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Holly Night

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第1章・一年前
  ―3―

少女から連絡あった三日後の金曜、非番であった拓也は、児童相談所の児童福祉司、柳生(やぎゅう)節子(せつこ)と共に、少女の居る養護施設に向いた。
柳生と拓也は半年程前の事件で知り合った。内容は勿論、児童虐待である。
児童相談所は主に、施設長、小児科医、心理カウンセラー(或いは精神科医)、保健師、そして柳生の児童福祉司、五人からなる。大規模な相談所になると人数も増えるが、柳生の居る所は小規模で、故に職員と対象者が密接な関係にある。
拓也と柳生が会ったのは、柳生の“児童福祉司”と云う役職にあった。
柳生以外の職員には、警察を引き連れての家宅侵入の権限が無い。医者は診断、カウンセラーは児童のメンタルケア、保健師は親と連絡を取り合う、此れだけで、ドアー一枚隔てた向こうで児童が殴られて居ても決して侵入出来ない、此れをしてしまえば、不法侵入に値する。
然し柳生の児童福祉司は、警察を誘導出来る権限がある。
判り易く云えば、柳生以外の職員は警察の“後”に続かなければならないが、柳生は警察の“前”に立つ事も、警察より先にドアーを開ける事も可能なのだ。
「良く連むねぇ、俺等。」
「ですねぇ。」
柳生はちらりと拓也の横顔を盗み見、目が合う前に前に向いた。
本当はもう合ったかも知れないが、柳生には判らないので足を進めた。
全て髪を頭の高い位置でお団子にし、ノンフレームの眼鏡、細長い体躯、スーツでは無くワイシャツに黒やベージュ、グレイと云った暗い色合いのスラックスとスニーカー……かなり地味で色気も無いが、其のストイックさと子供達への愛情が色気に変わって居ると拓也は思う、口には出さないが。
こう見えて柳生、高校大学と合気道部に所属して居た、下心持つ不貞な輩には容赦しない。
児童福祉司等では無く刑事になれば良かったのに、と云うと、落ちたんです、そう返されたので二度と其の話はしなくなった。

其れに私、犯人捕まえるより子供の方が好きなので。

柳生の言葉に拓也は思った。此奴となら良いコンビになれると。
実際其の通りだった。
柳生の言葉で拓也が動き、拓也の言葉で柳生も動いた。
此の少女も又、拓也と柳生の動きで施設に行く事になった。
四人兄弟の長女、育児放棄をするギャンブル狂の母親、リストラされた癖に無駄にプライドの高い無職の父親。
何でもやった、生きる為なら。
食料確保の万引きは呼吸で、母親に付いてパチンコ屋に行き、他の客から玉を盗んだ、身体は売らなかったが其れに近い事なら幾らでもした、下着も売った、写真も売った、母親の欲するギャンブル資金の為にトイレで父親より老いた男の物だって咥えた。
此の少女自身は身体を売らなかったが、四つ下の小学生の妹には売春をさせた。
其の妹の処女はロリコン男に五十万で買われた。本当は此の少女で十万の約束だったのだが、君よりこっちが良い、と男は妹を指名した。
君なら五万だけど此の子なら毎回十万出してあげる、尤も、中学生になったら買わないけど。
だから一週間に一度妹は十万を手にした。
其の全ては母親のギャンブルで消えた。
けれど少女は何も思わなかった、自分が犠牲になった訳でもないし、資金の為に咥え無くても良い。小遣い稼ぎに下着と写真は売り続けたが、結局は生活費で父親に取られた。
五万あるかないかの金で一家六人が生活出来る筈がないのに。
終わりは、呆気無かった。
夏だ、暑い。当然家は暑く、煩いのと暑いのどっちが良いか天秤に掛けた時、煩い方が良かった。なので日中はパチンコ屋に居た。
託児所と云うかキッズルームと云うか、兎に角少女は其処で四歳の弟と一緒に居た。私見てますから、と云うと十五歳でも入れた。涼しい上にウォーターサーバーもあった。母親が何時終わる毎日違う為一概には云えないが時間は潰せた。
コンビニ行って来ます、と託児所を出た時肩を叩かれた、元顧客だった。

最近羽振良いみたいだね。

十五歳に云う言葉では無いだろうが、少女は頷いた。

ね、お小遣い欲しくない?

其の男は顧客の中でも比較的若く、未だ二十代だった。二十代といっても三十路に片足突っ込んでいるような二十代である。
此の事が決定打だった。
男の車に乗り込み暫くすると、窓を叩かれた。其の警官の爽やかな笑顔と云ったらない。
前々から少女に目を付けていた店員が通報し、男は逮捕、序でに両親も警察に連れて行かれ、少女達は施設に送られた。
其の後も酷かった。母親から罵声を浴びせられ、少女は土下座して謝っていた。

もう良い。

土下座する少女を抱き締め拓也は云った。

逆だろうが。テメェがしろよ、土下座。自分が何したのか判ってんのか。座って千円崩すより、テメェが咥えて千円得て来いよ。

拓也と、本郷を含む其の場に居た生活安全課の刑事全員から冷笑を浴びせられた母親は在ろう事か、少女を引き受ける為其の場に居た柳生に手を挙げ、傷害が上乗せされた。
「荷物少ねぇな。」
「質素って云って。」
「何でも良いんだけどさ。」
少女の心みたく、荷物は軽かった。
少女の荷物を持った拓也は施設長の顔を見、困ったように溜息を吐くと肩を叩いた。
「あんたがそんな顔する必要ねぇよ。」
「でも井上さん、あの…」
「大丈夫、あんたはちゃんと面倒見てくれたよ。唯、歳近い奴等と一緒の方が良いだろう。年上から可愛がられる事覚えなきゃ、年下可愛がられねぇだろ?」
「そうですね…」
少女が此の施設に居たのは二ヶ月ばかりだ。職員にも他の子供にも何の情もないのかスタスタ歩いて行った。
叱ってやりたい所だが、職員の彼女への態度を考えると強くは云えない。
「よし御前等、又来週な。」
周りに群がる子供達の頭を一つづつ拓也は撫でて行き、柳生は会釈して少女に続いた。
無事彼女を新しい施設に送り、入居手続きを済ませた頃にはもう六時だった。会ったのは午前中だ。
「そういや御前、腹大丈夫?」
帰りの車内で拓也は聞いた。
「あ、お昼食べて無いですね。忘れてました。」
「悪いな付き合わせて、奢るわ。何が良い?」
ハンドルやギアを撫でる拓也の細く薄っぺらい手を眺める柳生ははにかみ、じゃあファミレスで、と云った。
「おいおい、もちっと集れよ。私ぃ、銀座で御寿司食べたいなぁ、とか、代官山でぇフレンチかイタリアンが良いのぉ、とか。」
だから色気ねぇんだよ、と拓也の剣に柳生の心はぐっさり傷付いた。
お団子が少し萎れた。 
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