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SAO~刹那の幻影~

作者:鯔安
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第七話

 
前書き
胃腸風邪でトイレとにゃんにゃんしたり大量入手した活字読み漁ったりコマンドー見てたりしたらいつの間にか二ヶ月経ってた。
財布が全球凍結並みにひえひえです。
あと私の言う更新日程は信じないほうがよさそうです(白目)

書き直し第七話 

 
 あの場所、例の大穴の先には、青剣士ことディアベルの予想通り、ボス部屋へ続くと思われる大扉が存在した。
 固く閉ざされた重厚な扉とそこから発せられる妙な威圧感。禍々しくもあるその扉だったが、対して道中には呆れるほどモンスターの湧出(ポップ)がなく、俺たちはさして苦することなくそこへ辿り着くことができた。
 たどり着くことは容易だったのだ。だが一人、爆弾のような思考回路を持ち合わせているプレイヤーを抱えている俺たちに、『事が順調に進む』というある意味の事件は起こるはずがないわけで、到着後数十分、せめてボスの姿と武装だけでも見ようよというシーラと、たった三人で出来るかバカという俺のツッコミで、扉前の空間はもめにもめることになった。
 ディアベルと、ついでに手持ちの回復薬(ポーション)たちも交えてぎりぎりまで相談を続けた結果、なんとか扉の中を確認することはせず、迷宮区を下る方向へ話をもっていくことに成功し、俺たち一行は最初の《始まりの街》を除けば第一層最大の町、《トールバーナ》へ足を向けることになった。
 目的としてはもちろん、減りに減ったポーション瓶たちに新たな仲間を見つけてやるためというのが第一であり、今の俺も、シーラもそれ以外は必要としないのだが今回は一人例外がいる。
 ディアベルだ。
 第一層攻略のための人集めに協力がほしいらしく、トールバーナへの道中、それを頼まれた。
 今度は俺の返答を遮ってシーラがやるやる言っていたが、ともかく、ディアベルの熱弁以外は特段なにもなく――強いて言えば始終シーラがやかましかったが――俺たちは一時間ほどでトールバーナの北門をくぐったのだった。
 だが、ここでも問題が発生する。
 迷宮内ではさすがに自重していたが、《圏内》に入ったことによりそのセーブも外れたらしい。
シーラがディアベルに、『半強制的にフレンド登録をさせる』という、いわば恒例行事が起こったのだ。
 というのも、シーラには事あるごとにフレンド申請を飛ばす癖のようなものがあり、よくディアベルのような被害者を量産する。もっとも、容姿のせいか嫌な顔をするプレイヤーはいなかったので、『被害者』というのはむしろ、そのたびに少しだけ期待した自分を思い出し、羞恥とストレスをため込み続ける俺なのかもしれないが。
 ともかく、そのおかげで今現在シーラのフレンドリストには百人ほどのプレイヤーネームが刻まれている。レベル上げでフィールドに籠ることが多く、他のプレイヤーと遭遇する機会が圧倒的に少なかった、とも付け加えればその力量が想像できるだろう。
 さらに恐ろしいのは、ものの数分間たわいのない話をしただけのプレイヤーにもそれを送るという点だ。
 一度なんて、いかにもナンパですといった調子でからんできたデブ男とガリ男の二人組に、楽しそうだからと申請を送ろうとしていたこともあった。
 これに関してはストレスマッハと化した俺が全力で止めたが、恒例行事というのは、要するにそういうことなのだ。
 ともあれ、今回はそんなシーラの厄介癖が役に立った。



「なあ、本当に来るんだよな、その……なんとかっていう情報屋」

「さっき隣町を出たってメッセージが来たばっかりじゃん――ユウ、あの時の戦闘もそうだけど、もっとゆっくり行こうよ。急がずにさ。そーいうのを『タンサイボウ』って言うんだよ?」

 木製のベンチに背を預ける俺に、噴水端のシーラがドヤ顔で指を一振りし、ウインドウを閉じる。
 単細胞の意味間違ってないかといつもの調子で頭にツッコミが浮かぶが、実行する気も起きず、俺はわかったわかったと手をひらひらさせると再びベンチに全体重を預けた。
 途端にわきから聞こえる爽やかな笑い声を聞き流していると、その発信者が爽やかの尾を引いたまま、視界外で俺と同様の不安をもらした。

