ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔
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第3部 始祖の祈祷書
第8章 コルベールの研究室
魔法学院のヴェストリ広場では、沢山の人で賑わっていた。
その中心には、濃緑の身体を持った物体が鎮座している。
ゼロ戦である。
「ウルキオラ殿!こ、これはなんですか?空を飛んできましたが、説明してくれないか?」
コクピットから降りてきたウルキオラに、コルベールは興奮した趣で言った。
「コルベール。お前に相談したいことがある」
「私に?」
コルベールはきょとんとした。
一体、この方は何者なんだ?
あの日、ミス・ヴァリエールに召喚された人ならざる者。
そして、伝説の使い魔『イーヴァルディー』。
虚圏という場所の生まれで、コルベールの発明品を『素晴らしい』と唯一言ってくれた方……。
「これは『飛行機』という。俺の世界の人間はこれで空を飛ぶ」
「はぁ!素晴らしい!素晴らしいですぞ!」
コルベールはゼロ戦のあちこちを、興味深そうに見て回った。
「ほう!もしかしてこれが翼かね!羽ばたくようには出来ておらんな!さて、この風車はなんだね?」
「プロペラだ。それを回転させ、前に進む」
ウルキオラが答えると、コルベールは目をまん丸にして、ウルキオラに詰め寄った。
「なるほど!これを回転させて、風の力を発生させるわけか!なるほどよくできておる!では、もう一度飛ばしてはくれんかね?ほれ!もう好奇心で手が震えておる!」
ウルキオラはすこし間をおいて言った。
「そのプロペラを回すには、ガソリンが必要なのだ」
「ガソリンとは、なんだね?」
「それをお前に相談しようと思ってな。先日、お前がやっていた発明品」
「愉快な蛇くんのことかね?」
「そうだ。あれを動かすために、油を気化させていただろう」
「あの油が必要なのか!なんの!お安い御用だ!」
「いや、あれではダメだ」
ウルキオラはゼロ戦の燃料タンクを開けた。
ここまで飛んできたため、既にガソリンはごく僅かしかない。
コルベールは、手に持ったビーカーにガソリンをすくい取り、注いだ。
「これを複製すればいいのだね!」
「ああ」
コルベールはビーカーに入ったガソリンの匂いを嗅いだ。
「ふむ、奇妙な匂いだ。ウルキオラ殿、一度研究室に来てくれたまえ」
コルベールの研究室は、本塔と火の塔に挟まれた一画にあった。
見るもボロい、堀っ立て小屋である。
「初めは、自分の居室で研究をしておったのだが、なに、研究に騒音と異臭は付き物でな。すぐに隣室から苦情が入った」
コルベールはドアを開けながら、ウルキオラに説明した。
木でできた棚に、薬品の瓶なら、試験管やら、秘薬をかき混ぜる壺やらが雑然と並んでいる。
その隣は壁一面の本棚だった。
ぎっしりと、書物が詰まっていた。
羊皮紙を球に貼り付けた天体儀に、地図などもあった。
檻に入った蛇やトカゲや、見たこともない鳥までいた。
埃ともカビともつかぬ、妙な匂いが漂っている。
ウルキオラは思わず顔を顰めた。
「なあに、匂いはすぐに慣れる。しかし、ご婦人方には慣れるということはないらしく、この通り私は独身である」
聞いてもいないことをコルベールは呟きながら、椅子に座った。
そして、ゼロ戦の燃料タンクに入っていたガソリンを入れたビーカーを机の上に少し垂らした。
『固定化』の呪文をかけられたゼロ戦の中にあったガソリンなので、化学変化は起こしていなかった。
「ふむ……随分と気化しやすいようだな。これは、爆発した時の力は相当なものだろう」
コルベールはそう呟くと、手近な羊皮紙を取り、さらさらとメモを取り始めた。
「これと同じ油を作れば、先程と同様にあれは飛ぶのかい?」
ウルキオラは頷いた。
「ああ…飛ばしてみたが、大きな損傷は見当たらなかった」
「おもしろい!調合は大変だが、やってみよう!」
コルベールはそれから、ぶつぶつと呟きながら、ああでもない、こうでもないと騒ぎながら、秘薬を取り出したり、アルコールランプに火をつけたりし始めた。
