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横浜事変-the mixing black&white-

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少しずつ浮き上がって来た裏の事情を赤島は推測する

 バスーカを放った殺し屋達は赤島達に任せ、ケンジとモヒカンは宮条が戦う場所へと向かった。走って600メートル程先で繰り広げられている、多対一の殺し合い。戦闘地が船舶の物揚場なので柵のようなものはなく、何人かの死体が月明かりに沈む横浜湾の海原に浮かんでいた。それが夜の神秘的な風景を台無しにしているのは言うまでもない。

 「氷川丸も明日は臨時休業かね」

 モヒカンが右手に広がる海をチラッと見てそう呟いた。氷川丸というのは横浜が誇る観光地の一つとして知られる日本郵船で、休日には多くの観光客が足を向けるスポットだ。山下埠頭とは海を挟んでお隣同士に位置しているのだが、ここは数時間後に警察が占拠する。物騒としか思えないそれを見て、氷川丸に足を運んできた観光客は素直に楽しめるだろうか。答えは否だ。

 モヒカンは「よそ見してる暇は無いわな」と言って、拳銃を取り出してこちらの様子に気付いていない殺し屋に発砲した。しかし射程距離から遠かったのか、銃弾は敵を沈黙出来ずに虚空へと飛んで行く。

 敵の何人かがこちらに気付いて銃を向けてくる。それを見て「やべ!」と叫んだモヒカンはジャケットの中から閃光手榴弾を取り出し、夜の暗闇へと放り投げる。

 カァァ、と周囲が意図的な光に飲み込まれ、それを間近で見てしまった敵達は一斉に目を押さえてしまう。そのまま何事も無く宮条のフォローへと向かおうとしたのだが――

 「オラァッ!」

 「!?」

 視覚と聴覚を奪われた筈の敵の一人が突然動き出し、ナイフの切っ先をモヒカンへと向ける。左腕を狙った攻撃に、彼は反射的に――頭を突き出していた。そしてナイフはモヒカンの先端部分を一瞬にして刈り取る。

 「……」

 「……」

 「……」

 敵とモヒカンとケンジの間に違和感満載の空白が生まれる。前方でも後方でも本気の殺し合いが続いているというのに、彼らだけはこのとき緊迫感を忘れていた。
 やがて時が止まったかのような硬直は、モヒカンを削られた当人の咆哮によって打ち破られる。

 「……う、あ、ああ、あああああああああああおれのとくちょおおおおおおおおがあああああああああ!!」

 「う、おおお!?」

 いきなり空に向かって咆え出した彼に、視力の回復していない敵も驚いてしまっている。これまでずっと観客的立ち位置だったケンジに対し、特徴を抉られた殺し屋は静かに、それでいて怒気の籠もった声で呟いた。

 「……暁ぃ、早く宮条のとこ行け。そこでボケッと突っ立ってるクソ野郎は俺が潰すからよぉ……」

 「……はい」

 普段は感じない強烈な気迫に気圧され、声が小さくなったケンジ。彼は二人のフィールドを邪魔せぬよう少し大きく回って宮条の元へと駆けて行った。

 後輩が何とか仲間の援護に迎えた事を見届けてから、モヒカンは改めて敵に目を向ける。相手は三人いるのだが、二人は閃光弾の威力でまだ動けていない。モヒカンの特徴を直に破壊したもう一人はようやく視界が元に戻ったようで、眼前で殺意の炎に燃えているモヒカンを見て口をわなわなさせながら腰を抜かしていた。右手に持っていたナイフは今にも落としそうだ。

 そんな哀れな敵を見て、モヒカンは口角を三日月形に吊り上げて、低い声で殺害宣言を行った。

 「楽しい楽しいお祭りの時間だぜ、クソ野郎」

*****

 宮条は複数の敵に囲まれながらも仲間が来た事をちゃんと把握していた。投擲用ナイフで眼前にいた敵の腕を切りつけながら、いつもより大きい声で相手にタイミングを教える。

 「暁君!」

 その声に反応して、パン、パンと軽減された発砲音が耳を打つ。それらは宮条を後ろから刺そうとしていた敵の右腕と右腰にヒットしたようで、後頭部から男の野太い呻き声が聞こえた。

 ――成長したみたいね。人間としては退化かもしれないけれど。

 心中でケンジをそう評価しつつ、左手を切り付けようとしてきた殺し屋の顔面に裏ケンを叩き込む。それでも敵は抗い、顔を手で押さえながら、もう片方の手に握る拳銃をこちらに向けてきた。

