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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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憎悪との対峙
  38 傍観者の視線

 
前書き
お久しぶりです。
今回は主人公不在ですw
その代わりに今まで主人公が1人で突き進んでいたために置いてけぼりにされていた人たちがゆっくりと追いついてきます。 

 
少年は口笛を吹きながら、学校の前で騒ぐやじうまの集団の中から出た。
予想外の展開ではあったが、良い物が見られた。
本来、あるはずのないモノがスターダストだけではなかった。
もちろんスターダストが来るのは予想済みだが、スター・イリュージョン、計画自体が破棄されたはずのマシンを持っていた。
それはすなわち裏でスターダスト=彩斗を支える者がいるということだ。
しかも秘密裏に作られたものを与えられるような財力と地位を持っている者。
何となく察しはついていたが。

「ハァ…増税増税…ついに自販機の500ミリのペットボトルも200ゼニーかよ」

ネットワークがダウンした状態では電子マネーも使えない。
少年はしぶしぶポケットから財布を取り出して、小銭を数えた。
そしてため息をつき、小銭を嫌そうな顔をしながらつまみ上げて、コーラとお茶を購入する。
少年はこの国のシステムには嫌いだった。
最新の技術を導入すれば、世界に自国の先進性がアピールできると勘違いしている。
それ故にインターネットを使ったシステムに依存しきった結果、このザマだ。
国のシステム自体が完全に動かない状況となった。
別に最新のシステムを導入するにしても、中核を叩かれれば機能しない、ならせめて分散させる、完全なるクローズドネットワーク下で運用するなど手はいくつでもあった。
もしくは誰もIPアドレスや居場所が分からない場所で運用するなどすればいい。
大々的に観光客や海外からの官僚を招いてアピールすることは出来ないが、そもそもシステムはアピールすることが目的ではなく、人々により良い生活を提供することが目的なのだ。

「…もうすぐだな」

少年は腕のOCEANUS・Classic Lineを見た。
あまり金を掛けたくなかったが、海外の時間にも合わせられるワールドタイム機能が搭載されているものとなると、この価格帯ではこれとあと1つくらいだった。
正直、時間を見るだけなら安物でもいいと思われがちだが、クォーツでもメーカーによって差がある。
機械式なのかクォーツなのか分からない程の精度の安物を買って失敗したことがある。
結果、この国の製品を選ぶこととなった。
時刻はそろそろ頃合いだ。

「…おーい!久しぶりぃ!」

少年は目的のベンチを見つけると手を振りながら近づいた。
信号を無視してスキップを踏みながら、帽子を外してその首のあたりまで伸びた銀髪を自由にさせる。
ベンチには1人の女性が座っていた。

「元気にしてたか?変わんねぇな」
「アリガト!してたよ、ゲンキ!」
「…日本語がド下手なのも相変わらずだな」

少年は呆れながらも、女性に対して笑いかけながら、お茶のペットボトルを渡した。
女性は外国人で髪はクリアグレージュの内巻きの髪に切れ長のグリーンの目、年齢に合わないそばかすが印象的な女性だった。
年齢は少年よりも3、4歳上な印象で16歳くらいだろう。

「どうだった?データはバッチリ?」
「Natürlich!<もちろん!>」
「これが左がホッパーが集めてくれた2日前のデータで…右が今日のデータか」
「上がってる、HPは1600に。トラッシュとの適合率、81%。あと全体的に戦闘力が上昇シテル。コレなら…武装したニホンのじ…GHQ?が100人相手でも1人で太刀打ちデキル」
「ハァ…GHQじゃなくて自衛隊だろ?無理に日本語喋らなくてもいいから。っていうかニホンに来るなり、パソコン変えた?」

女性の膝の上には日本仕様のキーボードのVAIO Proがあった。
つまりニホンにやってきてから購入したものであることは察しがつく。

「ソウ!ニホンの製品はスバラシイ!スゴイ完成度!軽さ、薄さ、処理性能!高いケド…」
「まぁ…おとなり国のコピー天国と不良品地獄に比べればな…そもそも考え方が違うんだよ。不良品が出ること前提に作ってねぇもん」
「ちゃんとスマートフォンも買ってキタよ!ウォーターレジスタントにバッテリー!」
「…前から調べて買う予定だったもののことだけは流暢だな。だけど海外からでもニホンの製品くらい注文できるだろうに」

