ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第21話 初陣 その1
前書き
いつも多くの閲覧ありがとうございます。
いよいよJrは戦場に向かいます。
相手が帝国軍ではないですが、初陣は初陣ですよね。
宇宙暦七八五年一二月 ケリム星域イジェクオン星系
年末なんだけど戦場で新年を祝うわけにもいかず(この辺は正直ヤン艦隊が羨ましい)、俺を乗せたリンチ准将以下第七一警備艦隊は、惑星イジェクオンの軌道上を離れ、一路ネプティス星系への進路を取って航行している。だが警備艦隊全艦がこれに従っているわけではない。
まず本来の任務とも言うべき星系内パトロールの為、二隻の戦艦と一〇隻単位の巡航艦ないし駆逐艦で構成される小戦隊が、イジェクオン星系内を八つのブロックに分けてそれぞれ巡回している。それに加え、増援用の予備兵力やドック入りしている艦艇も合わせると、艦隊のおよそ八割が別行動を取っている。
現在リンチ准将の直接指揮下にあるのは、戦艦二五隻、宇宙母艦一〇隻、巡航艦四八隻、駆逐艦二四隻の計一〇七隻だ。兵員約二万。その目的は、ネプティス星系近隣のD区画と呼ばれる宙域に根拠地を持つと推測される宇宙海賊集団『ブラックバート』の根拠地破壊、掃討ないし捕縛であった。
彼ら『ブラックバート』団は、基本的に商船及び貨物船を中心に襲撃を行っている。旅客船を襲うことはしない。また襲撃した宇宙船について、乗員あるいは同乗旅客には一切手をつけない。宇宙船は奪っていく場合と奪わない場合がある。人質をとっての身代金要求はしない。宝石や貴金属を有している場合は容赦なく奪い取っていくが、現金には手を出さない。彼らの主たる獲物は各種工業用金属、液体水素燃料、植物プラント、重機材、そして食料品……貴重ではあるが、転売するにもあまり価値があるとは言えない商品ばかりを狙うという宇宙海賊としてはやや特殊な部類に入る。
人質をとって身代金を奪ったあげく人質を殺す、あるいは船ごと奪い、生きたまま人質を宇宙空間に放り出す、といった凶悪な宇宙海賊もいる中で、その存在は際だっている。さらに異なるのは、他の宇宙海賊が単独艦ないし少数の編成であるのに対し、一〇隻以上の集団を編成している点だ。中央に近いこの星域においては尋常な規模ではない。襲撃を受けて帰ってきた商船乗組員によると、その中に旧式戦艦も単座式戦闘艇も目撃されたというし、巡視艦隊のパトロール部隊も数度撃退されている。
「元軍人が指揮を取っている可能性が極めて高いと思われますが」
「そうだな。戦艦もいるようなら巡視艦隊のパトロール連中では歯が立つまい。まぁ俺が出ていって、潰してやるしかあるまいよ」
旗艦である戦艦“ババディガン”の戦闘艦橋で、リンチは鼻で俺の警句を笑った。確かに笑えるだけの準備をリンチはしている。目撃証言も多い『ブラックバート』団の編成・戦力・得意とする戦術・奪われた物資の量と傾向・出現あるいは襲撃位置などなど。俺も手伝ったとはいえ膨大な量の情報を統計的に処理し、現在までに襲撃されていない宙域で複数の艦艇を整備・隠匿できる宙域を幾つかに絞って、一つ一つ虱潰しに潰していくという方法だ。手伝っている俺としても、堅実で成功の見込みが大きいと思えてくる。
「空振りしたら、また次の星区に向かう、というわけですか」
「移動する宇宙船にぶっ続けで乗っていられるような、長征世代のような奴じゃなければな」
「たしかに」
人間の生理機能として、重力のない場所での長期間生活が健康に与える影響が大きいことは、前世でも周知の事実だ。この時代の重力制御と慣性制御の整った宇宙船であれば、そういった悪影響は減るのは当然だ。だが、亜空間跳躍航法はどうにもならなかった。ヤンが幼い頃からいわゆる『ワープ酔い』で発熱したこと、妊婦の母体と胎児に悪影響が出ることも含め、亜空間跳躍航法が人体に与えるストレスは無視できないものだった。
長征一万光年は五四年にわたる長期の宇宙船航行であった。それも帝国の追撃と危険空間航海というハンデを背負って。当然造物主の悪意もあろうが、ストレスから来る事故により失われた命も多いだろう。当初四〇万人で出発した脱出者は、一六万人余まで減少している。
宇宙海賊は別に自殺志願者でもなんでもなく、不法に利益を貪る集団である以上、ある程度重力を有する小惑星規模の補給基地ないし、休養のための根拠地がなければおかしいという話になる。戦艦クラスの艦艇を整備するには、それなりの設備が必要になるし、転売するならば保管用の宇宙船等を係留する場所も必要だ。
「虱潰しをするためにわざわざ数少ない宇宙母艦を全部連れてきたんだ。員数不足とはいってもな」
「……パイロット不足は本気でどうにかしたいところですが」