 「ッ!」

 咄嗟に銃口を虚空へと向ける。その直後銃声が虚空に広がり、そのまま男の股間目掛けてキックを食らわせる。敵は目を白くさせながらその場に倒れ込んだ。そこで一息吐いて男の頭をナイフで刺そうと思ったのだが、

 「死ねや女ぁ!」

 そんな声と共に右斜め後ろから鉄パイプが振り下ろされる。あまりに唐突な攻撃に身体が回り切らず、対処出来ないと宮条が悟ったとき、敵のさらに後方から銃声が響いたのを彼女は掴み取った。

 次の瞬間、顔すら見れていなかった敵が鉄パイプを持ったまま膝から崩れていくのを彼女は目の前で見た。そして敵の後ろで銃をこちらに向けたまま立っている少年を見て微笑する。

 「ちょっと気合いの入れすぎじゃない?」

*****

 山下埠頭はすでに沈黙に包まれていた。各地の戦闘が全て終わったようだ。赤島やモヒカンの状態も気になるが、彼女は自嘲気味に笑った。

 ――今は他人より自分を心配するべきよね。

 宮条が異変に気付いたのは裏ケンで敵の顔を攻撃した時だった。背中がズキズキする。動く度に内側から壊れていくような感覚。その正体が何なのか、手で近くを弄ってみたら、指が真っ赤になって帰ってきた。

 ――いつの間に刺したんだか……。

 ナイフで刺されたのか、自分のようにナイフを投げて突き刺したのか。いずれにしても、それに気付かなかった事実は変わらない。

 ――やっぱり、余裕はなかったわね。

 とはいえ、彼女とてプロの殺し屋だ。これまで何度も死にそうになった事はある。背中をナイフで抉られた程度で気を失ったりはしない。だが痛みは時間に比例してジワジワと全身に染み渡っていく。

 「宮条さん、どうかしましたか?」

 そこで突然声を掛けられ、彼女は肩を震わせてから前を見た。そこには顔にあどけなさを残した少年が心配そうな顔をしてこちらの様子を窺っていた。それだけなら親切な学生だなと思えるのだが、両手に持つ人を殺傷するための道具が全てを前言撤回させる。目の前にいるのは、一般人からしてみれば十分すぎる脅威であり、正真正銘裁かれねばならない人間だ。

 自分もその一人である事を自覚し、同時に痛覚で意識が途切れ途切れになっているのを感じて、宮条はケンジにこう言った。

 「ちょっと怪我しちゃったみたい。肩、貸してもらえる?」

 「え、大丈夫ですか?」

 「大した事ないから大丈夫」

 ケンジは拳銃を腰にマウントしてから丁寧な手つきで宮条に肩を貸す。そんな彼を見て、宮条は先程の戦闘を思い出す。
 最後の戦闘。鉄パイプで頭部にダメージを負うのを覚悟していたとき、自分を助けてくれたのはケンジだった。両手に持った拳銃を敵の背中に上手く的中させ、そのままあの世へと誘った。彼が使う銃の弾は他のメンバーの物より威力が低く、反動もそれなりに低い。しかし完全に遮断出来るわけではないので、普通の殺し屋なら片手撃ちという方法は行わないのだが――

 ――この子、やっぱり変わってるわ。

 生前の狩屋から訓練での話は聞いていた。彼が作った鬼畜メニューを二週間程休まずにクリアしたり、練習用拳銃を片手撃ちで的に当てたり――聞く話はどれも信じられないものばかりだったが、今では納得できる気がする。

昨日のホテル『ニューグランド』で、敵を引き付けていた自分を最終的に脱出まで導いてくれたのも、やはり彼だった。その際、彼は後ろから閃光弾を投げて敵を沈黙、そのうち一人を銃で殺している。普通の人間に、ましてや学生にそんな事が平気で出来るわけがない。

 ――狩屋が『稀代の殺し屋』って言ったのも分かるかもね……。

 そう心の内で呟きながら、宮条は徐々に目を薄めていく。身体にも力が入らない。怪我の所為なのだろうか。この程度で参ってしまう自分が情けなかった。

異変に気付いたケンジの声が響くが、それに反応する事なく、彼女は意識を暗闇に閉ざしていった。

*****

同時刻 横浜のどこか

 阿久津は力強く握った拳を自身の(もも)に向かって力任せに殴り付けた。周りには本部の人間がおり、一人ずつデスクが用意されている。その上には同じ型のパソコンが設置されているが、今は機能していない。その代わり画面には『Thank you for your hard work』という赤色の文字が浮かんでおり、彼らのネットワークが乗っ取られた事を暗に示していた。

