本当の強さ
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1部分:第一章
第一章
本当の強さ
ずっと憧れだった。彼にとっては。
前園義明は彼等を見ていた。見ずにはいられなかった。
「海軍って凄いよな」
「そうだよな。格好いいよな」
子供の頃話すのはいつも海軍のことだった。海軍のことを話さずにはいられなかった。
帝国海軍はまさに憧れだった。彼は大人になったら絶対に海軍に入ろうと思っていた。
そうして日々勉強していた。だがここで彼は父に言われるのだった。
「御前は家を継げ」
「家に!?」
「御前は長男だろう?」
こう言われるのだった。実は彼は医者の家の長男だった。このことを忘れかけていたのだ。
「だったら家を継げ。いいな」
「けれど俺」
まだ中学校に入ったばかりの彼は俯いた顔で。こう言って何とかそれを避けようとした。まだ幼さの残る彼にとっては精一杯の抵抗だった。
「海軍に入りたい」
「兵学校に入りたいのか」
「それで海軍で戦いたい」
俯いて言うのであった。父に対して立派な白い欧風の部屋はダークレッドの絨毯が敷かれその上に柔らかい赤いソファーが二つ向かい合って置かれていた。彼はそのソファーの一つに座り向かい側にいる父と向かい合ってそのうえで話をしているのである。
「絶対に」
「駄目に決まっているだろう」
だが父はきっぱりと言い切って彼に返したのだった。
「そんなことはな。駄目だ」
「駄目だって」
「御前は医者になれ」
また我が子に対して告げるのだった。
「いいな。絶対にだ」
「・・・・・・・・・」
父の言葉に逆らうことはできなかった。こうして彼はその道を決められてしまった。海軍への道は絶たれた。これが彼のはじまりだった。
時代は混沌としていた。アメリカとの戦争が間近なのは誰もがはっきりと感じ取っていた。中国との戦争も長きに渡り次はアメリカと戦端を開こうとしていた。
しかし誰もがアメリカとの戦争をやらなければならないと考えていた。それは決意だった。
「絶対にだ」
「何があっても」
「戦わなくては日本が滅びるだけだ」
「それなら」
口々に言いそのうえで戦おうとしていた。この時の日本はまさに戦うしか生きる道が残されていなかった。それしかない状況だったのだ。
「滅びるよりは」
「戦うだけだ」
誰もがそう決意していた。そうした時代だった。そして親の言葉のまま医者になった義明もだった。彼もまた戦争がはじまることを当然と考えていた。
「アメリカに勝たなければ日本は滅びる」
彼は確信していた。
「絶対にだ。何があっても」
「そうだな」
またあの部屋で父と話をしていた。その父もまた彼の言葉に強い声で頷いていた。
「若しアメリカと戦争になってもだ」
「戦わないと生きていけない」
「我が国は滅ぶ」
父もまた同じ考えであった。そしてその表情も同じであった。
「滅びるよりはだ。戦うだけだ」
「父さん、それじゃあ日本は」
「戦うからには覚悟を決めなければならん」
こう強い言葉で息子に対して告げていた。自分とそっくりな顔に成長した我が子に対して。
「わし等もわし等で戦うぞ」
「日本の為に」
「命を捨てても惜しくはない」
ここまで腹を括っている者達が多くいたのも事実だった。誰もが日露戦争以来の国家存亡の時に立ち上がり剣や銃を手にしようとしていたのだ。
「全くな」
「俺にも赤紙が来るな」
所謂召集令状である。赤い色をしていたのでこう呼ばれていたのだ。
「絶対に」
「後は任せておけ」
我が子への最大の贈る言葉だった。この時では。
「いいな」
「ああ、戦ってくる」
彼もまた戦場に向かうつもりだった。戦争はもう避けられないのは誰の目にも明らかだった。そして遂に戦争がはじまったのだった。
するとすぐに義明に話が来た。それは医師として軍に来て欲しいということだった。海軍からだ。
「よかったじゃないか、海軍だぞ」
「医者としてか」
しかし彼はその医者として来て欲しいということにあまりいい顔をしてはいなかった。声をかけてきた父に対してもその顔を見せていた。
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