「それにしても彼女、遅くないかな。隣町ってそう遠くないだろう?」

「うーん。そう言えばそうだよねぇ。やっかいなモンスターにでも引っかかっちゃったのかな?あの人なら大丈夫だと思うけど……」

 空目を向き、シーラが首をひねる。
 俺とディアベルとでこうも反応が違うのか。
 舐められちゃってるのかな俺、などという掠れた笑いを口から漏らし、降り注ぐ何か言いたげな日の光に、俺はゆっくり、瞼を閉じた。



 身体が暖かい。
 思えば、こんな無防備状態で日を浴びるなんて久しぶりだ。もっと言えば、町(圏内)に入って最初に向かう場所がNPCショップでなかった、なんてことも。記憶によれば、例外は初期のころの数回だけだった。
 その数回以降、一応現在までもだが、俺とシーラは東の森林エリアを拠点にし続けている。日を浴びるのが久しぶりというのは、日々を過ごしていたのがその森林のさらに奥、経験値効率のいいサル系のモンスターの住まう光もろくに届かない密林であったからなのだ。
 そんな暗闇の日々と引き換えに、俺はそれなりのレベルと装備、相方との連携を手に入れた、わけなのだが――



「――お……い……おーい……ユウ……」

 どこからか声が聞こえる。聞き覚えのあるような、だがもやがかかってはっきりと見ることができない、鈍く反響する音。

「……めだ……かんぜ……ちゃって……だから……いったの……」

「……ふたりと……じかんまデ……てたネ……」

 前者は先ほど俺の名を呼んだ声と似ているが、後者は何者なのだろう。語尾に妙な抑揚のついたしゃべりで何やら言っている。

「……しっかたない……一発グーパンチなら……起きるよね」

「……エ……殴るノ……グーで……さすがにそれは……」

 抑揚のついた声が、突如としてトーンを変える。慌てているような……まて、今最初の声はなんと言った?

「……ふふ……日頃の恨み……っ!」

 ――ガツン

 今日はよく聞く鈍い音。が、今度は快感なんてものは欠片もなく、代わりに眼前に舞い散る星々と広大なベンチの木板が現在の状況を示してくれていた。
 一拍遅れてやってきた脳天を貫く不快感を、再起動しない身体と未だ混沌(カオス)な脳みそで処理しようと試みていると、後方で鳴った知らない声が、呆れと堪え笑いをもらして言った。

「キ、キレイに入ったネ……ゲンコツ……お見事だヨ……」

「うーん、これであたしもすっきりした!あ、でもユウ、今日二回叩いたよね?まだ寝てるならもう一回……いや、いっそのこと二発三発――」

「なあシーラ……関節技ってキまると超痛いって知ってるか」

 『喜怒哀楽』とその他もろもろを通り越して出た変な笑いに、通常運転だったシーラの笑顔から『楽』の感情が少しばかり抜け落ちる。
 他に効果的な方法が思いつかなかったのか、はたまた無意識に出た俺の対応が効果的に決まったのか、『笑って誤魔化す』以外の選択肢がコマンドに現れず、わたわたするシーラ。その哀れな末路に、始終楽しげに笑っていたディアベルが不意に声を発した。

「まあ、それはまた後でゆっくり話し合ってもらうとして――情報屋さん、早速だけど依頼の話、いいかな?」

 ディアベルが止めてくれさえすれば話し合い(物理)せずに済んだのにな、と脳内で呟きながら体を起こすと、瞬間にシーラの肩もビクリと跳ねる。どうやら今の俺の顔は相当なヤバイことになっているらしい。
 これはいかんと、キャラ崩壊寸前の変顔からなんとかポーカーフェイスに移行すべく顔の筋肉の修正を行っていると、いつの間にか視界内にとらえた特徴的な抑揚をもつ声の主、というより特徴的な鼻声のかかった声の主が、被ったフードの下でにやりと笑い、もたれかかった石レンガの壁の奥、薄暗い通路を親指で指した。

