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ソードアート・オンラインーツインズー

作者:相宮心
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SAO編-白百合の刃-
  SAO19-黒氷の涙 

「よぉ、お前の悲鳴が他の奴らに聞こえないように移動させたことを感謝しろよ」

 私は荒野にある一本の木が目印のところまで強制に移動させられた。
 抵抗したくても抵抗出来ない。振り払いたいけど振り払えない。体がまともに動けるのなら、こんなことに付き合うことはない。

「感謝しろよ? だったら麻痺毒を治してもらいたいわね、ストロングス」

 異変が起きたのは休憩時、クラディールとストロングスの仕業によって、キリトにコトブリー他数名と私は麻痺になってしまった。原因は水に毒を仕込んであったため、口に入れた時にはすでに遅かった。
 おかげで身体が(なまり)のように重くて、体が上手く動けない。それを治す解毒結晶も、逃げるための転移結晶もコトブリーに預けたまであり、手持ちのポーションでは解毒効果はないから、なにもすることができなかった。
 私達を麻痺にした後は、クラディールが気持ち悪く笑い叫びながらコトブリー他数名を躊躇なく殺した。その後、同じ気味悪くて似合わない笑い声を出しながらストレングスに引っ張られてしまい、今に至る。
 となると、クラディールの相手はキリトになるわけね。

「なんでこんなことをするのが意味わからないけど?」
「意味わからない? 決まっているじゃないか……貴様を殺すために決まっているんだよ!」

 ストロングスが狂ったように奇声を上げ、斧の刃が顔に突きつけられる。

「俺はなぁ、貴様のような可愛げのなくて氷のような女がだいっきらいでな、殺意すら覚えるんだよ」
「だから殺すってわけね……まったく、救いようのない。気持ち悪い変態のくせに」

 これほどバカな男は初めてだわ。麻痺毒が無くなったらどんな表情するでしょうね。

「それにしても、吠えるだけの犬の割には計画性いいじゃないの。心が歪んでなきゃ出来ないわよ? もしかして…………殺人ギルドに入っているでしょ?」

 ストロングスは首を振って、ニヤッと見下すように口にした。

「いいや、俺はクラディールにのっただけでオレンジギルドには入ってはない。同じように邪魔な奴が居たから協力したまでだ。どうした麻痺ってて、頭も麻痺になったのか?」

 ストロングスは嘲笑うとすぐに見下し始めた。

「だがまぁ……あんな歪んだ奴に、アスナ副団長をいたぶらせるわけにはいかない。お前を殺したあと、俺はクラディールを殺す。なぁに、心配いらないさ。俺以外の一員はクラディールに殺され、生き残った俺はクラディールを撃退して英雄となれば、悪はクラディールだけになる。そうすればアスナ副団長もイリーナ副団長も俺のことを褒めてくれるだろう」

 くだらない計画だと思った。たまたまの結果じゃない。そのたまたまで私が麻痺になること、私が死ぬことが不愉快。

「貴方って……本当に似合わないよね。性格も外見もやり方も言葉も思考も中途半端。キャラが定まらなくてつまんないわね。嫌いだわ」
「黙れ! そんな減らず口を叩いていいのか? 今なら許してあげてもいいんだぜ。ただし、泣きながら謝るんだな! 無理だよな! お前みたいな氷の女は機械のようにスクラップされるのがお似合いなんだよ! 孤独になって死ぬのがお似合いなんだ、このクソ女が!」

 …………。
 そうね……。
 そんなことするくらいなら、死んだほうがマシ。貴方の言うことなんかは拒絶して、抗って……死んであげるわよ。
 それに惨めに謝っても殺すくせに、なにを言っているんだか。
 悪運に巻き込まれた時点で、もう私の命なんてないようなものよ。

「さぁて……そろそろ痛めつけて殺さないとなぁ、麻痺が解除される前にお前の叫びでも堪能してやるよ!!」
「っ……」

 ストロングスの持つ斧は左頬に食い込み不愉快な痛みが走る。声を上げてしまえば彼は私をおもちゃのように満喫する。
 そんな屈辱は受けたくはない。だったら、死ぬまで抵抗してやる。ストロングスの思い通りには絶対にならない。

