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炎髪灼眼の討ち手と錬鉄の魔術師

作者:BLADE
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”狩人”フリアグネ編
  六章 「狩人」

 嵐の様に時間は過ぎ去り、ホームルームが終わる。教室を出て行く生徒を、夕陽が赤く染めていた。
 これからの予定をシャナに訊くべく、座席から立ち上がる。シャナの方から自発的に仕掛けてくれないから仕方ない。
 しかし突如、夕陽の赤が洪水の様に溢れ返り、空間を満たした。
「――――ッ!?」
 瞬時に俺は周囲を警戒する。この赤はただの夕陽じゃない。一度見ていた俺には分かる。
 窓の外と廊下の一部を、陽炎の壁が囲う。火線が走った床には、紋章の様な奇怪な文字列が描かれていた。空間内の生徒は全員、動作を途中で停止する。

 全てが静止した空間では俺自身も動けなくなる、なんて事はない。俺の中の鞘とは違うもう一つの宝具の為だ。
 とは言え、今は鞘を装備していないから、これしか宝具はないんだが。
 シャナは隣席から立ち上がる。唇の端がつり上がっている様は、俺にではないと分かっていてもピリピリと威圧感を感じさせていた。
「来たわね」
「そうなる………、な」
 覚悟していたとはいえ、俺にやれるのか? 周りの人間を救う事が。
「さぁ、やるわよ」
 シャナは机上に飛び乗り、窓に向かって仁王立ちをする。艶やかな黒髪が僅かになびき、火の粉を撒いて灼熱の光が灯る。
 いつしか寂びたコートを纏い、右手に『贄殿遮那』を握る、フレイムヘイズがそこにいた。
 一瞬、その姿に身惚れてしまったが、すぐに我に返って行動を開始する。
 教室内に残っている生徒は、自分達を除き四人。教室が主戦場になるだろうから、彼等を何とかして教室から排除してしまえば、とりあえず被害は出ないだろう。
 手近な窓を開け、四人を教室から廊下に放り出す。かなり乱暴な方法だが、今は時間が無い。
「頼むから、まだ来るなよ」
 投げた生徒の中には、池速人もいた。しかし、誰だろうと関係ない。とにかく教室から出てもらわないと。
 容赦なく放り投げていたが、池だけが―――その、かなり危険な角度、で地面に激突してしまった。
 すまないな………池。誓って言うが、故意じゃないぞ。
 しかし、今は時間がない。心の内で池に詫び、俺は作業を続行した。
 完全に静止してしまっているからか、人形を運んでいる気分になる。まぁ、変に動かれるよりは運び易くて助かるんだが。
 全員を教室から投げ終え、すぐさま生徒と壁を挟んだ位置につく。まだ……、敵は来ていないな。全く、息をつく余裕もない。
 廊下側の壁面から極力離れつつも、すぐさま防衛に回れる位置に立つ。俺自身も防御機構の一つと化してでも、教室の外の生徒を守らねばならない。廊下への被害を俺が未然に防ぎ、万一の取りこぼしは教室と廊下を隔てる壁が防ぐ。あんな薄い壁一枚にそれほど高望みは出来ない為、あの壁は有って無いような物だが。

 問題は俺自身の武装だ。
「――投影開始」
 用意するのは夫婦剣。不具合が発生していない宝具で、戦闘用なのはこれだけだ。
 無論、慣れ親しんだ武器だから、というのが一番の理由ではある。だが、なかなか実体化しない。やはり、投影の精製速度があまりにも遅いのだ。
 武器を用意しながら、周囲を警戒する。敵はまだ来ていない。何故だ?
 封絶という空間干渉の性質上、完全な形の奇襲はあり得ない。何せ、俺の様な素人目でも一目で封絶の展開を察知出来てしまうのだ。ばか正直に、これから襲撃します、と宣言してからやって来ていると言って過言でない。事前準備はともかく、心理的優位に立たれない、というだけでも幾分かは気が楽だ。
 シャナは依然、机上に立っている。堂々たる迎撃戦の心持ちである事は端から見ているだけで感じ取れた。
 教室が緊張に包まれる中、不意に窓の外に一点、何かが浮かび上がった。
 あれは―――、何かのカードか? 封絶と夕陽の赤に染められ、ここからでは真っ黒な札にしか見えない。
 視力を強化したい所だが、生憎、今は夫婦剣を投影中だ。並列処理なんて器用な真似は出来ない為、目を凝らして確かめる。

