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ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~

作者:???
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思い出-メモリーズ-part1/半妖精の友達

数十年前…。ハルケギニア大陸から遥か東に位置する地方…ロバ・アル・カリイエ。
『グオオオオオオオオオオオ!!』
以前、この地域からディノゾールがハルケギニアに向けて飛び立ち、トリスタニアに多大に被害を与えたことは覚えているだろうか。だが、今は怪獣たちの無法地帯と化していたこのロバ・アル・カリイエから大きな影がほかの地域へ旅立ったことは、実を言うとディノゾール以前よりも何度もあったことである。
そして、この大陸ではエルフと、そこに隣接して暮らしていた人間の争いが発生しているとも言われているが、宇宙怪獣であるはずのディノゾールという凶悪な存在がいたように、
この大陸では凶悪な怪獣同士が命のやり取りを毎日のように起こしていた。しかも、それはただの野生動物の縄張り争いではない。
まずはその一旦を見てみよう。ロバ・アル・カリイエのある荒野にて、一体の猿のような怪獣と、もう一体の凶悪な怪獣が戦っていた。形勢については、後者の怪獣…初代ウルトラマンを倒したことのある個体の同種族『宇宙恐竜ゼットン』が優勢だった。
『ば、馬鹿な!この俺が…ヴァイロ星人であるこの俺が…こんな野蛮な異星人に…!』
劣勢に追い込まれ狼狽えているのは、のっぺりとした道化師のような白いマスクに素顔を隠した宇宙人『ヴァイロ星人』。そしてゼットンを操り、戦いを有利に進めているのは、かつてウルトラマンジャックを卑劣なやり方で敗北に追い込んだことのある『暗殺宇宙人ナックル星人』だ。
『ふん、何が起こったのか理解できていないようだな。さあ、やれ!!飼い主もろともその不細工な獣を始末しろ!』
『…ゼッ…トン…』
ゼットンは相手の怪獣に向け、その傍らにたっていた星人もろとも両手から発した破壊光線を発射した。攻撃を受けた相手の怪獣は体に火花を起こしてダウンした。
『な、貴様…「レイオニクス」をも狙うなんて…ぎゃあああああああああああ!!!』
光線を受けた星人は何か文句を言おうとしていたが、ゼットンの攻撃を受けて木っ端微塵にされ、絶命した。そんな成人に対して、ナックル星人は吐き捨てるように言った。
『バカが、「レイオニクスを狙うな」とはルールで禁じられてなどいない。このバトルのルールの盲点を見抜けなかった貴様が悪いのだよ。負け犬が。……ん?』
ナックル星人は目の前を凝らして見る。よく見ると、たった今ゼットンの光線で倒したはずの怪獣がまだ生きていたのだ。
『こいつ…まだ生きていたのか!?』
ナックル星人はすぐに、手に持っていた奇妙な機械を握り身構える。手に持っている装置でゼットンを操っているのだろうか。
しかし、相手の怪獣は自分の主が殺された憎しみに駆られることはなかった。それどころか、だんだんと小さくなり、50m近い巨体が2mほどにまで縮まり、一目散に逃げ出した。
『…ふん、まあいい。負け犬らしい逃げっぷりに免じて見逃してやる。』
興味が失せた様子で、ナックル星人はその怪獣を追って行こうとはせず、踵を返してどこかへと去っていった。
一方で、ナックル星人から見逃してもらったその怪獣は、荒野を必死に走っていた。どうもこの怪獣は、ヴァイロ星人に対してなんの情も抱いていなかったらしく、寧ろ清々した様子が伺える。無理やりこの戦いに参加させられていたのだろう。
荒野を超えて、森の中へと差し掛かったその怪獣。その森には、そこに住む人々の村があった。彼は、宇宙人に無理やり従わされていたが、人間のことを恐れてはいなかった。寧ろ、不思議なことに好意的あったのである。草陰から村の様子を伺ったその怪獣だが、彼は偶然にも森の中で人間と遭遇したとき…。
『く、来るなこの化物!!』
『殺せ!この村を荒らさせるな!!』
『村を守れ!!』
森で出会った男性やその仲間たちからいきなり罵声を浴びせられた怪獣は動揺してしまう。しかも、切り裂く風の刃が自分を襲ってきた。怪獣は攻撃を受けてその身に切り傷を負いながらも、決してその男性を襲わなかった。逃げるように彼は森の中へと逃げ出していった。怪獣は、ひどく悲しんだ。自分に敵意なんてなかったのに、どうしてこんな目に遭わなければならなかったのか。
彼はとにかく、なるべく身を隠しながら、そしてある日人間に見つかって化物扱いされて攻撃を受けては逃げ続け、あてもなく、ただロバ・アル・カリイエから逃避行を続けた。
