ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第25話 初陣 その5
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。
とりあえず今回と、あと一回でJrの苦い初陣は終りそうです。
宇宙暦七八六年一月 ケリム星域イジェクオン星系 第七一警備艦隊係留地
グレゴリー叔父からの返事がきた。
出来得る限りの支援を約束するが、第一艦隊自身が事前に予定されていた訓練の為、すでにロフォーテン星域へ進発している。今すぐ訓練を中止して部隊をケリム星域に向かわせるには不確定要素が多く難しい。他の艦隊あるいは独立部隊を派遣するのは可能だが、事態を承知しない部隊が星系内を引っ掻き廻してしまうよりは、しばらく時間をかけてでも捜査を進展させておいてから第一艦隊を投入した方がいいのではないか……
兵は拙速を尊ぶ。それに反する事になるが、この際はやむを得ない……たかだか一中尉の不確かな情報だけで、第一艦隊をすぐさま動員できるわけがない。しかるべき手順を踏まなければならないことはわかっていたが、なんとも歯がみする連絡だった。
協力者はエジリ大佐一人の状況で、俺はリンチの世話をしつつ、集めた情報を一つ一つ洗い出している。『ブラックバート』団として名が知られる以前に、海賊達はどのような行動をしたか。以降、どのように戦力を増強していったか。他の海賊達のデータを排除し、純粋に『ブラックバート』団のみと考えると、見えてくる筋がある。
その名前が知られる以前の彼らは、建築資材・機材を目標として略奪に励んでいた。名前が知られてからは、食料品も狙い始める。だが名前が知られていると言っても、中央には響かない程度に……
ちなみに略奪した商品から考えられる『常時扶養可能な』人間の数はおよそ二万人。艦艇数で行けば二〇〇隻近い。だがケリム星域内で認識されている海賊全てを集めても、それだけの数にはならない。海賊が略奪品を転売すると決めつけるから、我々は惑わされる。転売する為ではなく、消費する為、あるいは生きていく為にそれらが必要だから略奪したのだろう。
俺以前にもその結論に達した人間はいたらしい。人口二万人で小惑星上に建設可能な人工居住区となるとそうとう目立つ。なおその前任者は一〇年前に星区内の全星系における比較的大型の小惑星を徹底的に調べ上げたそうだが、権限不足から調査に割ける艦艇が少なく、D星区にあった根拠地も見落としたようだ。ちなみにその人物は半年足らずで別の任地に赴いている。名前はフレデリック=ドーソン中尉……どこかで聞いたような名だが、聞かなかった事にしたい。
「!!」
空になった烏龍茶のペットボトルを俺は全力でダストシュートに叩きこんだ。原作で神経質で小役人タイプと言われるくらいなら、頼むからもっと深く細かく調査してくれ!! 俺と同じ中尉という事は、経歴も同じように士官学校を出てまだ日も浅いという事だろうから精一杯背伸びして精一杯迷惑をかけたに違いないんだろう。推測するにその性格が徒となって、担当する軍艦乗り達をうんざりさせた挙句、お返しとばかりに手抜き調査をされたとしか思えない。それに加えて誰も協力してくれる奴がいなかっただろう。
「……もっともエジリ大佐以外、誰も協力してくれないのは俺も同じか」
と、いうことは今後の人生もこうなのか、何か俺が悪いことでもしたのだろうかと、俺は不安を感じざるを得ない。しかしドーソンは僅か半年で任地を移動するか……余程周囲と溶け込めなかったのか、それとも更迭されるほど無能だった……ワケがない。
「フレデリック=ドーソンの履歴書……はさすがに任地選任者以外の部外閲覧禁止か。ただその後に大尉昇進して、異動先は宇宙艦隊司令部参謀本部付作戦四課課員、ね」