 やっぱりカードだ。それもトランプ―――だな。封絶で周囲は静止している為、生徒の物ではないだろう。つまり、あれは敵によるものだ。何らかのメッセージ――、いや、一枚じゃ分かりづらいし、この状況ではその可能性は低い。
 あれは―――、攻撃か!?
 考えている間に一枚の筈のカードは次々と増える。宙を固まって舞い、あっという間に窓の外を埋め尽くした。途端、カードはシャナを………、いや、こちらに目掛けて突撃してくる。
 カードの怒涛は、窓枠やガラス、壁をも砕いた。その様はカードの雪崩れと言って良いだろう。
 夫婦剣の投影はまだ済んでいない。しかし、回避すれば後方の壁を破られる。あの壁だけは死守しなければならない、
 だが、相手はただのカードではない。壁をも砕く立派な凶器だ。シャナはともかく、俺が身体で受ければただでは済まないだろう。
「―――っ!」
 避けるのか、それとも避けないのか? 躊躇していた挙げ句、俺は何も出来なかった。
 カードに身体をミンチにされるイメージが脳を駆ける。
 すると、シャナはコートを伸ばす。さながら盾の様に。ただ一直線に突撃を敢行するカードはそのコートに進路を妨げられた。
 機関銃の如くコートに突き立っていくカード。しかし、それらは触れたそばから燃え上がり、裏に一点の穴も開けられない。持ち主の意思で伸縮可能かつ、防御能力も高い。良い防具だ。
 その間にシャナは、カードの怒涛の根源に狙いを定め、太刀を構える。切っ先を敵に向け、腰を落とす。シャナ自身が弓で太刀が矢、その姿を、さながらを弓矢に見立ててしまう。
 そこで思い出す。昨日の首玉は最後どうなったか?
「まさか………、な」
 こういう時の悪い予感ほど、よく当たるものはない。急いで、投影中の夫婦剣のイメージを破棄し、背後の壁に向き直った俺は、最悪の事態に備えるため、壁に駆け寄る。
 俺が壁に到着した直後、何かが爆発した様な音がした。足場の机を粉砕するほどの踏み切りで、シャナが跳んだのだ。
 的に向かう矢の如く突進するシャナ。その手に握る大太刀は、カードの流れの一点に突き立てられた。
「ぎ、ぐあぁぁッ!!」
 絶叫が上がり、カードの流れが揺らぐ。
「くそッ! ―――――間に合えッ!」
 急いで俺は両手を壁につける。
「――同調開始!」
 増大した魔力消費量なんて関係ない。廊下側の壁一面全てを、強化する。
 トランプだけが攻撃を仕掛けるとは思えない。もしあれに意思があるのなら、シャナのコートに防がれる訳がない。だとすると、あれは単なる武器の一つであると考えられる。しかも、思わせ振りにカードの流れには中心点がある。

 刀は振るう際には、峰打ちが出来る。つまり、振っている以上はある程度の威力の加減が出来るという事だ。しかし、突きには峰打ちなんて芸当は存在しない。明確に敵を殺す為の攻撃。しかも、文字通り『必殺』の一撃だ。

 昨日の首玉は、その最期に盛大に爆発した。この世界の敵全てが爆発するとは断言出来ないが、少なくとも爆発する可能性があるのは確かだ。
 シャナはあの一撃で仕留めにかかっている。あれだけ思い切りの良い攻撃を仕掛けているのだから、シャナの身を心配する必要はないだろう。
後ろで、シャナが刺した大太刀を捻り抜く。

 再び振りかぶり、頂点で一息も溜めずに一閃。

「構成材質――補強完了」
 ――――ギリギリ、セーフか。
 強化を終了して、振り返った俺の眼前に広がっていたのは、刃の軌跡に炎が走り、カードに引火する光景だった。
 瞬間、あらゆる音が消える。爆発が起こり、教室の物全てが、炎の濁流に包まれた。
 シャナはその爆風を眼前に受けるが、全く動じない。再び、コートを拡げて俺を防いだ。
 爆風が収まり、コートの壁が取り払われる。間髪入れず、俺は教室の状態を確認した。
 焼け焦げた床はコンクリートの地を覗かせ、窓は基部ごと吹き飛んでいる。
 自分の後方では強化された壁一面はとりあえず無事だ。と言っても、見た感じだと紙一重で防いだって具合だが。しかし出入り口が吹き飛び、教室内の机や椅子が廊下にまで飛ばされていた。
 ―――念の為、強化をして正解だったか。間に合って良かった。
 シャナは爆発を受けたようだが、全くの無傷らしい。軽々と差し上げられた大太刀の切っ先には、何かが引っ掛かっている。
 それは昨日の夕刻、逃げ去った人形だった。
 人形は、肩口から胸まで切り下げられた切っ先を体に埋め、腹には最初の叫び声の原因であろう、大穴を空けている。傷口からは薄白い火花がちり、その光景が俺には、血を吹き出している様に見えた。
「ギギ―――」
 赤い糸で縫われた口は、低いうめき声をあげる。シャナは人形に何かを言おうとしたが、ふと周りを見回す。
 周りに飛び散っていた薄白い火花は、地面を跳ねて、彼女を取り囲んでいた。跳ねる内に体積を増した火花は、彼女を中心に回り始める。