「いやいや、君の世界は素晴らしい。映像を見たときもそりゃ驚いたが、実物を見るとこれまた凄いものだ」
「お前は変わり者だな」
ウルキオラは微笑しながら言った。
「私は、変わり者だ、変人だ、などと呼ばれることが多くてな、未だに嫁さえ来ない。しかし、私には信念があるのだ」
「信念?」
「そうさ。ハルケギニアの貴族は、魔法をただの道具としか捉えておらぬ。私はそうは思わない。魔法は使いようで顔色を変える。従って伝統に拘らず、様々な使い方を試みるべきだ」
コルベールはそう言った後、ふと思い出した様に言った。
「して、あの飛行機は君が見せてくれた映像の物とは違っていたな…あれは…」
「あの飛行機…ゼロ戦というが、あれの進化版と捉えて貰えばいい」
「ほう…進化版とな」
「そうだ…ガソリン任せたぞ」
「任せなさい!ウルキオラ『君』」
コルベールは満面の笑みで言った。
アウストリの広場に置かれたゼロ戦のプロペラの前で、ウルキオラは佇んでいた。
『イーヴァルディー』の能力のお陰で、このゼロ戦の全ての構造、武装を理解したところである。
エンジンは栄ニ一型 1130馬力。
最高速度は565km/h。
航続距離1921km。
20mm機銃 100発。
7.7mm機銃 700発。
60kg爆弾 2発。
恐らく、戦闘前にこの世界に来たのだろう。
武装は完璧に残ったままだ。
ウルキオラはそんな事を考えながら、突っ立っていた。
そこに1人の、長い桃色のブロンドを誇らしげに揺らした少女が現れた。
ルイズは、ウルキオラとその側にあるものを、交互にじろっと見つめた。
それから、怒ったように指を突き出して「なにこれ?」と呟いた。
ウルキオラは振り向いた。
しかし、なんの言葉も発さずに向き直った。
「ちょっと、無視しないでよ!」
ルイズは、ぐっと唇を尖らせて、ウルキオラの服を引っ張った。
「なんだ?」
ウルキオラは怠そうに答えた。
「どこ行ってたのよ」
「お前には関係ない」
「ご主人様に無断で行くなんて、どういうつもり?」
ルイズは腕を組むと、ウルキオラを睨みつけた。
ルイズの目の下にはクマができている。
「クビと言ったろう」
ウルキオラはそう言って、ゼロ戦に向き直る。
あの時、寺院の中で聞こえた声は一体…と、全く違うことを考えていた。
ルイズは下を向き、泣きそうな声で言った。
「べ、弁解する機会を与えないのは、ひ、卑怯よね。だから、言いたいことがあるんなら、今のうちにいいなさい」
「シエスタが接吻してきた。それだけだ」
「あのメイドからやったの?」
「そう言っているだろう」
ウルキオラは冷徹な目でルイズを見つめた。
ルイズは、ウルキオラを睨んで、う〜〜〜〜と唸った。
ウルキオラの袖をルイズは引っ張る。
謝りなさいよ、とか、心配かけたくせになんで偉そうなのよ、と呟いたが、ウルキオラはもうルイズを見ていない。
ゼロ戦に触れ、何かを考えている。
ルイズは、自分の早とちりだったと感じた。
キュルケの言う通りだった。
そのおかげで、部屋にこもりきりになり、外にも出ないでいじいじしていたことが情けなかった。
悲しくなって、ルイズはとっておきの必殺技を出した。
なんと、泣き出したのである。
「一週間以上もどこ行ってたのよ。もう、ばか、きらい」
ずるっ、えぐっ、ひっぐ、とルイズは、目頭を手の甲でごしごし拭いながら泣いた。
「何故泣く?」
ウルキオラは心底理解できていないようだった。
ウルキオラが振り向くと、ルイズはますます強く泣き始めた。
「きらい。だいっきらい」
そこにキュルケたちが現れた。
手にモップや雑巾を持っている。
どうやら、あの手紙の内容は、サボった罰として、掃除を命じたものだったのだろう。
ウルキオラは貴族でも生徒でもないので、関係がないのだった。
ギーシュは泣いているルイズと、それを見ているウルキオラを見て、にやにや笑いを浮かべた。
「ウルキオラ、ご主人様を泣かせたら、いかんのじゃないのかね?」
キュルケがつまらなそうに、
「あら、もう仲直り?面白くないの」
