魔法科高校の神童生
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Episode32:アイス・ピラーズ・ブレイク
前書き
遅れてしまい申し訳ありません。絶賛スランプ中です。
それはそうと、SAOの方もよろしくお願いします!(ステマ)
九校戦五日目。新人戦二日目の朝。隼人は予定よりも早く女子のアイス・ピラーズ・ブレイク会場の櫓に隣接した控え室を訪れていた。隼人は男子と女子の両方を合わせて午前中最後、大トリの出番だが、朝早くに来た甲斐があったらしい。
「エイミィ、眠れてないんでしょ?」
「うぐっ、わ、わかっちゃう?」
今この場には呆れ顔をする隼人とバツの悪そうに顔を逸らすエイミィしかいない。後から達也や深雪、そして雫も来るだろうが。
「そりゃそれなりに付き合いが長いんだから分かるよ……まったく」
どうやらエイミィは昨夜眠れなかったようで、普段通りを装っているが隼人にしては万全な状態ではないことは一目瞭然だった。
溜息をつきながら、ベンチに座る。その行動に首を傾げているエイミィに、隼人は自身の太腿を二回叩いた。
「ホラ、おいでエイミィ」
「え、隼人?」
隼人の意図が分からず困惑した声を漏らすエイミィに、隼人はじれったくなったのか彼女を強引に座らせて、頭を自身の太腿に乗せた。
所謂、膝枕というやつだ。
「は、はは隼人!?」
「こら暴れるな。まだエイミィの出番まで時間あるし、少しくらい仮眠を取ろう。と言うか取れ」
有無を言わさず押さえ付けられて、エイミィは抵抗するのを諦めた。そもそも、その抵抗は恥ずかしさから来るもので、好きな人に膝枕してもらっているという幸福が羞恥に勝った結果だった。
大人しくなったエイミィに小さく笑みを漏らして、隼人は彼女のルビーのように赤い髪を撫で始めた。
その気持ち良さに、瞼が重くなるのを感じた。心地の良い微睡みに沈んでいくエイミィの耳に、幼い頃何回も聞いた旋律が聞こえてきた。
それは隼人が執事としてエイミィの傍に付いた、ほんの二週間程の間の記憶。あの事件以来、夜に眠ることができなかったエイミィに、隼人はいつもこの『子守唄』を歌って聞かせていた。
隼人が傍にいて、この子守唄が聞こえる時のみ、心に恐怖を刻み付けられた少女はゆっくりと眠りにつくことができたという。
「世話が焼けるお嬢様だなぁ」
穏やかな寝息を立て始めたエイミィに笑みを浮かべて、隼人は彼女の髪を撫でるのを止めた。
エイミィの出番まであと二時間程。それよりも前にエンジニアである達也と打ち合わせがあるから、寝れるのはあと一時間くらい。それでも、一睡もしないよりはマシだろう。後は、この光景を誰かに見られて騒がれないように祈るばかりである。
「はぁ…暇だ」
寝かせたのは良いものの、暇を潰すものを用意しておらず、溜息をつく隼人であった。
☆★☆★
「……これは」
「あらあら」
担当するエイミィの試合に合わせ、十分な余裕を持って櫓を訪れた達也と深雪は、目の前の光景を見て驚きの表情を浮かべていた。
「…よく眠っているな」
「本当に。熟睡してますね」
誰もいないはずの櫓の中。ベンチに座って、隼人とエイミィが穏やかな寝息を立てていた。それもエイミィは隼人に膝枕されて、だ。
「こんなに気持ち良さそうに眠っていられると起こすのが躊躇われるが…まあ、時間もないし仕方ないか。深雪、俺は器具の調整を始めるから、隼人とエイミィを起こしておいてくれないか?」
「分かりました」
深雪にお願いして、達也はテキパキとCADの調整器具を用意していく。とは言え、彼が担当する選手で一番最初に出場するエイミィのCADは既に調整済みだ。あとは、本人に感触を確かめてもらってから微調整するつもりである。