いつしか、怪獣はハルケギニア大陸…それも人隠れて船に乗り込みアルビオンへと足を踏み入れた。しかし、決して人間の前に姿を見せようとはしなかった。恐れていたのだ、また人間に襲われてしまうのではないか、と。現に、ハルケギニアでも見つかったときは化物扱いされて、人間は腰を抜かして逃げ出したり、魔法で攻撃してきたりと酷かった。
彼が見たアルビオンは森に覆われた美しい大地だった。しかし、そこに住む人間が自分が望むとおりとは限らない。でも、彼は寂しがり屋だ。密かに、森の草陰の中などから人間の生活する様子を伺っていた。表に出ることのできないもどかしさを噛み締めながら、彼は人気の少ない森の中に隠れながら暮らしていた。
しかし、ある日のこと…。
彼はアルビオンのとある貴族の屋敷の敷地内にある森にやってきた。草陰からただ見ていることしかできなかった彼。だが、ある日ついにその屋敷のものと思われる幼い少女に見つかってしまったのだ。また、恐れられる。攻撃される。それを怖がった彼は逃げようと思っていたのだが、今度出会った少女は不思議なことに、彼に手を差し伸べてきた。
『あなたはだぁれ?』



前回ともたった今の話とも大きく離れるかもしれないが、数年後の現在に時間を戻そう。
使い魔と、それを召喚した主の間には特別なつながりがある。その一つとして、どちらかが危機的状況に陥ると、相手の視界・聴覚を共有することができるというものだ。その共有した視界の中で、テファはシュウがネクサスに変身し、危険な戦いに身を投じたときの光景を目にしてしまった。ただ一つ幸いだったのは、視界がシュウ=ネクサスの視点だったために、彼の変身した姿は見えない、つまりシュウがウルトラマンになれることまでは気づいてないままだった。
子供たちを寝かしつけた直後、それらを見てしまい衝動に駆られた彼女はシュウを探しに村を出て、彼を探しまったのだが、彼の姿は残念ながら見当たらなかった。それどころか彼女は山道に差し掛かったところで、すぐ脇の急斜面に足を滑らせてしまったのだ。何十メートルもの斜面を転がり、頭を打ってしまったせいだろうか。彼女は意識を手放していた。もしこんな森の中で少女が一人倒れた姿を、どこかの悪漢が見つけたら黙ってみてはいないだろう。あまりにも今の彼女は無防備だった。
天はよほど彼女に対して無慈悲なのだろうか。気絶していた彼女の傍らに、クマのような大きな影が、彼女の顔を覗き込んでいた。



ウエストウッド村近くの森に、突如飛来してきた石像から雫が落ちるように、一つの光が降りてきた。
ウルトラマンの力を持つ青年、シュウである。アリゲラを撃破したあと、テファたちに悟られないように早めに戻ってきた。そのため、服の上からだとよく見えないものの体のあちこちにわずかに傷跡が残ってしまった。
なんとか誤魔化し通したいところだな。シュウは服の下の傷を見ながら呟く。
村へ駆け出し、無事村に戻ってきたのだが、村の様子が妙に慌ただしかった。子供たちが庭に出て口々に叫んでいる。
「お姉ちゃんどこーー!」
「テファ姉ちゃーーーん!」
シュウは何も言わなかったが、無表情な彼の顔にわずかな変化があった。何か異常な事態が起こった、それを警戒しての表情だった。子供たちのいる村の広場にやってくると、シュウの帰還に気が付いた子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
「兄ちゃん!お姉ちゃんを見なかった!?」
ジムがひどく動揺した様子でシュウに尋ねる。
「いや…俺も今戻ってきたからわからない。何があった?」
「テファ姉ちゃんがいなくなっちゃってたんだ!」
「…何?」
シュウはこれを聞いて耳を疑った。いなくなったってどういうことだ?あのティファニアが村の外に、チビたちを残して無断で飛び出していったと言うのか?それとも…。
「また誰かに誘拐されたのか?」
「ううん。もしそうなら、テファ姉ちゃんの悲鳴が聞こえてたはずだもの」
今のシュウの問いにエマが答えてくれた。確かに、先日テファを浚おうとした人攫い集団程度なら、物静かに人ひとりを浚うことなどできない。被害者が悲鳴を上げればすぐに何が起こったのかばれるものだ。だが子供たちの話だと、起きていた時にはすでに姿がなかった。つまり、テファは一人で人知れずどこかへ出かけてしまった可能性が高い。
しかし、いかに忘却の魔法が使えるからって、虫も殺せそうにない彼女が一人でうろつくなど危険極まりない。また前回のように下卑た盗賊に狙われてしまうじゃないか。
「んなこと言いやがって…本当はお前が姉ちゃんをさらったんじゃねえのか!?」
そう言ってジロッとシュウを睨み付けてきたのは、前々からシュウのことを疎ましく思っていたサムだった。
「サム兄止めて!!」
サマンサがシュウに詰め寄っていくサムを正面から押して止めようとしたが、サムの視線は鋭く研ぎ澄まされた