「アア、大体シーチャンから聞いタ。今回限リ、特別にタダにしといてやるヨ。来ナ、ディアベルさン」

 『シーチャン』というのはシーラのことなのだろうか。ディアベルが『情報屋さん』と呼んでいたことも合わせてみるに、この甲高い鼻声の主が、シーラの呼んだ『(ねずみ)のアルゴ』という女性プレイヤーなのだろう。
 ――《鼠》と五分雑談すると、知らない内に百コル分のネタを抜かれるぞ。気をつけろ。
 なんていう噂に違わぬふてぶてしいニンマリ顔だったが、同時に見えた頬のおヒゲ系三本線と金褐色の巻き毛、小柄なその体型も相成って、裏世界の凄腕情報屋というシーラの中二病説明で受けた印象よりは、とあるげっ歯類に近く思えてしまう。
 濁さずともその通り名の通り、彼女にも自覚はあるのだろうが、ともかく、見かけ倒しでないことは確かなようだ。一緒に路地へ消えて行ったディアベルが話をつけてさえくれれば、彼の思惑通り情報が回って行くだろう。
 しいて不安を言うならば、この突然な呼びかけにはたしてどれほどのプレイヤーが応えるかだが、これはただの心配性だろう。そういったヘタレ連中のほとんどは今も《始まりの街》に引きこもっているのだから。



「――やっぱり、ディアベルも……」

 アルゴとディアベルの姿が完全に暗闇へと消えたと途端、シーラが重く声をもらした。

「ん?ディアベルが……何だって?」

 見送りの手をやめ、俺は後方にいるはずのシーラに会話を返す。彼女の台詞に覚えたわずかな引っ掛かりを、脊髄反射並みの反応速度でシミュレートしながら。
 いつも通りなら、この類の雰囲気を出したシーラは、ここから話をイイハナシカナー?な展開に持っていき、俺が深く切り込んだところで落としからかうという順を定石とする。幾度となく騙され続けた、思い入れなんて毛ほどもないパターンの戦略だ。
 いつからだろうか、彼女のイタズラに慣れ、その内側の感情が見えるようになったのは。
 そう昔のことではないはずだ。何百という回数を重ねて、俺はシーラの戯れを見透かす眼を手に入れるに至った。
 そんな俺の本能が反応したのだから、当然、今回のシーラの頬にもワルガキの笑みが滲んでいるだろうと、そう思い、シミュレートも一式完了した俺は、ある種の覚悟と共に後ろを振り返った。

「………」

 だが、うつむいて『不思議』に悩むシーラの表情に、俺はそれ以上のモノを見つけることができなかった。

「……どうしたんだよ」

 自分の予想が盛大に的外れしていたことに落胆し、心眼使いはまだまだ遠いと、一人で繰り広げた大反省会も一段落ついた俺は、その間――時間にして十秒にも満たないが――以降の言葉を続けずにいたシーラを目の前に腕を組み、息を吐いた。
 催促も兼ねた一息に、ようやく気付いたのかシーラの瞳が少し持ち上がる。そうして彼女はしばらくの間何か迷うように唇を結んでいたが、やがて決心がついたようで、ぱっと顔を上げると勢いよく言葉を走らせ始めた。

「ユウ、あたしやっぱりディアベルって元テスターだと思うんだ」

「は?テスター?」

 『予想外』に弱い俺の身体と思考回路がつくりだした顔と声に、シーラがうんうんと首を縦に振る。

「ユウは寝ちゃってたから知らないと思うけど、アルちゃんとディアベルが顔合わせした時、ディアベルがさ……すごく気まずそうな顔してたんだよ。会いたくない人と会っちゃった、みたいな顔」

 アルちゃん。アルゴのことだろう。やはりあだ名で呼び合ってたのか。そういえば俺ってあだ名付けられたことないよな。なんていう空気の読めないことをおぼろげに考える。
 そうしている間にも、少しばかり曇ったシーラは言葉を溢れさせていた。

「それだけじゃないよ!戦闘の時もモブの動きを完全に知ってる立ち回りしてたし、あとあの時のボタン!あんなの、『まだ見逃してる道があるかもしれない』っていう可能性を完全に捨てきらないと見つけられるはずないよ!初めから、このゲームに『スイッチ起動の隠し通路』っていう概念があるって知ってないと……」

 そこでふと、シーラの熱弁が止まった。何とも言えぬ不穏な空気に、何か言わなければと、俺は言葉も目的も見つからないまま息を吸い込んだ。だが、その空気は、暗いまま突然俺を注視したシーラによって無音のまま吐き出されることになった。

