黒猫が撃つ!
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三弾 黒と緋の戦舞
「風穴開けてやるわよ」
アニメ声のような可愛らしい声で……俺を見上げつつ、神崎・H・アリアが言う。
ピンクブロンドの長い髪をツインテールに結った彼女は、その小さな手に似合わない大型拳銃を持ちその銃口を俺に向けている。
「あんたとはいつか戦う予感がしてたわ」
「俺は戦りたくなかったけどな。面倒くせーし」
______ガガァンッ!
軽口を叩いた俺の頬すれすれを銃弾が通過していく。
彼女が遠慮なしに手に持つ銃で発砲してきた。
彼女の手に握られているのは、キンジによるとこの世界でおよそ100年前に作られた大型の自動拳銃で白銀と漆黒色の、ガバメントと呼ばれる銃を使っている。
彼女はその大型拳銃を二丁所持しており、犯罪者を強襲する際には二丁撃ちと背中に隠した2本の小太刀で相手を追い詰める事から『双剣双銃のアリア』と呼ばれているようだ。
______ガガンッ!
アリアは続けざまに大型拳銃を乱射し、駆け出した。
彼女が放った銃弾は俺の右肩と左膝に向かって飛んでくる。
ああ。いい狙いだ。このままだと当たる。
彼女の腕前は一流だ。相手を殺さないように発砲しつつ、先ずは相手の利き腕を開かせる為に彼女は、俺の右側に走った。
中距離戦では相手の利き腕を外側に開かせた方が有利になるからな。
だから彼女の判断は正しい。
相手が俺じゃなければアリアの強襲は成功していたな。
______ドンドンドン
______ギン、ギィィィンッ!
弾が俺の身体に当たる直前、銃弾は何かに弾かれるようにして軌道を外れていった。
正確には外れていった、というより狙いを外したんだけどな。
無論、手品や魔法、道やナノマシンの力じゃねえ。
ただの銃技だ。
「______ッ⁉︎」
彼女が息を呑んだ音が聞こえた。
驚いてるなー。
まあ、無理もねえか。
自分が撃った銃弾が突然軌道を変えて飛んでいけば驚くのもしかたねえよな。
「あ、あんた。今何したの?」
目をまん丸に開いて、驚きの表情をしたアリアが聞いてきた。
「何って、フツーに撃っただけだぜ?」
「嘘よ。あんなに馬鹿みたいに早く銃撃できるわけないわ」
「嘘じゃねえよ。俺はただ、素早く普通に銃撃をしただけだ」
「素早く、撃っただけ……ですって?
嘘よ。あんなに早い早撃ちなんて見た事ないわ」
「嘘じゃねえよ。
アリア。お前が着ている服って防弾性のやつだったよな?」
「そうよ。武偵高の制服だし当たり前じゃない」
防弾性の着衣を着るのが当たり前なのかよ⁉︎
普通の人間は防弾性の衣類なんて着てねえぞ。
まあ、いいや。
俺も彼女も普通の一般人じゃねえし。
「そうかよ。なら多少は当てても平気だよな」
「え?」
______ドンドンドンドンドン。
「うぁっ」
「言ったろ。不吉を届けに来たって、な」
彼女の肩、脇腹、膝。俺の撃った弾は合計6箇所に被弾した。
俺の銃撃を受けて地面に片膝を付く状態で屈むアリア。
普通の奴なら倒れてもおかしくないんだが、倒れなかったのは見た目以上に精神力があるからなのか、はたまた負けず嫌いな性格なせいか……どっちもだな。おそらくは。
「うっ……何よ。何なのよ、今の一撃は?」
「言っただろ?ただの早撃ちだ!」
「ありえないわ。あんな早撃ち」
「そうか。簡単だけどな」
俺がさっき彼女に放った技は単純に早撃ちした物に過ぎない。
最初に撃ったのは3連続早撃ち。さっきのは6連続早撃ち。
装飾銃で連続して銃撃しただけの言っちまえばただの早撃ち技だ。
『連続早撃ち』