「ウ――、ク…、くく!」

 うめきはいつしか忍び笑いに変わり、人形の傷口から、大量の火花が吹き出した。火花は一粒一粒の姿をセルロイドドールの頭に変え、人形の全身に張り付く。いつしか、人形を中心にいびつな巨躯が組み上げられていた。
「おいおい………、勘弁してくれよ」
 とにかく、距離を取らないといけない。何せ俺は未だに丸腰だ。例えその身に魔術回路を有していたところで、身体自体は普通の人間と大差がない。
 距離を取ろうと、少しずつ後ろに下がる。そこで見つけた、傷だらけの生徒を。
 教室から、強化した壁を挟んで廊下にクラスメートを投げたまでは良かった。だが不幸な事に彼だけが、出入り口の方に転がってしまったのだ。
「池!」
 生徒の名を呼んで駆け出す。シャナ以外で初めて会話した生徒であり、坂井悠二の友人でもある。全く、何やってんだ俺は。
 封絶の影響により、ただ倒れている池。いくら死体は見慣れてるとはいえ、一見して誤認しそうになる。
 体にはガラスの破片が突き刺さり、火傷も酷い。そして、首はあらぬ方向に折れている。
「まだ、息はある………か?」
 動作を止めているため、呼吸の確認も出来ない、しかし、下手に動かす方が返って危険だ。
 不幸中の幸いか、完全に動作を停止している為、出血は悪化しない。それに空間内の時間が停止しているのだから、負傷による身体への負担もない。つまり、身体さえ修復出来れば、まだ助かる。
「く、ききき……」
 巨躯の中心から笑い声。さっきの人形だろう。後ろで何かあったのか?
 振り向くと、巨躯の太い両腕がシャナの大太刀の刀身を掴んでいた。
「もらったわよ、フレイムヘイズ!」
 なるほど――、良い攻撃だ。

 刀は斬る際に一度引かねばならない。刀という武器の特徴的な性質だ。頑強さや重量をもって対象を切断する一般的な剣と比較した際、万人が扱えない理由はとどのつまりはそこにある。要するに、攻撃の際に引かねばならない事により、自然と円を描いた動きになってしまうのだ。
 さて、一口で刀と言ってもその種類は多岐に渡る。一般的に有名な刀は打刀という種類になる。大まかに分ければ、打刀よりも小型の物を脇差し、大型の物を太刀と分類される。刀の中でも太刀という系列は打刀と比較すれば、質量を利用した攻撃ではある。しかし、馬上での使用を前提とした形状は取り回しが悪い。加えるならば、一定の強度を保つため、刀の特徴ともいう切断力も打刀に劣っているのだ。
 贄殿遮那は異様に寸足らずな柄はともかく、本質的には太刀である。当然、その取り回しの悪さから、密着状態での近接戦は得意としていない筈だ。また、ただでさえ打刀よりも劣る切断力が巨躯の腕に掴まれる事で完全に封じられた。
 つまり、今のシャナは文字通り身動きが取れない状態だ。なるほど、なかなかどうして良い攻撃をする。
 だが、それはシャナと1対1の状況に限られた話だろう。
「何をもらったってんだ………!」
 怒気を込めて俺は向き直る。その両手には鉄の棒――近くに吹き飛ばされ、壊れた椅子の脚だ。当然、二本確保してある。
「同調――」
 詠唱と同時に駆ける。この程度の距離、一息で詰める事など造作もない。
 シャナと巨躯との間に割って入る。同時に二つの視線。
 一つは遂に奇行に出たと見た巨躯の視線。もう一つは、その結果が何も成さないと感じ失望を織り混ぜたシャナの視線。
 成る程、端からみれば無駄な行為で頭がおかしくなったと思うだろう。無謀にもただの鉄の棒という、お粗末で武器にもならない物での無駄な抵抗。戦況を変える事など出来やしない無意味な行為。
 だが、残念だな。こいつはただの椅子の脚じゃないんだ。
「――開始!」
 贄殿遮那を掴む巨腕を左の棒で下から打ち上げ、横から右の棒を叩き込む。強化され、鋼鉄と化した椅子の脚は巨躯の左腕を爆砕した。
 爆発で人形はたまらず、一歩後退する。
 その光景にシャナが声を漏らす。まぁ、驚くのも無理はないか。
「うそ………? あんな棒で―――!?」
 敵の失策。それは、こちらで戦闘を行う者をシャナ一人と誤認した事だ。贄殿遮那を掴む事によりシャナの行動を封じた。そして、それと同時に自分の行動をも制限してしまったのだ。
 少しでも力を抜けば、その瞬間、贄殿遮那により掌を切断される。しかし、大太刀を封じる為には両腕を使わなければならない。
 つまり、奴も動けなくなっていたのだ。