背後で物凄くテンパっている友人にどう声を掛けようかと思案している彼の表情は、きっと生き生きとしているに違いなかった。
「…あー、首痛い」
「座って寝ているからだ。大丈夫なのか?」
「別に支障はないよ。それに、首の痛みくらいで他の人に遅れは取らないさ」
まあそうだろう。隼人の真の実力、その一端を知っている達也からしてみれば隼人の言った通りであった。
「エイミィは?」
「顔色はまあ良くなってはいたかな。少しでも効果があってよかったよ」
(むしろドーピング気味な気がするのだがな)
エイミィにとって、隼人の膝枕と子守唄のコンボはそれ程までに大きな意味を持っていたのだ。
(空回りしなければ、いけるだろう)
最後の調整を終え、達也はエイミィのCADを手に取った。
全長50センチの無骨なショットガン形態・特化型CAD。
達也により手渡された少女には不釣り合いなソレを、エイミィは手慣れたようにウェスタンムービーのようにクルクルと振り回し、その銃口を窓の外へ向けた。
「……エイミィ、貴女本当は、イングランド系じゃなくてステイツ系でしょう?」
「違うよ深雪さん。グラン・マの実家はテューダー朝以来『サー』の称号を許されているんだから」
「随分詳しいんだな、隼人」
「ま、色々あったからね」
苦笑い混じりでそう言う隼人の横で、エイミィは銃口を窓に向けたポーズのままCADにサイオンを流した。
「どうかな?」
「うーん…雫の気持ちが分かりますねぇ」
「問題ない?」
「ええ、バッチリです」
☆★☆★
隼人の出番は男女合わせて一番最後、大トリを飾ることになっている。
今は櫓の上に立って冷静に魔法を操る雫の試合の観戦中。昨日のスピード・シューティングに引き続き雫は好調なようで、相手選手の魔法を氷柱への情報強化の魔法で補強することで受け流している。
やがて試合終了のブザーが鳴り、自陣の氷柱が一本倒された所で、雫の勝利が決定した。
「お疲れ様、雫」
「お疲れ! かっこよかったよ」
「…ありがとう」
達也と隼人からの賛辞を受け取った雫は、恥ずかしそうに下を向きながら礼を言った。
「そういえば、隼人は準備しなくていいの?」
「ん、俺は男女合わせて一番最後だからね。昼食べてからだからまだ余裕はあるんだ」
流石に深雪さんの応援はできないけどね、と付け加える。
深雪は女子の一番最後の出番故に、その時には隼人は最終調整をしていなくてはならない。少しでも観客の注目が深雪へ移ってくれと願っているらしい。
「まあなんにせよ、ご飯食べに行こっか」
「…! うん、行く」
「…すまないな隼人。俺は少しCADの調整をしなければならないから遠慮しておくよ」
「そう? 分かったよ、頑張ってね達也」
「ああ」
勿論、達也が空気を読んだのだろう。隼人の目を盗んで、雫が無表情のサムズアップを達也へ向けていた。
☆★☆★
「あ、あの、九十九さん…その衣装…」
「ああ、はい。これで出ますよ、仕事着です」
雫と昼食を取った後、隼人は深雪の試合を見る前に中条梓と共に最終調整に取り掛かっていた。
CADの調整をする前に衣装替え、となったのだが。
黒い『燕尾服』に袖を通した隼人に、梓は感嘆の声をあげた。
「はぁー、なんというか、すごく様になってますね」
「まあ、これでも執事経験はありますからね。そう言っていただけて何よりで御座います」
ぺこりと慇懃な態度で腰を折った隼人に、慌てる梓。なまじ隼人の所作が板に入っているせいで、見ようによっては内気なお嬢様と少年執事に見えなくもない。
「も、もう! からかわないでくださいよぉ」
「すみません、先輩の反応が面白かったもので」
ケラケラと笑う隼人に、頬を膨らませる梓。二人ともが年齢よりも幼く見えるせいか、自然と場の雰囲気は和んでいた。
「そ、それじゃあ最終調整しますよ!」
