Element Magic Trinity
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そして、彼女は
少女は孤独だった。
5歳の時、少女は全てを失った。
傷だらけの体を無理矢理に起こし周りを見ると、見慣れた街並みは無残なまでに崩れていた。投げ出されるように転がる人々は、見ただけで死んでいるのだとはっきりと解る。
ああ、孤独なんだ、とその時少女は冷めたように思ったのを覚えている。そうなるのが解っていたかのように、泣く事も怒る事もせず、ただ淡々と自分がこれから周りにどう見られていくかだけを考えていた。
それが、たった5歳の少女が無意識に生み出した、現実から目を背ける方法であった事を、この時の少女は知らない。
それから、少女は魔法を覚えた。
いつかあんな魔導士になりたい――――そう願った背中に追いつく為に、その手からあらゆる物を自由に生み出す、自由の魔法を習得した。
そして、少女は知る。
憧れの魔導士が、弟子を取ったという噂話。一夜にして滅んだ少女の故郷からそう遠くない距離にある街に、彼女とその弟子2人がいると。
――――――私も、あの人の弟子になりたい。
――――――あの人のように強く、美しい造形が出来るようになりたい。
その一心で、少女はその街へと向かった。
結果、少女はまた全てを失った。
さくさくと雪を踏みしめてやっと辿り着いた場所に、彼女はいなかった。更に情報を集め向かった先では、氷に包まれた厄災の悪魔――――――少女から全てを奪った、どれだけ憎んでも足りない程に憎い存在だけがいた。
――――――どうして?
震えながら近づき、氷に触れる。冷たいはずのそれはどこか温かく、少女はそれが人であった事を知った。
――――――何で、何で私の願いは叶わない?
絶望の中で必死に答えを見つけようと足掻く。
そんな時、少女は1人の少年と出会った。乱暴に服の袖で涙を拭う少年は、少女に気づいていないのか、その横を過ぎ去る。
――――――ウルはアイツの…グレイのせいで……!
少女は、少年の姿を覚えていない。
ただ、この聞こえるか聞こえないかの呟きは、はっきりと聞こえた。その瞬間、少女の中をぐるぐると駆け巡っていた憎悪が1つに集まる。
ふらりと何かに取り憑かれたかのように歩き出した少女は、見つけた。
涙を流す、黒髪の少年を。
――――――あれが、グレイ。
何の根拠もなかった。
それでも、少女はそうだと信じていた。彼女の弟子のうち1人は黒髪だという事は知っていたし、赤の他人なら、彼女に謝罪を繰り返しながら泣いたりしない。
血が滲むほどに唇を噛みしめ、拳を痛いほど握りしめる。先ほどの少年の呟きが正しいのなら、少女から全てを奪ったのはあの少年だ。
――――――許さない。
7歳の時、少女はとあるギルドに加入した。
闇ギルドの最大勢力、バラム同盟の一角を担うそのギルドで、少女は己の魔法の腕を磨き続けた。憧れた背中はもうない。どれだけ手を伸ばしたって届かないそれを思い出す度に、あの憎き黒髪の少年に対する憎悪が強くなる。
それでも、少女の憎悪はゆっくりと薄れていた。
命を犠牲にしてでも弟子を守ろうとしたその志は、いつしか少女の目にはキラキラと輝いて見えた。
10歳の時、ギルドマスターである女性はとある秘術を少女に授けた。
一か所に集まる命を集め、蘇生させる禁断の魔法。魔法開発局にいた女性にとって、その程度の魔法を生み出すのは大した労働でもない。
――――――これを覚えれば、私の夢が叶う。
それだけを信じて、少女は秘術の習得に明け暮れた。
そして、15歳。
少女は、またしても全てを失った。
月明かり照らす島、ガルナ島。
戦いの跡が残る月の遺跡で、少女は呆然としていた。
氷に包まれた悪魔の姿はない。あるのは悪魔の残骸と、溶けて水になり、海に流れた彼女。
10年前のあの時のように意外にも冷静だった少女は、様々なルートを駆使して情報を漁り―――――知る。
――――――リオン・バスティア。
それが、最終的に少女が憎悪する相手の名だった。