ポケットから取り出した最新のAQUOS ZETAを見せびらかす女性に苦笑い混じりに自身も買ってきたAQUOS Crystal Xを見せた。
だが女性は少年の発言に「分かってないなぁ」とでも言いたそうな顔をして続ける。
今までは知り合いがニホンにやってきた際に買ってもらっていたが、現地で買うということにはプライドを持っていた。

「ソレにウォークマン!最新の!」
「もういいよ…前から来たがってたもんな。だが日本語聞く限り、どこまで本気だったんだか…」
「ホンキ!マジだったよ!デモ…ニホンゴムズカシイ…かった」
「もういい。Ich fand die Gleichen Japanische Produkte.<ニホンの製品が大好きなのは分かったよ>」

少年は自分から彼女の母国語を話すことにした。
少年自身も完璧ではないが、じれったくなった。
女性は悔しそうな顔をしながら返す。

「Hier ist Ihre Heimatstadt?Beneidenswert.<ここがあなたの生まれ故郷なんでしょう?羨ましい>」
「Richtig.<そうだ>」
「ネェ?アナタも発音、変。ワタシのニホンゴとアンマリ変わんない」
「そうか…オレも多少勉強したつもりなんだがね…まぁ、せっかくニホンに来たんだ。日本語の勉強もショッピングも観光も楽しむといいさ」
「感謝シテル、スゴく。ニホンに連れて来てクレテ」
「いやいや、別にいいさ。ずっと来たがってたろ?それに今回は明日のハロウィンまでの短い滞在期間だし、楽しむといいさ」
「アリガト。ソウイエバ、ホッパーたちは?捕まっチャッタ?」

女性はお茶を飲んで、満足気な顔をした。
一方、少年は学校の方を見ると、少し残念そうに頷く。

「イイの?あの人たち、ソレナリに使える人たちナノ二」
「あぁ。多少、スターダストやオレらが勝手にやってることは知ってるが…WAXAはそこまで追求しないだろう。それにアイツらはオレには逆らわない。PCやストレージを探ろうと、口を割らない限り、痕跡は出ないようにしてあるはずだ。捨て駒ってやつ」
「ゴマ?Sesan?<胡麻?>」
「違うよ…なんていうかな…Opfer?<犠牲者?>違うな…」
「何となくワカッタ…」


昔は少年が彼女の母国語を話し、多少文法が間違っていても普通に通じていたが、無理に日本語を持ち込んだことでややこしくなった。
実際のところ、100%文法を守っているという人間は少ない。
文法は守らずともジェスチャーや1つの単語だけである程度、内容が通じるものだ。
少年がこれまで世界を巡って感じたことだった。

「聞いてイイ?アナタはコノ計画、ドウ関わっテル?」
「…ん~結論だけ言うと、オレは別に関わってない。オレが用意した爆弾やら人員をValkyrieが勝手に使って…結果、このザマだ」
「ホント?」
「まぁValkyrieもスターダストは2日前の戦闘で死んだか戦闘不能になったと判断したんだろうさ。安食は乗り気じゃなかったらしいが。アイツからすればジョーカープログラムなんて、どうでもいいもんだったろうし」
「デモ、スターダスト生きてたジャン、実際」
「上がジョーカープログラム欲しさに強行したんだよ。一応、安食も警告はしたらしい。自分が動けないから高垣美緒を司令塔にさせたりな。だが…残念なことに高垣はスターダストが安食同様、ジョーカープログラムに対しては興味が無く、自分をフルボッコにすることが目的だって気づけなかった」
「…」
「スターダストの正体が自分の娘の友だちだなんて、まぁ…予想しろって方が無理な話だ。仮に予想出来ても結末は対して変わってなかっただろうぜ。結論としては高垣のような優れた人間を立てても、うまくいくとは限らない」
「…ソウだね」
「まぁ、高垣以外の奴が指揮しようと、スターダストが相手っていうだけで負け試合だった。だが、負けるにしても今回は高垣の個人的な人間関係が状況をより悪くしたのは否定出来ない。あと人質にメリーがいたってこともな。そこでオレはこの作戦を利用することにした」