 この一撃で棒は二本とも使い物にならなくなっていた。
 だが、材料なら周囲に山のように落ちている。もう一度、椅子の脚を調達して強化してしまえば、再び即席の武器の完成だ。
 たかが椅子の脚と思っているであろう、強化された棒に腕を破壊され、呆然と動きを停止している人形に肉迫。さらに追撃をかける。
「これでも…くらえっ!」
 咄嗟に残された右腕を盾にする人形。甘い、最初からこっちの狙いはお前の腕だ。
 肘を突き出すように地面と水平に出された人形の右腕。その巨腕に容赦なく両手の棒を叩き込む。
 再び人形の腕が爆発する。これで人形は腕を二本とも失った。
 しかし、厄介な奴だ。毎回、攻撃をするたびにどこかしら爆発されていたら、まともに近接戦も出来ない。
 爆発とタイミングを合わせて後退する。それと同時にシャナに叫ぶ。
「今だ、シャナ!」
 言われずとも、と自由になった大太刀をシャナは振りかぶった。
「っだあ!!」
 シャナは巨躯に大太刀を叩き込む。
 ―――で、お決まりの最後だろ?
 今度ばかりはコートに防いではもらえないだろう。倒れ込むように床に伏せる。爆風をやり過ごさなければならない。
 両腕を粉砕した際の爆発は、かなり小規模の物だった。幾ばくか希望的な観測ではあるが、恐らくあれが爆発しても後方の壁に被害はない筈だ。
 程なくして爆発。背中を叩く爆風の感覚は、確実に最初の物より小規模だ。これなら、なんとか保ってくれるだろう。
 爆発が収まったので、ゆっくりと体を起こす。
 体を起こした俺の眼前には、贄殿遮那の切っ先にぶら下がる人形があった。
 その姿は、焼け焦げ、ちぎれ、見るも無惨な姿になっている。
「なんか、さっき見たような光景だな。そこまで悲惨じゃなかったけど」
 思わず俺は感想を漏らす。
「そうだったかしらね。 きっと、刺されるのが好きなんじゃない?」
 簡単にシャナは答え、人形を床に放り落とした。
「で? お前の主の名は?」
 冷たい口調のシャナに、人形は答えた。音飛びのするCDのような途切れた声ではあったが。
「わ―――たシ、が―――言――うト、思―ウ? フれ――イ――むヘイ、ず」
 期待なんかしてないわよ、と一蹴するシャナ。
「ただの確認よ。でも、無駄駒をチョロチョロ出し惜しみする様な、よほどの馬鹿なんだろうけど」
「―――う、グ」
 人形はあからさまな嘲弄に声を詰まらせる。全く、どっちが悪者か分からない。
 もう用はない、と人形にトドメを指そうと大太刀を振り上げるシャナ。
 しかし、窓の外からの声に動作を急停止する。
「無駄駒だって? いやいや、有益な威力偵察、と私としては言って欲しい物だね」
 俺とシャナは、殆ど同時に声のする方向を見ていた。
 ―――新手か!
 視線の先には、長身の男が浮いていた。
 夕焼けの赤にも、封絶の色にも染まらない、純白のスーツ。その上に羽織られた長衣。さながら幻想世界の住人を彷彿とさせる違和感を放つ存在がそこに居た。
「こんにちは、おちびさん。逢魔が時に相応しい出会いだ」
 調律の狂った弦楽器のような声で、乱入者は挨拶をしてきた。
「こいつが………徒、か」
 俺は思わず呟いていた。直感で分かる、コイツは存在その物が違和感の塊だ。
 何て言うか、自然に不自然な存在……か? そこに居るのは別に普通なのに、普通じゃない。違和感を覚えない事が、逆に変な感じだ。
 そんな事を考えていると、シャナが男に凛とした声で返す。
「あんたが主?」
「そう…、『フリアグネ』それが私の名だ」
 アラストールが、僅かに声を低くする。
「フリアグネ…? そうか、貴様がフレイムヘイズ殺しの“狩人”か」
 フリアグネという名の男は口を笑みの形に曲げた。
「殺しの方でそう呼ばれるのは、正直な所、あんまり好きじゃないな。本来は、この世に散る『紅世の徒の宝』を集める、それ故の真名なんだけれどね」
 そう言って、フリアグネはコキュートスに視線を移す。
「そう言う君は、我らが紅世に威名を轟かせる『天壌の劫火』のアラストールだね。直接会うのは初めてかな? こっちの世界に来ている事は聞いていたけど、君のフレイムヘイズも初めて見たよ」
 次いで、シャナに目をやる。
「……なる程ね。これが君の契約者『炎髪灼眼の討ち手』か。噂に違わぬ美しさだ。でも、少々輝きが強すぎるね」
 フリアグネの感想を聞き流しているシャナに、アラストールが注意を促す。
「見かけや言動に惑わされるな、多数の宝具を駆使し、幾人ものフレイムヘイズを屠ってきた、強力な『王』だ」