「みんなナンバーフリートに持って行かれるんだ。こんな警備艦隊で充足率四〇%というだけでもまだマシさ」
大規模な小惑星帯を有するD星区の捜索には、やはり小回りのきくスパルタニアンは欠かせない。それを多数搭載する宇宙母艦は、今回の作戦でもっとも重要な艦艇だ。だがリンチの言うとおり、同盟軍は常にパイロット不足。士官学校や専科学校の専攻者は勿論のこと、各部隊内でも希望者を募る『部隊内選考』もある。それだけしてかき集めたパイロットも、訓練で半数以下に絞られ、帝国軍との戦闘ではドックファイトだけでなく母艦ごと吹っ飛ばされて、あっという間に失われてしまう。ゆえに補充は正規艦隊が優先され、地方艦隊は後回しにされる。だから充足率四〇%というのは奇跡に近い。これもリンチがかなり強引に引っ張り、かつ慎重に運用してきた苦心の結果だ。わずか四〇〇機とはいえども、それを全部投入するリンチの意気は高い。
「成功するさ。その為に俺はここまで準備してきたんだ」
D星区にワープアウトした後、リンチが独り言を呟くのを俺は聞き逃す事は出来なかった。一〇一隻とはいえ、艦隊は艦隊だ。残念ながら士官学校の時の練習艦隊と同レベルの陣形構築ではあったものの、一時間かからず部隊を整然と運行する一つの集団へと変化させた。各小戦隊や独立小隊の指揮官から布陣完了の連絡が、旗艦“ババディガン”へと伝えられ、俺は全部チェックの上リンチに報告する。
「第七一警備艦隊第一任務部隊、全艦配置完了しました」
「よし、D-〇一ポイントより一〇ポイントまで捜索を開始する。各艦予定通り作戦行動を開始せよ。スパルタニアン、全機発進」
リンチの命令を俺が復唱し、それを“ババディガン”のオペレーターがさらに復唱する。各艦へ指示が行き渡るまでに数分。巡航艦は六隻一組で八集団。四集団で二列横隊を組む。それぞれに宇宙母艦が一隻ずつ同行し、スパルタニアンが直衛と探索の二班に分かれて集団から発進する。それぞれが分散しても各個撃破されないよう、リンチ直卒の戦艦部隊と宇宙母艦二隻が二列の中間に位置し、即応用の駆逐艦小戦隊が六隻四集団で、直卒集団の周囲を囲んでいる。この陣形で小惑星帯を上部からスパルタニアンと各艦のセンサーで掃除機のように探索していく。いわゆる二重ローラー作戦だ。
「すぐに発見できるとは思えませんので、司令は先に休養されてはいかがですか?」
もし発見できるようなら跳躍直後の全周回センサーで発見されているだろうと、俺は暗にリンチに諭した。一瞬、俺をリンチは睨み付けたが、数分間無言で腕を組んで画面を見た後で頷いた。
「俺が休んでいる間は、誰が部隊を統括する?」
「それは当然、首席参謀のエジリ大佐にお願いすべきです」
「オブラックとカーチェントは?」
「後方参謀殿と情報参謀殿にはそれぞれにお仕事があります。何かあれば、小官が起こしに参ります」
「……よかろう。エジリ大佐!!」
リンチの鋭気の籠もった声に、左翼の参謀席で腕を組みじっとババディガンのメインパネルを見ていたエジリ大佐が、顔をこちらに向けゆっくりと立ち上がり、リンチに敬礼する。
「お呼びでしょうか、リンチ准将閣下」
「俺は先にタンクベッドで休む。貴官は俺の代わりに今から四時間、指揮を代行して貰う。二交代三ワッチでいこう。それでいいか?」
「承知しました」
「ボロディン中尉を艦橋に残しておく。敵襲、敵基地発見の場合はすぐに知らせろ。人工物発見の場合は適時判断せよ。判断は大佐、それと中尉に任せる」
「「はっ」」
俺とエジリ大佐が敬礼すると、リンチも面倒くさそうに答礼してから艦橋後方のエレベーターへと向かっていく。リンチの姿が見えなくなったところで、俺は改めて指揮官席に座ったエジリ大佐を見た。
壮年のアジア系。それも前世よく見かけた日本人特有の容姿を色濃く残している五〇代後半の男。もし二〇年前、この世界に渡ってこなかったら、俺も彼のような容姿になって今も会社に通っていたに違いない(リストラされていなければ)。もちろん大佐といえば、中小企業の社長並みの権限と部下がいる。首席参謀の彼には部下は従卒だけだが、前世の俺よりは社会的な地位は上になるか。しかし、今の彼は上官にあまり協力的でない部下の一人だ。
「……私の顔に、何かついているかね?」
俺の視線に気がついたのか、エジリ大佐は首だけ俺のほうを向けて問うてくる。まさか懐かしい顔ですので、とは言えないので、爆弾を込めて別の話題を振ってみる。
「失礼ですがエジリ大佐は、こういう作戦はお嫌いですか?」
俺の問いに、エジリ大佐は勢いよく振り向き、ぎょっとした視線で俺を見つめる。これほど失礼な質問に、叱責ではなく驚愕で応える処を見るに、彼の士気が低いのは間違いない。一瞬の沈黙の後、俺から視線を再びメインパネルに移してから、大佐は応えた。