とあるギルドに属し仲間と日常を過ごす彼と、すれ違った事がある。明るく笑う訳ではなかったけれど、どこか楽しげに口元を緩ませ、自分の名を呼ぶ仲間の方に歩いていった。
――――――駆逐する。
その思いが芽生えたのは、必然とも言えるだろう。
少女は何を得ても全てを失ったのに、彼は何かを得て、それを軸に様々な物を得た。少女のたった1つの願いを踏みにじったのに、日の光が当たる場所にいた。
それに対する嫉妬、怒り、嫌悪、そして憎悪。その全てが混ざった瞬間、少女は決意する。
あの男から全てを奪おうと。
そして、あの男の命も奪おうと。
(……ああ)
それから、少女は敗北した。
かつて憎んだ相手に、負けてしまった。少年だった彼は青年に成長し、かつて気づかなかったその魔法の強さに気づき、少女を撃破した。
(結局、私は何も得られなかった。失うのが当然でしか、なかったんだ)
青年を見る。
その背中は、かつて憧れた彼女に似ていた。実際に見た事はなかったけれど、あの氷に触れた時の温かさに似た何かが感じられた。
初めて、誰かの傍にいたいと思った。
この人の力になりたいと、久々に願った。
たとえ、それで今の居場所を失っても構わないと思えるほどに。
だけど、今の少女は青年の横には立てない。立っては、いけない。
罪で汚れた自分が横に立つなんて、と少女は思う。
それでも彼は、彼等は、少女を拒まなかった。
それがたとえ情報を得る為だけであったとしても、少女はそれが嬉しくて。
嬉しかったから、そんな彼等の為だから、少女はその決断を自分で自分に突き付けた時、微塵も迷わなかった。
(今の私に、師匠を師と仰ぐ資格はない)
きっとこの選択肢を望めば、少女はまた全てを失うだろう。振り出しに戻って、もう1度サイコロを振り直す事になるのは目に見えている。
だとしてもきっと、こちらを選んだ事を少女が悔いる事は一生ない。いつまでだって、この選択は正しかったと思うはずだ。
(だから、やるんだ)
彼の為に、彼女の為に、そして―――――ここまで共に行く事を、言葉に出さなくとも認めてくれた、“師匠”である彼の為に。
何度だって失った。もう失う事には慣れている。失う、という事に関する感覚が麻痺しかけている程に。
(私にしか、出来ないんだ)
闇ギルドでは、同じギルドの中でもメンバーの繋がりは“同じギルドの構成員”程度でしかない。
失い続け、常に誰かを憎み続けてきた少女にとって、それは知らない繋がりだった。
温かくて、優しくて、すぐに切れてしまいそうな細い繋がりなのに、どんな魔法を使ったって―――――自律崩壊魔法陣でだって切れないであろう繋がり。
彼等はその繋がりに、少女を入れてくれた。信じて、頼ってくれた。
(――――――師匠)
敵だから、一緒に行くのを拒む事だって当然出来た。必要な情報を得て再び一撃与える事だって、彼には出来たはずなのに、彼はそれを選ばなかった。
勝手な師匠呼びだって、文句は言いつつも毎回返事をしてくれて。
少し暗い顔をしていると、大丈夫か?と心配してくれて。
その全てが嬉しくて、そんな善意を自分に向けてくれるのがどうしようもなく申し訳なくて。
(私、やるよ)
だから、変えるのだ。自分を、自分の手で。
彼からの善意を真っ直ぐに受け取れるような自分になる為に。
躊躇いも迷いもなく、弟子として師匠の横に立つ為に。
(弟子として、私が師匠を救うよ。その代償が、全てを失う事だとしても)
耳を疑う、とはこういう事なんだ、とミラは思った。
現在の状況をゆっくりと確認する。まず、今ミラは恋人であるアルカに抱きしめられている。更にここは敵のアジト的な場所であり、すぐそこに敵がいる(放置されているエストは困ったような表情である)。そして、アルカは言った。
「オレを、接収するんだ、ミラ」
意味が解らなかった。
確かにミラの魔法は接収。対象者の体を乗っ取り自分の肉体にその力を還元する魔法だ。が、だからと言って何でもかんでも接収出来る訳ではない。
例えば、弟エルフマンは獣専門だし、ミラ本人は悪魔に限定される。だからどうやったって、ミラはアルカを接収する事が出来ない。
彼は、人間として生まれ人間として19年間生き続けている、正真正銘人間なのだから。
