バカとテストと白銀(ぎん)の姫君
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第二章 彼と彼女の事情
第十一話 千早の事情
___9:27 新校舎二階 階段付近__
「吉井隊長、もうすぐBの奴が数学の新と上ってくるぞ。」
「了解瀬戸君、逃げられる前に取り囲むよ!」
「「応っ」」
小さな声で返事してくれたことにホッとする僕。
(大声なんか出されたら隠れているのがバレてしまうからね。)
MF(機動部隊)の隊長として僕には二つの任務があった。
一つ目は敵部隊の動向を探れる限り探り本陣にそれを報告すること。
二つ目はFクラスの部隊が実は三階、四階の旧校舎だけでなくあちらこちらに出没しているという事実を相手に見せつけること。
一つ目の任務はあちらこちらに散らばっているMFのメンバーの内六名がそれぞれ報告をしていることだろう。
問題なのは僕ら四名でどうやって二つ目の任務をこなすか、だった。
その少し前の事
階段の周りでうろうろしている生徒がいたのを見つけた、よく見ると僕たちのクラスの瀬戸という男で、MFに所属していて僕が諜報任務に従事するよう指示していたはずだ。
「瀬戸君、どうしてここに?」
「ん?あぁ吉井隊長か、俺はここらの警備が薄いことに気がついてな、その上ここは教師を上に連れていくときにBの奴らが通りたくなる場所だというのにな。」
成る程、たしかに教師の移動って大切なんだよね。教師の入れ替えで戦線を維持だとかをするもん。
先生の移動がどれだけ生徒に苦痛を与えるのかは、先の戦いでの船越先生に僕の大切な貞操を奪われそうになったことで僕は身を以て学習した。
「ってな訳で、俺は妃宮司令直々にお褒めの言葉を頂戴した!」
その言葉に僕の部隊は一瞬で黒服面のFFF団姿に変わってしまった。
「中村君、羽沢君、小野君、朝倉君早まっちゃダメだよ。瀬戸君は確かに抜け駆けした僕たちの裏切り者だけど戦争中は味方なんだよ?それに瀬戸君でさえ褒めて貰えるなら、僕らがきっちり活躍すれば司令に頭をなでなでして貰えるに決まってるよ!」
「「おおぉぉ……」」
「「なでなでして貰ってから瀬戸は異端審問会に掛けるとするか!」」
「どっちにしても訴えられるのか俺は!?」
といった一幕の後、僕らも階段付近に一時的に布陣して瀬戸君の援護という名目で戦果の横取りを企みながらも、それぞれに死角ができないように新校舎の廊下に二人、階段の三階側に二人、一階側に一人というように潜んだ。
「三階から降りてくるようだがどうする?」
「先生が居ないんじゃ戦争は仕掛けられないよね……拉致する?」
僕らは先生と行動していないから召喚フィールドを展開することができない。
「それよりは一階に行かせて、先生を連れてこさせた方が良くないか?」
「そうだね、一旦みんな隠れて。戻ってきて教師を連れていたら試召戦争を、連れてなかったら拉致するよ。」
「「了解。」」
____再び9:27頃 新校舎二階 階段付近_____
「先生、Fクラス中村行きます!」
「分かりました、承認します。」
「嘘だろ、何でこんなところにFクラスが……」
焦っているBクラスの人。でもしっかりと仕留めさせてもらおうじゃないか!
「「Fクラス 中村啓太 数学 79点」」
「「Bクラス 鞍里海人 数学 38点」」
新先生が広げてくれた召喚フィールドと、中村君の宣戦布告のお陰で相手が逃げ出した場合、問答無用で補習室に連れて行かれることは間違いない。
でも、Bクラスなのにこの点数って一体なに?