半年の任期で一階級昇進するというのは、余程の功績を挙げたことに他ならない。もちろんドーソンがこのケリムに赴任する前に既に充分な功績を挙げていて、たまたま半年後に昇進したという可能性も否定できない。異動先が宇宙艦隊司令部なのも偶然かもしれない。
しかし誰かの推挙があれば、人事もそれまでの功績やその人の能力を鑑みて、昇進のタイミングを前にずらしたりすることはある。その代わり、次の昇進のタイミングは間違いなく遅くなることで釣り合いをとっているのだが、もしかしてドーソンの昇進には『誰か』の推挙……それも海賊と繋がりのある人間で、政治権力を持っている者がいたのか。
政治権力を持った者。軍内部人事にも口がきける大物。ケリム星域でそれだけの実力者となると、ケリム星域全体の地方自治権を持つケリム共和政府の首相か、行政担当参事官、あるいは州議会議長や各有人星系の主席行政担当官。『ブラックバート』が名乗りを上げる前から相応の地位にある者は……いない。首相や州議会議長は選挙で選ばれるし、参事官は首相のブレーンから選ばれることが多い。主席行政官は基本的に官僚だが、行政官クラスまで昇進すると、一ヶ所に長期間赴任することは出来なくなる。赴任先の有人星系との繋がりが深くなり、癒着が産まれる懸念があるからだ。
これはやはり星域司令部かあるいは第七一警備艦隊司令部の周辺を疑うべきか。しかし、リンチもカーチェントもオブラックもまだ三八歳だ。一〇年前といえば二八歳。その歳では『ブラックバート』と関係を持つことは出来ないし、ケリムに赴任してまだ日も浅い。周辺にスパイがいるか、の確認は必要だろう。……そこまで来ると、俺の労力では調査しきれない。憲兵に協力を求めるのが筋だが、エジリ大佐に答えたように民間人への聴取権限は令状と警察の同行が必要になり、その隙に海賊の協力者は逃げてしまうだろう。ここはエジリ大佐に頼むしかないか……エジリ大佐?
後数年で退役する老軍人。イゼルローン攻略戦に二回立ち、雷神の槌を二度目撃し生還した勇者。幕僚経験がないばかりに、地方艦隊を巡りここケリムで大佐に昇進。そして将官への昇進は絶たれている。星区内の人間関係に精通していて(つまり人脈が広い可能性が高い)、作戦行動などの機密にすらアクセスする権利がある。いつもは覇気もなく、艦隊の首席参謀としての日常業務を淡々とこなすだけなのに、この調査に対しては非常に協力的だ。
第一艦隊を動員しようと言ったとき、オブラックが俺をあざ笑ったのを拳で制裁したのは、俺が信頼を寄せるようにする為の劇ではないか? 彼の持ってくる情報を、俺は選別こそしているが最初から否定したことはない。つまりとっておきの情報とやらに毒を混ぜることも数を増やすことも出来る。
頼りないかもしれない。だが原作に出てこないからと俺が先入観で彼を軽蔑しているのは間違いだし、彼は士官学校の成績はどうあれ情報の専門家だ。俺はすぐに地上にいる彼と連絡を取り、地上へと急ぐ。半分居眠りしていたシャトルのパイロットに、後でウィスキーを贈ると約束して臨時宇宙港まで降りてもらい、無人タクシーに乗り込む。彼の家は任務の都合上、宇宙港からはそう遠くない場所にある。
「こんな時間に失礼だと思わないのか、中尉」
玄関に出てきたカーチェント中佐は、ボサボサ頭を掻きながらパジャマ姿で(誰かに似ているが、彼とは違ってカーチェントには奥さんがいる)俺を睨み付けた。だが、もう俺は怯むわけにも、今までの非協力に怒るわけにもいかない。俺は精一杯の謝罪をして、カーチェントに頭を下げた。
「小官の力だけでは『例の問題』を解決できません。是非とも中佐のお力をお貸し願いたいのです」
「……まぁ、とりあえず入りたまえ。ここは寒いんだ」