そう言って梓が隼人に手渡したのは、極ありふれたタブレットタイプの汎用型CAD。鈴音との作戦としては、予選の内はこれだけで乗り切るつもりである。
余り手に馴染まないCADを弄んでから、サイオンを流す。
普段感じない違和感に抗って、魔法式を構築・投射。普段の感覚よりもかなり遅い発動だが、平均以上の早さにはなっていた。
「うん、バッチリです」
ピンッと指で弾いて、CADを燕尾服の胸ポケットに仕舞い込む。
隼人からのお墨付きを貰って安堵している梓を横目に、隼人は少し離れた女子の会場へ眼を向けた。
「あれは…氷炎地獄か」
ならば、その発動者は十中八九深雪だろう。
時折、魔法師ライセンス試験でA級受験者用の課題として出題され、受験者の悉くを落としてきた高等魔法だ。そう簡単に誰でも発動できるものではない。
見るに、深雪のお陰で観客が大分女子の方に流れているようだ。それに安堵の溜息をついて、キリキリと痛む胃を押さえつける為に腹を一発殴る。
隣にいた梓がギョッとしているが構わない。こうでもしないと緊張に弱いこの体とメンタルは持ちそうにないのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。本番に弱いだけなんで」
それってマズイんじゃあ…? という梓のツッコミを無視して、自分の前の試合を見やる。
六高選手の最後の一本が倒れた。どうやら、勝負は決したようだ。
そして女子の試合も終了のブザーが鳴る。どうやら、そろそろ隼人の出番らしい。
「だ、大丈夫ですよ! 気楽に!気楽に行ってきて下さい!」
「頑張りますです!」
謎言語を発する隼人に更なる不安を募らせる梓が見守る中、燕尾服に身を包んだ少年はステージまでの道を急いだ。
† †
新人戦二日目のアイス・ピラーズ・ブレイク予選の最後を飾る試合。
深雪の試合に観客が流れているという隼人の期待は容易く裏切られ、観客席には多くの人が集まっていた。恐らくは女子最終戦と男子最終戦の試合間隔が長かったため、深雪の試合を見ていた人達が流れてきたのだろう。
その事に胃がキリキリと痛みだすが、しかし覚悟は済ませてある。
ざわざわと騒がしい雰囲気の中、燕尾服の裾を靡かせ、隼人は櫓を登った。
「ーーーー」
想像以上の歓声に言葉が詰まる。しかし切り替えた思考は冷静に、すべきことを判断し実行する。
執事のように深々と礼をした隼人に、再び観客席から歓声が上がった。
隼人が観客の注目と歓声を一身に受ける中、向こう側の櫓に七高の選手が登ってくる。相手の格好は彼の趣味なのだろうか、昔ながらの海軍の将校服を身に纏っていた。まあ、『海の七高』と呼ばれているからそれにあやかったのかもしれないが、そんな事は今はどうでもいいことだった。
二人が所定の位置につく。七高選手は右手の袖を捲りブレスレットタイプの汎用型CADを構えて、隼人は左手にタブレットタイプの汎用型CADを握る。
試合開始のブザーが鳴った。
「ーーっ!」
先に仕掛けたのは七高の選手。発動したのは振動系魔法だが、恐らく氷柱自体を振動させることで『共振破壊』を試みたのだろう。しかしそれは隼人の『情報強化』によって無力化されてしまった。
しかし七高の選手もそれは想定済みだったのだろう、振動魔法を複数の氷柱に仕掛ける。
「甘いよ」
しかし、それら全てが隼人の情報強化の前には無意味。
埒があかないと悟ったのか、七高選手が共振破壊を諦めて他の魔法に切り替えようとした刹那、
「なっ!?」
まるでその瞬間を狙っていたかのように隼人の『ファランクス』が発動し、前列四つの氷柱全てを押し潰した。
攻めに転じ過ぎており、自陣の守りが疎かになっていた。その油断こそが隼人の狙いだ。最初に自分から仕掛けなかったのも、相手を攻撃一辺倒にするためである。