 殺し屋統括情報局本部。横浜のどこかに存在する、殺人請負組織の中枢。その場所は局長以外誰も知らない。

 そこは元々オフィスビルで、それを彼らが勝手に改造しているらしい。室内の中心に副局長の席と多くの電子機器が置かれ、その周りを四角形に本部の人間が囲っている。その空間に生活感は一切なく、情報を統括し、それを殺し屋達に振り分けるだけの装置のような淡々とした雰囲気を感じさせる。

 しかしそんな仕事一筋の空間に邪魔者が入った。外部からのアクセスはもちろん、所在地すら知られていないこの場所のネットワークに何者かがクラッキングしてきたのだ。

 「……私とした事が。これは組織結成以来の失態だ……」

 阿久津の顔には先程から焦りと苛立ちばかりが立ち込めている。あまりに力を入れすぎたのか、すでに拳が僅かに血で滲んでいた。爪が手の平に食い込んだようだ。本人はその事実に気付いていない。堅牢な組織の中枢に侵入されたあげく、独自のネットワークや情報が全て誰かの手に渡ってしまった現実の方が重みがあるのだ。

 ――まさか奴が黒幕だったとは……。だが、ここまではまだ入り口に過ぎんだろう。

 電子戦の途中、相手から回線が開かれた。こちらは10人以上でクラッキング阻止に向かっていただけに、敵の余裕さに寒気を感じたのを覚えている。敵は書かれた内容を読み上げるような声で言っていた。

 ――奴らの目的は殺し屋統括情報局の壊滅。最初は横浜の殺し屋達……裂綿隊の仕業かと思ったが、黒幕は違った。

 ――……私は、最初から踊らされていたというわけか。

 ギリリ、と歯を軋ませながら阿久津はこれまでの事を思い出す。

 最初に昨日のヘヴンヴォイス護衛作戦。チームAを軸にした特殊な任務だった。正面から敵に入られても、宮条麻生と八幡隆太の戦闘力を鑑みるに、10分は耐えられただろう。それだけの余裕があればフロントにいた暁ケンジらや外で待機していたチームCが援護に回れた筈だ。

 ――だが、ヘヴンヴォイスは裂綿隊とグルだった。

 この情報は局長からも届かなかった。裏で揉み消されたのだろう。結果的に八幡隆太が死に、狩屋達彦が仲間を脱出させるために自ら犠牲になった。

 ――これが奴らの最初の狙い。チームAを壊滅させることだ。

 阿久津はすでに黒幕の存在を知っている。しかし本部のネットは無論、個人的な携帯のデータまでいつの間にか汚染されていた。この室内にネットが使える要素は何も存在しない。そのため犯人を誰かに伝えられないのだ。

 あまりのもどかしさに、彼はもう一度自身の腿を強く叩く。だがそれで事態が好転するほど、この世界は甘くない。

 阿久津は今回の作戦が意味する本当の目的を、口に出して呟いてみた。

 「……殺し屋統括情報局本部のクラッキング。これによって敵は我々から情報を奪い、行動不能にする。そして自分達が『殺し屋統括情報局本部に成り切って』、殺し屋チームを意のままに操る」

 重々しい言葉を吐き出す彼に数分前まで電子戦に臨んでいた一人が質問する形で問うた。

 「ヤツは、何故我々に刃向かったのでしょう?」

 「……そんなもの、本人に聞け」

 ぶっきらぼうにそう返し、改めて自分の内にその疑問をぶつける。

 ――奴は殺し屋チームで安定した位置にいる筈だ。それなのにどこに不満がある?この街の殺し屋を片っ端から集めて、最終的にロシアの殺し屋達まで絡ませた奴の意図は何だ?

 考えてみても、その答えははっきりした形を持たない。まるで黒幕の人間性そのものを表しているように。

 阿久津は胸ポケットから動かなくなった携帯を取り出し、それを見つめ、これまでで一番弱弱しい声で誰にも聞こえないボリュームで呟いた。

 「……局長、すみません」

 こうして横浜の裏に蠢く巨大な組織の根端は、ゆっくりと舞台から引き剥がされていった。

 阿久津は黒幕の顔を思い浮かべて、憎々しげに呟いた。

 「まるで、苦手な食べ物を先に食べていく子供だな。さしずめ、私達は奴から見ても面倒な存在らしい」

*****

次の日 午前 横浜某所

 赤島は行きつけの闇医者宅を出てのんびりと街並みを楽しみながら歩いていた。右手は包帯で固定されており、闇医者からは『しばらく人殺せないね。残念残念』とにこやかな顔で言われた。別に人を殺す事が楽しいわけではないが、否定するのも億劫だった。