「俺は前々から怪しいって思ってたんだよ!前に姉ちゃんを盗賊から助け出したとか言ってたけど、本当は姉ちゃんを一緒にさらおうとした奴らの仲間じゃ…」
シュウは、サムのこの一方的で無責任なセリフを聞いて、少しカチンとなって眉をひそめた。
「そうやって根拠も無しに、意味もなく吠えるだけか?」
淡々とした口調と冷たい視線で、シュウはサムを見下ろした。
「大方ティファニアへの独占欲に駆られたうえに、元はよそ者で信用できない俺に勝手な敵対心でも抱いたのだろうが、こちとら迷惑だ。そもそも俺を召喚したのはティファニアだ。その責任は彼女が背負うべきもので、俺が責められる言われはない」
「な、なんだとっ…!!!」
「俺に当たるヒマがあるならティファニアを探せばよかったんじゃないのか?なのにそれさえもしないで口先だけ達者に他人を責めるなど、強がるだけの泣き虫がやることだ」
「っ…!!」
サムは意地を張ってシュウを睨み付けたのだが、言い返す言葉が見つからなくなり、男子寮として使っている小屋に向かって走り、バタン!と扉を閉めて閉じこもってしまった。
「サム兄!」
ジムとジャックが小屋に駆け付け扉を叩いたが、小屋の中から返事はなかった。弟妹たちの前で情けない姿をさらしてしまったのだ。ほとぼりが済むまで彼は表に出てこようとはしないだろう。
「兄、いくらなんでも言いすぎだよ!」
サマンサがかなりキツイ物言いをしたシュウに対して抗議を入れる。
「…あの、シュウ兄」
「どうした?」
話しかけてきたエマを、シュウはいつもの穏やかな無表情で見下ろす。
「サム兄はね、昔テファお姉ちゃんみたいに、お父さんとお母さんのせいで悪い人にさらわれちゃったの。だから…」
なるほど、両親に売り飛ばされた経験のせいで不審人物と見なした人間には簡単に心を許すことができないと言うことか。まあ元々自分が得体の知れない人物だから、信用されなくても仕方のないことだ、心の中で納得した。
「…別に構わない。それよりも重要なのは」
ティファニアを見つけることだ。シュウがそう言うと、サム以外の村の子供たちが集まってきた。
「じゃあ、皆で手分けして探そうよ!」
「だめだ。お前たちは村で待て」
「ええええ!!どうして!!」
ジムは多人数を用いた捜索を提案したが、シュウから真っ先に却下された。
「お前たちが探し回った範囲はすでに確認済みなのだろう?それでもティファニアが見つからなかったということは、おそらくさらに遠い区域で行方をくらました可能性が高い」
村の遠くまで子供たちが、保護者の監視無しで出ていくのは危険すぎる。いくら自分の家族の行方がしれないからと言って危険を犯し、万が一のことが合ったら元も子もないのだ。ミイラ取りがミイラになるなんて、あのティファニアのことだ。自分はともかく、子供たちに何かあったら寿命が縮んでしまうに違いない。
「で、でも人数が多い方がきっと…」
ジムはそれでも自分たちだって放っておくことはできないと、一緒に探しに向かうことを申し出たが、それでもシュウは許可を出さなかった。
「その分探す側の被害が増える。だから探すのは俺だけでいい。俺たちが戻るまで一切村から出るなよ」
「でも、お姉ちゃんがどこに行ったのかわかるの?」
「ああ、わかる」
サマンサからの問いに、シュウははっきりと頷いた。不思議に思うだろう。会ってまだ日が浅い少女一人がどこに行ってしまったのかがわかるとはっきり言い切ったシュウの言葉に皆が不思議に思う。
すると、シュウはサムが閉じこもった男子用の小屋に近づき、入り口の前に立った。
「サム」
シュウはサムの名前を呼んだが、中からの返事は帰ってこなかった。自ら耳を塞いでいるのかもしれない。だが、彼は返事がないことも構わずに続けた。
「一度しか言わない。留守は任せる。その代わり、チビたちを守れ。いいな?」
そう言い残し、シュウは村を出てティファニアを探しに行った。
(……やれやれ)
またこうして、どこかに姿を消したテファを探しに向かってる。彼女を探しながらシュウはため息を漏らした。
村が見えなくなるほど遠い場所までたどり着くと、彼は地面にそっと手を添え、目を閉じた。はたから見たら、珍妙なものにしか見えないかもしれないが、シュウがこれをやっていることには理由がある。
(…見える)
彼の瞼の下に、モノクロ映像に似た白と黒のみの配色で映像が流れていた。
村から突如、まるで重要な仕事でも思い出したかのような慌てようで村を出て走るテファ。次に彼女の口から飛び出した言葉に、シュウは目を見開くことになる。
『シュウーーーー!!!』
「…!」
自分の名を呼びながら森の中を見回っている。やがて、山道へ差し掛かり急な斜面へと足を踏み外してしまった彼女の姿を見て、彼は顔を上げた。わざわざ、危なっかしい夜道をうろついてまで自分を探しに行ったと言うのか?
