| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Dies irae短編小説

作者:彼音
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 次ページ > 目次
 

Ah, wann treffen sie sich wieder?

 
前書き
※この小説はDies iraeのエンディング後のお話です。
未クリアの人は回れ右を推奨します。 

 

 
 ドイツの首都ベルリン。
この都を訪れた者のほとんどは「この地」へと赴くだろう。それほどにその名声は世界へ轟いていると言っていい。
ベルリンの中心部に位置するミッテ区。その地で一際目を惹き付ける大聖堂。

ベルリン大聖堂―――。

1894年に建設が始まり、1905年に完成したドイツの至宝である。

そこで行われるミサには当然のように多くの人々が訪れる。
地元の信奉者から観光客、時にはテレビ局の報道陣。
名声高らかだからこそ、それを聞きつけて訪れる者達も多いだろう。

だが、『彼』が行うミサを聞いた者達は、閉祭後に誰もが心からこう語る。

『頭の中が真っ白になり、何も考えられない。ただ思うのは一つだけ。
神は此処にいる。抗えない何かが、彼にはある。
どれほどの罪が己に在ろうとも―――』


「―――神は、報いてくださるが故に。Amen―――」


聖堂内に響き渡るその声に、誰もが頭を垂れる。
中には涙を流す者すらいる。


神がかり的とも言える、その神格性。カリスマ。


ラインハルト・ハイドリヒ神父。


その度し難いほどの、人と謳う事すらもおこがましいと他者に思わせるほどの声。
まさに、神が遣わした使者であるのだと。



 「ライニ神父!」

ミサが終わり、教会の廊下を一人歩いていたハイドリヒの背後からかけられた声に、
ハイドリヒは特に驚くでもなくゆっくりと振り返って足を止めた。

「どうされた、司祭殿」
「いや、今日のミサもすごかった。君は本当に此処の―――」
「聞き飽きていてるよ、司祭殿。それに私はただ聖書と教えのままに語っているだけだ」
「それも聞き飽きた返答なのだけどね……言いたくなってしまうんだよ、許してほしい」

苦笑してそう言う司祭に、ハイドリヒもやはりいつも通りの小さな溜息。
それに嫌悪するでもなく、司祭はニコニコと微笑む。

「いい事だよ。君のミサを聞きにくる人達は皆、すべからく浄化の心でここを去る事ができる。
神に愛されているのだと、心底思える」
「私は神ではないさ」


そう。神ではない。


司祭の笑顔を背後に、ハイドリヒは再び廊下を歩き出した。
コツンコツンと響き渡る靴音は聞き慣れた音とリズム。

だが不意に、時折だが周囲の風景がゆらりと陽炎のように揺れて変わる事がある。
薄暗く、酷く閉鎖的で、冷たい、死者の道行き。
この先にあるのが、まるで牢屋か死者の楽園か―――。

「神……あぁ、いるだろうとも。私は信じている」

呟くように。彼は確かにそう信じている。
だが、


その神がまるで、友人だと謳ってしまいかねないほどの、隣人愛とも違う危うさ。

時に、



『会ってゆっくり語り合いたい』



などと。

狂信的であるとも言い難い。
信者が聞けば即座に狂っているとして裁判にでもかけかねない。

故に彼は己を語らない。そんな己に戸惑いながら生きていくのだと自負している。
己が何者であるかなど、考えてはならないのだと。

外庭へと繋がる扉を開け放つ。
外はいい天気だ。心地の良い空気を吸って風にでもあたればこの思考も少しは和らぐ。
そう思って庭へと足を踏み出した。


瞬間、周囲の風景が変貌―――したように見えた。



黄金の回廊。黄金のホール。そして、黄金の玉座。



目を見開く。

何だこれは。

幻だ。振り切れ。これは、視てはいけないモノだ。

片手で視界を閉ざして、途切れる息を正常に戻そうとする。


途端、


ドンッ


「つ!?」

何かと肩がぶつかり、ハイドリヒは我に返って目元から手を離した。
その視界に映りこんだ、黒い影。

人の形をしている。しているが、何だろうか。
はっきりとしない、その存在感。

「誰、だ―――?」
「―――」

それは目を見開いていた。
驚いて、困惑すらその表情に滲んでいる。
黒く長い髪が揺れて、異国人であるという事だけは解った。

「卿は……」
「―――ぁ、あぁ、道に、迷ったようだ」

それは取り繕ったような微笑を浮かべてそう言った。
ハイドリヒは沈黙し、やがてなんとか平静さを取り戻し、

「道に?」
「はい。この大聖堂はなんとも広大だ。少々庭を眺めようかと道を外れたらこのような」

彼も冷静さを取り戻したのか、なんとも柔和な笑みを浮かべて姿勢を正した。
黒いコートを着込んだその下の衣装はダークグレイのネクタイと制服。
まるで―――かつてのナチス・ドイツのそれのような。
だが軍を象徴するような風貌でもないし、吹けば吹き飛びそうですらある。

「……失礼ですが、ここの神父様でいらっしゃるのかな?」
「!あ、あぁ、この聖堂で神父をしている者だ」
「それはそれは。お美しい神父様だ。さぞご婦人方が騒がれている事でしょうな」
「……」