「ねえ、なんでベータテスターってこと、隠さなきゃだめなのかな……なんでこんな扱い、されなきゃ……だめなのかな……」

 途切れ途切れ、徐々にか細くなっていくシーラの言葉。その声が聞き取れなくなるまでしぼみきると、彼女は震える唇を影に隠し、うつむき、垂れた前髪で瞳を消した。



―――



 言葉が出てこない。
 またこれだ。
 何か言葉をと、思えば思うほど喉が詰まる。
 何か行動をと、思えば思うほど体が強張る。
 現実(あっち)の世界でも、仮想(こっち)の世界でも、これだけは変わらなかった。
肝心な、決定的なところで、俺は何もできない。何もわからない。
 シーラのような『実力』があるわけでもなく、ディアベルのような『才能』があるわけでもない。
俺には秀でるものなんて何もない。いつまでもどこまでも、輪郭だけしか(えが)かれない、名前も顔もないモブキャラなのだ。
 そう考えると、何とも言えない、喪失感にも似た感情が心の奥に滲みだしてくる。
俺は結局、そこで思考を止めてしまった。



 そうして今年度最悪の空気を二人そろって纏い、うつむいていると、ふと、遠くの方から救いの声が聞こえてきた。

「――おーい。二人ともー」

 逃れるように後ろを振り返る。すると思った通り、先の通路から顔を出したディアベルがこちらに手を振り、駆け寄ってくる姿が視界に入った。どうやらアルゴとの交渉はうまくいってくれたらしい。彼のいつも以上のニコニコ顔はそういうことだろう。
 調子のいい自分のアタマに覚えた少なからずの嫌悪をかみ殺し、俺は笑顔で報告に来たディアベルに、一応確認と尋ねた。

「ディアベル、早かったな。もう話はついたのか?」

 そう言えば、自分はいつからディアベルに敬語を使わなくなったのだろう。理由もなくそんなことを考える。
 そんな俺の空虚など気づくはずもなく、ディアベルは五割増しの微笑みを振りまき、情報の伝達をさぼる俺の聴覚に、張りのある声で答えた。

「ああ、『こーいうのは一秒でも早く始めた方がイイ』って、すぐに行ってくれたよ。シーラが話をつけておいてくれたおかげで打ち合わせも早く済んだからね。ありがとう」

 にこやかに礼を言ったディアベルの目元が、その時ふと、わずかに動いた。
 俺の視覚も聴覚も、何も感じてはいないはずなのに、そのわずかな動作が視界上で発生した途端、感覚は覚醒し、真っ白だった俺の頭の中に、先のシーラとのやり取りが音もなく蘇った。
 ――はっきりさせればいいのだろうか。
 シーラの、あの黒いもやを拭うためには。

「それにしても、アルゴ……あの情報屋さん。なんていうか、無茶苦茶というか……とにかくすごい人だね」

「だよね!そう思うよね!ひどかったんだよ、あたしが初めてアルちゃんに頼みごとした時とか、危うく個人情報売られそうになったし……で、ディアベルは何されたの……?」

 シーラが俺の背後から飛び出てきた。まるで先ほどの暗雲などなかったかのような、いつものワルガキの顔とやわらかみのあるソプラノの声を響かせて。
 違和感一つない、その『普段通り』のシーラに、ディアベルは興味津々、というより畏怖倦厭(いふけんえん)の表情で彼女の体験の詳細を迫っている。
 そりゃそうだ。
 けれども俺の心眼は、確かにその眼の裏側を見透かしていた。

「――まあ、そうだな。どうなるかは『今後の楽しみ』っていうことにしておくよ……知ってももう手遅れな気もするしね。それで……そう、二人とも、《攻略会議》の時間なんだけど――」

 《攻略会議》。そう言えばそんな情報を流すのが当初の目的だった。《第一層フロアボス攻略会議》という正式名は、町に来る道中嫌というほど聞かされたが、思えば『いつやるか』という話は結局出ていない。元々、アルゴとの打ち合わせで決めるつもりだったのだろうか。
 まあそれでも、ある程度予想はつく。情報が回るスピードも考えて、明後日か、それとも明々後日か――

「今日の午後四時ぴったり、この町の中央広場で開始っていうことに――」

「――ちょっと待った。えーっと……何?午後四時?って言うと……だいたい五時間後か。で、何日後だったっけか」

「『今日』ってディアベルがいってたじゃん。ほんと人の話きかないなぁ、ユウは」

 いやツッコむとこそこじゃねぇよ。と心の中で叫ぶ。
 心から向けられる『呆れ』の表情に心から呆れていると、もうすっかり『見守り役』が板についてきたディアベルが、そのボケ連弾の結果に苦笑いを作り、言った。