マチルダの話によると、確か使い魔のルーンは、主か使い魔のどちらかが死なない限りは消えることはなかった。服の下の、胸に刻まれたルーンを見て、まだ消えていないことを確認した。まだどこかでティファニアがちゃんと生きていると言う証だ。
この時のシュウは、実は自分が変身して戦っていた姿が事の発端でもあったことを想像もしていなかった。



一方、ロサイス。
「ミスタ・ワルド。申し訳ないけど、私は一度持ち場を離れるわ」
「小用ですか?別に構いませんが、あまりお時間を取りすぎないようにしていただきたい」
「ええ。わかってますわ。閣下は寛大なお方だけど、だからといって長く待たせてはさぞ気持のよくないことでしょうから」
この日もクロムウェルの命令で、トリステインへの侵攻のために艦隊改造の監督を命じられていたシェフィールドとワルドは、クロムウェルがボーウッドに、豹変したウェールズの力を見せていた時と同時刻、シェフィールドは突如、持ち場を離れだした。
入れ替わるように、ボーウッドがワルドの元にやって来た。
「ミスター・ボーウッド。先日の、閣下があなたに贈った『催し』はいかがでしたかな?」
「…子爵か」
「ずいぶんとご機嫌がよろしくないように見えますが、次の作戦の準備は?」
正直言って、不愉快極まりなかった。心は王党派のボーウッドにとって、クロムウェルの王族に…いや、万物の命に対する冒涜も甚だしい行為に憤慨していたのだ。何が始祖から受け継がれた虚無の担い手だ。始祖の力を手に入れたらどんなことも許されると言うのか?たとえば、ウェールズ皇太子を『あのような姿』に変えるような人体実験を。実験に付き合わされたあの怪獣アーストロンも、凶暴な怪獣とはいえれっきとした命だ。それが変身したウェールズに、ばらばらにされてしまっても笑っていたあの男の態度が許せない。
だが…。
「心配はない…私は軍人だ。神聖皇帝、クロムウェルの命に従うまで」
軍人としてのプライドがある。軍人は政治に介入してはならない。だから堪えた。
「それを聞いて安心しました」
ボーウッドはワルドを見て、目を細めた。この男はなんとも思っていないのか?この…今のアルビオンの状況とやり方について。
怪獣などの人外を操ってアルビオンの各地を蹂躙し、ある時は圧倒的な力で敵を心までもねじ伏せ、ある時は自然や大地を荒らし民たちの住むもろとも破壊の限りを尽くす頃で勝利を勝ち取ってきた、レコンキスタのやり方に。
いや…問うだけ無駄あろう。こいつは自分の祖国を平気で裏切り、噂では度に同行していた婚約者を殺害しようとしたと聞く。所詮は他人だし、憐れむような目で見るだけ無駄だ。
ボーウッドは、視線をアルビオンの大空に向けた。



艦隊が怪しすぎるほど見違えるまでに改造されている様を横切りながら、人目のつかないロサイスの宿の個室にやってくると、彼女は深いため息を漏らした。
「ふう、クロムウェル…あんな使えない地方の元司教とやらにいつまで仕えなくてはならないのかしらね」
このシェフィールドと言う女、クロムウェル使い魔兼秘書と言う立場でありながら、クロムウェルのことを内心では格下に見ており、嫌悪していたようだ。
「あいつに持たせたあの『アンドバリの指輪』がなければ、奴は虚無の担い手でもなければメイジでもない、ただの身の程知らずの平民だというのにね」
もしここに、レコンキスタに参加した貴族が聞いていたら耳を疑っていたに違いない。自分たちが伝説の力『虚無』の担い手であるクロムウェルが、実際はレアなマジックアイテムを身に着けただけのしがない平民だった。誇り高き貴族が、ただの姑息な平民に言いようにされたと思い、クロムウェルに復讐にかかる未来が容易に見えてくる。シェフィールドは秘書兼使い魔、とは表では名乗っていたようだが、クロムウェルの使い魔であることはまるっきりの嘘だ。
しかしそれが、彼女が『使い魔』という枠組みから外れたわけではない。
「!…この声は…!」
すると、彼女は突如驚いたように顔を上げて目を閉じる。
「い、いえ!決して不満があったわけではありません!……はっ、私の失言に対してもそのようなお言葉をかけてくださるとは、その寛大なお心に感謝いたします」
まるで電話で通話先の相手と話をしているかのようだった。だが、彼女の手元には何一つ、電話系統のものはない。はたから見たらただの電波女にしか見えないようだが…。