男の言葉に、ハイドリヒは両肩をすくめてやがて教会内へと引き返し始めた。

「ついて来るがいい。正門まで案内しよう」
「ありがたい。感謝します」

先だって歩き出すハイドリヒの後を、足音も無くついてくる男はやはり笑顔だ。
張り付いたような、だが偽笑でもない。
まるで、


嬉しいのだと心底思っているような。


「―――。卿は……」
「はい?」
「いや……名を聞いておこう。私はラインハルト。ラインハルト・ハイドリヒ」

ハイドリヒの名乗りに、男は一瞬驚いて視線を泳がせて、やがて微笑んだ。

「私はカリオストロと申します。ハイドリヒ神父」
「カリオストロ……」

聞き覚えは―――無い。
だが、この拭いきれない違和感はなんだろうか。
初対面でないかのような。それどころか、気安さすら感じる。

「……神がおられるこの地で神職に就かれている感想はいかがかな」
「何?」
「いえ、私に神父のお知り合いはいないもので。
どのような気持ちでいつも此処におられるのだろうかと。
やはり毎日の礼拝で日々神に祈られているのでしょう」
「……」

カリオストロの問いに、ハイドリヒは振り返りもせずに黙り込む。
己のままに言えば、おそらく男も「何を言っているのか」と呆れるか憤慨するか。

「神には感謝している。我ら人間を常に見ていてくださり、愛してくださっているだろう。
いかなる罪も憐憫も包み込んで、抱いていらっしゃるのだ」
「―――あぁ、確かに」

男がゆっくりと、だが心の底からそうだろうと頷いた。

「神の愛は、何にも劣らない。総てを愛して、抱きしめてくれている」
「……」
「故に。我々は今、何よりも幸せだ」

そう語る男の表情は満たされている。嘘ではない。事実そうなのだと疑っていない。

「ああ、感謝しなくては。神に、女神に」
「……女神?」
「天上の神々には、美しく、何にも劣らない美を有し、曇りない愛を持つ女神もおりましょう」

嬉しげに、楽しげに、男は語る。
その表情はまるで、

「卿、も」
「―――何かな」

いや、まさか。そのような馬鹿で愚劣な存在が己以外にいるなど有り得ない。

「ああ、もう大ホールだ」
「!」

廊下を抜け、たどり着いた場所はミサを行っていた、この大聖堂のメインホール。

「ありがたい。ここまで来れば私も迷わない」
「……」

男が横をすり抜けてホール内へと歩いていく。
その背は頼りなく、細い。だが、幻視する。

自分は、視た事がある。

「さてさて。おかしな出会いをした」
「―――何?」
「何故か、私にも解らないのだよ」

聖堂のステンドグラスから漏れて差し込む夕暮れの紅い陽光。
その光が、男の身体を通り抜ける。
これは、幻覚なのか。

聖堂内に人はいない。

在るのは、ハイドリヒとカリオストロのみ。

「何故、視えているのか。これはマルグリット……君の仕業かね?」

男の言葉を理解できない。
だが、記憶の底なのか、本能なのか、何処かで解っている。


「私が―――」


無意識に漏れた言葉に、黒い影が振り返る。



「会いたい、などと、思ったからか―――」



会って、語り合いたいと。


影が目を見開く。
瞬間、

「っ……っ?」

視界が眩む。立っているのすら辛くなるほどに意識が急激に遠ざかっていく。
長椅子に手をついて持ちこたえようとするが、ずるずると床に座り込んでしまう。

「な、に……」
「……」

影は応えない。視界は暗転し、もはや何も視えない。
やがて、ハイドリヒは床に倒れ込み気を失った。
動かなくなったハイドリヒへと歩み寄り、影もそっと彼の傍に膝をつく。
そして、白く青白さすらあるその手でハイドリヒの美しい金色の髪に指先で触れた。

「あぁ―――」

頼りなく、震えすら滲む声。

「お前の仕業か、ハイドリヒ」

そう気安く呼んだ声は穏やかだ。

「お前に言われては、私も引き摺られてしまうさ。なぁ、そうだろうハイドリヒ」

返事は無い。
閉ざされた目に、影は映らない。
そんな彼の頬に落ちた雫は、何だろうか。

「私は我慢していたというのに。随分と気が短いぞ。お前は」

頬を撫でる細い指。

「あぁ馬鹿らしい。堪えていた私の意志すら無視するとは。お前はいつもそうだ。
私の気持ちなど考えもしないで、己の在るままに進んで行って、己を疑わない。
女神への潔い敗北を認めたお前も美しかったから、私も何も言わずにいたのだぞ」

次々と漏れるそれは愚痴だ。
だが他人に吐き捨てているようなそれとは違う、
確かに友誼を結んだ、友への言葉。



―――『果てまで見せろ。このラインハルト・ハイドリヒの友であるなら』



「ハイドリヒ……」



―――『愛でるためにまずは壊す。ゆえカール、卿も壊さずにはおれんというだけ』



思い出す言葉は今もこの胸の中で輝きを失っていない。



―――『端的にな、友情だよ。付き合ってやろうというのだ。
そも、誘ったのは卿であろうに。今さら私を白けさせるな』



「その誘いに乗ったのはお前だぞ、ハイドリヒ」



だから、この友誼は今もって普遍であると、



「私は、調子に乗りやすいのだと解っていないな」



手を遠ざける。
その手が夕暮れに溶けていく。
黒い髪が風に揺れて、男の表情を隠す。


「ああ」


我が友。
永遠の、私の、


「また、またいつか……」






何処か、誰も知らない、空の果てで。







「語り合おうじゃないか。万回でも、繰り返して飽きるほどに」






Auf wiedersehen.meine Freund.






END 
< 前ページ 次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