「どうした、あぁ? 我慢してねぇでよぉ、悲鳴でも上げろよな!」

 彼の左足が腹に踏み降ろされ、両手斧で顔面を斬っては右足を蹴り上げて、彼は奇声を上げるとともにやりたい放題に痛めつけ堪能している。
 それによって確かなダメージが加算されていく。嫌な電流が走って気持ち悪いのを感じた。でも、それ以上に彼の気味悪い笑い声が目障り。声を漏らさないように歯を食い縛り、麻痺が治るまでひたすら耐え続けることで、私は抵抗した。

「なんだよ……我慢しているのか? これだから氷みたいなお前が嫌いなんだよ……気味悪い」
「貴方だけには……言われ……たくないわねぇ」

 一度、左頬に食い込む斧を抜くと今度は右足を突き下ろしてきた。私のHPバーはイエローゾーンへと減らされる。危機的な状態になっても麻痺は治らない。

「本当に可愛げねぇな。誰がお前みたいな奴を好くんだよ」

 この世に及んで、なにをバカなことを言うのかしらね。

「別に……私は誰にも……好かれたく、ないわよ」

 貴方ならわかるでしょ。私のことを殺意を沸かせるような目には何が映った?

「まさか私のこと、何も知らなずに嫌っていただけなの? やっぱりバカで低能の気持ち悪い吠えるだけの犬ね。私を屈辱させたいのなら、もう少しマシなやり方をしたらいいんじゃない?」
「なんだと?」

 所詮は一人ではなにもできない愚か者。敵意ばかり向ける貴方に、得られる物なんて限られているわ。私が手に入ったとは言わない……が、ストロングスも得られる物なんてないわ。
 根拠関係なく、そうできているのだから。

「特にストロングスなんかに好かれるなら、嫌われた方がマシだから……貴方の言葉に、何一つ頷けるものなんてないわ」
「ちっ、本当に可愛げねぇの奴だな!」

 舌打ちして、気味悪く唇を吊り上げ笑っている。まるでゴミを見るような目で私を見下している。
 そこまでして、私の弱音を晒し出して笑いたいの? 私のこと嫌いなくせになに考えているのだか、気持ち悪くて吐き気がしそう。

 ……第一。

 弱音を吐いて何が変わるの?
 泣いても、泣き叫んでも、誰も助けになんかこない。

 泣いたって救いは来なかった。

 泣いても変わることはなかった。

 そうだった。私はそうだった。

 くだらない。

 くだらな過ぎて逆に笑いそう……。

 人なんか厄介事には関わりたくない生き物だから、自分が一番に決まっている。
 そうじゃない人もいることは知っている。でも世の中、みんなバラバラで周囲の空気に溶け込み、結局は自分の身を守っている。自分の身を守るためなら、些細なことでも、大事なことでも傷つけるような行為をする。そういう風にできてしまっている。
 私は人嫌いだ。泣いても無視して見ぬふりする人はもっと嫌いだ。それを含めて自分が嫌い。私も自分が一番可愛いと思い、泣いている人を無視する、どうしようもない自分が大嫌い。
 当然、ストロングスのことも嫌い。
 私の何がわかるっていうのよ……。
 …………。
 ……なんだか……………よくわからなくなってきた。

 頭が痛い……。

 あぁ……そうか、実際痛いのよね。ストロングスのせいで気持ち悪い。おかげで心の中が整理できない。いろいろとごちゃごちゃして、何をすればいいのか……わからない…………わからないわよ。
 なにもかも……なにが正解なのか、悪いのかも……。
 陽に背けて、誰かに頼ることなんて慣れてない陰の中で暮らしてきた私は……どうしたらいいのよ……。
 どうすれば、気持ち悪い感情から抜き出せるのよ。

