ソードアート・オンライン ≪黒死病の叙事詩≫
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
≪アインクラッド篇≫
第一層 偏屈な強さ
≪イルファング・ザ・コボルドロード≫ その壱
前書き
ボス戦です。戦闘描写はSAOの醍醐味の一つでもあるのでもっと大事にしたいですね。
現在午後十二時半、迷宮区最上階踏破目前ナリ。
道中、四十六人という大部隊での行進ゆえ、肝が冷やされるような危険な場面が幾度かあったが、ディアベルの指揮能力と我らがH隊によってその危険はすみやかに排除された。前列中列でモンスターに襲われればディアベルが戦闘する部隊を口頭で伝え混乱を避ける。後列でモンスターに襲われればソロビルドプレイヤーが多いしんがりの我らH隊が対処する。慣れない行進の混乱によりポットの消費は余儀ない、と思っていた俺なのだが驚いたことに、イルファルグの玉座付近に着いても自然治癒だけで回復は事足り、ポットを使う必要はなかった。どれほど余裕だったかと言えば、雑談をするぐらいには精神的にもクリアリングにも余力があったほどだ。話を聞けば他のパーティーメンバーもポットを使わなかったらしく、この実力と構成ならクリアリング部隊としては十分に活躍できるだろう。
雑談の中には少々変わった話もあった。特にキリトのアニールブレードの売買の話が中々に興味の引く話であった。
「スバル、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「うん? 俺で良ければ相談にのるけど?」
キリトがH隊の先頭を歩いている俺の横に並び、背負っているアニールブレード(+6)に目を送りながら言葉を続ける。
「アルゴを挟んでいるんだけど、俺の剣を四万コルで買いたいってやつがいるんだ。俺のアニールブレードの相場は一万五千コル、プラス六まで強化するための素材代が多くて二万コル。つまり五千コルもお得な取引ってわけなんだけどさ」
「ん? うーん? ……確かにそりゃ不可思議だ。五千コルって相当な額だし。不審に思うのも分かるぜ」
「だろ? アルゴと少し話したんだけどチンプンカンプンでさ。スバルはどう思う?」
「どうもこうも……ファンの仕業じゃないのか? 前向きに考えるならそれぐらいしか思いつかないな。……といっても第一層でファンができるプレイヤーなんていやしないか。いるとしても精々、ディアベルぐらいかな? この線は考えなくてもいいか」
「いや、確かに。……正式サービスでの第一層でファンなんて出来ないだろうな」
「あー、そっか。そうだよな。うん」
キリトは深く考えるように俯き、話は途切れた。第一層以前のもうひとつのアインクラッド、クローズドベータのアインクラッドでの≪英雄キリト≫が何をしていたのかは知らないが、未だその消失した時代を引きづるプレイヤーがいたというわけだ。そうだとしたらファンと考えるよりも戦力低下を望む競争相手の一人だと思考するのがふさわしいだろう。となるとそのプレイヤーはβのアインクラッドを知る人物ではなかろうか。俺が聞くのは少々卑怯な気もするが買い手の名前を知りたい。
「キリト、買い手の名前は? アルゴを挟んでいるんだから金次第では聞けたろ? 聞かなかったのか?」
「……いや、その情報は買ったよ。……キバオウ、だとさ」
わけがわからん、と思った。キバオウと言えば今や反ベータテスターの象徴ではないか。
「ちぐはくだ。キバオウかよ。じゃあもう時間がなかったとかコルだけ余っているとかじゃないのか?」
「……うん。これ以上は考えてもしょうがないな。もう終わったことだし」
それだけ言ってキリトは移動速度を落とし俺の隣からフェードアウトした。今度はインディゴが代わって俺の隣に並び雑談を交わす。こちらはそれほど大したことではなかった。現実で遊んでいたゲームを少々話したり、RTSのコツを一方的に語ったり、MMOのこだわりを語り合ったり、インディゴが≪盾スキル≫と≪武器防御スキル≫両方を取っているという衝撃のカミングアウトしたりぐらいだった。雑談がレベリングの話に移り、ふとパーティーメンバーのレベルを知らないことに気づいた。
ここでパーティーメンバーのレベルを一応聞いておいた。デスゲームと化したSAOでのレベルというものは分かりやすい強さの基準なので他人に教えたくないのが一般的なのだが、どうやら俺は嬉しいことに彼らの信用を買えたらしい。つまりは教えてもらえたのだが、どちらかと言えばこの場の誰もがレベルの秘匿には無頓着だったというほうが適切かもしれない。その証拠に彼らは公然と自分のレベルを誇らしげに宣言した。
パーティーリーダー≪スバル≫のレベルは12。
タンクを担当する≪インディゴ≫のレベルは13。
タゲを集める仕事である≪ギア≫のレベルは10。
ダメージディーラー≪キリト≫のレベルは13。