暖房はとっくに切れている寒いリビングで、俺は手みやげに持ってきたウィスキーのミニボトルをカーチェントに差し出すと、「情報将校に物を贈るなんて、君は本当に首席か?」と呆れられた。呆れつつも、暖房のスイッチを入れてから、いそいそとミネラルウォーターを出すところはらしいと言えばらしいのか。
「……ま、遅かれ早かれ中尉が僕の処に来るのは分かっていたんだが」
水割りを傾けつつ、カーチェントはパジャマ姿でソファに深く腰を落としてあっさりと言った。
「エジリ大佐のことを聞きに来るんじゃないかと思っていたんだけど、違うかな?」
「……そうです。申し訳ありません」
完全に俺の目的も思考もカーチェントには見抜かれていた。呆然となるよりも先に、俺の口からは謝罪の言葉が出てくる。
「いや。こっちも悪いと言えば悪い。士官学校を出て二年目の若造が、ケリムに派遣されてきたことで、余計な事を考えていたんだ」
「余計な事、ですか?」
「グリーンヒル少将のお声掛かりで、首席卒とはいえいきなり艦隊司令官付副官へ着任だ。少将は情報部にも在籍されていたから、何らかの繋ぎを僕に入れてくれると思ったんだが……着任三ヶ月、いっこうになくてね。正直、こちらがタイミングを逸してしまったかと」
「は、は、は……」
「あれほど無能ぶっていたのに、なんにもアクションがないから逆にこっちが戸惑った。かといって迂闊にこちらから話しかけるわけにもいかないし。でも考えてみれば当たり前だ。君は艦隊指揮官候補として送り込まれたワケで、情報将校として送り込まれたワケじゃない」
「……はぁ」
「リンチ准将の目をくぐりながら、『ブラックバート』の情報を集める演技に、君も騙されてくれたことでこちらも準備はどうにか出来ている。エジリは君の行動に油断して余計な策を企てているし、第一艦隊の到着が遅くなることもエジリは察したことだろう」
俺は「あ」と思わず口に出して立ち上がった。
「じゃあ、第一艦隊はもう……」
「この新年三日ですでに事態を把握して、移動を開始している。リオ=ヴェルデ星域で反転し、既にバーラト星域外縁部に戻っているだろう。今回の作戦で『ブラックバート』の全組織を壊滅させるのは不可能かもしれないが、ケリム星域における活動は壊滅寸前まで持って行けるだろう」
「世間知らず、物知らずは小官の方だったというわけですね」
「悲観することはないさ。君のD星区における艦隊幕僚としての行動は、僕の目から見ても満点以上だ。あの根拠地に『置き土産』を仕組んでいることは想像がついていたけど、ああいう方法で犠牲者なく解決出来るとは思っていなかった。その上、君は情報参謀の力を借りずに、情報漏洩の事実を突き止めた。あれは僕にとっても冷や汗ものだったよ。エジリに感づかれたかと思った」
再び椅子に腰を下ろした時、もう俺は何も言うことが出来なかった。全てはカーチェント中佐の、そして同盟軍情報部と第一艦隊の掌の上で、必死に踊っていただけに過ぎなかったのだ。リンチもエジリも、そしてこの俺も。苦い教訓と言うよりも、己の卑小さ、尊大さを痛感せざるを得ない。原作知識があることで、普通の男の俺は人より若干遠くが見えていると思いこみ、相手を見下し、その全てを理解していると信じていた。
俺は前世で三〇年ほど生きてきて、一体何を学んできたのか。小説の世界に転生して、予言者のように振る舞い、順調すぎる人生を送ってきたことで自ずと尊大になり、うぬぼれ、人を登場人物としか認識できなかったのだ。悔しいというより自分に呆れて物が言えない。穴を掘って埋まっていたい。
「えらそうに言わせてもらえば、若いうちに世間が広いことを理解しておくことは、良いことだと思うけどね。じゃあ明日もがんばってくれたまえ。ボロディン中尉殿」
カーチェントの激励と宣告は、俺の心に重く重くのし掛かったのだった。
後書き
2014.10.22 更新
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