 日光に照らされて歩く自体、久しぶりな気がした。嗅覚が穏やかな晴れの匂いを感じ取り、何故か心地良い気持ちになる。そして自分らしくないなと感じ、一人苦笑する。

 ――俺は脇役メインだってのに、いつの間にこんな格上になっちまったんだか。おかげで心まで晴れ晴れしくなっちまったじゃんかよ。

 麻酔で痛覚は感じないとはいえ、僅かに血が滲んでいる右手は自分で見ていて痛々しくなる。すれ違う何人かは自分の手に目を向け、そそくさと足早に過ぎていく。恐らくヤクザか何かと間違えているのだろう。

 ――いや、ヤクザよりも始末悪いか、俺。

 そんな事を考えていると、信号の先に知人がいるのを見つけ、左腕を上げて呼んでみた。すると宮条は少し背中を擦りながらゆっくり右手を上げて返してきた。

 信号を渡り、彼女と合流したところで開口一番に告げる。

 「よぉ、怪我人」

 「そんな見え見えで怪我人だって分かる奴には言われたくないわね」

 呆れ顔でそう呟く長髪の女性に、赤島は「それもそうだな」と口にした後、本題に移る事にした。

 「で、お前はどう思う?」

 その質問の意図を察した宮条は、ふぅっと息を吐くと枝毛の目立つ髪をわしゃわしゃさせながら言った。

 「何者かが裏で暗躍してる、と私は思う」

 「……だよな。俺もそう考えてる。実際、昨日戦った奴は時間稼ぎしていた。何にかは分からねえけど」

 「時間稼ぎ?」

 「ああ。これでも長年殺し屋やってんだ、そのぐらいは分かる」

 少しおどけた調子で言うが、それを聞いた宮条の顔は晴れない。

 「だとしたら、この組織今危険なんじゃない?」

 「まあな。でも、俺らにはどうしようもないってのも一つの事実だぜ。こっちは人を殺すだけで、探偵ごっこまではやってないからな」

 赤島はそう言いながらも、心中でそっと呟いた。

 ――探偵ごっこは冗談にしても、阿久津さんに電話が通じなかったのは不思議だ。

 右手の治療が終わった後、次の報告会議を聞くために阿久津へ電話を掛けたのだが、何度やっても応答はなかった。あの生真面目で局長に忠誠を誓う副局長が電話に出ないというのは些か疑問に残る点だった。いつもならプッシュ音三回ぐらいでいつもの枯れた声が聞こえる筈なのだが……。

 そこで仕方なく、チームCのリーダーである大河内に電話を掛けた。各チームのリーダーは全員阿久津の電話番号を知っている。八幡だけは局長の電話番号を知っていたが、今はもういない。チームDのリーダーは今の組織状況を知らないだろうから、彼しかいなかった。

 『ああ、次の報告会議は四日後です。それと次の作戦もあるそうです』

 ざらつきの無い凛とした声が、いまだに残滓となって赤島の耳朶に残り続けている。思えば今回の作戦でエラーを起こしたのは大河内だった。

 チームを二つの分断し、一つを遠距離狙撃班に、もう一つを襲撃班にした強襲作戦。大河内率いる狙撃チームは段階通りに敵を撃ち、宮条もそれに従って動いた。だが予想外だったのはこの後だった。

 戦闘が終わり、赤島達は当初の予定通りに組織の下っ端が回してきた車に乗り、その場を後にした。その車内で宮条が口にした言葉は誰もが驚愕した事実だった。

 『裂綿隊は防弾チョッキを着ていた。だから一人も狙撃では死んでいないの』

 その言葉を脳裏で反芻しながら、改めて隣を歩く宮条に問い掛けた。

 「なぁ宮条」

 「何?」

 「裂綿隊が防弾チョッキか何かを仕込んでたってのは、マジだよな?」

 「こんな嘘を吐いたところで何の意味があるの?」

 「確かに。じゃあ、その後の戦闘で『重み』は感じなかったか?」

 「重み、ね。……確かに感じたわ。誰が狙撃を受けたかは把握してないけれど、戦闘開始直後に殺し始めた人間はみんな、動きが鈍かった気がする」

 ――やっぱりな。

 赤島は心中でそう呟き、自分の推測が正しかったと実感する。だがその推測は自分達にとっては劣悪な内容であり、彼の顔色はあまり優れない。

 「もしも、の話をするぞ」

 そう前置きをして、赤島は度々背中を擦る仕草をする宮条に自身の考えを述べた。

 「裂綿隊は防弾チョッキを着用していた。恐らく、裏でヤクザから卸された試作品か何かだろう。じゃあどうして奴らは、こんな良いタイミングに防弾チョッキを着けていたんだ?仮にチョッキをヤクザから貰ったとして、それを仕事になったら毎回着るか?いや、普通は着ない。俺達もアイツらも同じ穴のムジナだ、自分の事なんてそれほど大事にしていない」