リニア―が上手らしい≪アスナ≫のレベルは10。
平均レベルが11以上と、レイド全体の平均レベル10と比べたら高い。MMORPGはレベルが上がれば上がるほどレベルアップのための経験値必要量が大きく増加する。この第一層での経験値効率はおおよそ10レベルほどから限界がきて、レベル上げが難しくなってくる。俺がレベル10から11に上げる時はここまで経験値の黄色いバーが上がらないものかと辟易したものだ。言うなれば狩場が適正ではない、というやつだ。そういう意味ではレベル13の二人は恐ろしいほどMOBを狩っていることになる。昨日レベルの上がった俺からしてみれば追いつき難い差だ。とは言ってもスキルスロットの数は同じ四つなのだからレベル11以下のプレイヤーから見れば俺も相当次元違いに感じるだろうが。
と、俺の思っていたことを、レベル11以下プレイヤーの立場のギアが俺達のレベルを聞き信じられないといった表情で喉からやや高い少年の声を出す。
「そ、そんな……ソ、ソロだからレベルだけなら自信あったんだけど……。もしかして、ええっと、もっと効率のいい戦闘スタイルがあったり?」
と、ここで目的地に到着し足を止める。ついでギアの質問に俺が返す。しかしこれは昨日のことだからインディゴ達のレベルの理由にはならないのだが。
「デュオとかのほうが効率いいぞ。経験値は若干落ちるが、戦闘が安定するし短くなる。それに精神的な負担も少ないから長い間ずっと続けられるしな」
「へぇ~。……デュオかぁ。成程ねぇ……」
と、そこまで言うとギアは拗ねたように俺とインディゴのペア、キリトとアスナのペアを交互に見た。ギアの視線の意図に気づき、俺は言葉も出さずに苦笑するほか無かった。
弁明しずらい勘違いから逃げるように俺は正面に視線を投げる。前方ではディアベルが七つのパーティーを綺麗に並ばせたところだった。我がパーティーは後方警戒という役割もあるためあそこに加わることはできない。それがほんの少し、残念だった。未だ雑談で騒がしい後方の仲間たちに向かってポツポツと言葉を紡ぐ。
「おっと、そろそろ始まるぜ。ええっと、まぁなんだ。俺たちにできることは限られていて、他の奴らと比べたら少ない。だからこそ余裕を持って全体の状況を把握して場の管理に努めよう。それがレイドの生存率にも繋がる。ディアベル達じゃ、案外気づかないことがあるかもしれないし、見落としを埋める意味でも全体に気を配ろう」
不思議なことにパーティーが十二体の≪ルインコボルド・センチネル≫を捌き切ると確信していた。後ろに目を送ると、キリトとインディゴを始めパーティーメンバー全員が一度だけ頷いた。俺は口角を僅かに上へ揺らして前方へと両の目を戻す。
するとちょうど、ディアベルは銀の直剣を高々と掲げ、こくりと大きく頷き。
「――――――行くぞ!」
短い叫びが尾を引いて俺の耳に入り、開戦の意味を為す。
ディアベルの腕により扉が開き、向こうより七色の乱射光が薄暗い洞窟に差し込む。手前のほうからその光に染まっていき、まるで火に飛んでゆく虫達のように、戦士達は鬨の声を上げながら光源へと雪崩れ込んでいく。
その連想に俺は嫌な思いを抱きながら、最後尾のH隊も火中に飛び込んだ。
眩い光に目を細めながら、ボス部屋を視覚情報で迅速に検分する。真っ先に思ったのが、広い。そして遠い。ボスと接敵するのも一苦労する距離だ。横幅は体感二十メートル、奥行きは……二百メートルにも感じる。実際の距離はアルゴの攻略本におよそ百メートルと書いてあるのだが、ここまで体感と情報が食い違うのだからボスの数値的な情報にはあまり頼ることはできないだろう。しかし幸か不幸か、H隊が担当するのは取り巻きの≪ルインコボルド・センチネル≫だけだ。まぁ、だからといって予想外のことが起きないとは限らないのだし、他の隊とは性質の違うチームワークが要求されるのだから気を抜くことはできない。
次に退路を確認。良し。情報通り扉が閉じられることはないようだ。しかしこの距離だとあまり撤退はできない。長すぎるのだ。ざっと見て最速撤退時間がおおよそ三分、普通に行けば五分、混乱状態だと十分は見積もるべきだろう。撤退は進軍よりも難しい。最も犠牲者が生まれやすいフェイズだ。できればしたくない。
そんなことを考えているとコボルドの王、イルファングが侵入してきたプレイヤーに怒声を上げた。
「グルルアアアアッ!!」
≪イルファング・ザ・コボルドロード≫。その王の姿は昨日も見たのだが、命を懸けて戦うとなれば昨日よりもずっと恐ろしく感じる。青灰色の毛皮、二メートルを超える逞しい体躯。飢えた赤金色の爛々と輝く隻眼。右手には骨で作られた斧、左手には皮を張り合わせた円形盾。腰の後ろには長さ一メートル半近くの鞘――情報では湾刀を差している。
敵影を確認した青髪のレイドリーダーが高く掲げられたままの直剣をさっと振り下ろた。