 俺はというと、完全に蚊帳の外状態で正直な所、何をすれば良いのか考えあぐねていた。
 こっちの世界の事情は、まだほとんど理解出来ていない。目の前の男が王だという事は一目で分かったが、結局はそこ止まり。それ以上の事は何も分からない。
 下手に敵を刺激する訳にもいかないし、ここはだんまりを決め込むしかないな。
「うん、感じてる」
 シャナは、いつでも踏み込める体勢を取っている。当然の対応だろう。あのフリアグネという奴は、まずこちらを先制攻撃してきた。話し合いに来るにしては過激な挨拶である事は言うまでもない。
 となると、状況から察するにさっきの人形は斥候だろう。しかも、あわよくばこちらを制圧しようとしていた事は疑いようもない。
 斥候による当初の目的の偵察に失敗し、奴が自ら威力偵察に来た。そんな所だろう。
 その証拠に、奴の言動は最初から挑発的な物だ。
 会話の主導権を握る為に相手を挑発する。挑発に乗り冷静さを欠いた相手ほど御し易いからな。
 そうなると、状況的にはこちらが不利になる。あの感じだとフリアグネは相当の話術を持っている。恐らく会話だけでは、俺達は主導権なんて握れない。
 そうなると、こちらの切り札は一つだけになる。効果は未知数だが、それでもこちらが使えるカードはあれだけだ。
 吉と出るか、それとも凶と出るか。
「ふふ、そんなしかめっ面をしなくても……」
 そう言いながら、フリアグネは何気なく床を見回す。そこでフリアグネの動きが止まった。
 ―――気付いたか。
 奴の視線の先には、無惨に放り出された人形。言うまでもなく昨日、そして今日も俺達を襲ってきた人形だ。連日襲ってきたという事もあるが、この人形は明らかに他の手下とは違う。
 少なくとも他の手下よりも上格なのだろう。でなければ、こう何度も身代わりの外殻を装備しないだろう。昨日のアレも今日の巨躯も武器というより、中身を守る為の防具に見えた。
 さて、どう出るフリアグネ。動揺で狼狽えるか、それとも怒り狂うか。
 だが奴の反応は、想定していたものと少し異なっていた。
「マ、――――マリアンヌッ!!」
 調子外れな叫びをあげるフリアグネ。その顔は悲しみの色に染まっている。
「あぁ……ごめんよ、私のマリアンヌ。こんな物騒な子と戦わせてしまって………」
 ―――いや、その反応はちょっと予想外だよ。狼狽というレベルを軽く通り越してるじゃないか。
 考えろ、次のフリアグネの反応を。曲がりなりにも当初の目的は達した。なら、この流れを利用して最善の手を打たなければ。奴が立ち直ってしまっては意味がない。
 怒りを誘発して手の内を晒させる。あるいは、畳み掛けて一気に危機に追い込んでやる。
 どちらにせよ、焦りは禁物だ。この一戦で仕留める必要はない。
「―――ッ!?」
 いつの間にかフリアグネの指先には、一枚のカードが挟んであった。
 言うまでもなく、最初に襲撃してきたトランプだ。だが、いつ回収した?
 確かに次の策を思考していたが、その間も警戒は怠っていなかった。
 不自然な動作をとった様子は見られなかった。あまり自分を過信しては危険だが、俺の眼を盗んで行動は容易な事ではない筈だ。
 となると、俺の眼では奴の動作を察知出来ないという事になる。フリアグネだけじゃなくて、全周囲を警戒しなければならない。
 奴は俺達に気取られず、カードによる布陣を敷く事が出来るかもしれない。
 あのカードの威力は、シャナですら防御に専念しなければならない程だ。
 俺には防ぐ手段などない。一方行からでなく、全方向から飽和攻撃を仕掛けられれば、それで終わりだ。
 そんな俺の懸念を知る筈もないフリアグネは、芝居がかった動作でカードを一振りする。途端、足下に焦げて散っていたカードが、一斉に宙を舞った。
 風を巻きながら、カードの群れはフリアグネの指先に収束する。一枚になったカードは、四分の三程を焦がして、欠けていた。
 罠を張り巡らせるタイミングとしては、あの奔流に乗じるのが最良だろう。当然、俺としても周囲を気付かれないように警戒したが、どういう訳かカードが設置された気配はない。
 動作を察知出来ずとも、配置されたカードを見逃す程の間抜けではないつもりだ。
 欠けたカードを見てフリアグネは、また表情を変える。
「へぇ、私自慢の『レギュラー・シャープ』を、腕っ節だけでこれほど減らすとはね」
 ―――危険な相手だって事は、疑いようもないな。
 ただ、感情の制御が上手いだけじゃない。起伏を見せ付ける事で、こっちの調子を狂わせてくるなんてな。相当の知略家だ、奴は。
 
