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幸せ

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第二章


第二章

 部活を終えて楽器をなおす。そこで他の部員達が義弘に声をかけてきた。
「なあ」
「何だ?」
 彼は声に応えて仲間達に顔を向けてきた。
「御前も大変だな」
「先生にも言われて」
「俺が言われてるってわけじゃないみたいだけれどな」
「まあな」
 それはすぐにわかった。誰にでもわかることだった。
「飯田ちゃんもなあ」
「思い込みが激しいから」
「激しいなんてもんじゃねえよ」
 義弘はそれに応えて言った。
「もう皆大体知ってるだろうから言うけどな」
「何の話だ?」
「最初にキスした時だよ」
「おっ」
「おのろけかい?」
「違うよ。茶化すんだったら話止めるぜ」
「悪い悪い」
「それでどうしたんだ?」
 ここには男しかいない。だから好きなだけ自由に話せた。女は女はで好きなことを話している。互いにそれぞれがいないところではそうして好き勝手なことを言えるのが男同士、女同士のいいところだ。
「あいつ、はじめてだったんだよ」
「それはラッキーだったな」
「ついてるじゃねえか」
「いいか、はじめてだぞ。それで何て言ったと思う?」
「さあ」
「凄いことでも言ったのか?」
「教会でもしてね、だぜ」
 義弘はたまりかねた顔で言った。
「っておい」
「キスしただけでか」
「今時それはねえだろ」
「はじめての相手だから。そのまま結婚までだってさ」
「すげえな、おい」
「けど御前あの娘とは最後までいってるんだろ?」
「内緒だぞ」
「ああ」
「わかったよ」
 とは言っても誰でも知っている、実は先生もこっそりと知っていることだから誰も何も言わない。今時の高校生ではこの位は当たり前と言えば当たり前であった。
「最初にした時はな」
「ああ、それで」
 友人達は固唾を飲んで次の言葉を待つ。何かドキドキとするものがあった。
「子供はどっちがいいって聞いてきたんだよ」
「えっ!?」
 彼等は最初その言葉の意味がよくわからなかった。
「それってどういう意味だ!?」
「だからさ、男の子と女の子のどっちがいいかって聞いてきたんだよ、あいつ」
 義弘は憮然としてこう答えた。
「おい、まさか御前」
「もうあの娘のお腹の中に」
「ば、馬鹿言え」
 その言葉にかえって義弘の方が真っ赤になってしまった。慌ててそれを否定する。
「ちゃんとそれは気をつけてるよ」
「そうだよなあ」
「高校生でそれはなあ」
「それでもあいつは言ってきたんだよ」
 そのうえで説明する。憮然とした顔に戻っていた。
「結婚して、子供が欲しいって」
「何かすげえな」
「思い込みが強いのは知ってたけどな」
「強いんじゃなくて強過ぎるんだよ、あいつは」
 それが義弘の晃子への言葉であった。
「それも異様にな」
「で、振り回されっぱなしなんだな」
「ああ」
 渋々ながらそれを認める。口は尖り、頬は膨らんでいる。
「それで今日もな」
「公園でデートだってな」
「知ってたのかよ」
 部活もクラスも同じ奴の言葉に顔を向けた。
「知ってるも何もあんだけ大声で話してたらさ。誰だってわかるぜ」
「ちぇっ」
「まっ、こっちは妬けるけどね。お暑いこって」
「おかげで彼女がいない奴にとっては目の毒だぜ」
「彼女がいてもな。そこまでくっつかれてると」
「けどなあ、あいつはそれじゃないとなあ」
 憮然とした顔は元に戻ったが今度はのろけが入っていた。だが義弘本人はそれには気付いてはいなかった。
「嫌だって言うんだよ」
 腕を組んでこう言う。
「へえ、それはまた」
 仲間達はそれを聞いて茶化し気味に応えた。
「だから今日だってな」
「表向きは嫌々、と」
「男のツンデレってのもな」
「おい、何でそうなるんだよ」
 今度はツンデレという言葉に反応してきた。無意識のうちにかなりムキになっている。
「別に俺はな」
「いいからいいから」
「早く終わらさないとまずいんじゃないの?デートの時間が減るぜ」
「そうそう、彼女持ちは急がないとな」
「さもないと後が怖いぜ」
「フン」
 それに言い返せなくてまた憮然とした顔になる。だがやはりそれには言い返せない。そんなやり取りをしているうちに後片付けは終わった。そして義弘は校門に向かった。夕暮れが深くなり、影が長くなる校門に彼女は一人立っていた。少し俯いて鞄を前に持って。その影はやはり長かった。赤くなっていくグラウンドに黒い影が不思議なコントラストを形作っていた。赤は橙が入った鮮やかでありながら、何処か朧な赤であり、黒ははっきりとした色であったがその輪郭は赤の中に消えてしまいそうになっていた。そんな赤と黒であった。
「あっ」
 俯いていたがそこに影が一つ近寄って来るのに気付いた。義弘の影である。
「義弘君」
「待った、よな」
 彼女の様子を見てそれはわかった。申し訳なさそうに声をかける。
「まあちょっとだけね」
 晃子はくすりと笑ってそれに応えた。
「けど。いいよ」
「悪いな、それでも」
「だからいいんだって。じゃあまずはコンビニ行こうよ」
「お菓子だよな」
「うん」
 お菓子という言葉に反応してかにこりと笑った。あどけない、無邪気な顔だった。
「お菓子一杯食べながらね。お星様見よう」
「今日はそれだけか?」
「何?またしたいの?」
「っておい」
 その言葉が何を意味するのかはわかっている。それを聞いて慌てて辺りを見回す。幸いにして今は校門の辺りには誰もいなかった。
 
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