勝負師
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3部分:第三章
第三章
「この試合。そしてうちは優勝だ」
「優勝の為にもですね」
「さっき言ったな。どんなことをしても勝つと」
「はい」
それははっきり覚えている。あまりにも印象的な言葉だったから。
「それが今だ。それだけだ」
「それだけですか」
「安心しろ。これでうちの勝ちだ」
キャッチャ^が立ったのを見てコーチに対して言う。
「これでな」
「時には勝負を避けるのも大事なんですね」
「勝負は何回でもある。さっき言ったな」
「ええ」
またこの言葉が出る。コーチはそれにも頷く。
「それにな。その勝負の中にも何度も勝負があるんだ」
「今はその中の一つですか」
「その中でも天王山だ」
また天王山という言葉を出してみせた。
「だからだ。ここでは負けるわけにはいかないんだ」
「それで敬遠ですか」
「打たれたら終わりだ」
これが彼の心を大きく支配していることであった。
「それを避けて勝つ。今はそれだ」
「そうですか」
「俺は間違っているか?」
ここまで話したうえでコーチに対して問うた。
「今の俺は。どうだ?」
「勝利を収めるということでは間違っていません」
「そうか」
コーチの言葉に表情を変えずに頷いた。
「勝負師としてそれでいいと思います」
「いいのか」
「はい、勝つ為には」
彼はそれでよしと監督に対して答えた。
「それもいいです。ですが」
「問題はあいつだな」
「ええ。納得するでしょうか」
「後でよく話す」
彼は監督として己の矜持を見せた。
「それもまた俺の仕事だ」
「そうですね。全ては勝つ為です」
その為には何でもする。それに従ったまでなのだ。それを説明するのもまた監督としての仕事である。そういうことであったのだ。
「それをわかってもらいましょう」
「この試合についても俺が話す」
彼はこうもコーチに告げた。
「どうしてここで敬遠したのかもな」
「そうされますか」
「マスコミの相手だな」
「はい」
この場合はそうなるのだ。それは言わずもがなであった。
「それもされますか」
「マスコミに話すのも監督の仕事だからな」
「監督も大変ですし」
「しかもただの監督じゃないからな」
彼の言葉がさらに強くなる。
「勝負師だからな。それは当然だ」
「勝負師だからですか」
「勝負師は己の勝負の全てに答えないといけないんだ」
それは彼の信念であった。監督というよりは勝負師のそれであったのだ。
「だからだ。今日もな」
「わかりました。それではそれも」
「これはな。優勝の後で話になる」
彼はそれもわかっていたのである。
「よく覚えておけよ」
「後でマスコミにこぼれ話で後々まで伝えますよ」
コーチはそれに応えて笑って告げた。
「この話は」
「そうしてくれ。是非共な」
「はい」
こうして二人のベンチでの話は終わった。彼の言葉通りチームは優勝し胴上げが為された。それと共にこの話は伝説になった。勝負師の伝説として。その詳細はやはりマスコミあらファンの間に広まり伝説になったのであった。それも後々まで。彼は監督を引退してからも何かあるとこの話をされた。そうしてそこでいつもニヤリと笑って言うのであった。
「勝負師冥利に尽きる話だぜ」
そういうことであった。勝負師にとってはこれ以上にない喜びであった。勲章ではなくとも。勝利を伝説にされることこそが最も喜びなのであった。それが勝負師の証でもあった。それを誇りにしていたのである。
勝負師 完
2007・12・22
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