その事に気付き、急いで防御用の魔法式を展開しようとするが、もう遅かった。
マルチキャストで用意していた『熱乱流』が発動し、敵陣に残る氷柱を呑み込む。
「終わりだよ」
どうにか熱乱流を氷柱残り二本で耐え切った七高選手だが、恐らくは勝利をもう諦めていたのだろう。せめて完封負けだけは避けようと意識全てを敵陣へと向けて、しかしその魔法が発動するより早く、自陣の生き残った氷柱全てが砕け散った。
「そ、そんな…」
結局彼は、隼人に対しなにもできずに終わった。圧倒的な実力差に、思わず膝をつく。
そんな彼に隼人は一礼して、湧く歓声を背に櫓を降りて行った。
まるで自分など眼中にないとでも言うように。
☆★☆★
新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク予選最終戦。再び大トリを務める隼人は、開戦同時に『ファランクス』を発動し敵陣前列の氷柱を全て潰した。
相手も一回戦の隼人の試合を見て対策していたのだろう、氷柱に情報強化を施していたようだが、隼人の干渉力の前ではそれは意味をなさない。
しかし、彼は五高の一年のエースの看板を背負っている。そしてそれに見合う矜持も実力も持っている。
負ける訳にはいかないと、彼は奥の手である『氷炎地獄』を発動した。
自陣と敵陣の中央を境界と設定し、自エリアの物質の振動と運動エネルギーを減速させ、その分のエネルギーを敵エリアへ移動させ加熱するAランク相当の高等魔法。
零度の空気が自陣の氷柱を強固なものにし、灼熱の炎が敵陣へと襲いかかる。
深雪以来の大魔法に観客が湧く中、隼人は冷静に魔法式の展開を終えていた。
隼人から発せられた絶対零度の波動が、襲い来る熱波を全て凍らせた。
振動減速系広域魔法『ニブルヘイム』。威力を上げれば人間を細胞ごと凍結できるその魔法は、例え灼熱の炎であろうとその全てを凍らせてみせた。
「さて」
氷炎地獄よりも更に強力な熱波が、五高選手の自陣をのみ込んだ。
気体分子をプラズマに分解することによって高エネルギーの磁場を作り出して灼熱地獄とする広域魔法、『ムスペルスヘイム』。
放出された雷炎は瞬く間に敵陣の残る全ての氷柱を蒸発させた。
「終わりだね」
深く一礼。五高のエースである彼ですら、隼人の氷柱に傷一つつけることはできなかった。
☆★☆★
執事服の魔王。その渾名が今日の隼人の戦利品である。
二戦共に相手の魔法を全く寄せ付けない完封勝利。二回戦では相手の魔法を凍りつかすなどという芸当も見せており、その存在を九高に深く刻み込んだ。
更には同じ一高の深雪も隼人に劣らぬ戦いを披露しており、その美貌も相まってかなりの有名人となっている。
執事服の魔王と巫女服の女帝。ネットの急上昇検索ワードにランクインした彼と彼女は、若干機嫌が悪かった。
「み、深雪…落ち着いて、ね?」
「有名人になれたんだから良かったじゃないか」
ほのかと森崎に宥められても、二人の表情は相変わらず無表情のままだ。
現在は一時間限定でメンバー全員が顔を合わせる一日で一度の夕食の時。
先程までは一年生男子と女子で明暗の分かれた雰囲気だったのだが、今は隼人と深雪の迫力に呑まれて一年生全体が謎の緊張感に覆われている。
「ねぇ森崎くん。俺って、そんなに悪魔に見えるかな?」
「あ、ああ…まあ、今日の戦い方からしたら、そう見られても仕方ないんじゃないか……?」
「やっぱりそっか。ふ、ふふふ……あぁ、色々吹っ切れた。トコトン魔王になってやる」
隼人からしたら余り有名になりたくはないのだ。それを、自分の登場初日から検索ワード一位を取ってしまえば有名にならないはずがない。だから落ち込んでいたのだが、どうやら吹っ切れたらしい。