少年は爆発して未だ消火活動をしている2階と3階を見上げた。
この威力は間違いなく自分の作ったものだと確信していた。
もし自分自身もジョーカープログラムが本気で欲しかったとしたら、もっと成功率の高い作戦を考えていただろう。
だが今回はあえて傍観者に徹し、Valkyrieの作戦をうまく利用することにした。
スターダストを世に出し、戦わせるためのステージ作りに過ぎないが、その効果は絶大だった。
スターダストはベースとなる肉体の持ち主である彩斗の優れた資質によって、その能力は予想を遥かに上回る勢いで劇的に向上している。
たった2日でシステム自体のスペックにも凄まじい変化が現れた。
多少、予期していないことは起きているが、順調と言っても問題ない程度だ。
少年は不思議と心躍った。

「デモ…Valkyrie…倒されチャウかもヨ?」

女性は笑い混じりに冗談を言った。
仮にValkyrieが無くなろうと少年には大した影響は無いと知っていた。
だが少年はその冗談に応えるように、ベンチの裏側に回り込むと彼女を後ろから抱きしめるような体勢になった。

「連中がいなくてもオレにはお前がいる。だろ?リーゼロッテ、いや…メデイア」
「Ja.<ええ>」

女性は頷き、少年の顔を見た。
少年はいつものように屈託の無い笑顔で微笑むと、上を向いた。

「妨害電波が消えていく…WAXAに妨害電波発生装置を止められたらしい」
「デモもう作戦終わっテル。コレが捨て駒?」
「フッ…よく出来ました」

少年の目には虹色の空が、綺麗な星空とウェーブロードの行き交う世界へと変わっていくように見えていた。
女性にもそこらにいる野次馬にも見えない、この場では少年以外見ることの無い自分だけの世界だった。












「おい!暁!」

マヤはその怒りを露わにした状態でテントの中で指揮を出しつつ、先程までの戦闘の疲労を癒していたシドウに詰め寄った。

「どっ、どうした?この間の報告書ならちゃんと…」
「違ぇよ!」
「え?お前のデスクのストロベリータルト食べたっていうなら、それは濡れ衣…」
「それでもねぇよ!!あのコスプレ逃亡犯は!?」
「…ロックマンのことか?」
「そうだ!アイツのせいで私と姉ちゃんのパソが逝っちまった!」
「落ち着けよ…とりあえず被害届でも出しとけ。残念ながら、たった今無線が入ったんだが…逃げられたと。さすがにウェーブロードの上ともなれば追跡できん…うぅ…」

シドウはため息をつきながら、疲れきった体の悲鳴に声を漏らした。
外傷自体は大したことはない。
鍛え抜かれた肉体は本能的に迫ってくる攻撃のダメージを最小限にするべく反射的に動いていた。
むしろダメージを与えているのは、アシッドシステムそのものだ。
常人を越えたシドウだからこそ、この程度で済んでいるが、普通の人間なら集中治療室からしばらく出られないだろう。
運が悪ければ、死んでしまうかもしれない。

「無理しないでください。それより少し気になることが」
「何だ、リサ?」
「マヤちゃんが色々と新しい情報を仕入れてくれたんです」
「そうか…それより、この学校の地下に政府や企業の機密が隠されたサーバーがあるらしい。地下4階にそれらしい部屋が見つかったそうだ」

リサとマヤは驚いて校舎の方を向いた。

「!?もしかして…」
「知ってるのか?」
「私たちの業界じゃ昔から噂されてました。政府や企業が隠しておきたいデータを保存しておくためのレンタルサーバーのような施設が何処かにあると」
「この学校はまぁ…言い方が合ってるかは知らんが、政府直営の官営の学校だ。そこに政府の情報を他に漏洩すること無い程のセキュリティってことなら、いろんな企業も飛びつき、気づけば機密だらけのトンデモブラックホールになってるってことか」
「でも、まさかここにあるなんて…」
「…らしいな。でも、この話はロックマンから聞いたものだ」
「ロックマンが?」
「あぁ…それに…コレを」

シドウはスターダストに渡されたLumiaとメモリーカードをリサとマヤに渡す。

「サーバーを利用している人間のリストと、地下の実習室で見つかった被疑者の1人、高垣の端末だそうだ。解析してくれ」
「ちょっと待て…コレ、ロックマンにもらったのか!?友達か、お前ら!?ナニ居酒屋でウィースって感じで重要な情報やりとりしてんだよ!?」
「いや…友達ってわけでも…オレもイマイチ状況が飲み込めてないんだ。一体何がどうなってんだか…」
「まぁいい。スマホはロックが掛かってるから無理だが、メモリーカードの方は持って帰って調べるまでもない。この場で…」

