IS〈インフィニット・ストラトス〉駆け抜ける者
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第26話
翌日、合宿二日目は、午前中から夕方までISの各種装備の式験運用とそのデータ取りに使われる。
一夏達専用機持ちは大量の装備が待っていて、俺も装備の再確認に時間がかかりそうだ。
そんな中、珍しく遅刻したボーデヴィッヒが織斑先生にISのコア・ネットワークの解説を要求され、見事に説明して見せた。
そして、織斑先生の号令を皮切りに、各々が迅速に行動する。
今俺逹が居るのは、IS式験用のビーチで、四方を崖に囲まれ、天上がドーム状の、馴染みのアリーナに似た浜辺だ。
此処にいる全員がISを使うので、みんなISスーツを着用している。海なので一段と水着に見えるが、俺だけは完全に浮く。
何てったって服。どう見ようが服。覆しようがない。
そんな悲哀を噛みしめていると、篠ノ之が織斑先生に呼ばれ、向かった瞬間、先生の背後から、猛烈な勢いで砂煙を上げ、先生に接近する人影が。シルエットしか見えないが、どうもウサ耳付けた痛いアリスコスプレをした女性な感じだ。変人の匂いがプンプンする。
その人影を見て、先生は一言、束、と呟いた。立ち入り禁止を無視して乱入する辺り、彼女に常識は皆無か。まあ、天才に常識を押し付けるのも無意味な話だが。
件の篠ノ之博士は機嫌良く先生や妹である篠ノ之と絡んでいる。しかし温度差が激しい。常時こんなテンションなのだろうか?
「おい束、自己紹介くらいしろ。うちの生徒達が困っている」
「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」
「知ってます」
周りがポカンとする中、あまりにも今更な自己紹介に思わず反応してしまい、此処にいる全員からガン見される。これは返しに期待しているな?良いだろう!変な挨拶には変な挨拶で返すのが道理!
「そうです、俺がヴァンガードの丹下智春です。爆発しろ一夏!終わり、って痛ァ!?」
やりきった瞬間、先生の拳骨を頂戴した。理不尽なり。
「まったく、全員手が止まっているぞ。こいつの事は無視してテストを続けろ」
先生のありがたいお言葉もいただいたので、博士と先生の絡みをスルーし、テストに戻る。右手の出力、左手のスフィアの性能、今まで使用してきた装備の性能を再確認していく。
丁度両足のエッジを確認する時に、それは起きた。
───────────
地面を揺らす衝撃に、発生源に目を向けると、
「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用IS『紅椿』(あかつばき)と、」
昨日の少女が、妙な姿で博士の後ろに控えていた。
「私特製ヴァンガード、『アルファー』ちゃん!共に全現行ISのスペックを上回る束さんお手製ISだよ!」
博士の発言に眉を潜めたのは、先生も同じのようで、博士に質問していた。
「私特製ヴァンガードと言ったな、束。どう言う意味だ?」
「言葉通りだよー。頭の天辺から爪先まで私特製の最近IS、それがこの子!」
俺は博士の言葉に戦慄した。まるで生身の少女が、ISだと言うのだから。
少女は胸元から臍までが開いた服と短いスカートの、白基調のルックス。やはり昨日と同じく、表情に変化はない。
俺がアルファーとやらを見ている間に、博士は紅椿の初期化をあっという間に済ませ、一夏の白式を見ていた。
間にオルコットが博士に声をかけたが、にべもなくあしらわれた。余程親しい間柄でなければ、会話する価値も無い、というわけか。
「んじゃ試運転もかねてそこのヴァンガード君と戦って見てよ。箒ちゃんの想像以上に戦えるよ」
「ナチュラルに指名されただと!?」
今回は無関係と背を向けていたのに、予想外の御仁からの指名。周りを見る、目を逸らされる。ゼロを見る、ぶっ潰せと言わんばかりにサムズアップ。俺に味方は居ないらしい。
───────────
「では行くぞ、丹下」
連結されていたケーブルが外れ、篠ノ之が目を閉じ意識を集中させると、一瞬で遙か上空に飛翔した。その余波で生じた衝撃波に顔をしかめ、その動きに少々驚かされた。
篠ノ之はオープンチャンネルで博士と会話しながら、両手に刀を抜き取る。二刀流、にしては長さは同じ程度、攻防一対の備えになっていない。まあ、エネルギーシールドの存在が攻めを重くさせるか。
博士の解説を受けながら、篠ノ之が右の刀を左肩まで上げて構え、突きを放つ。すると、周りに赤色のレーザ一光が無数の球体として現れ、一気に襲いかかってきた。スフィアを出して防ぐ。前方が真っ赤になるほどの量だ。
続けて、左手の刀を一回転するように振るう。今度は赤いレーザーが帯状になって広がり、スフィアを真っ二つにした。
「─やれる!この紅椿なら!」
篠ノ之が自信を持って宣言する。確かに高性能だ。以前の俺なら負けていた。『以前の俺』、ならば。
───────────
私、篠ノ之箒のIS、紅椿のセンサーが下からの攻撃を認識し、受け止めて驚愕した。
スフィアの破壊で発生した煙で姿を隠し、直撃と誤認させて反撃して見せたのだ。驚いたのはその上、
「ブーメラン…!?」
右の刀、『雨月(あまつき)』で受け止めているソレは、高速回転する翡翠色のブーメラン状の刃。足のエッジは剣にしかならないと思っていたから、動揺を隠せない。
姉である束も少しびっくりしているので、丹下の隠し技というわけか。
雨月で弾くと、エッジは分離し、弧を描いて丹下の足に再び装着された。
「それがお前の奥の手か、丹下?」
「いや?まだまだバリエーションあるけど、次の一発で決めるし」
丹下に全く動じた様子がない。何なんだ、この丹下の余裕は!