「まさか、僕よりもバカなのにBクラスに所属してるとか?」
「「「お前と一緒にしてやるなよ!!」」」
「そんなの言ったって君たちも同じでしょ?」
「くっそ、旧校舎の階段から何とか逃げられたと思ったら、こんな所でバカどものせいでアウトかよ……」
額に手を当て、天井を仰ぎながら彼がボヤク声が聞こえて気がした。
「容赦はしねえよ、喰らえ!」
中村君のツルハシ相手の胸に突き刺さる、そして相手の得点はゼロになり……
「戦死者は補習!!」
そう、かの有名な鉄人に拉致られていったのであった。
「ああいうふうには成りたくないよな……」
「そうだな…」
何もかも諦めてしまったような、死んだ魚のような目とでも言おうか、とにかくそんな彼を、敵であったにも関わらずつい手を合わせて、合掌の一つもしてあげたくなるほどの同情が胸にこみ上げてくる。
「みなさん、お手をお合わせください。『合掌』」
「「「合掌。」」」
そのとき僕らは疑わなかった、僕らが情報戦の中心となり妃宮さんにご褒美として頭を撫でられることを。
「いくよ、僕らの勝利と司令の為に!」
「「イエッサー!!」」
士気は高まる一方だった。
____9:45_____
Cクラス参戦
____9:49 新校舎_____
僕はそのときたまたまトイレにいた。
外から聞こえる怒号、助けを求める仲間の声、そして……
「くそっ、何だって吉井の野郎はこんな時に居ねえんだよ!俺たちと一緒に補習室に来いよ!」
地獄(補習室)へのお供として僕を呼ぶ仲間(仮)の声。
(絶対今戻ったら僕までやられちゃうよ!?でもここに引きこもっていたとしても見つからないとは限らない……)
「残りのバカどももやってしまうのよ!!」
「嘘だろ……」
「「了解!!」」
「やめてくれぇええ!!」
「戦死者は補習!!」
「このまま一階に行くわよ!」
「「応っ!!」」
(なんとか助かった?)
バタバタと階段を下りて行く大きな音が聞こえたのでトイレの入り口からちらりと周囲の様子を確認する。
廊下に誰もいないことが分かると、僕は大慌てで新校舎から渡り廊下を伝い旧校舎側に逃げ込む。
そのとき階段側から怒鳴り声が聞こえた。
「D班一階への道の封鎖は完了した?」
嘘……そんな僕らは二階に閉じこめられてしまった?
「C班へ一階から二階への通行はAとDで完了、BとCはどうだ!」
とにかく旧校舎の和室を妃宮さんが特別に借り受けて貰っており、僕らMF(機動部隊)はそこに送受信器を置いていた。
「おい、吉井!どうしたんだよ!」
情報収集の報告のために和室に戻っていた浅賀君がいたことにホッとする。よかったまだ僕は一人じゃない!
「浅賀君、Cクラスが今二階を完全に封鎖したところなんだよ。」
「Cって……くそ、それじゃ俺たちはここから本陣に戻れないって事か……」
パチパチと鍵盤を叩きながら、僕が口頭で説明する現在の状況についても報告書を纏めて本陣に浅賀君は送ってくれた。
そして浅賀君からは諜報任務に就いていたもう一人がすでにやられてしまったということを聞いたとき、僕らMFの半分がもう戦死判定を喰らっているという事に気づいた。
こんな状態じゃまともに作戦も立てられっこない。
「ひとまず俺たちはバレないようにここにいるべきだよな……」
「そうだね、僕らが外に出ても厳戒態勢じゃせいぜい時間稼ぎぐらいしかできないからね……」
その後、雄二の本陣から妃宮さんをここに援軍として送るからそれについて戻ってこいという指示が来た。
作戦失敗も想定内です、という妃宮さんからの慰めの打電に感動を覚えながら僕ら妃宮さんが来るのを待っていた。
_________
コンコン
和室のドアがノックされ、外側から優しい声で呼びかけられる。
「吉井君開けてください、妃宮です。」
僕は慌てて鍵を開けて救援を迎え入れる。
「ありがとう、妃宮さん」
「面目ない、まさか封鎖されるとは思わなかった……」
紛うことなく妃宮さん本人が、いつもと変わらない微笑みを浮かべながら僕らを迎えに来てくれた。
「そうですね、Cクラスが最初から戦線に加わっていればこんな事には成らなかったかと思います。それよりもお二人とも撤退しますよ。」
何でもないように言われて、逆に僕らは気落ちしながら和室から出ると秀吉と高橋女史もそこには居た。
「明久よ、災難じゃったの。先ほどの階段をまた封鎖でもされたら厄介じゃし、撤退を急ぐぞい。」
「「了解!」」
_____10:34 旧校舎二階_____
「高橋先生、ありがとうございました。」
「これも仕事の内です、改めて取りざたすることではありません。」
妃宮と頭を下げると高橋女史はそんなことを言いながら職員室へと戻っていったのじゃった。
高橋女史と分かれる理由は、単純に三時間目の授業の用意をするそうじゃがそのような事は頼む前から知っておったことじゃ。
明久たちの護送を終えた後、本陣にいた雄二のヤツは屋上に戻り、明久と浅賀を本陣守備に加えたのじゃが、本陣守備のヤツらから四階の旧校舎の階段封鎖をする部隊が編成され、そこに配属されたようじゃ。
「妃宮よ、それではワシらも戻るとしようかの?」
「えぇ、帰投しましょうか。」
そう言ってふんわりと笑いながら、妃宮は行きましょうと返してくる。
ワシはお主のことがよく分からぬ。
お主はどこからが演技で、どこからが本心なのじゃ?