と呟いた。
タバサが二人を指差して、
「雨降って地固まる」
と、言った。
その夜……、ルイズは枕をぎゅっとつかんで、ベッドの上に寝そべっていた。
一生懸命に、何か書物を読んでいる。
ウルキオラはほぼ一週間ぶりにルイズの部屋を見回した。
食器が転がっている。
ウルキオラは溜息を吐いた後、食器を拾い上げ、机の上に重ねた。
そして、椅子に座り、本を読み始めた。
暫く沈黙が続く。
ルイズは寝返って、ウルキオラを見つめた。
椅子に腰掛け、足を組み、書物を読んでいた。
なんとも様になっている。
ルイズは心臓が高鳴るのを感じた。
「ウ、ウルキオラ…」
ルイズは小さく呟いた。
「なんだ?」
ウルキオラは書物から目を離さずに答えた。
「その、あのね…」
ルイズは言いにくそうに言った。
ウルキオラは書物から目を離し、ルイズを見つめた。
布団で顔が隠れている。
「はっきり言え」
「その…ま、また私の使い魔になってくれる?」
ルイズはビクビクしながら言った。
ウルキオラは答えない。
沈黙が流れる。
ルイズは不安でしょうがなかった。
ウルキオラは本を開き、再び読み始めた。
「無論だ」
ウルキオラの言葉に、ルイズは飛び上がった。
そして、顔を真っ赤にした。
「あ、ありがとう…」
「聞こえん」
ルイズの余りの小さい声にウルキオラは聞き取れなかった。
「なんでもない!」
ルイズは満面の笑みでそう言って、布団の中に潜り込んだ。
それから三日が過ぎた。
鶏の鳴き声で、コルベールは目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
この三日間というもの、授業を休み、研究室にこもりっぱなしであった。
彼の目の前には、アルコールランプの上に置かれたフラスコがあった。
ガラス管が伸び、左に置かれたビーカーの中に、熱せられた触媒が冷えて凝固している。
最後の仕上げた。
コルベールは、ウルキオラから貰ったガソリンの臭いを嗅ぎ、慎重に『錬金』の呪文を唱えた。
臭いを強くイメージし、冷やされたビーカーの中に向かって唱えた。
ぼんっ、と煙をあげ、ビーカーの中の冷やされた液体が茶褐色の液体に変わる。
その臭いを嗅ぐ。
つん、と鼻をつくガソリンの刺激臭が漂う。
コルベールはばたんとドアを開けると、外に飛び出して行った。
「ウルキオラ君!ウルキオラ君!できたぞ!できた!これじゃないかね?」
コルベールは息急き切って、ヴェストリの広場で紅茶を飲んでいたウルキオラに近寄る。
突き出したワインの瓶の中に、茶褐色の液体があった。
「出来たか」
ウルキオラはコルベールの持ってきたワインの瓶の蓋を開けた。
臭いを嗅ぐ。
「まず、私は君に貰った油の成分を調べたのだ」
コルベールが得意げに言った。
「微生物の化石から作られているようだった。それに近いものを探した。木の化石……、石炭だ。それを特別な触媒に浸し、近い成分を抽出し、何日間もかけて『錬金』の呪文をかけた」
「ガソリンだな。正直驚いた」
ウルキオラはワイン瓶の蓋を閉め、それをテーブルの上に置いた。
「お前は、どうやらただの変人ではないようだ。俺が出会ってきた人間の中で、一番の才能を持つ人間だ」
ウルキオラは嘘偽りなく、コルベールを賞賛した。
「いや〜、ウルキオラ君にそう言われると、嬉しいですな〜」
コルベールは満更でもない表情である。
「後は量だな」
ウルキオラはワイン瓶を見つめながら言った。
「ふむ、やはりそれではたらんか…」
コルベールは顎を撫でながら言った。
「どのくらい必要なのかね?」
「そうだな、せめて、樽で五本分は必要だな」
「そんなに作らねばならんのかね!まあ乗りかかった船だ!やろうじゃないか!」
コルベールが研究室に戻ったあと、ウルキオラはゼロ戦に触れ、考え事をしていた。
あの時の声が、どうしても空耳には聞こえなかった。
まるで……。
そんな風に夢中になっていると、ルイズがやってきてウルキオラに声をかけた。
「夕食の時間よ。真っ暗になるまで、何をやってるの?」
「ちょっとした考え事だ」
ウルキオラは振り返りもせずに答えた。