「…本当にアルビオンに、ご主人様と同様に…いるのでしょうか?……い、いえ!我が主の言葉を疑ったことなど…このシェフィールド、神に誓ってございません!」
それにしても、シェフィールドは話し相手には頭が上がらない…いや、心酔しているあまり逆らう気さえないと言うべきだろうか。さっきから色々と言いつくろっているように聞こえる。
「…はい、わかりました。あなた様のご命令とあらば」
笑みをこぼしたシェフィールドは、どこからか紫色のラインが走る携帯機器を取り出し、傍らには一体の石像で構築された悪魔の彫像を従えると、部屋の窓を開けた。
(それにしても、昨日私の『ガーゴイル』を潰したあの化け物…それに、そいつがやたら必死に庇っていた奴が気になるわね。始末しようかと思ってたけど…)
ふと、夜の森にもかかわらず徘徊していた『小娘』と、その人影を庇った怪物のことを思い出すシェフィールド。実は昨日『ガーゴイル』の目を通してシェフィールドは、この場所とは全く異なる森の中の景色を見つめていた
その二つの存在、森を歩いていた小娘と怪物、何かあると踏んだ彼女は、ある決断を胸中で下す。
「目指す場所は、まずは『サウスゴータ』よ。さあ、お行きなさい」
彼女が悪魔の彫像を見ると、彼女の髪が風になびくようにゆらゆらと揺れた。そして額に見覚えのある紋章が顕となる。紫色の輝きと、サイトやシュウの持つ使い魔のルーンとよく似た、古代ルーン文字が刻み込まれていた。
その紋章が彫像…『ガーゴイル』にも現れ、ただの像だったはずのガーゴイルは動き出した途端、窓の外へと飛び出していった。



村を出て結構な場所までやってきたが、テファのいた痕跡さえ見当たらなかった。これは結構手を焼くな、とシュウは思った。
今、シュウは山道を通っていた。まさか、あの怖がりにしか見えないテファが、真っ暗な夜の間にこんな場所を通ったら危険だということを知らないわけがない。一歩足を踏み外したら、すぐ脇の急な斜面に足を取られてしまう。引き返して別の場所を探してみようかと考えた時だった。
「…!」
シュウは足元を見やる。そこには足跡があった。しかも、自分が履いている靴とは違う形の足跡、若干自分の足より小さいサイズだ。その足跡の先の斜面に、何かが滑り落ちたあとがあった。まさかと思い、シュウはその斜面をわざと滑っていった。油断して落ちたテファとは違い、用心しながら滑ったので怪我はなかった。斜面の麓につくと、そこに足跡はなかった。代わりに、今度は人間のものとは思えない足跡が、道なりに残っていた。シュウはその足跡をたどりながら、山の中を探し回った。
しかし、近くの小川を通ったその時、川の水面に何かが映っているのを見つけた。空を飛んでいる何かが、上空からこちらを見下ろしていた。



一方で、そんな彼のいる山の上空に、先ほどシェフィールドが飛ばしたガーゴイルが空を飛んでいた。シェフィールドはそのガーゴイルの目を通して、その場一体の景色を見ることができた。彼女がクロムウェルの使い魔であることは虚構だが、『虚無の使い魔』という点は真実だったらしい。ガーゴイルの目を通して周囲を探ると、彼女は地上にて、ちょうど小川のほとりでテファを探している青年…シュウを見つけた。
(…黒い髪?)
ハルケギニアでは黒髪は珍しかった。さらにシェフィールドが不思議に思ったのは、シュウが来ている服と、もっている武装だった。それを見た時のシェフィールドは、目を見開いていた。
(まさか、地球人!?)
宇宙に進出したことのないはずの異世界の人間であるはずの彼女は、なぜか地球のことを知っていたようだ。シュウの持ち物と服装から、彼が地球の人間であることを勘ぐった。
(…捕まえて、どんな素性の持ち主か探る必要があるかしらね)
シェフィールドは、ガーゴイルにシュウの後をつけさせることにした。まずは見つからないように…と思っていたその時だった。
突如背後を振り返ったシュウが背後を振り返り、ブラストショットでガーゴイルを撃ち落とそうとした。
『!』
思わぬ不意打ちを喰らいかけたものの、いち早く反応したシェフィールドはガーゴイルを避けさせる。さらに数発、シュウは波動弾を撃ち続けてガーゴイルを撃ち落とそうと狙い撃ち続ける。
ここは一度逃げたほうがいいか…。シェフィールドは一旦、ガーゴイルは森の奥へと身を隠させた。
一方でシュウは、自分を遠くからのぞき見てきた奇怪な怪物が逃げた森を、訝しむように睨んだ。
(新種のビースト…いや、振動波は検知していない。何者だ?)