「秀吉君?どうかなさいましたか?」
それとも初めからお主のそれは演技なのかのう。
「済まぬ、つまらぬ事を考えておった。」
ヤツの隣を歩きながら、ワシは今までに感じてきた違和感を思い返していた。
手に触れただけでぴくりと反応する。(転入生で緊張がまだ解けていなかったとも考えられるがの)
土屋を軽く引きずることが出来る腕っ節(じゃがしかし、島田も明久をシバいておるからの……)
そして他人との関係をあまり深くしようとはしない、家に招かれてからもワシは何となく千早などとこやつのこと軽くを呼べる気がしないのは何故じゃろう?
ここまでの事柄からワシは確信したことがあったのじゃが、こうやって妃宮本人の近くにいると、それはワシの考え過ぎなような気がする。
「秀吉君?私の顔に何か付いているでしょうか?」
「ふむ、お主が汗一つ掻かずに指揮を取っているのは何故なのかと思っていただけじゃよ。」
そうやって飄々と自分の考えていることを誤魔化しておるワシがコヤツの事をどうこうととやかく言えた者ではないがの。
ワシの顔をじっと見つめてくる妃宮は、確かにその横顔はただの北欧美人にしか見えないのじゃし、ワシはこやつの演技から深読みしすぎたのじゃろうか、それも姉上が好きそうな方向に。
姉弟とあるだけあって実はワシにもそう言うのを考える趣味があったなど自ら認めたようで苦虫を噛みつぶしたような気分になるの。
「秀吉君はどうやら相当不穏なことを考えていたのですね。」
「ちっ、違うのじゃよ。その……」
「言いにくいことならば口に出していただかなくとも構いませんよ、そんなことよりも秀吉君、あれをどうしましょうか?」
そういってワシらは階段の踊り場から三階の珍騒動を見たのじゃ。
「お前ら、大人しくしく俺たちの言うことを聞け!さもなくば……」
「いやあぁぁ!!」
「こいつを補習室送りにしてやる!」
「ちくしょう、何か手はないか!」
人質(?)に取られている島田の召喚獣の首にはBクラスの生徒の召喚獣の刀が当てられている。どちらかが少しでも動けば島田の戦死は確定するじゃろう。
だがじゃ、
「妃宮はどう思うのじゃ?」
「そうですね、演劇のネタの一つには成るのではありませんか?」
そう言って悠然と微笑んでいる妃宮のそれは、明らかに演技ではなくそれどころか何とも言えぬ殺気と怒気を醸し出している
妃宮の顔を見ないようにしながらワシは取りあえず思ったことを口に出した。
「お主の召喚獣の機関銃じゃ無理かの?」
「美波さんだけ、っていうのは難しいですね。残念ながら映画世界でのスナイパーほどの腕はまだありませんので。複数人が居ますからその間に島田さんはやられてしまうことは請け合いですね。」
ということは…そうじゃの……作戦全体の面から考えれば…
「女子生徒を人質に取って、男子を脅迫しているということ事態がその性根の悪さをよく表しているのですよ。美波さんには悪いですがここは補習室でその腐りきって倒壊直前のその人間としての倫理を西村先生に昏々と淘汰して戴くべきなのです。やはり私は間違っていなかった。男は信用ならないと」
憎悪に染まりきった紫の目、そんな目をしているというのに口元には普段と変わらぬ微笑みは絶えず、その表情は目を除けばいつもと全く変わらない。
ワシはコヤツを止めるべきなのじゃろうか?
「そもそも……」
そのとき階段をばたばたと降りてくる音が聞こえた。
「島田さんが捕まったって本当なの?」
「吉井!!」
「来るな!来たら承知しないぞ!」
明久か!