「バイバイ!」
丹下の言葉と動きに、まったく反応出来なかった。瞬く間に意識を失い、活を入れられて気付くまで、何をもらったか、丹下が何をしたのかすら分からなかった。
───────────
周りの生徒が声も出せない中、気絶している篠ノ之の背に活を入れ、目覚めを促す。決めたのは何ということはないボディブロー、エネルギー波付きの、だが。夢の中であれだけ織斑先生と戦ったのだ、篠ノ之の力量とISは素晴らしかったが、相手が悪かった、としか言いようがない。そしてゼロ、篠ノ之博士の目論見が外れたからって、そんなに嬉しそうな顔になるんじゃない。
篠ノ之博士はおかしそうに首を傾げている。相当ISと妹の技量に自信があったのだろう、考え込んでいるようだ。
「どうだ、丹下、篠ノ之のISは?」
「現行のISを置き去りにしているのは間違いないかと。乗り手次第ですが」
織斑先生の問いに自嘲を含めて答える。どんなに高性能だろうと、操縦者がそれに見合う力量を有していなければ、力の半分も出せはしない。それを身を持って痛感してきたからこそ、そう答えた。
答えを聞いた織斑先生は、篠ノ之博士を厳しく見ている。篠ノ之博士が敵であるかのように。
しかし、その視線も普段以上に慌てた様子の山田先生の声で無くなり、手渡された小型端末の画面を見て、顔を曇らせる。
事態は、思わぬ所で物凄い速さで進んでいた。
───────────
ビーチから旅館の大座敷に専用機持ちと教師陣が集められ、突如移行した特殊任務行動についての説明が行われていた。
二時間前、ハワイ沖で試験稼動中の軍用ISが暴走、監視領域から離脱、約五十分後、この近くを通過するらしい。
この事態に対処するべく、教師たちが空域と海域の封鎖を行い、俺達専用機持ちがISを叩く。これが大まかな内容だ。
オルコット達がISのスペックを見て意見を交わす中、俺は奇妙な『不自然さ』を感じていた。
確かに試験中に暴走する可能性はあるが、その前に万全の対策を取っている筈。その上、この近くを通過する、動く方向は別でもいいのに何故専用機持ちが居るこの方向に来たのか?何より、
「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」
篠ノ之博士の存在だ。新型のIS、軍用ISの暴走、タイミングが良すぎる。まさかとは思うが、全て一人の人物が仕組んだとしたら?
…だが確たる証拠も無ければ、実行する方法も無い。疑念だけだ。
博士に対する疑いを払拭出来ない中、その篠ノ之博士が爆弾発言を投下した。白式、紅椿とアルファーは第四世代ISだと。世界各国の努力を無に帰す、無慈悲な発言だった。
「だろうな」
「トモ?」
周囲が黙る中、紅椿と刃を交わした俺には衝撃は無かった。少し、雪平の雰囲気を感じただけだった。何度も繰り返すが、最後は操縦者の腕が決める。食材が最高級でも、美味しい料理が出来る訳では無いのと同じである。
「あ、でもほら紅椿もヴァンガード君に負けたし、まだ完全体じゃないんだよ!」
紅椿はまだ何段階か変身する余裕が有るらしい。もしくは、まだ成熟期なのか。
そんな場の空気を一変させたのも、やはり篠ノ之博士の発言だった。
「それにしてもアレだね~。海で暴走っていうと、十年前の白騎士事件を思い出すねー」
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