マヤとリサは歳相応の子供もように好奇心旺盛な表情を浮かべ、バッグからカードリーダーを取り出して自身のAQUOS ZETAに繋いだ。
幸いメモリーカードの中にリストは暗号化されておらず、標準で搭載されているビューワーで表示することが出来た。

「フィルタリングする項目は…『S.S』」
「S.S?何の事だ?」
「ヨイリー博士が昔関わっていた政府とI.P.Cの…ヒット…」

マヤとリサの視線の先にはもはやシドウは映っていなかった。
2人が探していたものは確かにリストに載っていた。
政府関連の顧客の中にヒットするものが1つ、既に3年前からサーバーにアクセスしに来たものはいないらしい。
シドウはよく分かっていなかったが、2人なら何か確証を掴めると信用し、判断を任せた。

「オレはValkyrieの連中を護送する。それに…ちょっと情けないが…長時間の戦闘のせいか体が思うように動かん」
「無理しないでください。取り調べは課長の指示で本部で待機…“させられている”人たちがやってくれるはずです」
「まっ、そんなわけで、お前は御役御免だ。足手まといだから、さっさと本部で休んでろ」

シドウは見るからに疲れきっている。
本人もこの疲労で頭の回転にも影響が出て、指揮を誤る可能性があると判断したのだろう。
狂い出す可能性のある歯車を無理に回転させては取り返しの付かない事態を招きかねない。
客観的に見ても、的確な引き際と言える。
マヤは鬱陶しがるように、上司であるシドウに対していつものように暴言を吐いた。
だが本当に鬱陶しく思ってはおらず、シドウもそれは理解していた。
そしていつものように2人の性格と能力を信頼して、一言だけ口にした。

「頼んだぞ」

「「了解」」

リサとマヤはシドウに一度、敬礼をするとテントを出て、校舎に入った。

「暁…大丈夫かな?」
「心配してるなら、ちゃんと言ってあげなきゃ」
「でも…恥ずかしいし…」

マヤは顔をしかめながら階段を降りていった。
階段には乾いた血と銃弾の跡が残されている。
正直、11歳の2人からすれば、映画の撮影の後なんだと思い込まなければ、進むに進めないような状況だった。
思わず2人で寄り添いながら階段を降りていく。
だがそんな時、後ろから悲鳴が聞こえた。

「うわぁぁ!!!」

「え!?何!?」
「ちょ…この声、笹塚だ!!」

驚く2人の隣に笹塚が転がってきた。
2人の後をついてきて、2人同様に階段の燦々たる様子に驚いて足を滑らせたらしい。

「イテテテ…」
「てめぇ!!驚かせやがって!」
「いや!?すいません!!でもオレが車停めてるうちに、2人で行っちゃうから…」
「大丈夫ですか!?」
「あぁ…あざす。でも御二人共、良く平気ですね?」

「「平気なわけないでしょ!?」」

リサとマヤは笹塚に一喝すると、先に進む。
しかし、もうすぐ問題の部屋だというのにふと目が止まった。

「おい!あれ、見てみろよ」
「ん?...何でしょ?何だか円形に銃弾の跡が残ってないところが…」
「それにココ。足元に変形した弾丸が落ちてるわ」
「まるで誰かがバリアでも使って自分だけ身を守ったって感じ」

その光景を見るだけで、どれほど壮絶な戦闘がこの場で起こっていたかが手に取るように分かった。
防犯カメラの映像はあるそうだが、それを見るまでもない。
飛び散る火花、雨のように放たれる弾丸、それから身を守るロックマン、想像するのは容易だった。

「あっ、分析官?どうしてここに?」
「ちょっと調べ物があって。どんな状況ですか?」

3人が来るとは予想していなかったが、すぐさまサーバールームを調査していた隊員は通し、説明を始めた。
マヤはその場から担架で運ばれていく男2人組を哀れそうに眺め、サーバールームのゲートの前に残されたPCに目を移した。

「警察の隊員との押し問答の末、地下のこの部屋に来ることが出来たわけですが…来るなり今の男2人がぶっ倒れていて、サーバールームのロックはシステム側から解除されていました。でも状況から察するに、あの2人が解除したわけじゃなさそうです。サーバールームに関しては中のサーバーの1台からハードディスクが持ち去られていました」
「なるほどね。2人が作業してるところを誰か一撃。その隙にロックを解除して、ハードディスクをトンズラってわけね」