「なら、サクッと殺してやるよ」

 ストロングスは天に向けるように上げてから、おもいっきり振り下ろされ、左肩に斧がめり込んだ。
 HPが減少して、とうとうレッドに変わり危険域へと達した。
 とうとう……死ぬのね。
 死んだらこの気持ち悪さも、解放できるのかしら。
 私が死んだらどうなるのかな? キリカとかアスナら辺は……悲しんでくれるのかしらね。バカだから私が思っている当然のことなどしてくれはしなさそう。
 でも、キリカは私が死ぬことを一番望んではくれなさそうね。あのバカは、お人好しのくせに、お人好しのせいで重い物を背負っている。犯した罪を生涯ずっと抱え続けるなんて、そんな重圧を背負うにはどれだけ辛い思いをしなければならないんだろうか。自分を責め続ける苦痛は、結局自分のことが一番大事なのを否定するようなものだから、想像以上に辛く、それも何度も痛み出す度に悲しむなんて、荷が重すぎる。
 私が死ぬことで、キリカが崩壊しないかが……心配だ。
 死ぬ直接で人の心配をして後悔するなんてね……。
 私も…………バカなのね。
 バカで……どうしようもない人なんだわ。

「おぉ、おぉ! なんだ、やっぱり怖いんだなぁ! そうだよな!! フハ、フハハハハハハハ!!」

 ……?
 なに、急にバカみたいに笑っているのよ。サクッと片付けるんじゃないの? それとも余裕の表れ?
 死ぬのが怖いとか、貴方にそんな顔した覚え……。

 「――――っ!」

 えっ……なに…………これ……は……。

 そんな、そんなはずない。

 いつ、

 いつ! こんな感情が起こったのよ!

 否定したのにどうして……ッ!

「なるほど氷っていうのは、溶けて水になるんだったな……氷のような貴様は今」
「ち、違う!」
「違くねぇ! ドウセツ、お前な…………」
「違うわよ!!」
「今、泣いているんだぜ!! 氷が解け、水になるようにな!」

 そんなはずない。
 そんなはず……あるわけない。 
 そんなはずないって……信じたかった。
 信じたほうが良かった。
 でも、私がどんなに否定しても、ストロングスの言葉は紛れもなく真実だった。
 ここに来て、ようやく死の恐怖の意味がわかったのだから。それに私は泣いてしまったんだわ。
 冷静に、冷酷で、常に自分は弱さを見せないようにしていた。だけど、どんなに冷静になっても恐怖は冷静よりも、冷酷よりも、冷たくて、痛くて、怖くなった。
 耐えられなかった……弱さ。誰にも見せたくない“もう一人の私”が現れた。

「どうだ、ドウセツ? 今になって死にたくないだろ? それともさっきみたいに抵抗して『殺せば』って素っ気なく言うのか?」

 彼の言葉を否定したかった。いつものように冷静な態度で返せば彼の思い通りにはならないはずなのに……。
 今は口に出さないと不安で仕方がなかった。それほどまでに死と言う本当の恐怖を剥き出しになった私は、弱さしか残ってない。
 冷静と言う名の強い武器を外した、“弱い自分”の姿が出されてしまった。

「う、うるさい!! 聞くな! 見るな! 近寄るな!」

 声を荒げて抵抗した。しかし彼にとっては痛くもなくむしろ爽快だった。

「ハハッ! 最高でムカつく奴だよ、貴様は。だけどなぁ……お前を殺さないと今後がきついんだよ。残念だが、ここでおさらばだな。最高だよ、貴様の泣きを見られてよぉ!! でも残念だったな、貴様はここで一人寂しく死ぬんだよ!! ザマネェナァァ――!!!!」

 最期のとどめと言わんばかりに、両手斧を振り上げておもいっきり振り下ろした。

 本当に終わりなのね……。

 一人寂しく…………死んじゃうのね。

 もう、それでいいわね。

 この世界でいるのが怖い。

 現実世界に戻ることも怖い。

 冷たい世に生きてきた私にとって、温もりを憧れる反面に、恐怖で未知の世界。
 わからないよ……もう、ごちゃごちゃでわからないわよ…………。
 全てを諦めたつもりだった。ふと彼女が走馬灯のように浮かび上がった。
 その彼女はアホでバカで、どうしようもない変態でバカで、(ごく)がつくくらいのお人好し。
 だけど……彼女は不思議でなんでも受け入れてしまいそうな優しくて太陽な存在。陰と闇を照らす優しい陽を持つ……罪を引きずりながら陽に暮らす者。
 そう言えば、彼女も言っていたわね。頭がごちゃごちゃで何が正しくて何が間違っているのかわからなくて苦しんでいたって……。
 助けてね……。
 …………。
 …………。
 …………。
 ……違う。
 そんなんじゃない。
 ごちゃごちゃじゃない。
 届かない声かもしれない。泣いたって何かが変わることも得ることもないことを知ってしまい、今まで生きてきた。その言葉に無意味だってことも知っている。