連続して素早く銃撃する事によって弾を広範囲に拡散させる事ができる技術。位置関係によっては奥域がある場所や相手の行動によるが、手間で回避行動をする相手を被弾させる事もできる。
秘密結社時代に叩き込まれた技術の一つだ。
普通の銃だと色々難しいんだが(耐久性や材質、扱いやすさなどを踏まえて)俺の唯一無二の相棒。装飾銃なら躊躇いなく使える技だ。多用はできないけどな。
何故なら、この技には欠点があるからだ。
一つは、撃った後に隙ができやすい事。
もう一つ。これが今の俺では多用できない最大の訳にあたるんだが……子供の身体には負担がデカイ事だ。
だけどその欠点を知らない彼女は俺が放つ不可視の銃撃に警戒してか、片膝をついたままその場から動かないでいる。
「……終わりにするか?」
「まだよ!まだあたしはやられてないわ」
そう言って銃をホルスターに収めると背中から小太刀を抜いて小太刀の一つを杖代わりにしながら立ち上がる彼女。
「そんな姿で戦えねえだろ。
もう諦めろ」
「嫌よ。あたしには嫌いな言葉がある。
無理、疲れた、面倒くさい。これらは人間が持つ無限の可能性を押しとどめる良くない言葉よ。
あたしの前で言わない事。
成せば成る。
だからあたしは諦めない‼︎」
「そうかよ。だけどな、この戦いはもう終わりだ」
彼女の頑固さに思わず「はぁ〜」と溜息を吐きながら終わりを宣言する。
すると、彼女は両手に二刀小太刀を持ったまま、勢いよくその場を駆け出した。
「まだやる気かよ」
「まだよ!あたしはこれくらいじゃ倒れないわよ」
彼女はそう言って二刀小太刀を振るってきた。
俺は装飾銃を発砲して彼女の動きを止めようと3連続早撃ちをまた使った。
「今度は解るわ。右肩に来るわね。
もう2発は……跳弾⁉︎」
彼女の呟き通り、1発目は右肩を狙って撃ったがそれは読まれていた。
2発目、3発目は彼女の足元のアスファルトに落ちた銃弾が跳ね上がり彼女の左手、右膝に向かって飛んでいったが当たる寸前のところで彼女が身を捻りその場から飛び跳ねて弾を避けてた。
何だ今の動きは?
狙ってやったというより身体が反応して咄嗟に避けた感じだったが普通避けられねえぞ。
彼女に向けて再度牽制の為に発砲しようと装飾銃を向けるが……。
……チッ。手の痺れでまだ発砲できねえ。
両手撃ちで銃をワイヤーに固定して撃っていたがやはり重量2.5㎞の大型拳銃の反動は凄まじく、3連続早撃ち、6連続早撃ちに加え、跳弾を放つ反射ショットなんてもんを使ったせいか手が痺れてまともに銃を握れねえ。
「やあぁ」
彼女が右手に持った小太刀を振り下ろしてきた。俺は装飾銃の爪でガードしつつ、後ろに飛んで続けて放たれた左手に握られる小太刀から繰り出された横振りの一撃を避ける。
「くっ、この。このぉぉぉ」
二刀小太刀をブンブン振り回して迫ってくる彼女の背後に鎌を持った死神がいるかのイメージが一瞬浮かぶ。
何だ、コイツ⁉︎
ちょっ、ヤベエ。切れたリンスレットと同じくらいヤベエよ。
「はあぁぁぁ」
「ぐっ、このヤロー」
装飾銃でガードしつつ、小太刀を受け流した後にできる僅かな隙を狙い装飾銃を使って打撃を試みる。
「おりゃあぁぁぁ……黒爪‼︎」
「っ⁉︎」
捻ねった身体と装飾銃の爪を使い相手に一度で4連撃を入れる強力な打撃技を放ったが____________ヒュンと空気を切り裂く音のみが聞こえて、当たったという手ごたえは全くなかった。
彼女は装飾銃が振るわれた瞬間、後ろにバックステップしながら素早く小太刀でガードしながら回避した。
普通なら当たる筈の攻撃をさっきから目の前の少女はことごとく避けていた。
「危なかったわ。
躱さなかったら気絶させられてたわね」
「何でアレを躱せるんだよ!
まさか、予見眼とか持ってんのか?」
「ビジョン……アイ?