エボルトラスターを取り出して見る。これにはウルトラマンへ変身出来るだけでなく、スペースビーストが発する振動波を感知してくれる。しかし、今のガーゴイルからはその反応は検知されていない。まさか、テファを探しているこんな時にビーストでもない敵から狙われるとは思わなかった。いや、『ビーストじゃない敵』自体とはとっくに遭遇したことはあるが、今回のガーゴイルはそれらともまた違うような気がした。
また奴が追ってくるかもしれない。シュウはブラストショットを構えながらテファ捜索を再開した。




……。
私の母は、遠い国からやってきたエルフでした。父は国の王様の弟で、財務監査官を務めていました。二人が出会ったのは、私が生まれる数年前、母が森の中で迷っていたところを、父が見つけたことで知り合ったそうです。でも、私の母はエルフ、父は人間でした。ハルケギニアの人間にとって、エルフは始祖ブリミルの仇敵にして、その方が降臨された場所『聖地』を奪った悪鬼同前の存在として認知されていました。でも、どのようなことがあったかはわかりませんが、父と母は対立しあうことはありませんでした。私が今、こうして二人を父と母と呼んでいるように、二人は愛し合っていました。本来なら対立しあっている種族同士なので結婚することはできません。ましてや父は王様の弟です。結婚するからには、国民の皆に発表し祝福を受けなくてはなりません。そうなったら母の正体はおのずと世間に明かされ、母は直ちに殺されることになる。しかも王族が異教徒をかくまったなどと明かされたら、国民の信頼を失墜させることになりかねません。ですから父は、母を妾として屋敷にかくまうことにしました。母の正体を知っている家臣にも決して公表することの内容に命じ、人間もエルフも関係ない愛し合う者同士の生活が始まりました。やがて今から17年前…私が生まれました。
物心ついたときから『その時』が来るまで、私と母は屋敷の中で暮らしていました。
父はお仕事で忙しくて会う機会は多くはありませんでしたが、とても優しいお父さんだったことは覚えています。母もそうでした。人間はエルフを怪物として恐れているけど、決してエルフは彼らが考えているような恐ろしい種族ではない、寧ろみんな平和を愛する優しい人たちなのだと、母は私に教えてくれました。私は、母がとても優しい人だからその言葉を疑うことはありませんでした。
エルフの血を引く私も、母と同様外に出ることは、本当は許されていません。父が王様の弟なだけあって生活に不自由はありませんでした。でも、外を飛びつ付けている鳥がとても自由で羨ましいと思っていました。私も、いつか生まれ変わったら空を飛んで自由に外の世界を飛び回ってみたい。でも、私は外の世界で暮らすことはできません。だからきっと、こうして屋敷の窓から外の景色を眺め続けていくんだろうって思っていました。
でもある日、私は窓からいつものように空を飛ぶ鳥たちを眺めていました。その日見つけたのは、飽きるほど見続けてきた鳥とはまた異なるものでした。
草陰に隠れている、大きな毛むくじゃらの何かがいたのです。見間違い価値思って最初は負うっておいてました。でも次の日から、その何かは確かに私の屋敷の敷地内の森の草陰に隠れていたのです。その何かは、森の草陰に隠れてはいましたが、それ以上敷地に踏み込むことはありませんでした。
私は、好奇心が湧き上がり、その正体を確かめることにしたのです。もちろん私が外出することを、使用人の人たちは許してくれません。父と母が王様から、エルフをかくまった罪を問われてしまうからです。けど、ずっと屋敷の中で軟禁されていたも同然だった私の好奇心は、いつしか父たちへの遠慮を勝っていました。私は隙を見て屋敷の庭から出て、誰にも見つからないように敷地を回りました。窓から見えた『それ』の正体を知りたい。ただそれだけのために。
私は、草陰に隠れたまま興味深そうに屋敷を見ている『彼』を見つけました。その子は私に見つかったのを知ると、怯えた様子で森のもっと奥の方へと隠れだしました。ちょっと怖い気持ちはあったと思います。外に出たことのない私にとって犬や猫も滅多に見ない存在でしたから、いきなり異様な姿をした生き物を見たらびっくりします。でも私は、大きなクマのような体で、優しい目をしているその子に言いました。
『あなたは、だぁれ?』



「誰…なの…?」
意識を手放していたテファは、眠りについたままうわごとで何かを言い続けていた。そこの寝心地が悪かったのか、今の言葉をぼやいた直後、彼女は目を覚ました。
自分が寝ていたのは、洞窟の石畳の上だった。洞窟は薄暗くて、濡れてはいないが空気がじめじめしている。慣れたベッドの上と比べてあまりにも固い。だが、不思議と背中は痛みを感じていなかった。自分の寝ていた場所に、鳥の巣のように藁が何重にも敷かれていた。体を起こしたテファは周囲を見渡す。藁の寝床の周りには、いくつもの木の実が散らばっている。自分が食事の際に皆によく出しているものと同じものがたくさんだ。誰かが、自分を助けてここへ運んでくれたのだろうか?いや…それは考え難い。自分はハーフエルフだ。誰かが見つけたところで、あの時自分を浚った盗賊のように、体目的で近づいてきた場合がある。助けたところで、自分に何かよからぬことを押し付けてくると考えるべきだ。純粋な性格故に、人のことを信じやすくあるテファであるが、自分の出征がハーフエルフだからこそ、警戒すべきところはちゃんとできていたようだ。
