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浪速のクリスマス

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第六章


第六章

「いつも横浜に負けてたのによ。嫌な時代になったぜ」
「まあ世の移り変わりや。気にせんとき」
「ちぇっ」
 舌打ちしても負け犬の遠吠えである。今弱いのは横浜だからだ。言っても仕方がなかった。まさかこうなるとは流石に思わなかった。横浜はともかく阪神の弱さは永遠のものだと思っていたからだ。
「それでもうすぐやで」
「あっ、もうか」
 何か場所と場所がかなり近い。
「早いな。もう来たなんて」
「案外近いから。ここは」
「そうだよな。大阪ってそうだよな」
 何か道頓堀周辺に店が集中している感じなのだ。そこが東京とは違う。東京は渋谷や原宿、銀座、新宿とあちこちに分散しているのだ。人口が多いせいもあるだろうが。横浜も集中しているが大阪よりは離れている。
「ほな行くで」
「ああ」
 それに頷く。そして細い小路に入って行く。
 下は石だ。アスファルトとはまた違った感触である。
 それを足で味わいながら店に入る。中は意外と普通の甘味屋といった感じであった。古風な日本といった趣きである。
「ここなのか」
「そうや」
 入り口を開けて言うと後ろに立っていた妙子が答えた。
「ほな入ろ。そこ開いてるやん」
「そこだよな」
「そうや。じゃあそこ」
「わかったよ」
 開いている席に座った。木のテーブルと椅子である。そこに座って注文したのはやはり善哉であった。
 暫くして運ばれてきたその善哉は。何と二つであった。
「えっ!?」
 正友はそれを見て目が点になった。
「何、これ」
「驚いた!?」
「驚いたって。二つしか頼んでないのに」
 彼は言う。
「何で四つあるんだよ。あの」
「ああ、ここはそうなんよ」
 妙子は正友が店員さんを呼ぶのを止めてこう言った。
「そうなんよって」
「ほら、夫婦善哉って言うやろ」
「ああ」
 それはわかる。
「だからなんよ。善哉が二つ。それでな」
「夫婦っていうのか」
「わかった?」
「わかったも何も」
 まだ驚きを隠せないようであった。
「だからだったのか」
「そういうことなんよ。だからここは夫婦かカップルで来るんよ」
「カップルか。それじゃあ」
「クリスマスやで」
 妙子はそこを強調してきた。
「一緒におるって意味、わかるやろ」
「あ、ああ」
 そこまで言われてようやく全てを理解した。
「そういうことか」
「鈍いなあ、最初で気付いて欲しかったわ」
 妙子は苦笑いになっていた。
「クリスマスで。せめて夫婦善哉で」
「御免」
「わかってくれたらええよ。それでな」
 妙子はまた言った。完全に彼女のペースになっていた。
「善哉食べよ。温まるで」
「そやな・・・・・・あっ」
 ふと出てしまった言葉にふと気付く。それは関西弁であった。
「やっとこっちに染まってきた?」
「そうみたい」
 それに自分でも気付いた。
「何か」
「ほらそろそろわかってくる思うで。大阪のことも」
「そうかな」
「そうやて。クリスマスいうても色々や」
 妙子はもう善哉に箸をつけていた。
「大阪には大阪のクリスマスがあるねんで。わかってくれたらいいわ」
「そうだよな」 
 その当たり前のことにも今気付いた。
「わかったら。はよ」
 また善哉を食べるように言ってきた。
「食べよな。美味しいで」
「ああ」
 妙子に言われるままその善哉を食べた。それは確かに甘く、美味しかった。冬の寒さを忘れさせてくれる程温かくもあった。正友はその温かさも気に入った。
 それを二つ食べ終えて店を後にした。外はもう夜になっていた。
 何時の間にか妙子は正友の手に自分の手を絡めてきている。本当に彼女になっていた。
 二人で夜の大阪の街を歩く。クリスマスのネオンと明るい音楽、そこに大阪独特の看板と音楽が相変わらず不思議な調和を為して世界を形成していた。
「これからどうする?」
 妙子は正友に尋ねてきた。
「もう暗いけれど」
「それって」
「うちはええんよ」
 正友の目を見てこう言ってきた。
「そやから」
「すぐそこだしな」
 正友はそれに応えて述べた。道頓堀からそうしたホテル街まではすぐなのである。これは彼も知っていた。そうしたものも集中しているのが大阪なのだ。
「どうするん?」
「ううん」
 どうしようかと思った。このうえない美味しいシチュエーションだ。しかし。
「それはさ、今度にしないか?」
 彼は妙子にそう返した。
「今度って?」
「ああ、今度さ。何時でも行けるだろ、そっちは」
「まあそやけど」
「けれどクリスマスは一年に一度だしよ。だから」
「デート続けるんやね」
「ああ、駄目かな」
 妙子の目を見返してこう問い返した。
「嫌ならいいけれど」
「それでもええよ」
 だが妙子はそれを拒まなかった。にこりと笑ってそれを受け入れた。
「何時でも行けるのはホンマやし」
「じゃあさ」
「うん」
 二人は互いの顔を見ていた。そして言う。
「このまま二人で」
「道頓堀で洒落こも」
 そうして二人はそのままクリスマスソングと六甲おろしが混じり、イルミネーションと河豚に蟹、食いだおれの親父が一緒に存在する街を歩いていった。大阪の賑やかなクリスマスの中を。ケーキとたこ焼き、七面鳥とお好み焼きの中を。


浪速のクリスマス   完


                  2006・11・1
 
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