戦闘開始。全部隊が≪イルファング・ザ・コボルドロード≫と三匹の≪ルインコボルド・センチネル≫に向かい駆ける。
最初に接敵したのはA隊のヒターシールドを掲げる戦槌使い、それに続いてタンクA隊のメンバーが続く。その左斜め後方にエギルがリーダーのタンクB隊、その右にディアベルの率いるアタッカーC隊が陣形を為す。ABC隊で三角形を作り、各隊がまず一匹ずつセンチネルと接敵。
ここで俺達H隊の出番だ。ABC隊がコボルトを倒しても良いのだが、ポットを減らさないためにも集中力を削らせないためにもH隊は結成された。各部隊のリーダーがせわしなく自分の部隊へ指令を出している。その中に一つ、俺の声が響く。
「キリトはC隊のカバー! ギアはA隊B隊のセンチネルを釣ってくれ!」
駆けながら後方のH隊に指示、「おう!」という二つの少年声が耳に入り、キリトとアスナが右のディアベルのC隊へと俊敏値を全開で駆け、俺とインディゴとギアが左のエギルのB隊のほうに駆けていく。H隊で最も俊敏値が高いのはギアだ。まずギアがエギルと鍔迫り合いをしているセンチネルの銅を水平切りソードスキル≪ホリゾンタル≫で攻撃、次に若干遅れて俺がセンチネルを攻撃、センチネルは当然のように俺の攻撃をゆうゆうと弾く。だがこれにより作戦は成功した。
この一連の連携によってセンチネルのターゲットがエギルからギア、ギアから俺へと変動し、センチネルはエギルの部隊から俺の方へと向かって走りB隊から離れていく。俺とインディゴはこのセンチネルと戦闘をし、ギアはそのまま走ってA隊のセンチネルに接敵しターゲットを保持したままA隊から離脱、俺とインディゴの戦闘が終わるまで攻撃を避けつつ待機。キリトとアスナは三匹目のセンチネルと戦う。これが三二に別れたH隊の作戦だった。
遅れてインディゴが到着、ターゲットをインディゴに移し俺は大きく戦線から離脱。大きな弧を描いてセンチネルの後方へ回る。センチネルとの距離にして直線二十メートルほどか。俺は息を潜め視界下部にあるハイドレートを見つめる。数十秒後、ハイドレートが暗殺可能を示した。――つまりはセンチネルの認識から外れた、ということだ。
深く息を吸い込み≪隠密スキル≫を発動。足音を忍ばしセンチネルに近づく。センチネルはインディゴとの戦闘で既に一割ほどのHPを失っている。十メートルまでに距離を縮めたところで俺はセンチネルに向かい助走の為にダッシュ、五メートルを切ったところで最高時速に達し同時に隠蔽が看破される。センチネルは途端現れた俺に驚く様子もなく振り返ろうとするが、インディゴの攻撃に気を取られ若干遅れる。俺は全速力でセンチネルの鎧の襟首を掴み体重をかけて後方に転ばせようと引っ張る。
ぐらり、とセンチネルは態勢を崩しそうになるが、しかしそれで攻略できるわけではない。コボルトはその低身長からは考えられないほどの筋力でぐいっと前へ体重をかけ、難なく窮地を脱する。もし俺一人だったら俺は決して勝てなかっただろう。
インディゴがにやりと悪戯な笑みを浮かべながらアニールブレードを高く掲げ、縦斬りの単発ソードスキル≪バーチカル≫を頭部めがけて放つ。センチネルは反射的に斧槍を構えて防御するが、インディゴの目的は攻撃を当てることではない。ガンッという金属音が響きセンチネルはぐらついた態勢を立て直せないまでに崩す。
俺は余裕をもってセンチネルに密着、≪罰≫を発動。黒煙のようなエフェクトを纏ったジャマダハルがセンチネルの背中にある薄い金属ごとそのまま貫き心臓に吸い込まれる。金属音の余韻に重なりながらと銃のような音が鳴り、さらにそれと同時にガラス塊を砕く音が鳴り響き、センチネルは絶命、爆散した。
敵の成れの果てを目で追い勝利を確認し、ジャマダハルに付着した血を払うように剣先を振る。周囲を素早く見回しギアの戦闘地点を確認する。十一時の方角、距離二十メートル前後。
「次行くぜ! 走るぞインディゴ!」
「ええ!」
勝てる。少なくともH隊の役割は全うできる。視界の端でアスナがセンチネルの喉を突いて倒した。向こうも問題はない。二体目を担当しているギアも特にHPは減っていなかった。
心の憂いとなるのは本隊だけだった。
頼むぜ、本隊。ディアベル。――任せて、いいんだよな。
仲間たちに頼るしかないという状況に俺は歯痒さを感じながら二体目のセンチネルに攻撃した。
後書き
作戦どうでしたでしょうか?破綻はないように練りましたがどうせあるんでしょうね。戦闘描写では主語が激しく入れ替わってしまい読みづらくありませんでしたか?
次はもっと頑張りますね。
あと玉座の描写はアニメ版を参考に多少改変しました。あっちのワクワク感の方が好きでして。
詳しく述べるとドアを開ける→すぐに七色に光る→部屋の明度が安定する→コボルト王が動く。です。
※シニアー→リニアー 誤字修正いたしました。
ではまた。
ページ上へ戻る