 流れる手つきで、袖口にカードを滑り込ませるフリアグネ。もう片方の手には、ボロボロの人形『マリアンヌ』が抱かれていた。
 あのカードの奔流に紛れてフリアグネと合流したのだろう。
 するとまた、泣きそうな顔になり、人形の有り様を眺め見る。
「あぁ……。全く、フレイムヘイズはいつも酷い事をする」
 ほつれた口で、マリアンヌは詫びる。
「申――シわケ、ア――りませン、ご――シュ人、さマ」
「謝らないでおくれ、マリアンヌ。君を行かせた私も悪いんだ。まさか剣一本で、ここまで酷い事をされるとは思っていなかったんだよ」
 すっかり二人の世界に浸っているフリアグネは、過度に優しい笑みを浮かべている。
 フリアグネがそっと息を吹き掛けた途端、マリアンヌは薄白く燃え上がり、元のくたびれた人形に修復された。
 ―――昨日、シャナが俺にしたのと同じ事か。
 あの様子だと、完全に破壊しない限りは何度でも蘇生すると見て間違いないだろう。

 ―――という事は、俺もそうなのか?

「さぁ……、これで元通り。慣れない宝具なんか持たせて、本当にごめんよ」
 マリアンヌを抱き寄せて、フリアグネは頬擦りをする。
 マリアンヌは潤んだ声で、フリアグネに答えた。
「身に余るお言葉です、ご主人様。でも……、今は」
 甘くマリアンヌに返事をしたフリアグネは、ようやくシャナに目を向ける。
「昨日と今日で分かったよ。君はフレイムヘイズのクセに、炎をまともに出せないようだね。戦いぶりが、如何にもみみっちいな」
 その言葉に、シャナが眉を片方跳ね上げる。
「……なんですって?」
 そうそう、俺もそれは気にしてた。
 “フレイム”ヘイズって名乗ってるわりに、封絶以外でシャナが炎を出しているのを見た事がない。
 こっちの世界の事情を知らないから、偉そうに質問も出来ないしな。
「なにせ、かの『天壌の劫火』の契約者だ。どれ程の力か警戒していたんだけどね。そのかなりの業物らしい剣の力を借りて、ようやく内なる炎を呼び出せる程度とみたよ。違っているかな? 私の宝具への目利きは、かなり確かだと自負しているんだけれど」
「………」
 キッ、とフリアグネを睨むシャナ。ハッキリと否定しない上にあの反応……。
 どう見ても「そーよ、出せないわよ。出せなくて何か悪いッ?」って感じの反応にしか取れない。
 ―――苦労してるんだな、なんとなく分かるぜ。その気持ち。
 何せ、魔術もろくに使えない魔術師だった俺だ。あの頃の俺は、当たり前の様に魔術を使う時代が来るとは夢にも思っていなかった。
 まぁ、それについては置いておくとして。どうやら、フレイムヘイズは炎で攻撃する様だな。そして、シャナは炎を出せない。
 それがどれだけ戦局を左右するのか俺には分からないが、手持ちを隠していた、位の振る舞いをして欲しかった所ではある。
 黙り込むシャナを見て、フリアグネは笑みを見せた。
 相棒を笑うフリアグネを見る羽目になったアラストールが、相変わらず低いままの声で答える。
「――なる程。最初に『燐子』を当てたのは、我らの力の程を見極めるためか。噂通り、姑息な狩りをする」
 さっきの反撃か、辛辣に皮肉るアラストール。しかし、それを受けても尚、フリアグネの笑みは崩れなかった。
「いやいや。昨日の戦いの顛末を聞いて、さほどの危険は無いと踏んではいたよ? 今日の様子見は、あくまで念の為さ。私のマリアンヌの意思でもあったからね」
 そう言って再びマリアンヌを見つめるフリアグネ。
「昨日の恥を雪ごうとしたのですが……。返って無様を晒してしまい、申し訳ありません、ご主人様」
「うふふ、だから、それはもういいって言ったろう?」
 頭を垂れる人形の髪に、フリアグネは軽くキスをする。
 あー、いちいちベタベタするなよ全く。それが狙いなんだろうけど、調子が狂っちまうだろ。
「流石に、剣一本でここまでやるとは思わなかったけれど……。まぁ、所詮はそれだけの事だね。ただでさえ、人の内に入って窮屈だというのに、契約者も貧弱。君の『王』たる力も、まさに『宝の持ち腐れ』だね」
「―――貧弱かどうか、見せてあげるわ」
 シャナは灼眼の光を強め、身構える。
 お前もだシャナ。いちいち挑発に乗るな。敵の思惑通りの行動をしてやる義務はないんだぞ。
 直接、口に出す訳にもいかないので、ひたすらシャナに視線を送る。残念ながら気付いてくれてはいないが。
 そんなシャナを一瞥し、フリアグネは駄々をこねる子供に対するように、ため息をつく。
「喧嘩の押し売りかい? 無粋な子だなぁ……。私は、そういう風にムキになったフレイムヘイズが、力を暴走させて爆死するのを何度も見ているんだ。そんな事になって、そこのミステスが中身ごと壊れたら、私の真名“狩人”にとっては本末転倒なんだよ」
 そう言ってフリアグネは、ここに来てようやく俺に視線を向けた。
「別に急ぐ事もない……。もう少し、やりやすい状況を準備してから、また伺う事にするよ」
 だがその視線は俺という『個人』ではなく、俺という『容れ物』の中にある宝具を見ているようだった。
「何が入っているんだろう、その内には。うふふ、楽しみだね……」
 そう言い終えると、フリアグネとマリアンヌは去っていった。
 気味の悪い奴だ、ゾッとするな。特に最後、俺に向けた視線……。眼が笑ってなかった。


