ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第23話 初陣 その3
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。
初陣と言うよりは捜査に近い話になりつつあります。
自分で書いていて、リンチはさすがにここまでバカじゃないよなぁ……と反省してます。
宇宙暦七八五年一二月 ケリム星域ネプティス星系外縁D星区
就業時間外に同い歳の女の子(しかも美人)と部屋で二人っきり。ですが空気は甘甘生クリームどころか、ツンドラもかくやと言わんばかりに底冷えしております。
「……と、言うわけで貴官に航法、プラン構築の面で協力してもらいたい」
「了解しました。中尉殿」
完璧な、ほぼ完璧なと言っていい敬礼で応えるドールトン准尉の顔は、何というか能面(唇厚いし、褐色だけど)から優しさ成分を抜いたような感じだ。感情がない。考えれば恐ろしい話だ。壁に掛けた喋る能面相手に夜仕事をする恐怖は……でもこのままではそれが現実となる。
実を言えば部下を持つ苦労、というものを俺は前世を含めて持っていない。せいぜい同列者の中の先任という程度で、士官学校を含めて、上下関係で先輩・後輩という関係はあっても、上司・部下という関係はなかった。リーダーシップ研修で上司と部下、その組織構造、運用などを学んでいても、さて実践となるとなかなか難しい。まぁ自分がトップに立てるような器ではないのはよく心得ているが。
とはいってもこの航跡追跡計画を立案するためには彼女の、航法下士官としての能力は不可欠だ。二階級とはいえ階級で服従させる方法もあるが、それはリンチがやっていることとまったく同じで芸はない。時間が限られている今、俺が出来る方法といえばはっきりと自分の気持ちを説明することぐらいしかない。
「准尉が俺に対して含むところがあるというのはわかる。なにしろ俺は女性の扱いには不慣れだし、デリカシーがないとよく義妹に言われている。だからまぁいろいろ地雷を踏んでしまったり、フォローが下手だというのは勘弁して欲しい」
「……」
「ただ仕事をするなら俺はなるべく気持ちよく仕事をしたい、と思っている。そう言う意味でも俺は准尉の協力を求めたい」
「大変失礼な質問をいたしますがよろしいでしょうか?」
相変わらずの無表情で聞いてくるドールトンに、俺は紙コップの中の烏龍茶を傾けつつ頷いた。まるで俺の心の奥底をさらけ出す羽目になったときのヤンと、ドールトンの姿が被る。それを承認と受け取ったのか、ドールトンはコホン、としなくても良さそうな咳払いをした後、かなり大きめの胸を張って言った。
「……中尉殿はもしかして童貞ですか?」
俺が口に含んだ烏龍茶を盛大に吹き出したことを誰が咎められようか。あまりの勢いで鼻からも出てきたことも分かってくれると思う。同志諸君(誰だよ)なら!! 幸い横向きに座っていたからドールトンの褐色の肌にかかることはなかったが……牛乳だったらどうだったかとか、余計なことは考えていない。そんな余裕はない。
かなり苦しく咳き込んで床に蹲る俺を、ドールトンは長身を生かしてそれはそれは怖い笑みを浮かべて見下ろしている。咳が収まっても助けようともしない。
ようやく二度ばかり深呼吸して俺が腰を上げると、ドールトンは一度部屋を出てから、紙タオルを束で持ってきて机の上だけ拭く。つまり床は俺が拭けということかよと口には出さず、黙々と俺は床を拭く。束の半分を消費してなんとか原状復旧が終わると、改めて俺は准尉に協力を求めると、了解しましたと含み笑いを浮かべつつ、俺の差し出した手を握ろうとして……
「せめて消毒ぐらいはして欲しいのですが」
と、この女(アマ)は明確にそれを拒絶した。
とにかく手打ちを終えた俺とドールトンは、先に手を消毒した後で実質的な話に移った。