マヤはその場に残されていたPCに触れながら返した。
リサと笹塚は部屋の中の痕跡を探る。
そんな時、笹塚はその場に落ちていた鉄格子に躓いた。

「おっと!?って…何だろ、これ」
「マヤちゃん、笹塚さん!上!」
「上?あっ」
「まさかあそこから飛び降りて来て奇襲掛けたってわけ?」

リサの指の指す方にはダクトがあった。
鉄格子はそこから落ちてきたのだ、Valkyrie以外の侵入者と共に。

「外でドンパチしてたのは、ロックマンとValkyrie?じゃあ、ここで暴れたのもロックマン?」
「Valkyrieが先にハードディスクを奪おうとしてたのに、ロックマンがいきなり現れて、ハードディスクを取っていこうとしたもんだから喧嘩したってわけか」
「じゃあ、このドアロックを解除したのもロックマン?でも…このサーバールームにはニホンを転覆させかねないデータがあるのに、そう簡単に解除できるものかしら?ロックマンにそこまでのスキルがあると?」

3人は考察を始める。
ここまでの推理が正しければ、ロックマンには敵を倒す凄まじい戦闘能力以外にこのドアロックのシステムに音も立てずに侵入して解除するだけのクラッキング技術が保有していることになる。
リサとマヤの2人でやっても数時間は要するであろうセキュリティを僅か数分で解除する。
そんな技術を持ったクラッカーはそう多くない。

「待ってくれ…姉ちゃん、これ」
「何?...これは…ツールキット?」
「あぁ…多分、侵入と同時に自分の作業がしやすいようにツールを同時に転送したんだろう」

大工が自分の使いやすい道具を持ち歩くように、コンピューターの世界でも自分の作業のしやすい環境を作るためのプログラム集を1つの圧縮ファイルにしたものが残っていた。
侵入する際、脆弱性を突いて侵入すれば、特にIDもパスワードも無く、システムに入り込めてしまうことが多い。
だが侵入できてもパスワードや管理者権限が無ければ、自由にシステムを操れない。
それを行うためにはパスワードを解析して、管理者権限を強奪する必要がある。
システムの中でシステムに侵入する、基本といえば基本だが、それを行うための道具は標準で備わっているわけではない。
自分のPCと同じような環境で作業をするための道具を侵入と同時に転送する、理想的な侵入だが、時間が無かったために消去するのを忘れたらしい。
それが仇となった。

「ん?これは…スゲェ…」
「スゴイ…でもこの無駄のない綺麗な文字列…」

2人はそのツールを構成するスクリプトを開いた。
C言語やPython、Ruby、PHP、Perlなど様々な言語で構成されたそれは美しい言葉の羅列だった。
プログラムというのはちゃんと文法さえ守っていれば動作する。
つまり改行や命令の定義がバラバラの場所になっていたりすることも珍しくはない。
だがこのプログラムは違った。
定義や命令や例外はこれもまた綺麗にまとめられ、臨機応変に様々な状況をプログラムが自動で判別できるようになっている。
また例外が発生しても、すぐにそれに合わせて編集がしやすいようになっている。
インターネットで出回り、誰でも簡単に手に入るシロモノではない。
マヤは更に痕跡を調べる。
この手口には見覚えがあった。
この予想があたって欲しくないという一心で痙攣を起こしたように端末コンソールのキーボードを叩き続ける。
だがその願いは呆気無く打ち砕かれた。

「まさか…」
「…最悪」

リサとマヤはそのログを見て凍りついた。
何度もコマンドや表記に間違いが無いかを確認する。
しかし指自体がコマンドに慣れており、無意識に入力した出力コマンドは間違っていなかった。

Oct 30 16:42:17 itbsv1 sshd[4437]: session opened for ROOT from 192.168.30.8 by shark port 22 ssh2

最新のアクセスログにはアクセスを仕掛けてきたユーザー名がはっきりと残っている。
「shark」、この1つの単語が2人やネット世界の住人にとっては、あまりにも単純でなおかつ恐ろしいものだった。
それを横目で見ていた笹塚は既に頭の中の整理が追いついていない。

