の乗機であるその零戦を後ろにして集まっていた。並んで立っている。
「それは」
「俺も行く」
「俺もだ」
浜北と赤西もまた最後の出撃をする零戦を見ていた。見ながらの言葉だった。
「先に行ったら待っていろ」
「後ならば俺が待っていてやる」
「待てというのか」
津田はまず浜北の言葉に応えた。
「そして待っていろか」
続いて赤西の言葉にだった。二人のその言葉を確かに聞いたのである。
「靖国にか」
「死んで行く場所は一つだ」
「ならそこに集まればいい」
これが二人の言いたいことだった。
「四人でな」
「一緒にな」
「そうだな」
二人のその言葉に安永が頷いた。
「俺達はずっと一緒になれるな」
「それなら死ぬことは怖くはない」
「御国の為にな」
「それでは決まりだな」
安永はここまで話を聞いたうえで述べた。
「特攻隊になろうとも。喜んで行ってやる」
「俺もだ」
「俺も」
「笑って行ける」
三人も彼に続いた。
「ずっと一緒だからな」
「俺達は」
こう誓い合う彼等の目には今青空に消えていく零戦の編隊があった。二度と還らぬその彼等を自分達と重ね合わせていた。何処までも青く白い澄んだ雲がある空も見ていた。
だが四人が誓ってからすぐに。あの運命の日が来たのだった。八月十五日、正午を過ぎた彼等はただ放心して自分達の隊舎に戻った。
そしてそのうえで。それぞれ言うのだった。
「負けたのか」
「陛下の御言葉だ」
「間違いない」
先程の放送を思い出しながら。そうしながらの言葉だった。
「皆泣いていたな」
「司令もな」
だが彼等は泣いていなかった。何故なら。
「涙は。出ないか」
「何と言ったらいいのだ?」
「わからん」
まだ現実を把握しきれていなかったからだ。それで泣くことなぞできる筈もなかった。泣くということは現実を把握したうえでできることだからだ。
「だが日本は負けた」
「ああ」
「負けたな」
「それはわかる」
何となくではあったが。少しずつだが彼等も実感できてきた。しかしそれでもその実感以上に心に穴が開いたような気持ちになってしまっていたのだ。
ページ上へ戻る