まずは俺がリンチから借り受ける事になる二〇隻の巡航艦で、どこまで星系内の次元航跡を解析できるかと言うこと。次元航跡とはぶっちゃけ水面上の航跡と同じようなモノだから時間が経てば消えてなくなってしまう。それでも数日、大型艦なら一週間くらいはなんとか観測できる。第七一警備艦隊の星区内侵入でかなりかき乱されているだろうから、結構な処理時間が必要になるが、これで数日来の海賊艦の挙動がわかるはずだ。だがドールトンの言ったとおり星区全体の観測にはかなりの数の艦艇を必要とする。そこでドールトンの協力が必要となる。
D星区は無人星系であることは誰もが承知しているし、有用な鉱石も産出せず、居住に有望な惑星も存在しない。かなり大きな有人星系であるネプティスの側にあっても、近隣に有人星系が少ないことから滅多なことでは輸送船はこの星系を通過しない。ただしゼロではない。かなりの遠回りにはなるが、幾つかの有人星系へ向かえる航路がある。それこそ海賊の裏を掻くようにあえてこの星系を抜けようとする逞しい(無謀とも言う)商人もいて、意外とその試みは成功している。
「海賊が自分の根拠地星系で襲撃を行うとは考えにくい、そういうことですね?」
「襲撃されれば、当然軍なり警察なりの捜査が行われるからね。その時根拠地が発見されれば、海賊側としては大損だから」
それを見越して、リンチと俺はこの星系に根拠地があるのではないかと推測していた。その読みは当ったわけだから、リンチも無能ではない。先に偵察艦を出して航跡調査をさせなかったのも、海賊側の油断を誘うためだったのだが、それは今裏目に出ている。巡航艦二〇隻では明らかに手不足だが……
「近隣の星系からこの星系に跳躍してくる航跡を辿る。その最短コースをリストアップする。現在進行中の小惑星帯掃討作戦とのデータと重ね合わせ、不審な航跡があればそれを残す。複数艦艇が跳躍可能な宙点をリストに出す為に、小官の知識を使うというわけですね」
「二〇隻では出来ることが限られているからね」
戦艦も含め一〇隻以上の艦艇を運用する海賊だ。その運航には細心の注意を払うだろう。しかも製造管理の厳しく難しいゼッフル粒子(やはり根拠地跡から検出された)を扱う奴らだ。かなりの頻度でこの星系と別の星系を行き来していたはず。安定した宙点を選択し、しかも根拠地のある小惑星帯に向かっている航跡を探り出し、その方向を確認する。だから航法知識があるドールトンの知識が必要となる。
まずは海賊が使いそうな跳躍宙点を取捨選択、次にそこへ巡航艦を半分隊(五隻)派遣し、周辺の次元航跡を調査。そして海賊が使用したであろう航路の確認と、『別の根拠地』と考えられる星系の把握。それに巡航艦分隊の調査航路の設定。それがドールトンに俺が指示した仕事だ。巡航艦への命令は俺がリンチを通して行う。副官業務は交代要員がいないので、俺は仕事の合間を見てドールトンの分析結果を確認し、さらに巡航艦へ指令を出す。ちなみにドールトンは予備下士官なので、艦長にこの職務への専従を許可して貰った。
ドールトンが宙点を選択し、巡航艦分隊の調査航路を作成するのに三時間。巡航艦へ指示し、四個半分隊がそれぞれに散って調査するのに二四時間。幾つかの分隊から興味を引く情報が届き、それをドールトンが分析し、次の調査航路を産出するのにまた三時間。巡航艦分隊は殆ど立ち止まることなく外縁部の宙点を調査し続け、ドールトンも四つの分隊の調査航路を同時に計画しながら、俺に状況を報告。俺も副官業務の合間を縫って計算と分析を行って……リンチの許可から四九時間後。俺とドールトンは自分達が出した結論を見て、結論が導く重大な問題に直面することになった。
「当艦隊がこのD星区に到着した約一八時間前に、根拠地近辺には複数の航跡が確認されました。その航跡はネプティス星系との跳躍宙点を起点としています。その三時間後。四隻程度の大型艦が根拠地を出航。アレスⅣ星系との跳躍宙点へ向かい、そこで次元航跡は途絶えました。おそらくアレスⅣ星系にパルスワープで向かったものと推測されます。以後、この星区での次元航跡は当艦隊と破壊された根拠地の破片以外、確認できません」
「……」
リンチ、エジリ、オブラック、カーチェント、そして俺が集まる第七一警備艦隊司令部(戦艦ババディガン内小会議室)で俺が言った言葉に、沈黙した四人の顔はそれぞれだった。