「えっと…じゃあ、ロックマンがシャークで?ここの2人を倒して、そこの廊下でドンパチやって、警察と喧嘩して人質助けて…?もう分けわかんね」
「シャークかどうかはともかく、今のところ、少なくともロックマン=クラッカーと見て良さそう。仮にシャークの名を騙った別人でも、相当なスキルを持ったクラッカー」
「そうでないと僅か数分でこのセキュリティが解除された説明にならない。バイクで逃げたのは2人組って話だったから、格闘専門の脳筋とクラッキング専門のヲタクの複数犯だった可能性もあるけどな」
「とりあえず今はシャークよりValkyrieよ。ネットワーク越しに侵入されたっていうなら追跡出来るけど、直接乗り込んで来て、データを盗まれたなら私たちには追跡できないわ。ローカル環境、しかも今私たちがいるこの場から侵入されたんじゃ、IPアドレスもMACアドレスも追跡には使えない」
「そうだな…笹塚はここでロックマンに倒されてた多分技術担当の御二人を絞り上げてくれ。で、私らは『S.S』についてサーバールームを調べると」

リサとマヤはコンソールの横に残されていた男たちの所持品と思われるThinkpadを笹塚に渡し、サーバールームの中に入った。
笹塚は帽子をかぶり直し、踵を返して一気に階段を駆け上がる。
既にインターネットが使えない現在、自分たちに出来ることは限られていた。
敵の残した端末の解析と尋問は笹塚が、遺留品や被疑者の取り調べは実働部隊のシドウの部下たちが。
そうするとネットワーク関係でバックアップするのが仕事だった自分たちの仕事は無い。
その代わりに自由に出来る範囲のことに手を着けられる。
この部屋にあるかもしれないヨイリーの秘密、それが事件に大きく関わっている何かに辿り着くかもしれない。

「えっと…『S.S』のサーバーは291番」
「一応、クローズドネットワークだけど、普通のインターネット回線とは違う特殊な回線で顧客はアクセス出来るようになってるわ。クラッカーが侵入できるのはインターネット回線だけ。外部からはどんなにスキルがあるクラッカーでも侵入は無理。よく考えられてるわね」
「ここは直接、サーバーからハードディスクごと貰っていこう」

マヤは1回深呼吸をすると、サーバーの電源ボタンを押した。
するとまるで一瞬で死んでしまったようにサーバーは情けない音を立てて機能を停止する。
そしてバッグから工具セットと取り出すと、サーバーを手際良く分解し始めた。

「えっと…姉ちゃん、#1のプラスドライバー」
「はい」
「フンフンフ~ン♪」
「楽しそうね?」
「こういうのはサクサク気楽にやるのがいいんだよ!」

リサは鼻歌交じりにサーバーを分解するマヤの作業を見ながら苦笑いを浮かべた。
確かに指先はかなり器用でケーブル1本すら誤って切ることも無く、かなりスピーディーで正確に作業は進められている。
だが取り外したパーツは周囲に投げ捨てられている。
僅か数秒で周囲はケーブルとネジが散乱して足の踏み場が無くなってしまった。
しかし自分ならそちらに気が回って作業の速度は遅い。
こういう捜査の時はマヤのような大胆なスタイルも大切なのだとリサは何処か関心していた。

「よっし!ハードディスク取り出し完了!」
「速く本部に戻って分析しましょう。皆さんも!長居するのはマズイわ!本来なら私たちが入ってはいけないブラックボックスなんだから」
「あぁ…下手にそこらのサーバー触っただけで…消されかねないもんな、国とかに」

リサとマヤは周囲の隊員たちを引き連れてサーバールームを後にした。
サーバールームには大量の機密が隠されている。
そもそも隠すということは知られてはまずいということを物語っている。
仮に知ることが無かったとしても、その場にいただけで口封じされる可能性も無いとは言えない。
WAXAの目的はニホンを転覆することではないのだ。
リサとマヤは隊員たちとすれ違う警官たちの刺さるような視線を受けながら校舎を後にした。


 
 

 
後書き
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
話自体は1月半ばにはできていたんですが、試験試験試験に追われて中々アップロードできませんでした、すみません。
新キャラが登場しましたw
ドイツ語喋る人ですw
これまで少年の方は何度か登場しましたが、いつも隣にいたクラッカーは地下での戦闘で捕まってしまった、というより少年からすれば捨て駒だったので、この新キャラが少年の本命クラッカーです。
彼らはこれからも本編に絡んでくることはないですが、もし次回作があれば...という伏線となりますw

これまでは戦闘回が多く、シリアスだったので、次回は少し退場していたキャラクターにスポットが当たります。
そして主人公も?

感想、意見、質問等はお気軽に!
 
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