 殺し屋というのは非常に危険な連中であるのと同時に、命を軽々しく扱う人間失格な連中である。それは自分に対しても同じで、赤島も宮条も、自分が死ぬ時は自業自得だと完全に割り切っていた。人を殺すという道理に外れた行為をどう感じているかは人それぞれだが、二人は『これまで人を殺め続けてきた事に対する当然の報い』として受け入れていた。

 相手に同じ気持ちが備わっているとは思っていない。だが根本的なところは似ているだろう。『死ぬなら死ぬ。死なないなら仕事をするまでだ』。そんな非道な倫理が、
彼らを闇に落とし続けているのかもしれない。
 だからこそ、わざわざ防弾チョッキに頼ってまで自分の命を守るという行動は同業者として一笑に付せるものだった。

「でも、奴らは着てたわよ。本当ならもっと早く戦闘は終わっていた筈だった」

 「ああ。撃たれた奴が『ちゃんと死んでいたら』、もっと早く終わっていたし、俺もお前も怪我せずに済んだかもしれない」

 「……それって」

 「そう。『撃たれる事を予期していた奴らだけが』防弾チョッキを着ていたんだ。お前の感覚を信じれば、最初に殺した奴らはチョッキを着ていた筈だぜ。あれは元々軍用の武装だし、それなりに重量がある。いくら殺し屋でも、慣れないものは慣れない。だから動きがチョッキを着ていない奴よりとろかったんだよ。そして、この防弾チョッキは同時に時間稼ぎの役も担っていた。お前が望んでいた『もっと早く戦闘を終わらせる』のを妨げるために」

 「……赤島さんって、意外と頭良かったりする?」

 「いやいや、だから長年の勘だって。それにこれは仮説だぜ、合っているとは限らないさ」

 とはいえ、この仮説が実証されてしまって困るのは赤島達だ。時間稼ぎ然り防弾チョッキ然り、誰かが組織に介入している蓋然性は確実となってしまう。赤島は深い吐息を吐きながら淡々と言葉を吐き出した。

 「俺達が知らないところで、誰かが糸を引いてる。そいつの目的は俺らを潰すことか、組織を内側から引き裂くことか……」

 「なら、私達はこの先どうすればいいの?」

 宮条が何気ない風に先輩へと疑問を投げかけた。無精髭を生やした中年の殺し屋は二ヘラと笑ってみせる。

 「もちろんやり返すよ。敵が外部だろうが内部だろうがね」

 やがて宮条が「ここで」と言って別れた。彼女は日中の間だけ建築関係でバイトをしているらしい。殺し屋の仕事は意外と報酬が高いのだが、それでも普段働いているとなると、彼女はまだ表の世界で生きていける人間なのだろう。それが赤島には少しだけ羨ましかった。

 赤島は一人歩きながら、宮条には言わなかった可能性を心中で唱えた。

 ――俺はアイツが黒幕だとも考えているんだけどな……それはさすがに安直すぎるか。

 脳裏に浮かぶのは、八幡や狩屋に続く美青年であるチームCのリーダー。細い輪郭と柔和な笑みは女性の心を射るには十分な威力を誇るだろう。けれど彼が殺し屋の一人である事を忘れてはいけない。

 大河内降矢。判断力にも優れ、今回の作戦を一番最初に促した人物。あのとき彼の考えに赤島は反対したのだが、彼の具体的な説明を聞いて納得せざるを得なくなったのは記憶に新しい。

 その他にも彼に関する疑問は個人的にいろいろ感じる部分があった。別に妬んでいるわけではない。ただ大河内の完璧すぎる行動に逆に気になっていたのだ。

 「……何か気になったら阿久津さんにでも聞いてみるか」

 誰にも聞こえない声でそう言って、赤島は陽射しを背に浴びながら街の中へと溶け込んでいった。

 しかし、彼は知らない。

 昨日の戦闘が終わった直後に、自分達が所属する組織の中枢が何者かにクラッキングされたという事を。彼らが所有する膨大なネットワークが全て敵の手に落ちたという事実を。副局長の阿久津が今、失意と諦念のどん底に沈んでしまっている事すら、彼は知らない。

 敵の内情も真意も正体も分からぬまま――

 街の裏側で餌を求め続けるだけの小汚い鼠共による無駄な争いが始まる。 
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