「……なるほど。私は君の目には『やる気のない首席参謀』に見えるのかね?」
「エジリ大佐とこういう話をするのは初めてですので……知人に全くやる気のなさそうな立ち振る舞いをしつつも結果を残す者がおりますから、大佐もそう言う『スタイル』なのかと」
「いや、私は君の言うとおり、見た目通りのやる気のない首席参謀だ」
それを馬鹿正直に言ってどうするよ、と俺は心底呆れたがエジリ大佐の声は随分と悟りきった感じであるので、あえてそこに踏み込もうとはしなかった。俺が黙っていると、大佐はゆっくりと言葉を続けていく。
「私も君くらいの年だったか。専科学校を卒業して三年かな。下士官昇進試験を受けて兵曹長になった。その時は未来に対し夢も希望も溢れていた。今のリンチ准将のように、ただがむしゃらに突き進んでいた。二四歳で幹部候補生養成所に入り、翌年少尉任官した。砲術長や船務長、駆逐艦の艦長と順調に昇進していったが、専科学校出身者の限界に当ってね……」
それはつまり幾ら功績を挙げても、士官学校卒業者を優先する人事システム。幕僚経験のない者には将官への道は『事実上』閉ざされている。アレクサンデル=ビュコックやライオネル=モートン、ラルフ=カールセンのような例外は知られていても、あくまでも例外だからこそ、その名が際だつ。おそらく俺がこの間までお世話になった査閲部長のクレブス中将もそうだろうが、あの人はデスクワーク側の人間だ。
「なんとか五〇歳で大佐までは昇進できた。士官学校の下位卒業生とほぼ同じだ。だがそれは武勲を挙げたから、ではなく軍内派閥で上手く立ち回ったからに過ぎない。ある人からそう教わってから、私はもう自分の職責を全うすることだけを考えるようになったよ。リンチ准将には悪いが、あと二年の任期を平穏無事に過ごしたい。それだけだ」
「……人事考査にはとても聞かせられないお話だと思いますが、何故そんなことを小官に話してくれるのですか?」
「士官学校首席卒業者なら、つまらない爺の戯れ言などをいちいち人事に告げ口してせこい功績稼ぎするとは思えないからだよ……というより、君自身あまりリンチ准将を快く思っていないように見えたからかな」
「そのつもりは全くありませんが?」
「……慎重というのは悪くない。特に口は災いの元だ。私も気をつけるとしよう」
そう応えると、エジリ大佐は沈黙の徒になってしまった。俺も閉じた貝を開こうとは思わなかった。無理矢理こじ開けて、こちらが余計なことを喋っても仕方ない。口は災いの元と当のエジリ大佐も言っている。
それから四時間、エジリ大佐が指揮官代理の間、艦隊は一度ならず人工物反応を確認したものの、スパルタニアンから送られた映像を見るに一〇〇年以上昔に航行中の艦艇から放擲された廃棄物であるので、リンチを起こすことはなかった。念のためエジリ大佐に艦隊を一時停止させ、詳細な検索に取りかかるよう俺は進言したが、大佐は首を振ってパッシブセンサーによる捜索だけで終わらせた。
いずれにしても大目的である根拠地には当然何らかの防御装置が働いていることだろう。エル・ファシルのようにその思考を逆手にとってレーダー透過装置を切っている場合も考えられるが、根拠地は動くことが出来ない。そしてそういう基地のたぐいは根本的に金属の固まりである。磁気センサーやアクティブレーダー、重力変動探査装置なども利用できる。なにしろ小惑星帯と艦隊の距離は、エル・ファシルの脱出時における帝国軍哨戒艇と脱出隊の距離に比べはるかに近距離なのだ。
結果として星区侵入してから三六時間後。俺達はついに小惑星帯に巨大な重力変動点を確認した。そこには複数の艦艇と思われるエネルギー反応も確認できた。リンチは既に起床し、艦橋に入っている。
「……この星区において鉱石掘削活動などの民間商業活動の申請はない。そうだな? ボロディン中尉」
「はい」
「軍部で極秘工作活動を行っているという話もない。あるとしたら作戦申請時に確認できる。そうだな?」
「はい」
「では簡単な引き算だ。艦隊全艦、攻撃準備。目標、海賊基地」
「艦隊全艦、攻撃準備。目標、海賊基地」
俺の復唱をオペレーターがさらに復唱する。その声は三六時間前とは比べものにならないくらい緊張しているのは、艦橋最上部の俺からもよく分かった。俺とエジリ大佐、それにオブラック中佐とカーチェント中佐の視線がリンチに集中する。リンチの喉を唾が落ちていくのが、一番側にいる俺にはよく分かる。
「攻撃を開始せよ(プレイボール)!!」
自らの弱さを隠そうとする陽気で皮肉っぽい声とともに、リンチの右腕は振り下ろされた。
後書き
2014.10.16 更新
2014.10.16 リンチ直卒艦隊の編成を修正
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