「あんたは私の使い魔でしょ。勝手な事しちゃダメ。あと、五日で姫様の結婚式が行われるの。私、その時に読み上げる詔を考えてるんだけど、なかなか思いつかないの」
「知るか」
ウルキオラはゼロ戦に触れる。
もう一度、聞きたいと思った。
何故だかわからないが、非常に気になるのだ。
ルイズはウルキオラの腕を引っ張った。
ウルキオラは帰ってくるなり、全く自分の相手をしないので、つまらないのであった。
「私の話、聞いてよ」
「なんだ」
「なんだじゃないわよ。聞いてないでしょ!」
「ああ」
ルイズはずっこけそうになった。
「主人の話を聞かないなんて…そんな使い魔はいないんだから!」
「ここに居るが?」
「ああ、もう!屁理屈言わないで!」
それからルイズは、ずるずるとウルキオラを部屋まで引っ張っていった。
ルイズは、ウルキオラを前にして、『始祖の祈祷書』を広げていた。
「とりあえず考えた詔を言ってみろ」
こほんと可愛らしく咳をして、ルイズは自分の考えた詔を詠み始めた。
「この潤しき日に、始祖の調の降臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。恐れ多くも祝福の詔を詠み上げ奉る……」
それからルイズは黙ってしまった。
「続けろ」
「これから四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ読み上げなくちゃいけないんだけど……」
「踏みつつ詠み上げろ」
ルイズは拗ねたように唇を尖らせて言った。
「なんも思いつかないの」
「なんか言ってみろ」
ルイズは困ったように、頑張って考えたらしい『詩的』な文句を呟いた。
「えっと、炎は熱いので、気をつけること」
「それは注意だ」
「うるさいわね。風が吹いたら、樽屋が儲かる」
「それはことわざだ」
まったく詩の才能がないらしいルイズはふてくされると、ぼてっとベッドに横になって、「今日はもう寝る」と呟いた。
ごそごそと例によってシーツで体を隠して着替え、ランプの明かりを消した後、椅子に座ったウルキオラを呼んだ。
「だから、ベッドで寝ていいって言ってるじゃない」
「俺に睡眠は必要ないと言っているだろう」
ルイズは頬をぷくっと膨らませた。
「いいから、ほら!」
ウルキオラは溜息を吐きながら、ベッドに横たわった。
ウルキオラが布団にベッドに寝ると、ルイズはごそごそと動いた。
何をするのかと思ったら、ウルキオラの胸に頭を乗せてきた。
「乗るな」
と呟いたら、
「枕の代わりよ」
と怒ったような、拗ねたような声が飛んでくる。
ルイズは、ウルキオラの胸に手を置いた。
軽く指が、ウルキオラの胸をなぞる。
掠れた声で、ルイズが言った。
「ねえ、元の世界に帰らなくてもいいのよね?」
「ああ」
「その…やり残したこととかないの?」
ウルキオラは少し考えた。
ないと言えば嘘になる。
「一つだけある」
「そう…そうよね」
ルイズは落ち込んだように呟いた。
暫く、二人は黙っていた。
ウルキオラは喋らないし、自分もそれ以上、何を言えばいいのか分からなくなった。
ルイズは、ぎゅっとウルキオラの胸を抱きしめた。
抱きしめて、消え入る鈴の音のように呟く。
「もう…あなたが側にいると、わたし、安心して眠れるみたい」
目の下のクマは、眠れなかった所為らしい。
そう呟くと、ウルキオラの服を掴んだまま、すぐにルイズは、子供のような寝息を立て始めた。
随分と寝つきがいい。
俺がいないと、不安になるらしい。
まあ、一応使い魔だしな。
ルイズの寝息を耳にしながら、ウルキオラは考えた。
黒崎一護と井上織姫のことを……。
出来れば、もう一度会いたい。
そして、あの時感じたものの真意を問いたい。
あの二人しか知らない…あの時初めて感じたそれを……。
今まで感じたことのない、感情……。
とりあえず、そばで寝ているルイズの頭をぽんぽんと叩いた。
寝ぼけたルイズは、むぎゅ、と唸った。
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