「何言ってるの?私はアルカを接収なんて出来ないよ。だってアルカは」
「出来るんだよ、それが」
人間でしょ?と続けようとして、遮られる。
ミラを離しエストへと向き直ったアルカは、ふぅ、と短く息を吐いた。その表情は真剣で、黒いつり気味の目には決意が揺らめいている。
「……!まさか」
「その“まさか”さ。お前が1番望んでなかった結果だよ」
その言葉に、エストはよろよろと後ずさった。呻きながら額に手を当て、信じられない、と小さく呟く。つー…と頬を汗が伝い、少し力を込めて押せば砕けてしまいそうな脆さが目に見えた。
「お前はどうやら、オレに一定の記憶を封じる魔法をかけた。だけどな、当時5歳のオレにかけた魔法が、19にもなった今でも効果を発揮してる訳ねーだろ。今じゃほんの少し…どこで“こう”なっちまったかとか以外ははっきり覚えてる」
トントン、と自分の米神辺りを右人差し指でつつきながら語るアルカ。
それを聞いたエストは震え、俯き、「なんて事だ」と呟いた。
唯一話が見えないミラがくいっとアルカのジャケットの裾を引っ張ると、アルカはきょとんとした表情で振り返る。が、すぐにミラの言いたい事に気づいたようで、無言のまま頷いた。
「…14年前、オレが妖精の尻尾に加入する5年前の事だ。アイツとシグリット、姉貴はオレを捨てて家を出ていった。そっからオレはじーちゃんばーちゃん家で暮らして、ギルドに入った訳だ」
知らない話だった。聞かされた事も、聞いた事もない過去だった。
アルカがあまり家族の事を話したがらない事にはなんとなく気づいていたし、その話題になると適当な理由を付けて輪を外れる事が多く、ミラは自分から聞く事だけはしないと決めていたから。
だからアルカに姉がいる事を知ったのは2年前、姉が死んだからと墓を建てたアルカに付き添って墓参りをした時だし、両親の事に至っては何にも聞いていないし、聞いた事もない。
「それから10年くらい経った頃かな……確か今から4年前だ。何か1日中頭が痛くて家にいたら、こう…ぶわーって映像が流れていくみたいな、そんな感じに記憶が戻ってきた。お前等がオレの為にって封じた記憶のうち、半分は戻って来てる」
「……そんな」
今にも崩れ落ちそうな体を必死に杖で支えるエスト。
その目が信じられない、信じたくない、と訴えているようで、アルカは思わず目を逸らした。
「アルカ…何の話?記憶が封じられたって……」
話が見えなくて、ミラが問う。エストはその言葉の意味を理解して崩れ落ちそうになっているが、何も知らない側からするとアルカが捨て子だった事しか解らない。
だから何でアルカを接収する、という結論に至るのか、ミラには全く解らないのだ。
「…仕方ねーか、これしか方法もないし」
ふぅ、とアルカは息を吐いた。
そして、いつもと変わらない調子で、呟く。
「オレが悪魔に改造された記憶。お前等はそれを封じただろ?」
何を言っているのか、解らなかった。
悪魔に改造された?アルカが?有り得ない。だって彼は人間で、面白い物が大好きな至って普通の人間でしかなくて、それ以外の何者でもないはずなのに。
「悪…魔……?どういう事?アルカが悪魔って」
「悪ィが、オレも全てを思い出した訳じゃねえ。悪魔になっちまった事は覚えてるが、誰にどこで改造されたのかは封じられてる。その気になれば制御を解除して悪魔としての力や姿になる事も出来るが、オレもその時の自分の姿がどんななのかは知らない」
自分の掌を見つめながら、アルカが答える。
悪魔であると知ったのは4年前。そこから4年、自分がどうなるかを確かめるのが怖かったのだろう。興味本位で確かめて取り返しのつかない事になったら、ギルドに戻れなくなってしまったら。それを考えた結果、アルカは確かめられずにここまで来た。
「だからハッキリ言って、ちゃんと接収が出来るのかも解らない。確かにオレは悪魔だが、生粋の悪魔じゃないからな。元は人間だから、何かしらの影響はあると思う。更に言うと、その影響がオレに及ぶかお前に及ぶかも解らねえ。もしかしたら両方に何かあるかも知れない」
