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バレンタインは一色じゃない

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3部分:第三章


第三章

「いいんだ」
「いいさ、それには及ばないさ」
 こうも言われる。
「それはまたどうしてなんだい?」
「すぐにわかるからだよ」
 これが答えであった。
「御前がどんなチョコレート貰ったかはな。何しろ麻紀子ちゃんも有名だしな」
「理由はそれなんだね」
「それ以外に何があるんだよ」
 言葉がやや、いやそれどころかかなりクールなものになった。
「ないだろ?そういうことさ」
「わかったよ。じゃあどんなチョコレート貰ったのかは楽しみにしておいてくれよ」
「期待はしているさ」
 といってもそれは普通にあるような期待ではない。お化け屋敷に入ってそこに何があったのかを聞くような、そうした期待なのである。そうした類の話であった。
「それもかなりな」
「じゃあ期待だけしておいてくれよ」
 彰浩もそれはわかっているがあえてそこまでは言わないのであった。
「じゃあまたな」
「ああ、お休み」
 ここまで話して電話を切る。それで終わりであったが彰浩はあらためてカレンダーを見る。やはり時間は十四日に少しずつでも近付いているのであった。
「どうなるやら」
 その日が近付く度に不安になっていく。一体どんなチョコレートを貰えるのか。不安で不安で仕方ないがそれでも。どうあがいてもバレンタインデーは来るのであった。本当に腹を括るしかなかった。
 その頃麻紀子はお母さんとショッピングを楽しんでいた。買っているものは勿論バレンタインに備えてのものである。見れば色々と買っている。
「また随分沢山買ったわね」
「うん」
 自分と同じ顔をしているお母さんに対して応える。見れば若作りで背も同じ位なので母娘というよりは姉妹に見える。もっと言ってしまえばクローンに見える程であった。
「彰浩君の為にね」
「その為に買ったのね」
「お母さんだってそうじゃない」
 見ればお母さんもかなり買い込んでいた。言うまでもなくそのメインはチョコレートである。
「そんなの買って。やっぱり」
「女の子はね、麻紀子ちゃん」
 お母さんはここで麻紀子に応えて言う。
「こうしたことは許されるのよ」
「こうしたことって?」
「好きな人の為に何かを買うことよ」
 それは許されるのだという。どうもいささか自分勝手な意見にも聞こえるが。
「それはいいのよ」
「バレンタインでもそうなのね」
「バレンタインにこそよ」
 お母さんの持論であるらしい。自信に満ちた声で妹に語っていた。
「買ったらいいのよ。っていうか買わなくてはいけないの」
「どうしてもなのね」
「そういうこと」
 またそれを言う。
「お母さんもお父さんの為に」
「チョコレート作るのね」
「まあ見ていなさい」
 声に多分に含まれていた自信がさらに大きなものになっていた。
「凄いの作るから」
「普通じゃないのをね」
「当然よ」
 どうも麻紀子は外見だけでなくその考えもお母さんにそっくりであるらしい。何もかもをお母さんから受け継いだと言える程であった。
「普通のチョコレートを作る位なら買ったのをそのまま出せばいいだけじゃないの?」
「そうよね」
 麻紀子もお母さんの言葉に頷く。完全に同意であった。
「それ位なら」
「作るんなら特別なチョコよ」
 両手は荷物を持って塞がっているので動かすことはできないがその顔に満面の笑みを浮かべて言ってみせるのであった。
「だからよ。腕によりをかけてね」
「私も」
 やはり麻紀子も同じことを考えて言うのであった。やはり完全にお母さん似であった。というよりかは最早完全にクローンであった。
「彰浩君の為に特別のチョコレートを作るわ」
「いい、麻紀子ちゃん」
 お母さんの声がここで完全に真剣なものになる。
「何?」
「作るからには真剣勝負よ」
 その真剣な声での言葉である。
「いいわね」
「ええ、勿論よ」
 麻紀子も最初からそのつもりだ。彼女なりに手を抜くつもりは全くないのであった。
「凄いの作るんだから」
 家に帰ると決意とその他のものを胸に秘めてチョコレートを作るのであった。作りながらカレンダーを見るが彰浩とは全く違う見方になっている。
「見ていなさい」
 誰かに対しての言葉であった。
「きっと凄いの作るんだから」
 その誓いをあらたにして作り続ける。幾ら徹夜しても平気であった。そして運命のバレンタインデー。周囲の騒ぎをよそに彰浩は自分の教室の自分の席で憔悴しきった顔になっていた。
 
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