シチリアの夕べ
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第九章
第九章
「これでな」
「そう。まだ少し行くと思ったけれど」
「無理は禁物だよ」
マスターは笑って彼女に話した。
「それはね」
「夜になるからなのね」
「イタリアの夜は長いけれどね」
「それは聞いたことがあるわ」
「けれど危険だからね」
「狼でもいるの?」
「それも大勢」
笑ってエリーに話す。
「山だけじゃなくて街にも出るよ」
「イギリスと同じね、それは」
「けれどイギリスの狼よりもしつこいからな」
「随分タチの悪い狼達ね」
「君が空手を使うことになる」
マスターはここでも笑って話している。そうしてだった。
エリーにだ。こう言うのだった。
「狼達を叩きのめして英雄になるかい?」
「生憎だけれどそれは好みじゃないわ」
「それじゃあ戻ろうか」
「ええ」
こうして二人は山を降りようとする。その時だった。
不意に聴こえてきた。それは。
「これは」
「教会の鐘の音か」
マスターが言った。
「夕刻を知らせる」
「鐘の音」
「下から聴こえてくるだろう?」
「ええ、そうね」
「それだよ」
こう話すのだった。
「それがこの鐘の音なんだ」
「そうなのね」
「どうだい、この鐘の音」
鐘の音を聴きながらエリーに問うた。
「いいかい?」
「ええ、そうね」
エリーも穏やかな顔になって言う。
「奇麗な音ね」
「そうだろ?俺もさ、この鐘の音が」
「好きなのね」
「好きだよ。いつも聴いてるよ」
そうだというのだった。
「開店前にいつもね」
「そうしてるのね」
「教会の鐘の音はいいね」
そしてだ。こう言うのだった。
「心が落ち着くよ」
「心が」
「そう、心がね」
そうなるというのである。そしてだった。
彼はだ。エリーにさらに話すのだった。
「どうだい?気分は」
「今の気分?」
「少し楽になったかな」
彼女のその心に対しての問いだった。
「それで」
「ええ」
エリーは微かに笑ってだ。マスターのその言葉に頷いた。
そのうえでだ。こう言うのだった。
「それでだけれど」
「それで?」
「気が晴れてきたわ」
そうなってきたというのだ。
「少しだけれど」
「少しかい」
「けれど確かにね」
こうも言うのだった。
「そうなってきたわ」
「そうなの」
「飲んで」
まずはここからだった。昨日のワインである。それだけでなくだった。
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