その時だった。
「!」
洞窟の奥から、何かクマのような影が見え、闇に光る眼がギラリと光った。それを見てテファは後ずさった。もしや、村の外に出てくるオーク鬼のような魔物が?テファは自分の服の胸元に触れる。杖は…あった。彼女は用心のために、常に杖を胸元に隠していた。ここならわかりやすいし、取られにくい位置にあるからであって、決してちょっとした色仕掛けのつもりではない。
テファはその目から自らの目を離すことはなかった。見ているうちに、だんだんと恐ろしさを感じなかった。立ち上がった彼女は、その光る眼の正体を、岩の影から、なるべく見つからないようにテファは目を凝らしながらその姿を確認した。
やっぱりだ、あの目…よく見たら恐怖を感じさせられるようなものじゃない。寧ろ、温かくて安心できて……そして、懐かしい。
…懐かしい?初めて見るはずものを懐かしいと感じることにテファは戸惑った。
見た目は、クマのように毛むくじゃらの体からあちこち角のようなものが生えた、ゴリラともとれるような、霊長類に似た顔をした、体長2m弱の獣の後ろ姿だった。
「あ、あなたは…!」
思わず驚いて声を上げたテファの脳裏に、幼き日のヴィジョンが流れ込んだ。




それは、テファがまだ8歳以下の子供だった頃のことだった。
人間から忌み嫌われているエルフの血を引くが故に、生まれたときから屋敷に出ることを許されなかった少女、ティファニア。大人しい性格の彼女だが、閉じられた屋敷から外を眺めているうちに、外の世界に対する興味が沸いていた。だからある日、屋敷の敷地にある生い茂る森の草陰にこそこそと隠れていた『彼』に興味を抱いた。私室から抜け出し、使用人や母親に黙ってこっそりと抜け出した彼女は庭に出た。
草陰に隠れたその獣は屋敷の景色や使用人たちの働く姿に集中していたせいか、最初はテファの存在に気づいていなかった。しかし、テファが近づくと、彼はびっくりしてさらに奥の草陰に隠れてしまう。
テファは最初、そのクマのように大きなその獣の姿を見て驚き、怖くなったが、その獣から敵意がないのを感じると、その獣に言った。
「あなたはだぁれ?」
「…ウ…ウゥ…」
テファは知らないが、声を掛けられた『彼』はロバ・アル・カリイエの大地からハルケギニアへ、そしてこの大陸に来るまでの間、人間から冷たくされたことがあったせいか、テファに対しても警戒心を抱いた。
だが、テファはさっきから何もしてこない。草陰からそっと彼女を見てみると、敵意を全くと言っていいほど向けておらず、寧ろ好奇な目で自分を見ていた。
「大丈夫、怖くないよ?」
テファは微笑みながら手を伸ばす。すると、手を差し伸べられた彼も恐る恐るながらも、テファの前に姿を見せてくれた。
それが、テファと彼の内緒の友情の始まり…テファにとって最初のお友達との日々が始まった。
母や、仕事の都合でたまにしかからの教育をさぼることのなかったが、テファはそれ以外の時間はほとんど暇な時間ばかりで、彼と会うまで私室で本を読むか、両親や教育係から教わったことを復習したりする意外にやることがなかった。そのため、彼とはほぼ毎日会いに行くことができたのだ。
ある日、森の木陰の下で、彼が取ってきてくれた木の実を二人一緒に食べた。
「おいしいね」
屋敷の料理人が作る料理もおいしかったのだが、テファにとって森の木からとれる実も引けを取らない、自然特有のおいしさを持っていたため、木の実の味が癖になっていた。すると、もっと食べるといいよと言うように、彼はテファに別の木の実を手渡した。
「これもいいの?」
彼はテファの問いに快く頷いてくれた。渡してくれた木の実も、とてもおいしかった。
「ねえ、この木の実、どこで生ってるの?」
テファは、彼がくれた木の実がどこでとることができるのか知りたくなってそれを尋ねた。木の実をくれた彼をきっかけに、現在のテファは食事の際に新鮮でおいしい木の実を選ぶようになったのである。
テファの父、モード大公には忠臣とも言える存在がいた。それが、今は取り潰された『サウスゴータ』である。父の縁から、テファはマチルダと幼い頃からの知り合いだった。
「テファ、こいつは一体…!?」
「大丈夫よ、マチルダ姉さん。この子は悪い子じゃないの。ほら」
時折親の訪問と同時に遊びに来てくれた、少女だったころのマチルダにも、テファは『彼』を紹介した。もちろん、いきなりクマみたいな怪物が現れ、しかも妹同然に見てきた子と仲良くしていたことにマチルダは驚いたものの、木の実をもらったり一緒に遊んだりして打ち解けていった。テファが木登りしたときはやめるようにマチルダは必死に降りるように説得して肝を冷やされたと、現在のマチルダは後に語っていたが。
それからは、近くの小川で『彼』と共に水を掛け合ったり、丈夫そうな木を見つけて木登りをしたりして遊んだり、ついでに木の実を一緒にとって食べたり…。ずっと家に閉じ込められていたテファにとって、はつらつとした日々だった。時折、木から落ちたり転んだりして怪我をしてしまったときは、彼が怪我の部分について土や泥を舐めとって応急手当てをしてくれたこともあった。
手当てをしてもらったある時、『彼』はさらに、テファにあるものを差し出す。
「それ、なぁに?」
彼女は『彼』のおかげで、あらかたの木の実のことを知っていた。けど、屋敷の本棚にあった図鑑でも見たことのない実だ。