何よ、それ……」
ありゃ。彼女は予見眼の事は知らないみたいだ。
だけど知らないにしては彼女の動きはありえないくらいすげえ。
まるでどこに、いつ攻撃されるのかが解ってるみたいに避けていく。
「よくわからないけど、今のあんたはその銃を扱いきれてないって事は解るわ。
撃つ度に手が痺れるんじゃない?」
まるで全てお見通しとばかりに、片目でウィンクしながら言ってくる彼女。
否定したいところだが……バレてるみたいだな。
「……何んで解るんだよ」
「直感よ!」
「直感⁉︎」
コイツ、直感だけで避けたのか?
直感だけで俺の技を全部見抜いたのかよ。
「さっきからあんたは銃を撃つ時に銃と手にワイヤーを巻きつけながら撃ってた。
それにあの早撃ちをした後、これまで見たあんたの銃撃と比べて動作が鈍くなっていると感じたわ……なんとなくだけどね」
驚く俺に不敵なウィンクをして、手に持つ大型拳銃を撃つ。
バスバスバスッ!バスバスバスッ!
容赦なく、至近距離から射出された大型拳銃の銃弾。
一発目は俺の足、大腿部に向かって飛んできたが俺が回避行動を取ると______2発目以降は俺の上半身を狙って発砲してきた。
俺はその場を飛び跳ねるようにして銃弾を回避していき、躱せない銃弾は装飾銃の爪で切り裂き、或いは爪と銃身を盾にして身を守る。
キンキンキーン!
バチッ!
バスバスバスッ!
______チンチンチンカラン。
______ダッ!
俺は彼女の銃撃が途切れるタイミングで彼女に向かって駆け出した。
本当なら『連続早撃ち』で決着をつけたいところだが既に連続で使用した為、装飾銃を握る指からは少量の血が出ていた。
なので普通の銃撃を行う。撃てない事はないが負担がかかる分、連続早撃ちをあまり使用はしたくないしな。
それに手の痺れもある中で、俺の動きを直感でわかる彼女相手に多用はできねえ。
中距離の拳銃戦では、相手の利き腕を外に開かせた方が有利になるんだが俺も彼女もどちらの手でも銃を撃てるから定石通りにはいかない。
なのでお互いに真正面から銃撃による乱打戦。銃弾による近接拳銃戦を始めた。
俺がいた世界だとあまり聞いた事はなかった戦法だが、この武偵がいる世界には、武偵達が行なう戦いの一つに銃撃による近接拳銃戦、『アルカタ』と呼ばれる戦法が存在する。
常に防弾服を着用する武偵同士の近接戦では、拳銃弾は一撃必殺の刺突武器にはならない、打撃武器として扱われる。
そう高天原やキンジから聞いていた俺はその武偵独自のルールに習って近接拳銃戦で彼女を向かい撃つ。
俺は防弾製の衣類は着用していないんだけどな。
まあ、なんとかなるだろう。
俺が駆け寄るのとほとんど同じタイミングで彼女も俺に向かって駆け出した。
ばんっ!と彼女が側宙を切り、上下逆さまになった状態からの射撃で撹乱してくる。
俺は再び跳躍して銃弾を躱し、回転受け身をとって、反撃しようと装飾銃の銃口を彼女に向けたが______
着地した彼女はそのままスライディングするような姿勢で発砲し、さらに両脚を振り上げ、背中で床に滑るようにしながら撃ってきた。
回避と同時に撃ってくる彼女の動きは非常に変則的で動きの予測が掴みにくい。
次にどこを撃ってくるか、全くわからねえ。
戦りにくいぜ、本当。
だが、飛び散る花びらのように舞いながら撃ってくる彼女を見て俺は気付いた。
彼女の動きを予測するヒントがある事にな。
______髪だ。
彼女の長いツインテールが、彼女の動きを追うようにして空中に線を描いている。
その動きのおかげで、彼女が次にどう動くのを予測する事が出来る。
公道とその公道を挟むようにしてそびえ立つビル群やマンションの建物の周りを一周するように動いて発砲してくる彼女に対し、その動きが読めるようになってきた俺の銃撃の精度が増していく。
彼女の表情には『バレたか』というような口元が引き攣るような仕草が見えた。
そしてついに、俺の放つ銃弾が彼女の大型拳銃の銃身を掠めるようにして当たり始めた。
「見切ったぜ、お前の動き!」
「ッ!」