不安要素は大きい。アルカの言う“影響”が小さいものならいいが、もし大きなものだったら?視力を失う事や腕を失う事だったりしたら、それは影響なんて言葉じゃ済まされない。しかも、その影響が2人のどっちに及ぶのかも解らない。もしもアルカが何かを失ってしまったら、と思うとミラは寒気を抑えられなかった。
それに、ミラの不安はまだある。
「ねえアルカ…この戦いが終わったら、アルカはちゃんと戻ってくるよね?私に接収されたままお別れ、なんて……ないよね?」
そう――――――ミラの不安はそれだった。
勿論その気になれば、術者であるミラは接収する悪魔を戻す事が出来る。が、それは相手が生粋の悪魔だった場合であり、元々が人間だったアルカにも当てはまるのか解らない。
もしそれで戻って来られなかったら。その時はミラだけじゃない、妖精の尻尾の全員がアルカを失ってしまう。
成功の確率なんて解らない。失敗の確率だけがぐんぐん上がっていく。
「……解んねえ。もしかしたら実際に会えるのはこれが最後かもしれないし、そうじゃないかもしれない。曖昧なんだよ、オレだって接収された事ないんだから」
その答えは正当だった。アルカに解る訳がない。
それでもミラは、「当たり前だろ、ちゃんと戻ってくる」と答えてほしいとどこかで願っていた。それがたとえ嘘だとしても、何の根拠もない言葉だったとしても、縋りたかった。
「けどさ」
無意識に俯くミラの顔を上げるように、アルカが声のトーンを上げた。
引っ張られるように顔を上げて、ミラは目を見開く。
そこにあったのは、清々しいまでの笑顔だった。ギルドで見慣れた、アルカの笑顔だった。
「方法があるのに失敗怖がって何もしないのって、オレすっげえ嫌いなんだ」
無邪気で明るくて、見ているこっちまで笑ってしまうような笑み。
つり気味の目がきゅっと細くなって、ニッと口角が上がって、全てを楽しもうとするような表情。どんな困難も絶望も痛みも楽しみに変えてしまう、そんな感じ。
「これがオレだけの事だったら即動いてるけど、今回はミラの力借りなきゃどうにも出来ない。だから、これだけ聞かせてくれ」
そう言って。
アルカはくるりと体もミラに向けて、目線を合わせるように前屈みになる。見上げていた顔が同じ高さにやってくる。
ミラの色素の薄い青い目を真っ直ぐに見つめたまま、アルカは問うた。
「これはオレのワガママだ。……どうしようもないワガママだけど、力貸してくれねえか?」
言って、アルカは前屈みを止めた。
そして、ポケットに突っ込んでいた右手を出し、ミラに差し伸べる。
反射的に顔を上げると、アルカは笑みを浮かべたままミラを見ていた。判断はお前の好きにしていい、と目が言っているような気がして、ミラは差し伸べられたアルカの手に目を落とす。
(ホントに、凄いワガママだよ)
失敗したらどうなるか、アルカだって考えているはずだ。
それなのにその可能性の全てを捨てて、どれくらいあるのか解らない成功の確率に賭けている。失敗すればミラを道連れにする事だって、きっと彼は解っている。
だからこそ、力を貸せとは言わなかった。最後の最後の判断をミラに任せている。
(私がなんて答えるか、解ってて聞いてるんだろうなあ)
ミラの答えなんて、最初から決まっていた。
それ以外の答えなんて最初から持っていない。あったとしても、それを答える気はない。
危険を承知で誰かを助けに行くのがアルカで、そんな彼に恋をしたのがミラなのだ。いつだって、危険に飛び込む背中を見ている事しか出来なかった。
今、やっと隣に並べるチャンスがある。それを掴まずに逃すなんて、したくない。
「解った。私が、アルカのワガママに付き合うよ」
言うと同時に、差し伸べられた手を包み込むように握る。
その言葉に、アルカは安堵の息を吐いた。
空いた左手で髪をぐしゃぐしゃと掻き回したアルカは心底嬉しそうに笑うと、ミラの左手を握る。
「後悔は?」
「ないよ」
「途中棄権は?」
「しない」
「何があっても?」
「文句は言わないよ、私が自分で選んだんだから」
「完璧。さっすがオレの愛する女」
ニッと笑う。それに応じるように、ミラも微笑む。
そして、2人は合図も無しに目を閉じた。
「!」
