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提督の娘

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第二章


第二章

「妬けるものがあるな」
「人よ恋せよ」
 ダスティは今度はこんな言葉を出してみせたのだった。グラスを片手にして。
「イタリア人がよく言いそうだな」
「ははは、そうだよな」
 ここでフランス人と言わないのが流石だった。
「イタリア人だな、本当に」
「そうして家庭を持てか」
 次に導き出される答えはこれであった。
「そういうことなんだな」
「家庭か。実はな」
 ここで同期は照れ臭そうに笑って彼に言ってきた。
「俺この前今いる艦の艦長に言われてな」
「どうしたんだ?」
「見合いを勧められたんだよ」
 そうなったというのである。
「相手はロンドンにいるアパート住まいの男爵家の御令嬢でな」
「アパートのか」
「ああ、一応家柄はしっかりしてるってことでな」
 イギリスでは貴族がそうしたアパートに住んでいるということがよくあるようになっている。あまりにも莫大な相続税や累進課税の結果先祖代々の屋敷を手放さざるを得なかったのである。尚こうした政策を推進したのが社会民主主義的思想である。それがいいのか悪いのかは別問題であるがこれは事実だ。
「それでなんだけれどな」
「いいんじゃないのか?」
 ダスティは同期のその言葉を聞いてこう述べた。
「それでいい相手と結婚できるんだったらな」
「いいか」
「そう思うけれどな」
 また同期に対して言葉を返してみせた。
「見合いもな」
「そうか。じゃあその話受けてみるか」
「受けてみるじゃなくて断れないことだけれどな」
「ははは、確かにな」
 同期は今の彼の言葉に声をあげて笑った。
「艦長だからな」
「そういうことだよ」
 階級と地位の違いである。軍隊では何といってもこうしたものが絶大な効果を発揮する。それが軍隊をして軍隊たらしめているからである。
「実は艦長の姪御さんらしいんだよ」
「そっちの艦長のか」
「年頃でいい相手はいないか」 
 こうした話は何処にでもあることらしい。イギリスでも。
「それで俺が丁度赴任してきてだ」
「いい具合に鴨が来たってわけだな」
「俺は鴨なんだな」
「それが嫌なら何がいい?」
「海軍だから鴎がいいものだ」
「それじゃあそれにするか」
 そんな他愛のない話をしながらパーティーの場にいた。やがてそのダスティのところに一人の麗しい美女がやって来たのであった。
 黒い顔に穏やかな優しげな顔をしている。彫はあまりないが目ははっきりとしてそこからも穏やかな光を放っている。鼻もそれ程高くはない。何処かアジア系を思わせる、そうした整った顔立ちだった。
 その目はやや切れ長で黒い。琥珀の輝きである。口は紅で大きめである。髪は絹を思わせるまでに柔らかでありその髪を上で束ねている。白い見事なデザインのドレスを着ている。装飾はダイアで腕や胸にそれを飾っている。
 その美女がダスティの前に来た。そうして彼に声をかけてきたのであった。
「あの」
「はい、何か」
 ダスティは無意識のうちに姿勢を正して彼女に応えた。如何にも軍人らしい動きであった。
「宜しければですが」
「何でしょうか」
 きびきびとした声であった。やはり軍人のものである。
「もうすぐダンスがはじまりますので」
「はい」
「御相手をして頂けるでしょうか」
 こう彼に言ってきたのである。
「宜しければですが」
「私がですか」
「はい、私でよければ」
 美女の方も言ってきたのだった。見ればその歳は二十六程度であろうか。彼より上である。だがそれだけに色香も漂い彼を魅了していた。
 
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