深雪は達也に慰められて事なきを得たようだが、下手をすればこの辺り一帯が吹雪に見舞われていたかもしれない。
「ああそういえば、森崎くん優勝おめでとう」
気合が空回りして不調ばかりの一年男子の中で、森崎だけは冷静に対処し、そしてスピード・シューティングで見事に優勝を飾っていた。
「あ、ああ。九十九のお陰だよ。君との特訓で僕は冷静になることができた」
そう、それは紛れも無い事実である。以前の森崎のままだったら、きっと他の一年男子のように空回りして実力の半分も出せなかっただろう。
隼人との修行で心に余裕ができたから、落ち着いて試合に集中できたのだ。
「そっかそっか。よかったよ」
満足気に頷く隼人に、先程の険悪なオーラは出ていなかった。どうやら危機は去ったようだと、胸をなで下ろす森崎であった。
☆★☆★
「やはり強敵だな、九十九隼人」
「うん…彼の干渉力はかなり強い。生半可な攻撃じゃ完璧に防がれるし、防御が甘ければ瞬く間に崩される」
夜、一条と吉祥寺の二人はモニターを見ながら揃って顔を険しいものにしていた。
彼らが見ているのは、昼間に行われた男子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合。その中でも異彩を放つ九十九隼人の試合。
相手の攻撃を全て防いだ上で、相手の防御を貫通させての完封勝利。発動する魔法は情報強化の一般的なものから、ニブルヘイムやムスペルスヘイムなどといった高等魔法など幅が広い。
「ただ、発動スピードは並より少し早いくらいだな」
「うん。将輝なら先手を取って有利に試合を進められると思う…けど」
「分かっているさ。九十九隼人は防御も硬い…そう簡単に崩せないだろうな」
今までで九十九隼人が防御に使った魔法は情報強化のみだが、しかし攻撃用にしている『ファランクス』は元々防御魔法だ。幾らクリムゾン・プリンスといえど、あの鉄壁を正面から貫くのは難しい。
「爆裂もあの情報強化を抜くには難しいだろうし」
爆裂はその性質上、情報強化を纏った対象には効果を発揮しにくい。
九十九隼人と将輝の相性は最悪と言っても過言ではなかった。
「手詰まり、か……」
将輝の切り札は『爆裂』 だ。それがあまり効果がないとなると、いよいよ勝利が見えなくなってくる。
思わず歯噛みした将輝に、思わぬ所から声がかかった。
「方法、なら、一つだけある、ぞ」
途切れ途切れなインネーションで話す人物は、白銀の髪を揺らして歪な笑みを浮かべていた。
「方法、だと?」
「ああ。九十九、隼人を負かすことのできる、唯一の、作戦だ」
正直に言って、将輝は紫道聖一のことを快く思ってはいなかった。
それはそうだろう。彼は常にこちらが竦むような殺気を放っているのだ。本物の殺気を感じたことのない生徒達が気づかないのは仕方のないことだが、一度戦争というものに参加したことのある将輝には、聖一の放つその気がどれ程強く、そして恐ろしいものなのかがよく分かる。
間違いなく彼も、人を殺したことがある。
「紫道、その作戦ってのはなんだ?」
しかし今はそんな事を気にしている状況ではない。
負けられないのだ。三高のエースとして、十師族に名を連ねる者として。
「簡単、だ。奴を攻めに、転じさせなければ良い」
「攻めに転じさせない? どういうことだい?」
「試合開始、と共に、攻め続ける、だけだ。ただし複数の、魔法でな。奴はCADを、使っての魔法に、慣れていない」
「…確かに効果はありそうだけど、かなり難度が高いね」
聖一の作戦は、簡単なようで難しいことだ。
複数の魔法で攻め続ける。確かに、攻める手法を変えれば防御の魔法もそれに対応できる魔法に変更しなくてはならない。
例え鉄壁を誇る『ファランクス』であっても、氷柱自体に魔法をかけられてしまったら意味がない。
