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二つの顔

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第三章


第三章

「それでもね」
「外野なんかどうでもいいじゃないか」
 べたべたしている方の言葉である。
「そんな言葉は」
「君はね」
 歳上らしくこう彼に返す。
「それでいいかも知れないけれど」
「アンニーナは駄目なのかい?」
「だからその呼び方は止めて」
 そこからまた言うことになった。内心少しうんざりとさえしている。
「何度も言うけれど」
「イタリア風でいいじゃないか」
「ここは日本よ」
 いつものやり取りだった。しかしそれでも言うのだった。
「イタリアじゃないから」
「心はいつもイタリアだから」
 彼が言うにはである。
「それでいいじゃないか」
「あのね、試合前だし」
「うん」
「デートっていっても食べたりはしないわよ」
「そんなことはどうでもいいんだ」
 彼が言うにはである。
「アンニーナと一緒にいられれば」
「全く。じゃあ今夜はどうするのよ」
「二人でこうしていられればいいよ」
 それだけで満足なのだというのである。彼はだ。
「元々お酒も飲まないから」
 この辺りはボクサーとして合格であった。なお彼は煙草も吸わない。どちらも全くしないことが彼の密かなポリシーでもあるのである。
 そうしてだ。さらに言うのだった。
「こうして二人でいるだけれで」
「いいの?」
「いいんだよ、もうそれだけで」
「じゃあ今日はね」
「うん」
「もうトレーニングは終わったのよね」
 もう一度そのことを確かめる杏奈だった。それはである。
「確か」
「そうだけれど」
「じゃあ部屋に帰ってね」
 二人は同棲している。そういうようになったのである。尚食事は全て彼女が作っている。健康管理は全て行っているというわけである。
「後はね」
「プレイステーションでもして」
「目はしっかりガードしてね」
 それはというのである。
「いいわね、それもね」
「それもなの」
「サングラスもして」
 そうしたことまで考えているのである。過保護と言えば過保護である。
 そしてその過保護の杏奈はだ。さらに言うのであった。
「それでよ」
「うん、それで」
「夜更かしは駄目よ」 
 それも注意するのであった。
「いいわね、それもね」
「夜更かしも」
「夜更かしはスポーツの大敵」
 それをしっかりと話す。
「わかったわね。いいわね」
「とりあえずわかったよ。それじゃあ」
 こんな話をしながら家に帰ってである。裕典はこの日は二人でゲームを楽しんだ。これが試合前のある日のことであり試合の日になった。
 試合になるとである。彼の顔は変わっていた。剣の様に鋭くなっている。
 言葉も話さない。杏奈はその彼を観客席から見ている。周りには同僚達もいる。
 その彼女達が杏奈に対して問う。周りは随分と賑やかな喧騒に包まれている。リングの周りは既にもう興奮の坩堝となっていた。
「彼氏勝てるかな」
「相手かなり強いんでしょ?」
「世界ランキングよね」
 同僚達が杏奈に対して言ってきた。
 
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