 それでもいい。

 それでもいいから、

 キリカ。

 お願い。

 ……けて

「たすけて」

 その言葉は遠く彼方へ届くように言葉にした。

「あぁ!? 助けて? バッカじゃねぇの? 誰もお前なんかに助けに」

 闇を照らす希望の光。

 「…………ばれ」

 太陽のような温もりと優しさを持って居場所になりたい存在。

「歯を食いしばれ! ストロングス!!」

 白銀の光。
 白百合のお人好しは、助けての声が届けば、かけつける人だった。



 危なかった。
 あと一歩でも遅れたら取り返しのつかないところだった。
 薙刀でストロングスの斧を弾いて、すぐに『神風』でストロングスをぶっ飛ばした。

「大丈夫!?」

 私は必死になってドウセツの安否を確かめたく、ドウセツに近寄った。
 
「……キリ……カ…………」

 ドウセツを見て、目いっぱいに開き驚いてしまった。
 ドウセツがボロボロと弱々しく涙を流して怯えていたのだ。
 それで私はどうしてドウセツが泣いているのかと悟ることができ、不思議と冷静な判断が思い浮かべた。
 まず、すぐに、ピンク色の結晶を取り出してドウセツの胸に当てて「ヒール!」と叫んだ。転移結晶の回復版、名を口にすればすぐに回復できる。これでドウセツのHPは全回復が完了した。
 あとは……。

「ぐっ……なんでお前がここに……」

 ストロングスはこちらを驚愕していて、すぐさま睨みつけていた。

「説明長くなるから、短めに話すと…………どうして、あんたとクラディールだけ無事なのかを疑問に思って駆けつけた」
「そ、それだけの理由でか?」
「それだけでも十分だと思うけど」

 ドウセツを助けるためなら、全力を尽くす。それだけだよ。

「だ、だけど。お前はグランザムにいたんだろ!? なんでいるんだよ! たった数分でつける距離じゃないだろ!」

 ストレングスは私が来ることを想定しなかったようだ。当然だ、そもそも私が駆けつけてくることなんて普通はありえないんだ。だから、ストロングスは想定外の事態に焦りと不安の顔が伺える。

「距離なんて関係ないよ。大切な人の命がかかっているんだから。それにドウセツが“たすけて”って聞こえた……だから私は間に合わせたの」
「なっ!?」

 そうだ、聞こえたんだ。
 たすけての一言。私は確かに聞こえた。聞いたのに聞いたふりをして見過ごせないし、聞いたのに助けられないなんて、そんなのお互いに嫌じゃない。助けを求めているのに、なにもできなかったことは私は嫌だから、本当にドウセツをひとまずたすけられたことにホッとしている。
 でも、まだドウセツを助けていない。

「これから私はドウセツを助けるわ」

 そう。助けるためだったら……ドウセツを助けるためだったら、

「だからストロングス……邪魔しないでね」

 重い罪を背負う覚悟もできているわ。
 私は一旦、ドウセツの方に向き返る。そしてしゃがんでからドウセツの頭をポンポンと当てた。

「待っていて…………終わらせるから」

 返答はなかった・だけど、頷いているような気がした。

「貴様が……貴様がこなければ!! ドウセツを殺れたのに……邪魔をするなあああああ!!!!」

 後ろを向くと、獣のような叫び声を上げ、両手斧で叩きつけるように振りかぶってきた。

 ドウセツを殺すって?