しかし、複数の魔法を立て続けに発動するのはかなり難度の高い技能だ。将輝のマルチキャストで発動できる魔法は四つが限度。防御に一つ魔法を使うとしても、三種類の魔法で九十九隼人の防御を貫くことはできるのか。
「…やってやるさ」
しかし、やらねばならない。
それしか作戦がないのなら、それがあの魔王に通用する手段なのだとしたら、やってやる。
☆★☆★
大会六日目、新人戦三日目。
アイス・ピラーズ・ブレイク第三回戦。
巫女服の女帝が三度神懸かり的な魔法で敵陣を蹂躙する中、執事服の魔王も今日は積極的に敵陣の氷柱を倒しにかかっていた。
白い手袋に包まれた指先がタブレットの画面を走る。
上方から降り注ぐ氷の礫、倒された氷柱を使用したトリッキーな攻撃を、運動ベクトルを反転させる力場を作り出す領域魔法『反射障壁』によって弾き返す。
驚く相手を他所に、再び指先がコンソールを走り、発動された『ファランクス』が最後の三本を叩き潰した。
試合終了のブザーが鳴る。万雷の喝采に対し一礼して、魔王はその場を後にした。
「へぇー、そうなんだ」
場所は変わってお祭り状態な第一高校天幕。
素直に感心する隼人に、雫は無表情に、しかし力強く頷いた。
新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクは、異例の決勝リーグの三人を一高が独占する形となった。
結果、消耗の激しかった英美は棄権し、雫と深雪で決勝戦を行うことになったのだ。
「それにしても、雫と深雪さんの試合かぁ。中継でしか見れないのが残念だよ」
勿論のこと、隼人はこれまで三試合共に完封勝利で決勝リーグの進出を決めている。
彼の他には、三高の一条将輝と二高の選手が決勝リーグに駒を進めている。
「深雪さんはかなり手強いけど、がんばってね雫」
「うん、がんばる」
どうやら気合は十分なようだ。雫はこれまでずっと好調を維持し続けてきたため深雪に勝てるとはいかなくても、いい勝負になるだろう。
深雪との試合で悔しい思いをするだろうが、しかしそれ以上に得るものは大きいはずだ。
「それじゃあ、そろそろ準備だから」
「うん、行ってらっしゃい雫」
隼人の試合はこのすぐ後と、そして女子決勝戦が終わった後に一試合ずつある。三つ巴である決勝リーグを勝ち抜くには、まずは二高の選手にしっかりと勝利しなければならないだろう。
「さてと。行きますか」
タブレット型CADを一旦お休みにして、隼人は白の手袋の代わりに漆黒のグローブを嵌める。
やはりいつも使っているシルバー・フィストの方が馴染むようだ。
☆★☆★
充満した二酸化炭素の霧の中を、幾筋もの雷が駆け抜ける。
ドライ・ブリザードによって威力が増強された『這い寄る雷蛇』が敵陣の氷柱を高熱で溶かし始める。
しかしそれでは決め手にならない。安堵の表情を浮かべる二高の選手に向けて、隼人も笑みを浮かべた。
「なっ…!?」
突如として雷撃の威力が倍増した。本来の『這い寄る雷蛇』の威力を逸脱した規格外の雷撃に、氷柱の融解が加速する。
その異常に気づき慌てて氷柱に情報強化を施すも、最早氷柱は辛うじて立っているだけ。
降り注ぐドライアイスの弾丸に耐え切れず、氷柱は軒並み砕け散った。
決勝リーグ第一戦は、隼人の勝利で終了した。
隼人が一高の天幕に戻った時、既に深雪と雫の試合は始まっていた。
使用したシルバー・フィストを外しながら、控え席にあるモニターを眺める。
深雪が発動した氷炎地獄の熱波によって氷柱が溶けるのを雫が情報強化で防ぎ、雫の共振破壊が共振を呼ぶ前に深雪の振動・運動を抑えるエリア魔法が鎮圧される。
互角ながらも、やはり雫が押されている。氷炎地獄は変わらず雫の氷柱を溶かし続けているが、雫の攻めは全て完全に遮断されてしまっている。