「木の実みたいだけど…ちょっと固そう。でも、ありがとう」
その木の実は、地球で採れるはずの実…どんぐりだった。それも、本来なら指先ほどの大きさのはずが、掌にちょうど収まるほどの大きさだった。彼女はそれを大事にとっておくことにした。
しかしある日、ついに屋敷を抜け出してしまっていたことが、母親にばれてしまった。いつものように母親の元にやって来たテファだが、母親のいつもの暖かな表情ではなく、険しい表情になっていたことに気が付いて思わず恐怖を覚える。
「ティファニア、あなた…勝手に屋敷の外に出ていましたね?」
母親の厳しい視線が突き刺さるあまり、テファは縮こまった。
「……」
「黙っていてはわかりません。ちゃんとあなたの口から話しなさい」
「…………はい」
エルフ特有の尖った耳が、しゅんと落ち込み気味の彼女の気持ちに呼応して下に垂れていた。
「ティファニア、外の世界に興味を持ちたくなる気持ちはわかります。でもね、だからといって、あなたが外に出ていい理由にはならないのですよ。もし、あなたの正体がわかってしまったら、あなたは…」
わかっている。それ以上は言わなくても。敢えて彼女の母が言わなかったのは、もし口に出してしまったら、言霊と言う言葉があるように、本当にそうなってしまうのではないかと言う悪い想像をしてしまうからだ。
「ですから、あまり軽率な軽率は控えなさい」
「…ごめんなさい。お母さん」
「そう落ち込まないで。私も言いすぎたかもしれないのだから。でもね、私もそうだし、お父様も心配するわ。だから…ね?」
それ以降、テファは屋敷の外に一切出ることが出来なくなった。同時に、『彼』と会う機会が一切なくなってしまった。ただ、『彼』の存在がバレずに済み、彼がアルビオン軍などから危険動物として狙われたりすることはなかった。
もちろん、『彼』は屋敷の草陰から覗き見てテファの来訪を待ち続けていたが、彼女は表に出ることができなかったため、合うことは叶わなかった。彼は、ただ屋敷の草陰から覗き見続けて待ちぼうけるばかりの日々が続いた。
そして、ある日…。
先ほど、『彼』の存在はバレずに済んだ…とは確かに言った。しかし…『彼女の存在がバレなかった』訳ではなかった。
森の中で遊ぶテファと『彼』のことが、偶然彼女たちが遊んでいた森を通った通行人が、「エルフの子供とクマのような魔物がいる」…と、テファの住んでいた領土に駐在していたアルビオンの駐屯兵に報告してしまったのだ。
そのことは、領主であるモード大公の兄、ウェールズの父であるアルビオン王ジェームズ一世にも伝わってしまったのだ。
ある日、ついにそのことで王政府から派遣された貴族が、ちょうど屋敷に帰ってきていたモード大公の屋敷を訪ねてきた。屋敷のエントランスにて、彼らは会合した。
「ずいぶんなご挨拶ですな。なぜ国王陛下の軍がわざわざ…」
「『ご挨拶』に『わざわざ』と付け加えるとは…あなたこそご自分の立場を考えてものを仰っているのですか!」
「私に非があると?詳細を聞かせ願いたい」
エルフであろうが娘と、正式な挙式が出来なかったとはいえ愛する妻も同然のテファの母を、兄であろうと知られるわけにはいかない。ワザとシラを切ってとぼけて見せた。
その態度に、モード大公を訪ねてきたアルビオン貴族は快く思わなかったが、相手が王弟ということもあって堪えた。
「…実は、大公様の領土にて、ある目撃情報がありまして…」
「目撃情報?」
その張りつめた空気に気づいたのか、テファはそっと、エントランスの階段を上ってすぐの扉の隙間から見ていた。
「エルフと、クマと猿を合わせたキメラのような魔物です。この領土の太守であるあなたの耳にも届いているはずですが、ご存じありませんか?」
その情報は、テファを扉の奥に引き戻そうとした彼女の母も耳にした。エルフが目撃された情報が、よりによって王政府にまで伝わったとなるとまずい。ブリミル教の経典において、自分のようなエルフは排除すべき天敵、悪魔ともとられている。見つかったりしたらアルビオン政府は黙ってはいない。もしそうなってしまったら、いかに王弟であるモード大公も…。
「いや…そのような情報は私の耳には入っていない」
テファの母はそれを聞いたときは耳を疑ってしまった。ブリミル教が根深く浸透しているハルケギニアで、エルフを保護することなどご法度だ。だが、モード大公はなおもエルフである自分の妾と娘の存在を隠ぺいし続けてきた。家臣たちにも決して口外しないように口止めしていたのである。
(あの人は私たちのことを…でも…)
彼女は同時に心苦しかった。自分たちの存在が、愛する人の首を絞めているのだから。しかも、相手のアルビオン王は彼の兄でもあるのだ。同じ血が流れている者同士、争い合う義理などないのに、自分と娘のために彼は兄を裏切ろうとしていることが悲しかった。
「…まあ、知らないとそこまで仰るのならば信じましょう。ですが、我々が自ら調査に当たらせてもらいます。よろしいですね?」
流石にこれ以上、モード大公は断ることはできない。ただでさえ疑われている立場なので、下手に断ってしまえば余計に怪しまれてしまう。訪問してきた軍はこの場をいったん引き揚げたが、モード大公に対する疑いを晴らさなかった。

そしてある日、ティファニアのこれまでの人生の中で最大の悲劇が訪れた。  
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