「その言葉、軽々しく言っているんじゃねぇよ!!」
「ひっ」

 ストロングスに勢いが無くなる。怖気ついて体が鈍っているんだろうけど、ストロングスは邪魔をしたからには容赦はしないし、私は心を鬼にする。

「ストロングス」
「ぬおぉぉぉぉ!!」

 冷静さを取り戻せず、恐怖に負けない気持ちで無茶苦茶に両手斧をブンブン振り回してきたのを最小限に回避してから、薙刀を大きく振り上げる。

「罪ってね、思っている以上にとても耐えきれないくらい、重いのよ!」

 そして私はストロングスに薙刀の連撃を繰り出す。それはもう、相手が休む暇も与えずに確実に斬り刻んでいき、HPバーは赤になり危険域に突入したところでストロングスを突き飛ばした。
 仰向けに倒れたストロングスの顔面に、薙刀を突きつける。
 ……あと一撃加えたら、彼は消滅する。
 それは死を意味することと同じで、私はストロングスを殺すことになる。

「わ、わかった! や、やめてくれ、俺が悪かったからたのむ! 許してくれ! 二度としないから許してくれ! 助けてくれ!」

 悲鳴のように彼は助けを求め、生を望んでいた。殺人を起こそうとしたけど彼は死にたくない恐怖を味わっていたのだ。

「貴方が犯そうとした罪はね、一生許されないとても重い罪。今貴方が抱いている恐怖をドウセツは受けていたのよ。それを貴方は更に絶望へ突き落としてから、希望の光を完全に閉ざそうとしていた。だから、ストロングスは殺されてもおかしくはないし、私はドウセツを助けるためなら、一生償えない貴方が犯そうとした罪も背負う覚悟もできているわ」

 本来なら、ストロングスは牢獄に入れさせるべきだけど、既に取り返しのつかないことをしようとしていた。
 個人的にもドウセツを殺そうとしていたストロングスを許せるほど、私は甘くない。
 ストロングスを助けることはできない。だって、ドウセツを助けるためなら、ドウセツを殺そうとしていたストロングスをなんとかしなければならない。
 だから、ドウセツが安心するためには、恐怖の対象であるストロングスを……消滅させなければ、ドウセツを助けたってことにはならないわ。

「お、俺はな、クラディールに脅されたんだ! クラディールはな、キリトを殺したいから、今回の事を起こしたんだ。それに、キリトを助けないとクラディールが殺してしまうんだぞ! それでもいいのか!?」

「キリトのことならアスナに任してある。そもそもの話、今回の異変に気付いたのはアスナなの」
「あ、アスナ副団長が!?」
「だから……大丈夫なのよ。私の役目はドウセツを救うことと……ストロングスを殺すことよ」

 私はハッキリと言った。人を殺すという宣言を。
 
「許してくれ!!許してくれよ!!悪かったから!二度とやらないから許してくれ!!お願いだ!!生かしてくれ!!」

 ストロングスは自分が助けてもらえないことがわかり、死に抗おうとして悲鳴のような命乞いをした。 
 薙刀でストロングスを斬ればドウセツは助けられる。
 そうしなければ、ドウセツを救えたことにはならない。ストロングスが生きている限り、ドウセツはずっとストロングスの呪いのようなものに怯え続ける。
 だから殺さなきゃいけない。私が裁判となり、ドウセツを殺したストロングスに、死罪を与えなければいけない。
 もう、私の判断のミスで……人が死ぬのが嫌だから……ここで、終わらせる!
 …………。
 …………。
 ……。 

「……そうだよね。生きたい……よね」

 私は薙刀を振り下ろすことができなかった。ストロングスを殺さなければ、ドウセツは恐怖に囚われたままで、怯え続ける。心を鬼にして、覚悟を決めたはずなのに……。
 結局、私の覚悟は安物だったんだ。私は人を殺したくない……だから、ストロングスを殺せないでいる。
「生きたいなら……しょうがないよね」

 結局、私の覚悟は安物だと自覚したので、ストロングスを逃がそうとした。ドウセツのことは私でなんとかしよう。最大の原因であるストロングスはオレンジプレイヤーになったから血聖騎士団にはもういられない。私が側にいれば、少しでも安心するだろう。いろいろと課題はいっぱいになるけど……私は覚悟ではなく、選択を決めた。
 結果的にドウセツは助かった。それだけで良いとはいえないけど……少なくとも、自分の覚悟を無理にでも通して、逃げ出した私よりも進歩したのかな……。
 わからないや。何が正解で、何が悪いのかも……。

「私、ストロングスを許せない」

 これより選択を実行する。

「私の気が変わらないうちに去ってね」

 といっても、ストロングスを逃がしてドウセツを助けるためだけどね。
 私はストロングスに背を向け、ドウセツの傍へと歩み寄った。
 転移結晶しなかったから持ってないだろうと思って、私の分の転移結晶を渡そうとした時だった。

「キ、キリカ! 後ろ!」
「甘えんだよ! バ」
「バカ」

 左足を軸に、体を180℃に回転して、ストレングスの両手斧が縦に空振り、薙刀の刃が胸に食い込みそのまま前に振り斬った。

「なっ……」

 何故、最初に戦った時と同じく目を見開いているの?