ドッ!と体中に熱い魔力が流れ込む。それと同時にミラの両手からアルカの両手が消えていく感覚。
ぐるぐると回るように全身を駆け巡った魔力がミラに力を与え―――――殻を破ったかのように、周囲を包んでいた熱風が吹き飛ばされた気がした。
閉じていた目をゆっくりと開くと、ミラの前にアルカはいない。
「アルカ……」
《何だ?》
「!」
心細くなって名を呼ぶと、脳内に響くように彼の声がした。
慌てて周囲を見回すが、いるのはアルカにそっくりなエストだけ。念話ではないだろうし一体どこから、とミラが思っていると、再び声が聞こえる。
《よく解んないけどさ、どうやら会話出来るっぽい。聞こえてんだろ?》
「うん、聞こえる」
《オレが元人間だからかもしれねえな……そうだ、変なトコとかねえか?オレからじゃ見えねえ》
言われて、自分の全身を初めて見てみる。
裾がボロボロになった紅蓮のドレスに漆黒のブーツ、手首にはブレスレットのように炎が輪を作っていて、銀髪はいつもと変わらず前髪を結えて他をおろしたままだ。うねうねと動く太い尻尾の先には炎が灯っている。
他の悪魔に比べて人間らしさが多く残っているのは、アルカの影響だろうか。
「変なトコはないよ、いつもより人間っぽさが多く残ってるけど」
《あー…オレの影響だな、それ。あ、忘れるトコだった。記憶の問題か、炎しか操れない。土やら砂やらはどうにも出来ねえんだ》
「解った」
頷いて、前を見据える。
こちらを眺めていたエストはミラの目に宿る闘志に気づいたのか、杖をくるりと回してから構えた。ボッ!と至近距離で音がして視線を背中に向けると、大きな炎の翼が生えている。
「行こう、アルカ」
《行くぞ、ミラ!》
2人はほぼ同時に声を掛けあい、ミラは力強く地を蹴った。
「おーい!」
変わらず扉の前で立ち往生するルーシィ達は、聞こえた声に目を向けた。
ぶんぶんと手を振るナツを先頭に駆けてくるエルザ、ハッピー、ヴィーテルシア、アランを見て、自然と表情が明るくなる。
「ナツ!みんなも!」
「よくここが解ったな」
「あい、ナツの鼻が大活躍したんです!」
「へへっ」
驚いたようなグレイの言葉にハッピーが答え、ナツが鼻の下を擦る。
そんな仲間達を眺めていたエルザの目が突然鋭くなったのに1番最初に気づいたのは、その隣にいたアランだった。
「エルザさん?」
「お前……何故ルーシィ達といる」
その鋭い視線の先を辿る。
そこでようやくエルザの目の意味に気づいたナツ達は、咄嗟に戦闘態勢を取った。
「お前、血塗れの欲望の!」
「天秤宮のパラゴーネ!?」
事情を知らないナツ達には知った緊張や怒りを含んだ声に驚いたのか、パラゴーネはびくっと肩を震わせる。1歩、また1歩と下がったパラゴーネはグレイの後ろに隠れ、窺うように目だけを覗かせた。
「グレイさん、どういう事ですか?何で彼女があなたの後ろに?」
「話せば長くなるんだが、コイツは敵じゃねえ。オレ達がここに来れたのはコイツのおかげなんだ、だろ?」
「……肯定、する」
拳に黒い光を集中させるアランに応えたグレイが振り返る。
問われ、こくりと頷いたパラゴーネは不安そうに瞳を揺らし、時折ナツ達を見てはすぐに目線を下げていた。
怯える小動物のような彼女を見たナツ達は顔を見合わせ、納得したように頷く。
「…解った。敵ではないのだな?」
「それはコイツと戦ったオレが保証する。パラゴーネ、コイツ等にもオレにしたのと同じ話を」
「了解した」
そしてパラゴーネは本日3回目の同じ話をする。
“星竜の巫女”の話、シュテルロギアに願えばどんな事も―――――世界中への厄災だって願えるという事。シャロンの計画についても、そして、儀式に間に合わなかった場合のそう遠くない未来で、ティアが殺されてしまう事も。
「そんな事を……」
「許せん…私の相棒をどこまで苦しめれば気が済むんだ、アイツ等は!」
ハッピーが震える声で呟く。
その後ろで、ヴィーテルシアは怒りと悔しさを抑えきれずに壁を殴った。じんじんと拳が痛むが、そんな事を気にしていられるほどの余裕がヴィーテルシアにはない。
「オイ!どうすりゃあのばっちゃん止められんだよ!ティアを殺すなんてさせる訳ねえだろ!?何か手はねえのかよ、パラゴーネ!」