「妃宮よ、ここは様子を見るぞい。」
「………」
「妃宮」
「…えぇ、見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません。」
そこで一つ深呼吸をした妃宮はその異常な恐ろしい目つきも直し、いつもと全く変わらない雰囲気に戻して、しかし少し茶目っ気を綯い交ぜながらワシにこう言ったのじゃった。
「そうですね、ここはひとつ吉井君に期待しましょうか。」
じゃからお主はどこからどこが本心なのじゃよ。
何となくこの言葉は本心からなのじゃろうとは思うのじゃが…
________________
「どうして島田さんは捕まったんだ!」
「ふん、吉井。お前がけがをして保健室に連れて行かれたという情報を流したらこの様だよ!いいな俺たちの言うことを聞けよ!」
「……みんな、彼は嘘を付いている!あの島田さんは偽物だよ!」
嘘でしょ…そこでまさか見捨てるとは……いったいどういうことを考えているんだろう彼は。
「ちょっと吉井!ウチは本物よ!何でそうなるのよ!」
「島田さんが保健室に行くなんてそんなことがある訳ないじゃんか!」
「吉井!ウチは本当にあんたのことを心配して……」
映画ならここから吉井が犯人を殴りとばして、ハッピーエンド。もしくはそこからイチャラブに発展するのですが、はてさて顔を俯けて、唇を震わせている彼が紡いだ言葉は……
「もし本物ならあんたは鬼だよ!何だって自分の手で始末できなくなることを心配するんだよ!」
「吉井のバカ!!」
島田さんの心の底からの絶叫が階段中に響きわたる。
「明久よ、なんと罪深いことをするのじゃ……」
彼にヒーローを期待した僕たちが間違えなのでしょうか。
同じことを思ったらしいBクラスのクソ野郎どももご丁寧に揃っても吉本みたく蹴躓く。
「今だ、総員突撃!」
「「応っ!!」」
「「っっくぅ!」」
あっと言う間に包囲されたこ殴りにされるBクラス残存クソ野郎ども。
「戦死者は補習!!」
まさかこれを狙って?クソが蹴躓いたのに召喚獣も連動して首元に狙いを絞っていた奴の刀が、島田さんの召喚獣にぎりぎり当たらなくなったのを確認してから総攻撃、そして敵部隊の征討。もしかして吉井君は埋もれた天才……
「どうして島田さんも連れて行ってくれなかったんだよ……」
ではなかったようだ。(彼の目論見もご破算だったようだ。)
小さな声で呟き、抜き足差し足忍び足で逃走を図ろうとする彼の肩を、とんでもない握力でつかみかかる島田さん。
握力については吉井の表情からの推定だが、島田さんのキレ具合を見るに痛めつける気は満々なのだろう。
「吉井、どういうつもりだったの?ウチのことどう思ってたの?」
「島田さん?そりゃ最初から本物だってわかってたけどその関節はそっちには曲がるなんて知らなかったよおぉぉ!!」
のたうち回る吉井を横目に、いちゃついている二人の横を何事もなかったかのように通り過ぎる僕と秀吉君。
その後ろで僕たちに敬礼をしてくるFクラスのみなさん。
平和です、とても。
そう、とっても穏やかです。
「さて、一階四階の空き教室の戦況を確認しましたら、状況次第では代表の本陣まで行きます。その間の守備は頼みますよ?」
「了解じゃよ、しかし姫路たちが回復試験を受けなければならなくなっておったら、お主には是非にでも居てもらわねば困るのじゃが?」
「代表には実質的には四階の軍の統率もして頂いていますからね、これ以上の負荷はお掛けする訳には参りません。」
_____10:59 妃宮千早、木下秀吉 四階空き教室に帰還______
______10:24 旧校舎三階二年Fクラス________
「これだ!」
誰もいないはずのFクラスでは、Fの人間でない者が勝手に他人のカバンなどを覗きまわしていた。
既にそのクラスの卓袱台の脚や何本か残っていた鉛筆などは違う人間たちによって折られていた。
それは悪意ある悪戯、では済まされないだろう。
電気のついていない暗い教室の中で一人の男がガッツポーズを作り、その喜びを表現していたとしても彼の配下がそれを発見したところで“あぁいつものことか”とか“敵にしては酷すぎるかもしれないが仕方がないと諦めてくれ”など咎める者はなく、またそんなFクラスに気をやる余裕のある人間はその時旧校舎の三階には居なかった。
「はっ、ははは、そうだよ。俺のものを掻っ攫うことなど絶対に許さない!それが例えこの試召戦争の勝利だとしても同じことだ!!」
そんな狂気じみた声もまた誰にも聞かれることは無く、ただひっそりと掻き消えるのみであるのだ。
後書き
戦況
Fクラス 残存36名
Bクラス 残存29名
Cクラス 残存39名
Cクラスは現在新校舎一階と二階の完全封鎖を実施中、実質兵力は今のところ最前線に殆ど送られていない。
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