分が悪いと判断したのか、雫は左腕を振袖の右袖に差し入れた。引き抜かれた時その手に握られていたのは、拳銃形態の特化型CAD。銃口を深雪陣地の氷柱へ向けて、雫はその引き金を引いた。
(CADの二機同時操作か。やるね、雫)
CADの二機同時操作に驚いたのか、深雪の魔法継続処理が止まり、雫の陣地を焼く熱波が収まった。そこへ、雫の魔法が襲い掛かった。
超音波の振動数を上げ、量子化して熱線とする高等振動系魔法『フォノンメーザー』によって、今まで相手選手に触れさせもしなかった深雪の氷柱から白い蒸気が上がっていた。
だが、深雪が動揺したのは一瞬。すぐ様冷静さを取り戻し、魔法を切り替える。
氷柱からあがる蒸気、それに伴う氷の昇華が止まった。
熱線化した超音波射撃を遮断するのではなく、フォノンメーザーによる加熱を上回る冷却が作用し始めたのだ。
深雪の陣地が白い霧に覆われ、そしてそれはゆっくりと雫の陣地をも包み込む。
深雪の攻撃を忌避した雫が、氷柱に情報強化を施した。
隼人も使った、広域冷却魔法『ニブルヘイム』。その威力は今、最大になっていた。
雫の氷柱の根元に、液体窒素の水溜りが作られる。
深雪がニブルヘイムを解除し、再び氷炎地獄を発動した。
(勝負あり、だね)
雫の情報強化は元々そこにあった氷柱を対象にしており、新たな付着物である水滴には作用していない。
気化熱による冷却効果を上回る急激な加熱によって、液体窒素は一気に気化した。
轟音を立てて、雫の氷柱が一斉に倒された。
かなりいい試合だったが、やはり目立ったのは二人の地力の差。やはりまだ雫では深雪に勝つことは叶わない。
(悔しいだろうな、雫)
だが、圧倒的強者と認識していた深雪に一太刀報いたのだ。もっといけたと、その悔しさはひとしおだろう。なまじ自分でもその経験があるために、雫の気持ちはよく分かった。
しばらくすると、雫が天幕へ戻ってきた。俯いているせいか、髪に隠れてその表情は分からない。けど、何かを堪えているかのように隼人には見えた。
「お疲れ様、雫」
隼人の手が雫の頭に乗せられた。それでも、雫は顔を上げない。ただ、その華奢な手が隼人の燕尾服を握り締めていた。
「いい試合だったけど、残念だったね」
「…うん……隼人、私、悔しいよ」
握り締めた手に、更に力が篭る。淡々とした口調だったが、雫の本音を読めない隼人ではない。
しな垂れる雫の体を抱きとめて、隼人は雫の頭を撫でた。
「最初から、勝てるとは思ってなかった」
「うん」
「でも、手も足も出なかった」
「うん」
「…無力だった…悔しい、悔しいよ」
「……うん、お疲れ様。雫」
隼人が雫を抱き締めている(第三者視点)のまま少し経ち、やがて雫は体を離した。
「ごめん隼人…もう、大丈夫」
「そっか」
顔を上げた雫の頬に赤さはあれど、涙の跡はなかった。
「……隼人、勝ってね」
「勿論、最初からそのつもりだよ」
隼人の次の試合は第三高校のエース、一条将輝だ。一筋縄でいかなくとも、負けるつもりなど最初からない。
「ああそうだ。雫、次の試合、CADを貸してくれない?」
唐突な申し出に、雫は首を傾げたが、言われた通りに握っていた拳銃形態の特化型CADを隼人に手渡す。
「うん。よし、じゃあ俺は次の試合コイツで決めてくるよ」
「え?」
「雫の魔法が、無力じゃないことを証明する」
微笑んで、隼人は雫のCADを燕尾服の内ポケットの代わりについている拳銃ホルスターに差し入れた。
「雫の為に、勝ってくる」
驚き、そして雫は微笑んだ。
「いってらっしゃい」
ーーto be continuedーー
後書き
スランプあああぁぁぁぁああ……
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