「やはり、ただの徒ではなかったな。王それも“狩人”フリアグネとは」
「ふん」
 相変わらず重いままの声のアラストールに、シャナは鼻を鳴らして返す。
 炎を出せない事を馬鹿にされて、機嫌が悪いようだ。
「あいつが敵の親玉って事だな」
 俺の呟きに、むくれたままのシャナに代わってアラストールが答えてくれた。
「………うむ。紅世の徒の中でもとりわけ強大な力を持つ王の一人だ。我のように、人の内に存在を封じず、故にこの世の存在の力を喰らい続け、両界の均衡を崩す乱獲者。―――つまりは我らの敵だ」
 敵、を特に強めて言うアラストール。アイツと話をしていた時のアラストールの口振りからも、相当手強い相手であると、俺の想定の裏付けはとれている。
「あぁ……、それも手強い相手なんだろ? アンタの口振りで簡単に想像出来る」
 返事をするまでもない事実に、俺とアラストールは二人して沈黙。恐らく、アラストールもだろうが今後の顛末を考え込んでしまっていた。 
 数秒の沈黙。蚊帳の外にいたシャナは、とりあえず話を進めてきた。
「まぁ、今後の事を考えるのは後にしても遅くないわ。とりあえず今は封絶内を直すから、そいつを使うわよ」
 シャナは顎で、俺の横で倒れている瀕死の池を差した。
 確かに既に敵がいない今、結界を維持する必要は何処にもない。だが、それと池となんの関係があるのだろう?
「使うって……、どういう意味だ?」
「そいつの存在の力を使って、封絶内の壊れた箇所を直すって意味よ」
 いちいち何なのよ、とシャナ。
 そういえば昨日の戦闘でも封絶を解く時に、あれだけ滅茶苦茶になった街をシャナはご丁寧に修復していたな。まぁ、それもそうか。封絶で外界から遮断した空間がボロボロになったまま、元の空間に再接続は出来ないよな。止まった時が動き出した途端、辺り一面が廃墟になっていたなんて危険すぎる。下手をすると破壊された世界を基軸に、周囲も破壊する事でバランスをとる………、なんて星からの補正を受けかねない。
あぁ、その点は大いに賛成だ。だがシャナ。昨日、街を修復する時に何を使った?
「それはつまり………昨日のトーチと同じように、池を使うって事か?」
 忘れる筈もない。昨日、シャナの指先に集まったトーチの灯りが街を修復した。そして、そのトーチは完全にこの世から消滅したんだ。
「そうよ。でも、ここには連中の喰い残しのトーチがない。だからその死にかけを使う事にするわ。トーチになる前の人間だから、そいつ1人分でも封絶内を全部直せる。後は残り滓でそいつをトーチにすれば、なんの問題もないでしょ」
 池をトーチにする。あっさりとそうシャナは言った。
 なんだよそれ。人の命がかかっている話なんだぞ。なんでそんな簡単に言えるんだよ。
 全く悪びれた様子もないその態度にカチンときた。
「んな訳あるか馬鹿! 池が……、人が人間からトーチになるんだぞ!」
「仕方ないじゃない。火を燃やすためには薪がいるでしょ? それと同じよ」
 薪だって? それが人の命に対する態度なのか。シャナは人の命をそんな風に捉えていると言うのか。
「それとも、そいつが知り合いだから嫌なの? なら、あんたが壁の外に投げて殆ど無傷ですんだ奴を使うわ」
「そういう問題じゃない!」
 命の重みに優劣なんてないんだ。それが例え善人だろうが悪人だろうが、命の価値はみな等しく平等なんだぞ。
 そういう意味も込めて返事をするが、シャナにはどうでも良い事だったらしい。さっきの話なんて全然関係ない別の問いを返してきた。
「そもそも、なんでそこの壁だけ無事なのよ? さっき燐子を打ち砕いた椅子の脚もそう……。お前は何をしたの?」
「―――そんな事は後で良いだろ」
 少々キツめに、視線も強めてシャナに言う。当たり前だ。それとこれと、どっちが大事だってんだ。
「確かにそうね。それじゃあ、話を戻してあげるわ。そもそも、ソイツが死にかけなのはお前が教室から投げたのが原因じゃないのかしら?」
「―――え? ナッ…、ナンノコトダカワカラナイナ」
 痛い所を突かれた。ガラス片による裂傷や火傷も、元はと言えば俺が退避させた場所で負った傷。加えて、首がかなり危険な状態なのは、明らかに俺が投げたのが原因。
 つまり、池の負傷の原因は殆ど俺の責任である。
 全く、遠坂のうっかりが伝染したか? ここ一番で取り返しのつかないミスじゃないか。
「―――全く。自分のミスが原因なんじゃないの?」
 先程までの逆襲か、どんどん捲し上げてくるシャナ。参ったなこりゃ。
 反論のしようがない。
「ふっ……、フリョノジコダッタンダ。ソレニ、シャナサンナラ、ナントカシテクレルト……」
 口から出る言葉も、どこか片言になっちまってる。あぁ……! 落ち着け俺! 確かに池の負傷の原因は俺だ。だからといって、さっきまでのシャナの弁解が正しい訳がないんだぞ。
 ―――どうする。アイツなら……、あのキザな赤い弓兵どうする? 遠坂ならどう切り抜ける……!
 考えるんだ、俺。これからは一人でなんとかやっていく。そう遠坂に約束したじゃないか!
「私だって万能じゃないの、直すのにはそれ相応の対価が要るわ」
 それ相応の対価―――、つまりは存在の力って事だろう。結局、何かを得るには何か失わなければならないって事か……。だからといって『トーチに代えるから問題ない』なんて、認めるわけにはいかない。
 落ち着いて考えろ。怪我をした池を治したり、周囲を修復するには存在の力が必要だ。通常なら敵が食い残したトーチを使用するらしいが、さっきの戦闘では誰も食べられていない。だからこそ瀕死の池を使うなんて事をシャナは言い出したんだ。
 あまり考えてはいけない事だが、この場にトーチが居てくれれば、シャナは人間を犠牲にする必要はない。
 無論、トーチだからといって、そう易々と犠牲にはしたくないのだが。
 こんな時に魔術の才能がない自分に腹が立つ。俺に修復や治癒の魔術が扱えれば、こんな状況なんてサクッと解決出来るのだが。生憎、修復なんて器用な事は出来ないし、治癒は鞘に頼りっぱなしだ。
 その鞘も贋作品な上、契約が途切れた今は以前のような回復力もない。池に埋め込んだ所で大した効果も見込めないだろう。
 全く、何処かに気兼ねなく使える存在の力があれば良いんだが……。
 そんなものがあれば、今頃こんなに悩んでないよな。

