旗袍
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第二章
「私程可愛い娘は天津にはいないわ」
「この街人多いんだがな」
一千万都市だ、中国の中でもとりわけ人の多い街の一つだ。
「それでもか」
「そう、天津一の美少女よ」
芙蓉はこうも言った。
「まあ中国一かどうかはわからないけれど」
「流石にそこまでは言わないか」
「楊貴妃程じゃないからね」
「幾ら何でも楊貴妃はな」
中国の長い歴史上でも一の美女とされている彼女と比べると、というのだ。芙蓉もそのことは言うのだった。
「ないから」
「当たり前だ」
「そう、そこまでは言わないから」
「それでも充分言ってるがな」
「ただね」
ここでだ、不意にだった。
芙蓉は顔を曇らせてだ、こんなことも言った。
「私は美少女でも美女じゃないのよ」
「十八だと当たり前だろ」
まだ二十歳になっていないからだとだ、民徳は返した。
「幾ら何でもな」
「それでなのよ」
芙蓉は兄にさらに言った。
「今日買いたいの」
「服をか」
「その為にずっとお小遣い貯めてアルバイトもして」
そうして、というのだ。
「充分なお金貯めたのよ」
「それでどんな服買うんだ?」
「今からそのお店に行くから」
芙蓉は兄に強い声で言った。
「そこまで付き合ってね」
「やれやれだな」
「警護役が隊辺だっていうのね」
「そうだよ」
まさにその通りだとだ、民徳は返した。
「本当に。今日は今頃だと」
「お祭りには出ていたわよね」
「ああ、一人で出てな」
そして、とだ。民徳はその警護の対象の妹に言った。
「色々食い歩くつもりだったんだよ」
「お兄ちゃんそればっかりね」
「中国人は食べる為に生きてるんだよ」
まさに中国人といった言葉であった。
「だからだよ」
「麺食べて羊焼いたの食べて?」
「水餃子食って饅頭食って茶卵食ってな」
「何時でも食べられるのばかりじゃない」
「祭りの出店のは違うんだよ」
普段食べているそうしたものよりというのだ。
「だからだよ」
「食べたいの」
「そうなんだよ」
「まあそれなら付き合ってあげるから」
微笑んでだ、芙蓉はその不平を言う兄に言った。
「服を買った後でね」
「前じゃないんだな」
「妹の我儘を聞くのは兄の義務でしょ」
「そんな義務どの国にあるんだよ」
「レディーファーストの国よ」
「恐妻家の国じゃないだろ」
中国には恐妻家が多いと言う、民徳の言葉の根拠はここにあった。中国だけではなくアメリカやベトナムもそうらしい。
「ここは中国だぞ」
「男が強い国よね」
「恐妻家の国って言ったろ」
兄も負けていない。
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