「落ち着けナツ!」
「そうよ!パラゴーネは突然大声を出されるのが苦手なの!怯えちゃってるじゃない!」
今にも胸倉を掴みそうな勢いのナツをエルザが制し、不安そうに俯くパラゴーネを見たルーシィも加わる。
そんな3人を見たルーが、「方法がない訳じゃないよ」と呟いた。
「マジか!?」
「この扉が開けば、カトレーンの家まで誰にも見つからず行けるんだって。それならきっとタイムリミットにも間に合う。そうだよね?」
「肯定する、が……」
頷いたパラゴーネの視線を追うように扉に目を向ける。
紫色に煌めく文字が壁を張り、全く変わらない文章を映していた。
「“塔の中の十二宮が全員倒れるまで、この扉を開く事を禁ずる”…これって術式ですよね、フリードさんが得意だっていう」
「そうなの……とは言っても、残りの十二宮の数が解る訳でもないし、どうしようもないんだけどね」
「レビィかフリードがいれば書き換えられるがな……」
ヴィーテルシアの呟きが消えるのと同時に、エルザは辺りを見回す。
目が合ったルーがきょとんとしていると、エルザは口を開いた。
「ルー、それからルーシィ。お前達が戦ったのは誰だった?」
「え?えっとね、マミー・マンって人だよ。災厄の道化の。ね、ルーシィ」
「うん、“死の人形使い”って言ってた」
「そうか」
どうやらエルザは、ここにいる全員が誰と戦ったかを確かめるようだ。
確かにそうすれば残っている十二宮の数が解るかも知れないが、ここには塔に入った全員がいる訳ではない。ジュビアはいないし、クロスにライアー、サルディアもいない。
それでも大体は解るか、とエルザは思いつつ、今度はヴィーテルシアに目を向けた。
「ヴィーテルシアは?」
「災厄の道化の2人。“天候を司る者”のセスと、“宙姫”ルナ」
結果的に倒したのは私じゃないが、という呟きが聞こえた気がしたが、今それに関して追及している暇はない。
「アランは?」
「僕は十二宮を2人。“金牛宮”キャトルさんと“双子宮”ジェメリィを」
キャトルには“さん”を付けるのにジェメリィだけ呼び捨てなのには違和感があったが、とりあえず今は放っておく。
「グレイは…聞くまでもないか」
「だな」
エルザの言葉に頷くグレイ。
先ほどのグレイの発言もあるが、倒された側であるパラゴーネが素直にも挙手している為だ。
「ナツは?」
「塩」
「は?」
「違うよナツ、シオ・クリーパーでしょ。災厄の道化の“太陽の殲滅者”だって」
即座に調味料を答えられポカンとしたエルザに、ナツに変わってハッピーが答える。
アイツ炎吸収して厄介だったんだ、と悪態づくナツは放置しておこう。少し可哀想な気もするが、今はそれどころではない。
「で、エルザさんは誰を?」
「災厄の道化の“紅刀”ムサシだ」
答えたエルザの表情がどこか悲しげなのがアランには気になったが、下手に聞くと辛いのだろうと判断し、何も聞かないでいる事にした。
「パラゴーネ、塔の中の十二宮の数は?」
「私を含め5人だ」
「とりあえず3人倒れたのは確実か…あと2人はどうなんだろうな」
実は既に“処女宮”フラウはサルディアが、“磨羯宮”シェヴルはクロスが倒したのだが、それを知る術は彼等にはない。
ここにいる全員が頭を捻らせていると、パラゴーネが呟いた。
「……1人だ」
「え?」
「あと1人、塔の中にいる」
「!」
全員が―――――普段驚いても眉を上げるだけのヴィーテルシアも、目を見開く。
知る術が無いはずの残り人数を、パラゴーネはまるで最初から解っていたかのように呟いた。扉に張り付くような術式を見て、ポツリと続ける。
「……謝罪する、師匠」
「は?」
「実は…私は嚆矢から、残存人頭を解釈していた。血塗れの欲望に所属する為か、残存人頭が術式の上から浮揚するように、目視可能だったんだ」
最初から残り人数を知っていた。目に見えていた―――――そう、パラゴーネは言った。
でも、だったら何でグレイ達にそれを伝えなかった?一時的にせよ彼等は仲間であり、見えていたのなら悩む必要だって無かったのに。
「見えてた?……じゃあ、何で言わなかった?」