「いやぁ、オレも今日の四時なんて無理だって言ったんだけどね。準備の時間も考えると、四時間で情報を皆に行き渡らせなきゃならなくなるだろ?念押しして言ったんだけどね、彼女に『そンなの三時間で十分ダ』って押し切られちゃって……」

 そこまで言って、ディアベルの手が頭を掻き始める。
 彼とほぼ同一の心境である俺もつられてため息をつき、今後の展開について、あまり考えたくない事柄を思案していると、やはり感性が一つ二つズレているのか、ひょうひょうとしたシーラが陰気な空気に割り込んだ。

「大丈夫だよ。アルちゃんなら」

 アルゴの腕を一ミリも疑っていない、気のある声が通った。
 それで問題は解決したと思ったのか、いまだ不安をぬぐえずにいる俺たちなど放り出し、シーラはちらりと都会の方へ目をやると、ぶつぶつと呟いた。

「でも、そうなると問題は《会議》までの五時間をどうするかだよね……久しぶりにちゃんとしたごはん食べようって思ってたけど、さすがに五時間は潰せないし……」

 食事。そう言えば今は昼時、十一時を少し回ったところだ。
こういう『飯の時間』がくれば、時計を見ずとも腹が鳴るのが人間というものなのだろうが、日も届かない密林の中で、モンスターの湧出(ポップ)が途切れた合間を狙って木の実をかじっていた俺の腹時計はどうやら少なからず狂っているらしい。昼飯のことなど全く気にならなかった。
 『ちゃんとしたごはんを食べようって』という台詞についピクリと反応してしまったが、さすがにそれにはつっかかるべきではないだろう。――やたらと酸っぱいあの味にも、飽きが来ていたことではあるし。
 以前この町で見かけた大きなレストランを思い出し、生唾を飲み込むと、なにやら難しい顔をしていたディアベルが、ふと表を向き何か決心したように小さく頷いた。

「うん。やっぱりオレも人集めに回るよ。情報屋さんのことを信用してないわけじゃないんだけど、呼びかけた張本人が何もせずにいるっていうのもおかしいし……他の仲間にも知らせないといけないからね。せっかくだし、二人でデートでもしてきなよ」

「なんであんたはそんなにも俺とコイツをくっつけたがるんだ」

 ディアベルみたいなマジメそうなやつが言う冗談っていうのは性質(たち)が悪い。普段嘘をつかない人間がいたって真剣な眼差しで言うため、冗談が冗談に聞こえないのだ。
 その証拠に、やっぱりシーラは沸騰してしまっている。

「まあ、レストランでも酒場でも、行くのは良いとして、それよりまずは情報を広げることが第一だろ。俺たちもできるだけのことはする。シーラのフレンド申請癖も役立てないとだからな」

 返事がなかったのでもう一度大きめに同意を求める。その声でようやく我に返ったのか、シーラはまだ赤みの残る顔をぶんぶん上下に振った。
 当然、ディアベルの口からもいつもの微笑み付きの『ありがとう。じゃあ頼むよ』が発声されると思っていたのだが、なぜか、彼の顔には申し訳なさそうな、それでいて揺るがない意志を感じさせる表情が描かれていた。

「ああ、それなら……二人共、悪いんだけど《会議》の時間まで席を外してくれないかな。その……フレンドが、二人だけで会って話がしたいって言ってるんだ……いいかな……?」

 シーラの顔が一瞬引きつった、ような気がした。
 ディアベルがテスターだ、という件を思い出したのだろう。だが、すぐに違和感を消した彼女にはそれを追及する気も、またあの鬱な空気に逆戻りする気もないようだった。
 シーラがそう考えるのなら、俺もこれ以上気にはすまい。
 思考の隅での長考を最終的にそう結論付けて、俺たちはディアベルの頼みを了承し、《会議》の時間まで別れることになった。
 そして、まずは食事だと言った途端に目を光らせたシーラに引っ張られ、路地に入ろうとしたその間際、何を思ったのか『よろしく頼むぜナイト様』と口走ってしまい、ディアベルからは失笑、シーラからは爆笑をもらったことは、この世界で初めての黒歴史となったのだった。 
 

 
後書き
とあるお弟子さんが『三時間で事足りる』と言っていたのを聞いてアルゴさんが本気を出したようです。
そして読み返して思った。

私の文章、ワンパターンなうえにすごく痛い。

感想、アドバイス、過激でないだめだし等、ありましたらよろしくお願いします。 
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