装飾銃から放たれる銃弾が彼女が持つ大型拳銃の銃身に当たり、彼女の手から銃を弾き飛ばした。
顔色を変えた彼女が片手に持つもう一丁の大型拳銃で俺を撃ってきたが俺は装飾銃の銃身を使い飛んできた銃弾をその銃身で受けると受け流すようにしていなした。
俺の動きに彼女は驚愕した表情を浮かべた。
「……あんた、本当に人間?」
「人間だぜ、見りゃあわかんだろ?」
そんな事を言い合いながらもお互いに銃撃は止めない。
俺が放つ銃弾は彼女のスカートに、大腿部に当たるが防弾製のスカートだけあって傷はついていない。痛みはあるようで彼女は顔を歪ませているけどな。そして、彼女が放った銃弾は俺の上半身に向かって飛んでくる。
俺は装飾銃の銃身でガードしながら、あるいは銃弾を銃弾で弾きながら身を守り、痛みから復帰した彼女は彼女でその小さな体で飛び跳ねたり、しゃがんだり、あるいは体を回転させて受け身をとりながらお互いの銃弾を躱し続けていく。
その様子はまるで社交場で踊りを踊り合うように______滑らかに、時には激しく体をお互いに動かし続けながら発砲しあいながら戦舞を披露していく。
戦場で舞う俺達だけの踊りを______。
やがて弾を全て撃ち終わった俺達はお互いに呼吸を乱して、肩で息を大きく吐きながら銃を向けたまま睨み合った。
もっとも、俺には彼女を撃つつもりはもうないんだけどな。
しかし、小さくなっているとはいえ、俺と互角に戦える奴がいるなんてな。
やっぱ世界は広いな。
Sランクというランク持ちには彼女クラスの奴がたくさんいるのか?
だとしたら______あまり関わりたくはねえんだが、ほっとけねえしな。
「アリア」
「何よ?」
乱れた息を整える彼女に俺は語りかける。
「別に体が小さくてもいいじゃねえか」
「はあ〜?
いいわけないでしょう⁉︎」
「いいや。体が小さい方がいい事もあるね!」
「……何よ?それ」
俺の言葉が解らないと言うように首を傾げて聞いてくる彼女。
俺はそんな彼女に向かって何故体が小さい方がいいのか教えてやった。
「だって、体が小さい方が……子供の姿なら電車やバス、映画だって安くなるんだぜ!」
堂々と言った俺に彼女は口を開けたまま、ぽかーんとした表情で固まった。
小学生呼ばわりを彼女は嫌がっているが子供じゃないと出来ない特権だって世の中にはたくさんある。子供料金とかがそうだ。
見た目が幼く見える今、俺はその外見を逆手にとってしたい放題してやろうと思っている。
「子供じゃないと出来ない事を今のうちにしておかないと人生の損だぜ」
俺が人生観を語ると彼女は呆れた顔をしながら手に持っている大型拳銃を下げた。
そして顔を背けて溜息を吐きながら言った。
「何であんたはそんなにお気楽なのよ」
「楽しまないと損だからな」
あの後、騒ぎを聞きつけてやってきた教務科の教師、蘭豹から逃げるようにその場を後にした俺達は学園島を一周して寮に戻ってきた。
蘭豹が背後から銃撃してきながら追いかけてくる様子はまさに野生の獣を連想するようでびびった。
……後でキンジに蘭豹が好きそうな物を聞いて渡しておこう。
寮の中に入ると部屋の中にはまだ誰もいなかった。
彼女は部屋のソファーにどかっと座るとコンビニで買った桃まんを食べだした。
すでに7個目の桃まんを口にして、今8個目の桃まんを手に取った。
桃まんを口に入れると、ふにゅうー、と頬に手を当ててうっとりと味わっている。
そんなに美味いか、それ?
アリアの向かい側の椅子に腰掛け、買ってきた牛乳を飲みながら、寿司と魚肉ソーセージをつまんでいると玄関の方から物音が聞こえ、そしてこの部屋の同居人であるクラスメイトが部屋の中に入ってきた。
「遅い」
ぎろ、とソファーから頭をその同居人に傾ける彼女に続けて俺も挨拶をした。
「遅かったな、キンジ」
部屋の中に入ってきたのは俺がこっちの世界に初めて来た日に出会った少年。
この部屋に元から住む同居人でクラスメイト______
遠山金次だ。
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