「これから導き出される結論は……」
「言わんでもわかっとる。こちらの情報が事前に漏れていたな」
「そんな!!」
リンチの歯ぎしりの含まれた結論に、情報参謀のカーチェントは顔を蒼白にして席から立ち上がる。
「この作戦に関しては、防衛司令部でも司令官ベレモン少将と防衛区参謀のパトラック大佐しかご存じないはずです。第七一警備艦隊でも……ここに派遣された部隊でも『スパルタニアンによる制空訓練』として集められており、作戦情報開示ですらネプティス星系を離れてからなのです!!」
「だが、現実にはネプティスから海賊に向けて通報艦が発進し、海賊は我々の到着以前に大型艦で逃げおおせた」
エジリの声ははっきり部外者と言わんばかりで、いっそ清々しいものだった。
「我々がこの星系でうろうろしている内に、海賊はアレスⅣ星系へとまんまと逃げおおせたわけだ……おそらく我々が撃破した一五隻の海賊艦はすべて無人艦、と考えるべきだろう。根拠地の爆発もすべて自動制御だ」
「俺達は海賊艦を血祭りに上げ、根拠地を粉砕して、任務は成功とイジェクオンに凱旋する……そして間をおかずに『ブラックバート』が再び活動する。俺達は体のいい笑いものになるわけだ」
リンチは思いっきり右拳で簡素な作りの机をぶったたく。派手な振動と共に、並べられたコーヒーカップがカチャカチャと擦れた音を立てる。
「司令部共め。ベレモンかパトラックか、それとも両方か知らないが、この俺をコケにしやがって!!」
「……ですが本当に星区司令部から情報が漏れたのでしょうか?」
机の振動が収まった段階で、顔だけは冷静な(頬の一部がぴくぴくしているが)オブラックが余計な口を挟む。
「たまたま偶然ということもあるでしょう。司令部が早々情報を外部に、しかも海賊に漏らすなど……」
「そ、そうです。リンチ司令。仮にも海賊討伐は星区防衛司令部の主任務の一つです。その司令部が反逆罪を犯すような事をするでしょうか」
「理由など知るか。憲兵に二人を締め上げさせれば分かるだろう」
少しだけ息を吹き返したカーチェントに、リンチは吐き捨てるように言った。コケにされた、あるいはされかけたことに腹が据えかねているのは一目瞭然だ。目からは火が出そうな感じだ。だが口から出てきた言葉は、それどころではなかった。
「第七一警備艦隊所属全艦に、惑星イジェクオンの上空制圧と宙域封鎖を命じる」
リンチの言葉に、会議室の空気は凍り付いた。無関心を装っていたエジリですら、リンチに驚愕の表情を見せている。誰もリンチに対して口を開くことが出来ない。それはそうだ。
「……それでは第七一警備艦隊が星区司令部に叛乱を企てる形になってしまいますが?」
誰も話さないので、俺はリンチに確認した。リンチは俺を一度睨んだ後で視線を逸らしてから応える。
「致し方あるまい。仮に軍法会議なっても、目的が二人の拘束ならば正当性を主張できるだろう」
「できないと、小官は考えます」
「なぜだ?」
リンチの疑問に、俺は正直応えることすら面倒に思えた。こんな事すら分からないのかと失望どころの話ではない。頭に血が上って冷静になれないのはわかる。ここにいる人間が言いふらすような胆力を持っていないと解っていても、容易に口に出すようでは処置なしだ。艦隊警務部に通報して拘束してやりたい気分は山々だが、従犯として巻き込まれるのは勘弁だから丁寧に答えるしかない。
「まず司令部の二人が情報を漏らしたかどうかが、状況証拠である点です。憲兵もそれでは二人を拘束することに躊躇するでしょう。司令部の二人が逃走する可能性を考えたが故に閣下が当艦隊を使って宙域封鎖を命じたのはわかります。ですが……」
イジェクオンの宙域を封鎖するとなれば、それは同盟の大動脈をぶった切ることになる。経済的損失は軍の保障とかいう言葉が通じるレベルではない。星区司令部に対する叛乱というレベルではなく、第七一警備部隊は同盟の公敵として討伐の対象になるだろう。これがまず一次的に正当性を主張できない一点。