「述べたくなかった。……どうしても」
エルザの問いに、後ろへと歩きながらパラゴーネは答える。
ナツ達から離れくるりとこちらを向いたパラゴーネは、冷たい光を紅蓮の瞳に宿していた。ギルドを襲撃に来た時と同じ、何とも思っていない冷酷な光を。
先ほどまでの怯えや素直さは、欠片も見えなかった。
「何で……何でだよ!間に合わなかったらどうなるか、パラゴーネも知ってたよね!?なのに何で!何で隠してたの!?」
ルーの言葉に、パラゴーネは答えない。
ただ俯いているだけの彼女に、ルーは震える声で続ける。
「敵なの?…最初から、僕達の足止めが目的だったの!?」
「否定する」
「じゃあなんで教えてくれなかったの!?」
「……」
答えない。
何で、と呟くルーに目を向けたグレイが、パラゴーネに声を掛ける。
「パラゴーネ、答えてくれ。どうして隠してた?」
「師匠……」
顔を上げたパラゴーネは、戸惑うように瞳を揺らす。そんな彼女を真っ直ぐに見つめるグレイの視線に耐えられなくなったのか、パラゴーネは再び俯いた。
暫しの沈黙。それを破ったのは、パラゴーネ。
「……師匠は」
「何だ?」
「師匠は、私が述べなかった訳柄を述べれば…私を、敵だとは目視しないのか?」
質問の意味が解らなかった。彼女の複雑な言い回しが解らなかった訳ではなく、質問の意味が。
私が言わなかった理由を語れば敵だと見ないのか、とパラゴーネは問うた。
少し考えた結果、グレイは答える。
「ああ」
それはつまり、理由を教えてくれれば敵だとは見ないという答えであり。
それを聞いたパラゴーネは、誰にも見えないと知っていて微笑んだ。
「よかった」
「は?」
「師匠は私を、師匠の輪の中に入れてくれるのだな」
その声はどこか嬉しそうだった。
……嬉しそうなのに、寂しそうだった。
表情で言えば泣き笑いのような声が、更に紡ぐ。
「その訳柄が何であっても、結実がどうであろうと、それを解釈するのだな」
そう言って、パラゴーネはもう1歩後ろに下がった。
その両手が、ゆっくりと前に伸びる。
左手は開いて、右手は拳を作って、そして――――――左手の上に、右拳を乗せるその構え。
見覚えがある、では済まされない。
「造形魔法の構え!?」
「パラゴーネ!」
これはまさか、彼女はこちらをを攻撃しようとしているのでは?―――――咄嗟にその考えが浮かんだ。
ズゥン、と重そうな音を立てて造形された重力の剣を、パラゴーネは構える。
その行動に、咄嗟にナツは拳を握りしめ、ルーはルーシィを庇うように右腕を伸ばし、エルザは別空間から剣を呼び出した。
「何のつもりだ、パラゴーネ」
「訳柄を論説する、それだけだ」
淡々と呟くパラゴーネ。
彼女はナツ達の顔をゆっくりと見回すと、力なく微笑んだ。
「私が述べなかった訳柄は――――――私が最後の十二宮だからだ」
その言葉の意味を理解するのに、きっかり5秒を費やした。
そしてその5秒の間に、パラゴーネは次の行動を起こしていた。
パラゴーネは、握りしめる重力の剣の切っ先を。
ナツ達ではなく――――――自分に向けたのだ。
「!パラゴーネっ!」
「まさかっ……!」
気づいた時には、もう遅かった。
パラゴーネの決意と覚悟は堅く、もうどうしようもない所まで来ていた。
彼女が剣を造形した理由は、ナツ達を傷つける為ではない。人数で圧倒的に不利なこの状況でそんな行動を取るほどパラゴーネがバカではない事を、彼等は知らなかったのだ。
そして、パラゴーネは呟く。
「私が原因なら、その責任も私にある――――後始末くらい、自分でするよ」
そして、パラゴーネは。
自分の横腹に、迷う事無く剣を突き刺したのだった。
後書き
こんにちは、緋色の空です。
この話、久々に3日という短い時間で書き上げた……!最近下手すると1週間以上かかりますからね、短いですよ!土曜日はともかく、まさか日曜と月曜までパソコン出来なくなるとは思いませんでしたが。
さて、次回で遂に塔の中の戦い終了!……の前に、パラゴーネの危機が!
感想・批評、お待ちしてます。
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