 打つ手なし……か。こんな事なら、池の代わりに俺が怪我をしていれば良かったとすら思える。
 俺なら鞘の恩恵を十二分に受けれる上、ある程度ならシャナに治して貰えるからな。
 結局、俺には何も出来ないのか。何が正義の味方だ。新世界に来た所で、俺自身に出来る事なんて何も変わらない。正体も分からない俺の中の宝具だって、正に宝の持ち腐れだ。

 ―――いや、待てよ。

 そうだ。今の俺はミステスだ。確かに正体が分からなければ、宝具自体には何の意味もない。
 だが、器の方はどうだ? ミステスは旅する宝の蔵。つまり、宝具を内蔵したトーチだ。

 つまり、俺自身が奴等の食い残しって事じゃないか!

「なあ、シャナ。奴等の食い残しのトーチさえあれば、池を使わないで済むんだな?」
「それはさっきも言ったでしょ。けどトーチがないじゃない」
「じゃあ、トーチがあれば良いんだな?」
 俺がそう言った所で、シャナが目を細めた。本当に察しが良いな。
「まさか……、お前」
「あぁ、ここに連中が喰い残したトーチがある。コレを使えよ」
 俺は自分を指差す。一時はヒヤッとしたが、これでなんとかなりそうだな。
「お前、それ本気で言ってるの?」
 そう言ったシャナは、何故か怒っているように見えた。

 ……なんでさ?

 別に、俺は何も悪い事してないじゃないか。元はと言えば、何割かは自分で蒔いた種のようなものだし。
 誰もトーチにならずに済むし、万事全て丸く収まってる。皆が幸せになれるじゃないか。
「あのなぁ、冗談でこんな事言う訳ないだろ」
 そんな意味も込めてそう言うと、えらくシャナは投げやりに返してきた。
 まぁ、口で言ってない事なんて、そう簡単に伝わる訳がないよな。言った所で何て言われるか考えたくもないし。
「―――それじゃ、お前を使うわ。これで物も人も直せる。代わりにお前の『燃え尽きるまで残り時間』が目減りするけど」
「それだけで済むなら問題ないんじゃないか?」
 元々、時間が経てば消える身だったんだ。最初から長期戦なんて考えてない。どの様な敵か確認も出来たし、後は出たとこ勝負だろう。
「分からないわね。残された時間をそんな簡単に捨てるなんて」
 別に、簡単に時間を削ってる訳じゃないんだけどな。これでも一応、それなりに危機感は覚えてるつもりだし。
「まぁ、ある意味で俺のミスが原因だからな。それにだ、シャナ」
 真っ直ぐにシャナの眼を見る。気合い負けしないように、俺の意志を通す為に。
 それなりに言い負かされて、みっともなかったしな。それに、戦闘中も見せ場がなかったんだ。ここいらで一発、バシっと決めるか。
「これ以上、トーチは増やさせない。それがトーチに……いや、ミステスになった俺に出来る唯一の事だろうからな。この身体の元の持ち主だって、きっとこうする筈だ」

 怒りと呆れが混ざったような眼で見返してくるシャナ。だが、もはや何も言うまい、ってな具合で数瞬の間、眼を閉じた。
 これが最善の選択だと信じているが、最良の選択だったかどうかは分からない。
 ――いや、きっと最良の選択だったさ。
 そう、後で振り返った時に笑って思い出せる結果になると信じたい。

 そんな俺達の戦闘や決断など関係なく、世界は再び時を刻み始めた……… 。 
 

 
後書き
大変お久しぶりです。
プチ失踪からの期間を無事に果たしました。
ここに書いても入りきらない程の言い訳がございますが、それはまた別の場でさせて頂きます。
それでは、またいつになるか分かりませんが、次話でお会いしましょう。

誤字・脱字、内容の不備等がございましたら、ご一報よろしくお願いいたします。 
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