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ラオコーン

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第一章

                   ラオコーン
 トロイアとギリシアの諸都市との戦いは長きに渡って続いていた。
 籠城するトロイアを囲むギリシアの諸都市は何としてもトロイアを陥落させんとしていた、だが。
 トロイアは堅固だった、それでだ。
 戦いは完全に膠着していた、それで一歩も退かないままに。
 トロイア側ではだ、ギリシア側の疲労を見てこう言う声があがっていた。
「流石にな」
「ああ、ギリシアもしつこいがな」
「そろそろ諦めるだろう」
「これだけ長く戦っているとな」
「向こうもアキレウスが死んだんだ」
 ギリシア側の最大の英雄がだ、先日遂に倒されたのだ。
「それならな」
「もうギリシアも諦めてな」
「戦争は終わりだ」
「粘った我々の勝ちだ」
「そうなるな」
 こうした声があがっていた、だが。 
 トロイアの神官であるラオコーンはだ、難しい顔で息子達に言うのだった。
「ギリシアを侮ってはならない」
「まだ、ですか」
「まだ諦めませんか」
「そうしてですか」
「戦うというのですか」
「確かに疲れはある」
 ラオコーンもそれは見ていた、ギリシア側の疲れはだ。長い攻城戦でのギリシア側の疲れは誰が見てもわかることだった。
 しかしだ、それでもだとだ。ラオコーンは言うのだった。
「ギリシアも侮れない、何か策があるやも知れない」
「策、ですか」
「ではその策で、ですか」
「トロイアを陥落させる」
「それを狙っているというのですね」
「そうだ、ある」
 それが、というのだ。
「だから気をつけることだ」
「油断はせずに」
「最後の最後まで」
「ギリシアの兵達がギリシアまで退かない限りはな」
 それまではというのだ。
「決してだ」
「油断せずに」
「気を引き締めなければならないですか」
「確かにアキレウスは倒した」
 ギリシア最大の英雄は、というのだ。だがだった。
 ラオコーンはその目を鋭くさせたままだ、息子達に言うのだった。
「しかしギリシア人達も愚かではない」
「それが、ですね」
「気をつけるべきところですね」
「そうだ」
 まさにその通りだというのだ。
「アガメムノン王も気になるが」
「あのスパルタ王ですね」
「あの王も確かに強いですね」
「しかしですね」
「彼だけではないのですね」
「オデュッセウスだ」
 その彼のことを言うのだった。
「勇敢な者が多いのがギリシアの英雄達だが」
「彼は、ですね」
「他の英雄達とは少し違いますね」
「頭が回る」
「知略の持ち主という評判ですね」
「あの者が何をしてくるか」
 それが、というのだ。
「気になる、だからだ」
「まだ油断してはならない」
「ギリシアの者達が全てギリシアに帰るまで」
「それまでは、ですね」
「決してですね」
「気を抜いてはなりませんね」
「そうだ、長い戦いで疲れていてもだ」
 それでもだというのである。
「まだだ」
「気を抜かず」
「油断しないことですか」
「特にだ」
 さらに言うラオコーンだった。 
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