 忘れていたの?

 最初に戦った時、不自然な回避をしたことを自ら知ったんじゃないの? まさか、あれが偶然で運が悪かっただけだと思っているの?
 わからないか……自分の命を優先よりも、私を殺すという殺意に囚われた外道に、戦場の状況なんてわかりはしないか。
 私も甘いけど……ストロングスも甘いわね。

 自ら、命を落とすかもしれないという選択を確認せずに、誤った選択に実行するなんてね。

 私の一振りでストロングスのHPバーが無くなった。これより、ストロングスは消滅して、現実世界と同様に死ぬことが確定した。
 ストロングスは私に向き返り。憎々しげに怒号混じりに叫んだ。

「貴様、貴様アアアアアアッ!! 貴様がいなければドウセツは殺せたんだ! あんな女のどこがいいんだよ! ふざけやがって、ふざけやがて、この……白のしに……」

 言い終わらないうちに、ガラスの破片と変わっては崩壊し飛散。天へと舞って彼は消滅した。

「……言ったよね」

 飛散する欠片がストロングスだと思い、自分でも恐ろしいくらいに低音でささやいた。

「私の気が変わらないうちに去ってね」

 これで私は人を殺してドウセツを救った。正しいことなのか悪いことなのかはわからない。決めるのは、人を裁ける者が決定するだろう。といっても、この世界に人が裁ける者がいない。だから私を裁く人は誰かしかいないだろう。
 でもそれで良い。
 私はドウセツを失わずにすんだのだ。
 これで終わった。
 
「……さよなら、ストロングス」

 私はストロングスが殺した罪は忘れない。だから、ストロングスのことも忘れないわ。
 一つが終わったのでドウセツに近寄ってみると、ドウセツは頭を丸めて身を守るように三角座りをしていた。
 私は歩み寄って肩を叩いて優しくささやいた。

「終わったよ、ドウセツ」
「…………」

 ビクッと震え返事はしなかった。
 わかっている。 
 ドウセツは泣いていて、怯えている。
 ドウセツと言うイメージで作られた彼女ではなく、恐怖に怯えた普通の少女のように泣いていた。それは自分の身を守ることであった。
 いつの日か、自暴自棄になって不安や恐怖に押し潰れそうになった私を優しくささやき、抱きしめたように、

「もう大丈夫……大丈夫だよ、ドウセツ」

 私も身を丸めて怯えるドウセツを包み込むように、抱きしめ優しくささやいた。何度も大丈夫だと言い聞かせ優しく背中を擦った。

「……キ、リ……カ……」
「うん」
「……ごめん……少し経て、ば……だいじょうぶ、だから……だから、平気……」

 身を丸めていたドウセツはプライドもクールも恐怖から守る壁も脱ぎ捨て、力強くすがってきた。

「我慢しなくていいよ。怖かったなら泣いてもいいしさ、ためこむのはよくないから……流そうよ、全部。自分の感情をさらけ出しても、さ」

 いつの日か、自暴自棄になって不安や恐怖に押し潰れそうになった私に優しくささやき、抱きしめたように、

「…………いいの?」
「うん」
「……少し」
「うん」
「泣いても……いい?」
「うん」
「……ぐすっ……うぅぅ……うぅぁ、うああああぁああぁぁぁああぁぁあぁっっっ!!」

 ドウセツは感情を全てぶつけるように泣き出した。
 目の前にいる人は、氷のようなクールで毒舌でもなく、この世界に生きるソロプレイヤー『漆黒』と言う人でもなく、どこの世界でもいる幼い子供のように私の腕の中で泣きじゃくるドウセツと言う少女を離さずに温もりを与えた。 
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