第二に司令部の二人のいずれかであるにしろ彼らが海賊に情報を漏らした理由。脅迫・収賄などであれば、憲兵は容易に証拠を掴んでいる。なにしろケリムはバーラトの隣の星区。ド辺境ならともかく、憲兵の練度・規律は充分維持されているだろう。それでも掴めないということは、そういう事実はないと判断できる。
第三に理由がいずれにしろ、ケリムという重要星区の最上クラスの軍人が海賊とつながっていたという事実自体が公表するには危険であること。余波はケリムにとどまることはない。大なり小なり辺境区でも同じ事があるだろう。軍部の社会に対する威信失墜を公表することになり、それは任命責任者である統合作戦本部も望んではいない。下手したら軍上層部だけでなく政権そのものが吹っ飛ぶ。
「以上のことから、もう我々が直接行動するということは出来ないレベルであると、小官は考えます」
「……では、このまま黙って間抜けを演じろということか、ボロディン中尉」
「いいえ、やるべき事は多くあります。間抜けを演じるのも一つですが、『ブラックバート』の背景をもっと深く捜査すべきです。憲兵を頼ることなく、出来る限りの情報を収集すべきです。そうすることで……カーチェント中佐の無罪が立証されます」
「俺の無罪だと!!」
リンチには逆らえないがさすがに新米の俺には容赦しないらしい。それはそうだろう。彼自身が海賊とつながっているとは(間抜けすぎて)とても思えない。だが司令部の二人が情報を漏らしたのでないとすれば、必然的に情報が漏れたのは第七一警備艦隊から、となりその情報管理を担当するのはカーチェントだからだ。彼自身の罪ではないにしても、彼の管理が甘かったという事になるのだ。俺の隣で怒りの視線を向けるカーチェントを、俺は丁重に無視したが、代わりにエジリが咳払いの後俺を問いただした。
「……憲兵に頼ってはならない理由は、一体何故だね? 彼らの権限を持って司令部に禁足を命じることもできるだろう。無言の圧迫にもなる」
「エジリ大佐。それは『司令部の二人』が関与していた場合はそれが成り立ちますが、こと民間人……たぶん州議員クラスの人間に対しては逆の効果を持つことになります」
同盟の憲兵はあくまで軍内の警察組織だ。帝国のように地上戦部隊を使って一応は民間人である地球教徒を追っかけ回すような事は出来ない。民間人が犯人であれば、国家警察あるいは州警察が対処することになる。憲兵が民間人を脅した、となれば野党が政権に簡単に噛みついてくるだろう。
「情報を漏らした犯人は民間人だと、貴官はいうのか?」
「正確には星区司令部か第七一警備艦隊か、今回の海賊討伐作戦を事前に知り得た人間の側にいる民間人です」
「……だから直接行動は出来ない。相手の油断を誘うためにも、しばらく我々は間抜けを演じている必要がある。そういうことか」
「はい、リンチ閣下。その通りです」
あくまで第七一警備艦隊がちゃんと防諜体制を整えていることが前提だが、とまでは俺はリンチにはいわなかった。もはやケリム星区のどの戦力にも疑念は生じている。第七一警備艦隊に限らず、他の巡視艦隊も、だ。こと政治的な判断すら必要な状況下であるならば、もはや頼るべき武力はただ一つしかない。
「第一艦隊をケリムに呼び寄せるべきです。だがそれまでに犯人の目星だけは、我々第七一警備艦隊でつけなくてはなりません。例え状況証拠だけであっても」
「ふん。結局父親を頼りにするワケか。なさけないな」
斜め前に座るオブラックの厭味に俺は唇を噛み、拳を握って我慢したが、次の瞬間そのオブラックが衝撃と共に椅子から転げ落ちたのにはさすがに驚いた。
「いや、失礼」
右拳を撫でながら、正面に座るエジリが笑顔で応えた。
「最近、めっきり歳をとったせいで右肩の調子が良くなくてな。おやオブラック中佐。大丈夫かね?」
そういえばエジリは大佐だったよなと、俺はどうでもいいことをその時思い出していた。オブラックの発言が礼を失しているとはいっても鉄拳制裁はいかんと思うんだ……でも正直、俺は気分が良かったが。
後書き
2014.10.19 更新
2014.10.21 文面一部修正
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